第26話 シオンの『奇跡』2
「そういえば、ここらへんで事件があったの知ってる?あ、レジ袋要るわよね」
「レジ袋大きいやつお願いします。何かあったんですか?」
レジ打ちを終えて俺が財布を出したタイミングで内林さんがふと思い出したかのように話を振ってくる。
事件か。今日はテレビやネットニュースを見る時間が無かったから最新のニュースは知らないんだよな。
事件らしい事件といえば、裕太の家が消滅して不思議な血だまりがあったくらいだがその話だろうか。
「そうなのよ。近くで昨日あったはずの家が丸ごと一件無くなったって事件があってね」
とても聞き覚えのある事件だったな。なんなら現場に行った。
「近くでそんなことがあったんですね。怖いな……」
肉の値段を見て内心驚きつつも、会計を済ませながら世間話をする。
下手に現場に居たと言えば、綺羅星と周囲の人間を巻き込んで揉めた話も付いて来そうなので知らないフリをする。
「今日はあまりお外に出ないようにね。特に、小さい子連れてるんだから気を付けなさい」
「ええ、そうします」
ありがとうございます。と内林さんに言って素早く食材を袋に詰めて外に出る。
外はもう真っ暗だ。先に帰るのも良いが一応翔流を見張りながら行きたいので、自販機で炭酸ジュースを二本買ってシオンと一緒に飲みながら出入口で待つ。
店内で翔流を見た時の様子からして戻るまでにもう少し時間が掛かりそうだった。
普段ならすぐに連絡をして帰る準備をするのだが、シオンと二人きりで入れる時間が欲しいのでもう少しの間放置しておこう。
シオンにはまだ聞きたい事が山ほど残ってる。
スーパーに到着する前に翔流があの魔人の話を割り込ませたおかげ中断された、洗脳の仕方についての話もあるし、他に異世界人が来ているのかだとか、紡祇とシオンが使っている『奇跡』が一体どういうものなのかとか、裕太宅跡地の惨状に心当たりが無いかとか、魔法は使えるのかとか。例を挙げればキリがない。
邪魔な奴が不在の間に聞けるだけ聞いておこう。特に、中断された洗脳の仕方についての話がしたい。
「なぁ、シオン。少し良いか?」
飲み干した炭酸ジュースのペットボトルを自販機の横にあるゴミ箱に捨てて、あっちこっちに視線を向けて周囲の物を観察しているシオンを驚かせないように、横から顔を覗かせて俺の姿を視界に入れてから声を掛ける。
「あ、うん。どうしたの?」
少し距離が近過ぎたのか、シオンは少し身を引いて返事をする。
「さっき翔流に割り込まれて有耶無耶になった話の続きなんだが」
「洗脳の仕方の話かな。途中で邪魔が入ったから途中までだったね」
シオンにも翔流が邪魔という認識はあったみたいだ。
今日に限っては翔流の存在はだいぶ邪魔だが、こんな状況じゃなかったらしっかり良い奴なんだけどな……。
あの性格や行動力があるから、連れているだけで場が賑やかになって大変助かる。特に、俺はそういった事は苦手だから複数人で遊ぶ時や初対面の人間と話す時にはよく呼ばせてもらっている。
就活で自身を潤滑油みたいな人間ですと強みとしてアピールするのはよく聞く事例だが、アイツはまさにそれだろう。人間関係の潤滑油。程よくアホで話のネタもそこそこある。明るい性格で人が良いので好かれやすいそうらしい。俺には無い所だ。
ただ、少々言動がアホ過ぎる。俺と同じ能進高校に通っているから多少は勉強は出来るはずなのだが。
そういった知識も紡祇の記憶経由で知っているシオンは翔流の事をどう見てるのだろうか。「アホなコイツなら操りやすそうだな」と思えたから洗脳する対象に選んだのだろうか。
「あの時、半分正解って言っていたけど、どういう事なんだ?」
あーそこからするんだね。と言って、ジュースを飲み干した空のペットボトルをゴミ箱に捨てる。
