第38話 ボクの親友は……
なんだそれは。想定外の情報が来て驚いてしまった。
確かに同じ世界の言語だから、ある程度類似点とかはあるだろうし、テレビかなんかで聞いた話によると、日本語よりも英語の方が複雑さ控えめだとは聞いたけれども。それでも二種類の言語を一日で習得は早すぎる。
異世界転生とかで物語を円滑に進めさせる為の自動で異世界の言語を翻訳するみたいな、都合良い魔法とか特殊能力を使っててもおかしくない習得スピードだよ。
こっちの世界に来て一日で二言語習得するのも都合の良い魔法みたいなものだけれど、でもそれとこれじゃあ違うじゃん。自力で出来ちゃってるじゃん。『奇跡』よりも奇跡みたいな事してるじゃんか。
「流石はシオン様ですよね。あの御方が言うには、物覚えの良さでは誰にも負けないと誇っていらっしゃいましたよ」
「そりゃそうだよ。自覚してない方がおかしいって」
むしろ、シオンちゃんのそのオーバースペックで無自覚で居られるのは俺TUEEEE系の少し言動が腹立つ主人公くらいな物だと思う。
「まるで信世殿みたいですね」
「………………いや、それは無いよ」
折角、床の精霊さんがご主人でもない信世を褒めてくれているけれど、それは訂正させてもらう。
たしかに信世は物覚えはかなり良い方だし、一日で一つの教科のテストの範囲を全部覚えきって、次の日ボクがしっかり覚えれるようにまとめて来る位には頭は良い方だけれど。シオンちゃん程物覚えが良い訳じゃない。
「信世殿をお慕いしているご主人がそう仰るなんて、珍しいですね」
お慕いしてるって……床から見てもボクはそういう風に見えてるのか。なんか恥ずかしいな。
「たしかに信世も頭は良い方だけど、シオンちゃんみたいにそこまで特化している訳じゃないよ」
信世がやっているのはあくまで皆が頑張れば出来なくはない範疇だ。一つ一つ見て行けばそこまで凄い事じゃない。
たしかに、物覚えは良いからこその学校の成績の良さだけれど、それは誰だって頑張ってそれに集中してしまえば達成出来る程度のこと。他の色々なことがあるから勉強に集中している暇がないだけで、誰だって不可能な事じゃない。
決して、シオンちゃんみたいな一日で二言語習得だなんて限られた極少人数にしか出来ない、才能の塊みたいな事をやっている訳じゃない。
「信世の凄い所はそこじゃないよ。床の精霊さん」
「そうなのですか? 私奴から見たら、信世殿はシオン様と並んでとても秀でた御方だと感じむぐっ」
床の精霊さんの五月蠅い口を手で抑えつける。
信世の凄い所はそういう局所的な物じゃない。
信世の凄い所は全てだ。
ほとんど全ての分野において、普通と比べてほぼ全て秀でている。
「信世は全部凄いんだよ。でも、シオンちゃんみたいに特別凄い訳じゃない」
「ご主人様? ご様子が……」
折角塞いだのに、生意気にも口らしき黒い点が床の表面を移動してボクの手から抜け出して喋り出す。
「あ、あの、ごしゅじむぐっ」
手で覆って塞ぐだけじゃ逃げられるので、口らしき黒い点に指を突っ込んで確実に塞ぐ。
「黙って聞けよ」
信世は勉強はすぐに覚えるし覚えた事を応用するのも上手い。
運動だって身体能力は平均よりも高いから学校の授業程度じゃあ不便は感じない程度に動ける。
目も悪くないから遠くでもしっかり見えるし、動体視力も悪くないから何か飛んで来てもすぐに反応出来る。
ゲームだって、それぞれのキャラの相性やそのゲームの仕組みを把握するのも早いし、目が良くて頭の回転もそこそこ速いから、どんなジャンルでもすぐに理解して、すぐにコツを掴んでいて、気付いた時にはとんでもなく上手くなってる。
「信世は全部凄いんだよ。何でもすぐに出来ちゃうから何でもすぐに出来る完璧な人みたいに見えちゃうよね。床の精霊さんがそう見ちゃうのも分かるよ」
信世は全てにおいてそこそこ凄い。全てそこそこ出来るし、応用も上手く出来るからこそ、何でもすぐに出来る完璧な人のように見える。
「でも違う」
翔流や裕太だって、クラスの皆だって、先生だって、ボクのお父さんだって、信世は何でも出来る人だって言ってくれる。そう言って全部押し付けようとする。信世の性格がアレだから信世自身はしっかり断るけど。
でも__
「皆が思ってるよりも信世は完璧じゃない」
いくら何でも出来る信世でも出来ない所もあるし、信世じゃ手が届かない事もある。一人じゃやり切れない所がある。
一つの事を極めるのは苦手。いつまで経っても、全部そこそこ凄いから抜け出せない。
ボクだけが知ってる。
だってずっと一緒に居るのはボクだから。
ずっと信世を見てるのはボクだから。
信世を一番理解してるのはボクだから。
「信世のこと碌に見てないクセに。碌に知らないクセに」
信世は他人との比較も下手だし、自分を過少評価してるから普通との差を理解出来ていない。だからボクが近くに居る。ボクだけが信世の事を理解して一緒に居れる。
それを知らないクセに。
「何も知らないのに知ったような口利かないで。お約束だよ」
床の精霊さんの口から指を抜いて、そう問い質す。
「畏まりました」
「うん。分かったなら良いよ」
落ち込んだような、そんな控えめで小さな声で答える床の精霊さん。
折角仲良くお話してたのに、少しイラっとしてしまってつい柄にもなく強い口調で話してしまった…………どうしよこの雰囲気。この子の性格だとこの後間違いなく自分を卑下して謝って来るよね。
気まずい雰囲気の中、二人で無言の時間が流れる。
こういう時に純粋無垢なきりるんや、アホの翔流が居てくれると大変助かるんだけどなぁ。でも、自分で蒔いた種なんだからしっかり対処しなきゃ。自分がしたことは自分でしっかり処理しなきゃ。
「あっ! そういえば君に頼みたいことがあるんだった! いやぁ~忘れる所だったよ、危ない危ない」
「お、おお! そういえばそういう話でしたね! 犬畜生からある程度お話は伺っておりますよ!」
床の精霊さんが謝りだす前に別の話題を割り込ませて、さっきの事をうやむやにする。
まぁ、実際頼みたい事があるのは嘘じゃないんだけどね。
何で床なのに喋れるのかとか、シオンちゃんの言語マスターの話が衝撃的過ぎて、本題忘れる所だった。
床の精霊さんも、ボクの不自然な話の割り込みに何か感じ取ってくれたのか、その話にしっかり乗ってくれる。空気を読める子は好きだよ。
丁度話題も変わってくれたことだし、このまま終わらせよう。
「それで、きりるんから聞いてると思うんだけど、この空いた穴どうにか出来たりしない……?」




