第13話 信世の『奇跡』3
今からやるべき事は現状の把握と解析だ。
まずぬいぐるみ達だが、ぬいぐるみの目が動いた時から全てのぬいぐるみがまるで魂を得たかのように自律して動いている。原理は知らん。その事実だけは把握しておく。
次に唐突に消えた自称きりるんと、その代わりに出現した銀色の狼。コイツは見覚えのある模様をしている。銀髪イケメンの髪の色と、狼の毛の色や耳の毛の配色が完全に同じ。そして、紡祇のお気に入りのぬいぐるみのつまりは本物のきりるんの体毛と耳の色の配色が完全に一致している。
なんでもアリであろうこの現象と関連付いて魔法みたいな事がコレにも起きているのであれば、今までの情報から見てこの狼はほぼ間違いなくきりるんだろう。
銀髪イケメンもぬいぐるみのきりるんも居ないのはこの狼がきりるんだからか。理屈とかは分からん。だが、こうなった元凶は消去法で紡祇のフリをしたコイツだ。
色々聞き出したい所だが、今の状況はあまりにも悪すぎる。翔流は捕まっていて、本物の紡祇がどうなっているのかも分からない。
少なくとも先程手を洗いに行った時まではこの銀髪美少女は紡祇だった。見た目以外は仕草も雰囲気も癖も全て同じだった。何らかの原因で見た目だけが変わっていたのだろう。
だが、今、目の前に居る奴は誰だ。
この部屋に入った途端から雰囲気が変わってしまった彼は。
俺の目の奥を覗き込んでいるお前は一体誰だ。
自称紡祇に睨みを利かせて部屋中に散らばるぬいぐるみ達を警戒しつつ、退路や対抗手段がないか考える。
扉を壊して逃げる手段はあるが俺を部屋に突き飛ばした何かが扉の向こうにまだ残っている。それを避けて行くにはあまりにもリスクが高い。腹に突進してきた時の腹部のへこみ方からしてそれのサイズはあまり大きくない。しかし高校生男子を宙に浮かせて吹き飛ばす馬力はある物だ。それがこちら側から見えない位置から飛んで来るのだろう。先程の衝撃は打ち所が良かったから痛みが多少は引きずる痛み程度になっているだけで、アレが膝や頭に直撃してしまえば詰みは確定してしまう。
これに関しては翔流が居ればどうにかなるだろう。アイツの耐久力は非常に高い。壁にしていけばどうにかなる……のだが今の翔流はきりるんに全体重を乗せられて身動きが取れなくなっている。アイツを頼るのは止そう。
次は窓からの逃走か。ここはマンションの5階だ。飛び降りて無事でいれれば逃げきれそうだが地面に緩衝材なんてある訳がなく。仮に無事に降りれたとて、追いかけてくるであろうぬいぐるみ達を振りほどいて逃げ切れる自信はない。
次は武力で制圧だが、まぁ無理だろう。手数が圧倒的に違う。俺一人でどうにか出来る物じゃない。
あとは言いくるめるしか選択肢は無いか。
会話をして和解するか隙を見て逃走ルートを探ろう。
「紡祇はどこだ」
「紡祇君の意識は寝てるよ」
「意識は寝てるって……一つの体に二つの魂が入っている的なアレか」
「そ~。この世界って魔法が存在しないのに創作物でそういう概念が沢山あるから、君みたいな人にはすぐ通じるからありがたいよ」
『この世界』か。言い方からしてコイツは別世界から来たようだ。
その口振りから彼女の世界には魔法みたいな何かが存在していて、その何らかの魔法を今使ってぬいぐるみを動かして紡祇の意識を乗っ取っているのか。
「そこに座りなよ。おしゃべりは座ってゆっくりやるもんでしょ?」
相手は親友の体を人質に取っているようなもんだ。従うしかあるまい。
大人しく机を中央に戻してベッドに座った彼女と向き合って座り質問をする。相手が話す前にこっちが聞きたいことを全て聞かせてもらおう。
「なんで俺達をここに閉じ込めた」
「それはね、君が欲しいからだよ」