壁に寄りかかって俺の方をしっかり見て話をする。
「あれはね。実は、信世君じゃ分かんない問題だったんだよね」
「俺じゃ分からない……か」
となれば、『奇跡』でもなく魔法でもない。シオンの世界特有の技術と言った所だろうか。いや、それだと俺が言った「『奇跡』以外の方法」に該当するな。
となれば、『奇跡』を使いはするけれど、発動自体は『奇跡』じゃない。ということか。
「このくらい言えば、君なら分かるよね?」
ニコニコしながら俺の顔を見るシオン。出題者である彼女からすれば、自分の問題でこうも悩んでくれるのは愉快なのだろうか。それとも、綺麗な回答を期待しているのだろうか。
だが、シオンのヒントのおかげで大体分かった気がする。そう難しい問題じゃない。
「『奇跡』以外の方法が間違ってはいないけれど完全に正解ではない。恐らく、『奇跡』自体は使ったんだろ。例えば、洗脳の手段を確保するために。とかな」
「お、良い感じだね」
シオンの反応が良い。この路線で正解か。ならばこれを元に考えよう。
さっきの反応からして『奇跡』自体は使ったのだろう。だとするなら彼女の能力を一度おさらいしないとな。
まず彼女の『奇跡』だが、ぬいぐるみを操る能力だけ。という訳じゃないだろう。
俺や綺羅星や翔流の例を見るに『奇跡』自体かなり強力な能力だ。何も知らない俺達が、言葉だけで生物や無機物を問わず周囲の動きを完全に止めたり、大人数を傀儡にしたり、溶岩のような温度で包まれても無傷で生還したり。
そういった事例を見ていると、シオンの『奇跡』がぬいぐるみを操るだけとは考えにくい。
特に、異世界の物をこの世界で何も分からずに使っているような俺達とは違って、慣れ親しんだ自分の世界の物を使っているんだ。俺が知らないだけでやれる事や条件が沢山あるはずだ。
例えば、ある一定の条件で物を人型にして意識を持たせたり、意識を宿らせた物のモチーフに則った能力を付与出来るとか。
「なぁ、そういえば、紡祇の家にはきりるんって名前のぬいぐるみが居たの知ってるよな」
「うん。居たね。紡祇君が一番大事にしてる狼のぬいぐるみでしょ」
シオンが答える。
「小鳥のぬいぐるみもあっただろ?確か、ハヤブサがモチーフのぬいぐるみだったよな」
「うんうん。そうだね。世界最速の鳥とか言われてたね」
シオンが豆知識も加えて答える。嬉しそうな表情をしている。
「それに、俺の背中を押したぬいぐるみ居たなモチーフはサイだ。名前はドサイさん」
「うんうん。サイと言えば突進する動物だってよくイメージされてるよね」
シオンがまた豆知識を加えて答える。さっきよりも更に機嫌が良さそうだ。
「そして、最後に紡祇の部屋に残ってた人魚のぬいぐるみ。人魚と言えば、航海者を美しい歌声で惹きつけるだとか」
「女性が男性を誘惑するみたいな。そんな能力だね」
「そうだな。女に飢えてる翔流相手にはよく効きそうな能力だ」
そう。身動き取れない人型のスライムにセクハラする位には性に飢えてる翔流にはすんなり通じそうな能力だ。
「随分焦らすねぇ。答え言わないの?」
「そうだな。もう答えを言おうか」
ここまでの問答でシオンもなんとなく理解したのだろう。にやにやしながら俺にそう言う。
答えはそんなに難しいものじゃない。考えてみれば簡単だった。もう少ししっかり考えていれば、ここに来る前の質問の時点で答えれていただろう。
「シオン。お前の『奇跡』は、ぬいぐるみを操って能力を付与する能力だろ?」
キャラ紹介。五人目
名前:シオン
性別:女
『奇跡』:八百万の神
自我を付与出来る。自我を付与した物のモチーフを能力として付与出来る。ぬいぐるみ以外にも使用可能




