第19話 乱入
お待たせしました。低気圧とメンタル不安定を治して戻ってきましたよ
スライムに着弾した水筒は命令通り突き刺さり中から焼き尽くすはずが、スライムの弾力で弾かれて窓を割って外に飛んで行ってしまう。
「水筒飛んでったけど!てか何さっきの魔法みたいなの!」
「後で説明する。それより逃げるぞ」
部屋中を見渡しても武器になりそうな物は無い。そもそも2000℃以上になった水筒を刺しても焼かれずに弾いてしまう奴だ。物理的な攻撃が効きそうにないなら俺の『奇跡』では何も出来ない。
攻撃が効かないなら逃げるしかない。
入口の扉は今も増幅しているスライムが塞いでいて使えそうにない。他の外に繋がる道と言えば窓くらいか。
窓の外の様子を見てみる。
ここはマンションの5階だ。地面までかなりの距離がある。
「ねぇ、外見てるけどそこから出るつもり?ここ5階だよ」
「分かってる。でも、ここ以外出口が無い」
狼型きりるんにクッションになってもらおうにも、きりるんが大きすぎて窓から外に出れない。俺の『奇跡』で地面をクッションにしようにも、5階から落ちた人間を受け止めれる程の柔らかさになってくれるかも分からない。
でも、やらなければ逃げれない。
「『砕け』」「信世ぁぁぁ!!」
窓を砕いて出口を広げようとするのと同時に真っ赤な変態が扉を破壊しながら突っ込んできた。ドアノブを使わずに勢いよく蹴飛ばして入室してきたので、扉の前に居座っていたスライムの体内にズブリと全身丸ごと飲み込まれてしまう。
かなりの温度なのかスライムの中が物凄い速度で蒸発して膨張した空気が外に出ようとして爆発している。
「大丈夫か」
紡祇に扉やスライムの破片がぶつかっていないか全身を確認する。
幸い怪我はしていないみたいだ。念のために破片が付いていないか確認した布団を紡祇に被せておく。
「うん、ボクは大丈夫だけど……」
扉の破片のほとんどは真っ赤な変態と一緒にスライムに飲み込まれていたみたいだ。
真っ赤な変態から守るように狼型きりるんが紡祇を尻尾で包み込む。
変態が中で扉の破片も一緒に焼いているせいで、元々半透明で中身が分かりにくかったスライムに黒色が混ざってヘドロのような色合いになって中身が全く見えなくなってしまった。
「さっきの声って翔流だよね?」
「多分そうだろうな」
声や体格からして今スライムの中で暴れている真っ赤な変態は翔流だろう。あの状態で生き残ってここまで歩いて来るとはさすがだ。
確かに俺は『宙に浮け』と命令していたから身動きは取れないはず。あの高温に耐えたとしても宙に浮く体でどうやってここまで来たんだ。
時間制限に焦って先を急ぐよりも確実に仕留めておくべきだったか。こうして結果的に危ない状況をこの死にぞこないに助けてもらって結果的に良い状況になっているが、敵を確実に仕留めていなかったのは俺の落ち度だ。反省しよう。
「な、なんかアレもぞもぞしてるんだけど……」
異常なまでに高温度になった翔流を飲み込んだおかげでスライムの増幅は止まったが、反応がおかしい。中に入り込んだ扉の欠片や翔流を咀嚼するように脈動してうごめいて、取り込んだ不純物を吐き出しているのだ。
スライムの体を蒸発させて小さくさせている原因である金属の塊をまとった翔流も中から這い出ようとしているが、スライムが中に閉じ込めているみたいで外側に近付こうとする度に大きく振動して、翔流を内側に押し返す。
中から翔流が何か言っているようにも聞こえるが、スライムの分厚い体液に包まれて何も聞こえない。
ていうかアイツ呼吸出来てるのか?出来るならスライムを蒸発させて一緒に酸欠で死んでいて欲しいんだが
冷えた金属を廊下側に吐き出して、少しずつスライムの色が綺麗な青色に戻っていく。
「へぶ」
「えぇ……」
真っ赤ではなくなった全裸の変態が見えるくらいに綺麗になったかと思えば、勢いよく翔流をこちら側に吐き出した。
全裸で吐き出された翔流を見てドン引きする紡祇。
きりるんが変態を睨みつけて紡祇をしっかり尻尾で包んで守ってくれる。
「やっぱり翔流だ。死んでないよね……?」
「出来れば死んでてほしいな」
熱して全身をまとわせていた金属は完全に冷やされて廊下に吐き出されてしまっている。
とりあえず目覚ましに顔を引っ叩く。
「し……信世……テメェ………」
「よく生きてたな」
そんな怖い顔すんなよ。もう一度殺したくなってしまうじゃないか。
もう一度頬を引っ叩いた後に体を持ち上げて無理やり座らせる。完全に疲弊しきってるみたいだ。乱入してきた時のような元気さは欠片も残っていない。
流石に可哀想なのでドーナッツを渡しておく。
「気分はどうだ」
「最低だよ」
それもそうだろう。誰だって生きたまま熱い金属に包まれたら良い気分はしない。
2000℃に包まれるなんて火炙りの刑と大差ない地獄だ。それを『奇跡』のおかげで死なずにはいたのを幸運と見るか不幸と見るか。
とりあえず、これ以上全裸の変態を紡祇に見せたくないので、タンスから俺の寝間着と下着を引っ張り出して翔流の顔に叩きつける。
この馬鹿の身長は俺より5センチ程高いが、少し大きめのサイズにしてある寝間着なら入るだろう。服を叩きつけられて顔を痛そうにしながら擦りながら「ありがとう」と感謝しつつ着替えていた。
しかし、この馬鹿は2000℃を超えて常に宙を浮く金属の塊からどうやって抜け出したのだろうか。もしかしたら俺が知らないだけで翔流の『奇跡』は他にも色々とやれる事があったのかも知れない。それを聞いておかなければトドメを刺す時にまた手間が増えてしまう。
「お前、どうやってアレを抜け出して来たんだ?」
「へへ、どうやったと思う?」
ドヤ顔している変態の頬をもう一度、最初よりも強く、勢いを付けて叩く。
「いってぇなオイ!」
頬を抑えて転がる変態から離れた場所から見下す。
一応、抜け出せれた要因については全く心当たりは無い訳ではない。
この馬鹿は綺羅星と違って『奇跡』の耐性だけはかなり高かった。最初の数回は効果があったが、それ以降は完全に克服していて、直接使っても一切効かなくなっていて、かなりやりずらかった。
その『奇跡』の耐性が悪さをしたのだろうか。直接的に『奇跡』を使わなくても『奇跡』の効果がある物に長時間触れると効果が無くなってしまう。そんな『奇跡』の対処方法もあるのかもしれない。
現に、翔流にまとわりついていた金属は『奇跡』の効果を完全に失っていて、スライムの中で冷却して吐き出されている。もう加熱される事も宙に浮く事もないただの冷えた金属だ。
もしくは、単に『奇跡』の効果時間が切れてしまったかだ。
「あ、あの……もう少し手加減してくれませんかね……」
「裏切り者の馬鹿にする手加減はない」
「その件についてはすみませんでした……」
土下座する翔流の頭を踏みつける。人の頭はこうも気持ちよく踏めるものなのか。良い勉強になった。
「どうやって抜け出したか話せ」
「えっと……なんか耐えてたら急に地面に落ちて温度が低くなったんです……」
なるほど。ただの時間経過による効果切れだったか。
『奇跡』を長時間使用したことがまだ無かったから分からなかったが、一応時間制限はあるみたいだ。
翔流くんって容赦なく殴れるから楽しそう