新手の告白か? いや、まさかな。どうせ君の命が欲しいとか君の体が欲しいとかそういう意味合いの言葉を使おうとして言葉選びを間違えただけだろう。
現に今は紡祇の体を乗っ取っている。紡祇の本来の姿と全く違うが、見た目は憑依先ではなく彼女の元の見た目に変えられるとかそういうやつだろうか。
健康的な良い体が欲しいならそこの翔流の方が鍛えられていて良いと思うがな。一応友達だから勧めはしないが。
無言で紡祇らしき人間の目を見詰める。相手もずっと俺の目を見ているので、無言で見詰め合う妙な時間が流れた。
その横で狼に踏みつけられている翔流が俺達を交互に見る。何しているか分かっていないのだろう。俺も分からん。どう返せば良いか分からん。告白自体された事はあるが、威圧感をたっぷりまき散らしている相手から告白された事はない。
「あ、ごめんごめん。告白とかじゃないんだよ。まだこの世界の言葉に慣れてなくて、変な言い回しになってたらごめんね」
先に口を開いたのは相手だった。
別世界から来たというなら、当然この世界とは全く違う言語を使っていても不思議じゃない。それなのに、母国語を使わずにこちらの言語に合わせて会話してくれているんだ。一応コミュニケーションを取ろうとする気持ちはあるんだろう。
つまり、交渉の余地はある訳だ。まだ望みはある。コミュニケーションを取って相手の目的を探ろう。
「じゃあ何と言い間違えたんだ。紡祇の体を乗っ取ったみたいに俺の体が欲しいとかか?」
「いや、僕が欲しいのはそっちじゃないよ。僕が欲しいのはね」
彼女が俺の顔を__ではなく目を指差す。
「信世君が持っているその魔法みたいな物。僕の世界では『奇跡』って呼んでるやつだよ」
魔法か……彼女の世界では『奇跡』と呼ばれているそうだが、俺にはそういった魔法みたいな特殊な能力は持っていない。まだこの世界の言葉に慣れていないみたいだから誤訳の可能性もある。
だが、もし仮に俺に魔法みたいな何かが使えるのならば。それを使えるようにしたい。
彼女は俺の目を指して『奇跡』という魔法があるのを教えてくれた。彼女の視線もずっと俺の目を向いている。ならば目に関連する事か。今の時期にピッタリの某盆をループする作品みたく「目を〇〇」という能力だとすれば、割と発動させようと思考するだけで起こす事が出来るだろうか。
能力の詳細が分からない上に実験する時間も無い今、絶賛能力使用中の彼女に直接聞いて少しでも情報を貰いたい。
「『奇跡』? 魔法と何が違うんだ」
「気になるの? 興味があるのは良い事だね」
「あぁ、めちゃくちゃ気になる。だから教えてくれ」
「でも、教えてあげない」
彼女の肩からヒョコっとまんまるな小鳥のぬいぐるみが現れる。
それが少し浮いたかと思えばとんでもない勢いで顔面目掛けて飛んできた。
「っ!?」
顔面に当たる寸前に回避する。
背後から大きな破壊音がして大きな物が落ちる音がする。止まり切れずに壁か床に衝突したのだろう。
背後を見ると吹き飛んだぬいぐるみ達と勢いに負けて吹き飛んだ扉があった。
彼女の殺意は相当な物だ。
幸い扉は開いた__というか吹き飛んで無いのと同じになったのでそこから逃げ出す。
翔流には悪いが先に逃げさせてもらう。相手の目的は俺だけだ。ここに置いて行っても死にはしないだろう。
部屋から出る際に一瞬彼女の方を見たが、座ったまま動く気配は無かった。
床に突き刺さった小鳥のぬいぐるみの上を踏んでより深く突き刺さして逃走する。
「ミッッ!!」
踏んだ時にぬいぐるみから鳴き声が聞こえた気がする。
道中、廊下に飾られているぬいぐるみ達が突進してきたが、道中のぬいぐるみ達にはさっきの小鳥のみたいな異常な威力を持っておらず、簡単に蹴飛ばして振りほどけれた。
玄関に到着するや否や、急いで靴箱から自分のクロックスを取り出して外に出る。




