第33話 目覚める元一般人3(終)
屋上には俺と警備員の二人のみ。
声質からして目の前の二人ではない。当然、俺の声でもない。
俺の声はもっとガキ臭い声のはずだ。こんな知らない渋いおっさんみたいな声を知ってる訳……。
そういえば今の俺はいつもと違う声なんだった。声だけじゃなくて体もだけど。
ウーーーー
遠くからパトカーの音が聞こえる。
音の長さは四秒。パトカーの音は四秒と八秒の二種類があるらしく、短い方は緊急性が高いのだとか。
この付近でパトカーの音が鳴るのは珍しいな。この辺りの地域は比較的治安が良いから、この音を聞くのは久々だ。
そこそこ距離があるはずだけど、やっぱり緊急時に出す音なだけあって相当うるさい。
「もう来ちゃったか」
警備員のおっさんがサイレントのする方を見る。
このおっさんが警察を呼んだみたいだな。対応が早過ぎて感心してしまう。
「ごめんね。おじさん達に着いてきてくれないかな」
「いやぁ、そうしたいんですけど、ちょっと用事があって行けないんですよねぇ」
適当にはぐらかして逃げようとするが、出入口はいつの間にか到着していた三人目の男性の警備員が塞いでいる。
ウーーーーウーーーー
こうしている間にもパトカーのサイレンが近くなってくる。屋上から下を見るとパトカーが一台到着していた。
こんな至近距離でサイレンを聞くのは初めてだ。耳が痛い。
『繧繧九縺帙縺繝ト縺、縺」縺ヲ繧薙縺繝ト繧阪!!!』
頭の中で響く怒鳴り声。またあの声だ。パトカーのサイレンよりも五月蠅い。
『繧繧九縺帙縺繝ト!縺カ縺」縺薙繧阪縺吶縺懊!!』
「____。____!」
警備員のおっさんが何か言ってる。
ただ、サイレンの音と頭の中で響く男の声で何言ってるか分からない。
耳が上手く声を聴き取ってくれない。
警備員の二人が寄って来る。
逃げようとするけれど、どうも体が上手く動かない。
全身の感覚が急に鈍くなってくる。
『体繧定返縺帙!今縺ッ俺縺ョ体縺繝ト!』
パトカーのサイレンすらも聞こえにくくなる。
両手の指先が勝手に動く。
変な冷や汗が流れる。
体が勝手にパトカーの方を見る。
何が起こってる。
一体なにが__
「縺縺ョ乗繧翫物縺繝ト鳴繧峨縺励縺ヲ繧薙縺ョ縺九」
口が勝手に動いて知らない言語を喋りだす。
『なんで勝手に動いてんだ!?』
何が起きてるか訳が分からない。俺の意思を無視して体が好き勝手に動いてしまう。まるで夢の中で上手く動けないみたいな、そんな感覚。
おもむろ両手を前に出して、金網の柵を腕力だけで引き千切る。
「君、何をしてるんだ!!」
おっさんの声を無視して次々と金網を破壊していく。
ぐしゃぐしゃと紙を破るように千切っては投げ、千切っては投げ千切っては投げ捨てて。人一人入れるくらいまで金網の柵を開ける。
その脅威の腕力に驚くが、それよりもこの体が今からしようとしている事が気になる。
金網をこじ開けて屋上の端に片足を出して地面を確認している。
これって……そういう事だよな。
「待ちなさい!」
警備員のおっさんもそれに感付いたようだ。警戒して距離取っていたのをやめて、俺の意思とは関係無く飛び降りようとする俺の体を阻止しに走って来る。
『ちょ、ちょっと待て!!止まれ俺の体!』
静止する声を無視して、俺の体は躊躇なく屋上から飛び降りる。
グラウンドに向けて自由落下する体。目線は下に固定されてしまって動かない。
(やばい落ちるっ)
どんどん迫って来る地面。咄嗟に目を瞑ろうとするがやはり体は言う事を聞かず、強制紐無しバンジーを体験させられてしまう。
死ぬ間際は走馬灯が流れたり、全てがスローに見えると聞くが、そういった感覚は一切無かった。
ただただ、通常再生速度でこの死の瞬間を視聴させられるだけだった。
そうだ。
そういえば、これは夢だった。
あまりにもリアルな感覚で忘れてしまう所だった。これは夢だ。
だから死んでも大丈夫。死んでも……
『だからって怖いもんは怖いんだよぉぉぉぉ!!!』
「頭縺ョ中縺ァ叫縺カ縺ェ一般人」
あ、最後の一般人だけは聞き取れたわ。だからなんだってんだよっ!
目を見開いたまま恐怖から逃れられずに地面へと両足を着ける。
『ひぃぃぃ………………え?』
着陸して足が大変な事になるかと覚悟したが、実際は一切の痛みも無く無傷だった。むしろ地面の方が落下した衝撃で多少ではあるが抉れていた。
少しも怯むことなく着陸して即座に立ち上がって走りだす。行先は__目の前のパトカー一台だ。
縮地法と言うのだろうか。目にも止まらぬ速さでパトカーの前まで即座に辿り着く。
外に出てきていた警察官が銃を構えて俺に向けている。
そんなのにお構いなく、俺の体はパトカーの中心に向けて真っ直ぐ拳を振り上げる。
警察官が何か言おうとするが、それが聞こえる前に拳が触れてしまう。
車を殴った所で少しへこむくらいだろう。そう高を括って代わりに自分の拳が痛くなるのを覚悟した。
だがそれも、ただの杞憂だった。自分の拳が痛くなるだけで済めば良かったのだと思ってしまった。
『なっ、パトカーがっ!』
拳が触れるのと同時に車が部品を撒き散らしながら吹っ飛んでいく。
「繧繝ト縺」縺励、縺薙繧後縺ァ安眠出来繧九!」
ガッツポーズしてなにやら嬉しそうに言う。
ウーーーー
またサイレンが聞こえる。
「チッ」
舌打ちをしてサイレンが聞こえる方を睨みつける。
キリが無いと判断したんだろう。逃走経路を探るように辺りを見渡す____おい待て今何で空見た。
この方向は確か……艶縫の住んでるマンションか。
脚に力を入れる感覚がする。
この調子だと間違いなくその方向に向かうだろう。
(艶縫の家に行くということはほぼ確定で信世がセットで居る。つーことは、この体が見せびらかせれるのでは!?)
と、調子の良い事を考えてはみるが、現在の状況を整理するとそうも言ってられない。
まず見た目が違う。誰が気付くんだよこんなの。完全別人じゃねぇか。
次に警察に追われてる。パトカー吹っ飛ばしたから犯罪者の仲間入りだ。やったね。
最後に、この通り。俺の意思とは全く関係なく動く体。これじゃあ会った所で何も出来ない。
脚に力を入れて大きく跳躍する。跳ぶ高さがあまりにも高くて、これじゃあ飛ぶと言っても変わりない。
空からの夜景を楽しみたいがそんな余裕は無い。ドローンとかでゆっくり見れたら綺麗だと思えるのだろうけれど、雲に触れそうな程高く跳んでいて怖がらない人類なんて居るのだろうか………………信世なら大丈夫そうだな。
下の夜景を見る暇もなく気付いたら紡祇のマンションの屋上に着陸していた。
とりあえずは、ここらで一旦区切ろうかなと思います。
次話からは、紡祇くん目線になります。




