第29話 変質者
「そうだったのか……」
「ま、信世君のことだから全部信じるなんて事しないと思うけどね~。それでも、今の僕が君達を襲えない。これだけは知ってて欲しかったんだよ。そうじゃないと、君は僕を殺しちゃうでしょ?」
「ああ、当たり前だろ」
下手に隠す必要も無いので素直に答える。
初対面で俺を真っ先に殺そうとして紡祇も狙ってた奴だ。不自然な動きをしてたら殺すなんて当然だ。
それにしても、彼女がどうしてここまで俺を理解しているのかが不思議だ。紡祇から教えてもらったのだろうか。それとも紡祇の記憶からそう感じ取ったのだろうか。もしそうなら、そういった事が分かるような出来事を見ているはずなのだが、そういった事に心当たりがない。
一体何をどう見て俺をそう判断したのか。神のみぞ知る……というより彼女のみぞ知るというやつだ。紡祇の記憶を元に知っているなら、彼女以外にも紡祇も知っているから、彼女と紡祇の二人だけの秘密と言った感じだろうか。
「ま、今の僕じゃどうしようもないから今回は見逃してよ。そろそろこの雰囲気戻しとかないと僕達が仲が悪いのバレちゃうよ。あの子はアホだけど、こんなに分かりやすくしてたら流石の彼でも察しちゃうでしょ」
いずれにせよ、なんにせよ、今回は彼女の言う事が本当だと仮定しておいて、言われた通り翔流が来て感付かれる前に戦闘体勢は戻しておこう。
地面に置いておいた買い物袋を拾いあげて彼女と一緒に壁に寄りかかって翔流を待つ。
間もなくして、翔流が大量の荷物をぶら下げて戻ってきた。
「二人共、おっ待たせー」
元気そうに袋を振りながら近寄って来る翔流。
遠心力が掛かって多少重さが誤魔化されているとはいえ、三袋全てパンパンに詰めていて相当な重量になっている荷物を片手で涼しい顔して振り回している姿を見ると、俺や紡祇と違って明確に翔流が普通の人間ではない事を実感する。
「中々遅かったな。それとその袋は振るな。炭酸ジュース入ってんだろ」
「あ、すまんすまん。忘れてた」
何か良いことがあったのか、俺の指摘に笑いながら受け流しつつ袋を振り回すのをやめる。
シオンは俺と紡祇の事を普通ではないと言っていたが、俺らよりも翔流の方がよっぽど普通じゃない。
あの量の荷物を片手で振り回していることから分かるようにコイツは腕の筋力が凄まじい。2リットルのジュースが6本や、ファミリーパックのお菓子がぎっしりと詰まっている袋を片手で軽々と振り回す高校一年生なんてそうそう存在しないぞ。
腕の筋力もそうだが脚力も異常である。裕太宅跡地から紡祇の家まで走る時だって、紡祇を抱えたまま全力疾走で休憩無しのノンストップで10分間走っていたのにも関わらず一切息が乱れていなかった。
そんな明らかに普通じゃない翔流を差し置いて、シオンは俺と紡祇が普通じゃないと言っていたんだ。あそこま規格外なやつが目の前に居るのにも関わらず、俺達の事だけ言われるのは多少ではあるが気に障る。俺達がそこまで何かおかしな事をしたのだろうか。
色々と気に食わない所はあるけれど、そんな些細な事はどうでも良い。俺が勝手に腹立っているだけだ。
少なくともシオンの言う事が本当なのであるならば、現状は何も心配しなくても良いという事だけ頭に入れておけば良い。それだけ分かっていれば大丈夫だ。
ただ、それはそれとして腹立っているのは確かなので囁かな嫌がらせをしよう。
「なぁ、翔流。喉渇いてないか?」
「まぁ、喉渇いたし、なんか飲みたいっちゃ飲みたいけど……。もしかして何か奢ってくれんのか!?」
「それならコレやるよ。飲みな」
奢る訳がないだろ。と咄嗟に返しそうになったがそれを心の中に引っ込めて、代わりに手に持っている飲みかけの缶コーヒーを翔流の空いている片方の手に握らせる。
「え、し、信世君!?何渡してんの!」
シオンの反応を不思議そうに見つつ大人しく缶コーヒーを受け取る翔流。
「これ、飲みかけじゃねぇか」
「言っとくが俺のじゃねぇぞ」
「え、ってことは」
「違うから!僕のじゃないから!そこら辺に放置されてたやつだから!」
最初からずっと平然を装っている彼女の取り乱している姿が珍しかったのだろう。必死に否定して缶コーヒーを取り返そうと翔流の手を開こうとしている彼女を見ている。
翔流は一応俺から貰った物だからなのか、手を開こうとはしない。彼女の腕力では翔流の手から奪い取るのは不可能だろう。
ここでバラすのも良いが、しばらくは焦っている彼女を眺めるのも楽しそうだ。
鈍感な翔流にしては珍しく勘が働いたのか、無言で眺める俺とシオンさんと缶コーヒーを何度か目で往復させた後、何故か缶コーヒーの飲み口に鼻を当てて匂いを嗅ぎ始めた。
「か、翔流君、何やってるのかな?」
突然の行動に理解出来ず、後退りしながら恐る恐る聞くシオン。顔がゆっくりと青ざめていく様子が伺える。
「いや、飲み口の匂い確認したら誰のか分かるのかなって思って」
「分かる訳無いでしょこのバカっ!!」
あまりの奇怪な行動にドン引きして距離は取るが、ツッコミはしっかりと入れる。異世界人とは言えこの世界のある程度の常識は持ち合わせているようだ。
変態みたいな行動が多い翔流とシオン。この二人なら適当に一緒に居させているだけで、見てるこっちが楽しめれそうだ。
あまりの怖さに俺の背中に隠れて様子を伺うシオン。そんな事をしている間にも翔流の奇行は止まらない。
臭いを嗅ぎ終わったのか、今度は飲み口の部分だけを舌でぺろっと舐め取る。
「ふむふむ……。なるほどなるほど?」
飲み口の部分に残った僅かなコーヒーの液体とシオンの唾液をじっくりと分析するかのように、何故か咀嚼して何かを考えながら唸る翔流。
「ねぇなにあれ。何してんのあの人。なんであんな事してるの?怖いんだけど」
「俺も知らん。ただ、アイツは女性関係の話になるとたまに暴走するから、今回もそういう感じのだろ」
「この人、前からこんな事してたの!?紡祇君の記憶にもこんなことしてるの無かったよ!!」
「そりゃ、翔流と紡祇は一緒になる機会があんまり無いからな。まだ見た事無いだけだ」
俺も紡祇も、翔流との付き合いは高校に上がった今年からだ。翔流と比較的よく遊ぶ俺ですら、長く一緒に過ごす機会は少ない。
そんな翔流だが、紡祇と一緒に遊んだ回数と言えば片手で数えるくらいしか無いだろう。俺だって、翔流とはまだ十数回しか遊んだことがない。
紡祇が翔流と会うのも基本的には学校だけだし、クラスメイトだから顔はよく知ってるくらいでしか無い。だから、紡祇の記憶の中に翔流のこういった奇行が無かったのだろう。
「あー、なるほどね。分かったわ」
どうやら分析が終わったようだ。
あの顔からして好ましい結果だったのだろう。とても恍惚とした笑みを浮かべている。
「誰の味だったんだ?」
「ちょっ、信世君聞かなくて良いって」
シオンが俺の体を揺らして止めようとしてくる。
「この味…………」
中に残ったコーヒーを全て飲み干してシオンの方に顔を向けて__
「シオンさんの味だぁ」
「ひぃぃっっ」
気色悪い笑顔でシオンににじり寄る翔流。今や『奇跡』もぬいぐるみもない無力になってしまったシオンには恐怖でしかない光景だろう。この世界に来てから最初の恐怖が変質者の奇行なのはアニメ大国兼変態大国である日本としては名誉というべきか不名誉というべきか。そんなことよりも俺はこんな友人を持っている事自体が恥ずべき事だとは思う。
「ハハハ、お前気持ち悪りぃな」
よっし、気が済んだ。帰ろう。
近寄る翔流の頬を引っ叩いた後、俺の左腕に引っ付いて離れないシオンを引きずって帰路に着く。
少し時間が掛かってしまった。早く帰って紡祇にご飯を作らないとな。




