第39話 床の修復
翔流が空けた床の大穴を指差して床の精霊さんに聞いてみる。
改めて見ると中々な深さだ。翔流の身長は確か175cmくらいだったから、翔流が胸辺りまで突き刺さった程度の深さなら150cm位だろうか。
ボクの元の姿の身長が150cmで今の姿の身長も同じ位だから、もし足を滑らせてしまったら体の全部がすっぽり収まってしまいそうだ。
もう二度と戻れない底無し沼みたいで少し体が強張ってしまう。
「結構深いけど、大丈夫かな……?」
元々、床の修理を頼むことになったのは、きりるんが床の直し方を知っていると言って床の精霊さんを起こす事になった所からだったので、本当にこの子が床の修復が出来るのかどうかは未知数なのだ。
床の精霊なんだから出来そうなイメージはあるけれど、あくまでイメージでしかなくて床に宿っているだけの精霊の可能性も捨てきれない。
というか、そもそもきりるんが言った「床の直し方」が信用出来る情報かどうかも怪しい。シオンちゃんから変な事吹き込まれていても不思議じゃない。
床の精霊さんはその大きな穴の周りをくるっと一周回って、一瞬中に入って即座に出てきた。
「これなら簡単に直せますね」
「え、ほんとに!?」
あっさりと言い放つ床の精霊さんに驚きの声を上げる。
「シオン様から頂いたこの力であれば、この位どうって事ありません」
自身満々に言い放つ床の精霊さん。
「じゃあ、お願いしても良いかな?」
「勿論ですとも! 見ていてください」
床の精霊さんが床の空いた空間の真ん中に移動する。
「ん? え?」
「どうかされましたか?」
「あ、いや何にもないよ」
「そうですか? では、続きを始めますね」
止めてしまったらまた床の修復が先延ばしになってしまいそうなので何もないフリをする。
ずっと床に張り付いていたから床の表面しか動けない子だと勝手に思っていたけれど、別にそんな事はないらしい。それでも、急に空中を移動し始めたものだから驚いてしまった。
照明があるからまだ穴と床の精霊さんである黒い点の区別は付くけれど、これって暗闇だったら完全に暗闇に溶け込んでどこに潜んでるのか分かんなくなっちゃいそう。
そんな床の穴に半分隠れているみたいになっている床の精霊さんは、穴の内側を一周回って目らしき部分を細める。何かの儀式だろうか。
「ミッ!」
小さく飛び上がって最初に使っていた高い声の「ミ」を喋って穴の奥底に潜りこむ。
奥に到達したのだろうか、カツンッと音が穴の中から響いてくる。その音を追うように穴の奥底からまた鳴き声ような「ミッ!」が聞こえてくる。
ミシミシミシミシと穴の奥から床が軋むような不快な音が鳴り響く。
その音は修復している音なのか、はたまた穴の中を床の精霊さんが這いずり回っている音なのか。穴の中は床の精霊さんと同じ真っ暗な黒で包まれた暗闇だから、黒い点三つのあの子の姿は全く分からない。
ミシミシミシミシ
床が軋む音は更に大きく、鳴る感覚は更に細かくなる。
「大丈夫かな……」
不安でふと声を漏らす。
音だけ聞くと穴の中から床を破壊してそうで家がもっと壊れてしまわないか心配になってしまう。
落ちないようにしっかり地面を掴んで穴の中を覗いてみる。
当然、中の様子は分からない。両耳に不快な音が入っていくだけだ。
もうしばらく見てみよう。そう思って穴の奥に目を凝らしてみる。
「なんか……光ってる?」
微かに小さな光が見えた。
床の精霊さんが輝いているのかと考えたけれどこの大きさは黒い点三つじゃ補え切れない。大きさは穴と同じくらいか__いや、穴の底全てが輝いているようなそんな大きさだ。
ミシミシギシギシギシギシ
床が軋む音が更に大きくなって更に強くなる。軋むだけではなく壊れてしまう寸前のような、とても崩れてしまいそうで危なげな音だ。
音が大きくそして強くなるにつれて光も大きく強くなってくる。
煩い音に耳を塞いでしまいそうになるけれど、それよりも穴の状況とこの音が気になってしまう。
気のせいかも知れないけど……この軋む音に重なって甲高い「ミ」が聞こえる気がする。
それに、光の中に何かがあるのが見える。今は小さすぎてよく見えないけれど、もしかして床の精霊さんの黒丸だろうか。
というかこれ__
「穴が上がって来てる?」
光が強くなっているだけならこうは思わなかった。だけど、よくよく端の方を見てみると光の形が不自然に動いているのが見える。
うねうねと不規則に光の形を変えている。大きく形が変わる事はないがデコボコとした穴の表面をなぞるように動いている。
ギシギシギシギシギシギシギシ
音が大きく強く……いや、近くなってくる。音も光も近くなって来てる!?
「は、離れなきゃ」
嫌な予感がして立って穴の中から距離を取る。
「ご主人大丈夫!?」
きりるんが大きな音に反応してリビングから顔を出してきた。
「大丈夫だよ。危ないからそこにいて!」
「分かったのだ!」
不用意に近付いて怪我しないようにきりるんをリビングの扉から動かないように指示する。
そうしている間にも音は大きくなってきて、さっきよりも明確に床の精霊さんの甲高い「ミ」が聞こえるようになる。光も穴を覗かなくても分かるくらいにここから見える。
多分、床の底がすぐそこに来てる。
「ミミミミミミミミミ」
「床の精霊さんの声だ!」
「やっぱりあの子の声なんだ」
あの子の声はリビングから顔を覗かせているきりるんに聞こえるくらいまで大きくなった。
きりるんからあの子の声がどう聞こえているのかは分からないけれど、ボクの耳でもあの子が気合入れて何かしているようには聞こえる。
「精霊さんがんばってー!」
「床の精霊さん頑張れぇ!」
飛び跳ねてわちゃわちゃする小さなぬいぐるみ達と一緒に全員で床の精霊さんを応援する。
最初は軋むような音だったのが今はゴリゴリと迫力のある騒音までに達した。
「ミミミミミミミミミ」
「すっごい、人生で一番『ミ』を聞いたかも」
今や騒音すらも超えた音量の「ミ」の連呼。
暗闇の中で反響し続けるその声が、その声の主である黒い点が、光を帯びた何かと共に穴の中から開放される。
「ミミミミミミィィィィィ!!!」
勢いよく飛び出てきた三つの黒い点は、ペチッと小さい音だけを残して天井に張り付いてしまった。




