第27話 シオンの『奇跡』3
さっき言ったきりるんと、サイや小鳥や人魚のぬいぐるみ。あれらは見た目通りの能力を持っていた。
きりるんは狼に。俺を背中から突き飛ばしたサイは突進能力。小鳥のぬいぐるみはハヤブサみたいな速度。人魚のぬいぐるみは複数ある解釈の内の一つである男性を誘惑する精神干渉系の能力。
きりるんが人型になっている理由は分からないが……少なくともその他はモチーフと全く同じだった。
「人魚に能力を付与して翔流を洗脳……というより誘惑して手駒にして俺を襲わせた。そうだろう?」
『奇跡』持ちの人間は『奇跡』に対する耐性が高い。これは綺羅星で実証したから分かっている。だが、もし『奇跡』で作った存在の能力が『奇跡』以外の物なのだとしたらどうなる。
『奇跡』並みではないけれど、魔法のような不思議な能力が人間に通じるのだとしたら。
それを使わない手は無いだろ。
「大方、ぬいぐるみに付与した能力は『奇跡』とは別物の扱いなんだろ。だから人魚の能力が翔流に通用した。まぁ、それでも『奇跡』並みの力は無いからある程度懐柔して準備したんだろうな」
俺がビデオ通話にさせた時、彼女は翔流に抱き着いていた。あの距離と服の薄さなら、極めて無に等しい貧相な胸でも翔流の背中でその柔らかさを感じる事は出来ていたのだろう。そうじゃなかったとしても、あの距離なら女性経験皆無で思春期真っ只中の翔流は簡単に堕ちるはずだ。神に誓って言える。アイツはあの時シオンに惚れていた。
それくらい精神的に距離を縮めれていたのなら、『奇跡』程の強制力が無くても、そういった精神干渉系の能力で簡単に操れるようにはなっているだろう。
「どうだ。100%って訳じゃないだろうが正解だろ?」
俺にしては珍しくドヤ顔をしている気がする。少なくとも自分の口角が少し上がっているのは確かだ。
状況証拠から推測していっただけだが、この回答は自信を持って言える。
答えが予め用意されている数学の文章問題みたいなものだ。そう難しい物じゃなかった。
「信世君、紡祇君と一緒に居る時の記憶みたいに楽しそうにしてるね。もしかして、難しい問題とか好きなのかな?」
「ま、まぁ、簡単な問題よりかは好きだな」
彼女が微笑ましいみたいな顔をして俺を見るので少し動揺してしまう。
なんというか……今のシオンの視線がウチの母と似ているような気がして変な感じがする。
「で、それがどうしたんだ?」
答え合わせはまだなのかと含みを持たせつつ彼女にそう言う。彼女なら察してくれるだろう。察した上でこの話を続けそうだが。
「どうもしないよ。ただ、そういう顔も出来るんだなって思っただけ。かわいい所もあるじゃん」
「見た目は小学生のクセに母親面してんじゃねぇよ。ったく」
母からもたまにこういった反応をされる事はあるが、他人からそういった扱いを受けると不思議と恥ずかしさが湧いてしまう。
恥ずかしさを紛らわすように、また自販機で飲み物を買う。
また同じ炭酸ジュース……にしたらまた子供扱いされそうなので、缶のブラックコーヒーを買おう。種類はよく分からないが……とりあえずキリマンジャロって書いてるやつにするか。なんか言葉の響きが格好良いし。
買うついでにシオンにも「お前も何か飲むか?」と聞く。
「じゃ、わざわざメロンジュースからコーヒーに変えた大人ぶってる若者のお言葉に甘えて、同じのを貰おうかな」
「それを分かってるなら言わないでくれよ……」
からかってくる彼女に自分用で買った缶コーヒーを投げ渡して、再度同じ物を買う。
上手く開けれずに困っている彼女の缶を開けた後、二人で壁に並んでまたゆっくり飲む。
初めて飲む種類のコーヒーだが、なんだか普通のブラックコーヒーよりも香りが良いな。今度このキリマンジャロとかについて色々調べてみよう。
それにしても……翔流遅いな。どれだけ買って来るつもりなんだろうか。
「それで、俺の答えはどうだったんだ?」
缶コーヒーを半分くらい飲んだ所で、駐車場を眺めるシオンに視線を移してまた話掛ける。
今、苦そうに顔をしかめて自分の缶コーヒー見てたの忘れないからな。これをネタにして今度仕返ししてやる。
「僕の『奇跡』がぬいぐるみを操って能力を付与する能力って答えの事だよね」
さっきの表情を見られたのを取り繕うようにわざとらしい笑顔をしながら答える。
「大正解!……って言いたい所だけど、少し違うな。でも良い線は行ってるよ。100点中95点くらい」
「ほぼ正解じゃねぇか」
正答率9割越えは十分な出来栄えではないだろうか。それとも、彼女は100点満点を答えて欲しかったのだろうか。
「特に洗脳の仕方に関しては完璧だったね。文句無しだよ」
そこは正解だったみたいだ。とは言っても状況証拠からと残りはほとんど俺の想像だ。細かい所は暇があれば聞かないとな。
「間違ってるのは『奇跡』の方。君はぬいぐるみを操る能力って言ったでしょう?」
「もしかして、ぬいぐるみ以外にも使えるのか?」
俺の予想に「その通り」とシオンが答える。
ぬいぐるみ以外にも使えたのか……流石は『奇跡』だ。なんでも出来るじゃないか。
となれば、俺が紡祇の部屋に戻った時に床が直っていたのは、シオンが『奇跡』を使って直したのか。床自体に『奇跡』を使って修復したりしたんだろうな。
「ん…………?だとしたら、おかしいじゃないか」
「あ、気付いた?」
そこまで何でも出来るならわざわざ翔流を使う必要は無いじゃないか。
最初の時は紡祇からシオンに買わったばっかりで上手く使えなかったとしても、二回目の時は翔流を使う必要すら無かったはずだ。
能力を付与する個体の数に制限があったとしても、きりるんと小鳥やサイを同時に能力付与していたから、最低でも2~3体に能力付与を出来るはずだ。
能力の強弱問わず、そこまで出来るなら床を操って突き刺したり、天井を落としたり、水で口を封じたり、空気も操れるなら酸素だけを操って酸欠にしてしまえば良い。能力的には初見殺しの罠なんていくらでも作れたはずだ。
何故そういう事をしなかった?
紡祇と体を共有していたからか?
なら…………今、紡祇の体から分離したコイツは、何も縛りが無いんじゃないか?




