第13話 戦闘準備
信世くん目線になります。信世くんが熟考しているので少し長いですよ。
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通話終了の画面になったスマホを持って舌打ちをする。
翔流の生死を確認出来たのは良かったが、大事な情報を伝えきれなかったのは痛い。
まだ憶測でしかないが、紡祇を乗っ取っている奴(侵略者と仮で呼んでおこう)は『奇跡』を持っている人間を殺すと、何らかの手段で『奇跡』を奪えるのだろうと俺は考えている。
翔流にそれを伝えようとしたが先に通話を切られてしまった。何度か掛け直してみるが反応がなく、チャットも送っているが既読にならない。大方、あの侵略者やぬいぐるみ達にスマホを奪い取られたのだろう。
最初に電話を掛けた時は、既に翔流は殺されているのかと思っていたが、まさか生きていて、しかも侵略者にバックハグされているとは思わなかった。
初対面の時に紡祇を女と勘違いしたあいつの事だ。どうせ相手が男なのは気付いてないだろう。話し方からして恐らく中身は女性なのだろうが体は完全に男だ。それに気付かずに誘惑されている可能性もなくはない。
どうして全員があの侵略者の体を見て女だと判断するんだ。小柄で可愛らしい外見をしているが、どこからどう見ても男だろ。
しかし翔流が殺されていないのはあまりにも不自然だ。
なにせ、あいつは『奇跡』持ちだ。
これは綺羅星が居たおかげで分かったことだが、『奇跡』を持っている人間には『奇跡』の効きが悪くなるようだ。電話する前に実験しておいた。
以前、綺羅星とその他大勢の男達に囲まれた時に、綺羅星が『奇跡』を俺達以外にしか使っていなかったのはそういう事だ。何度も何度も綺羅星に『奇跡』を使って白状させたからそれは間違いない。
侵略者は俺の『奇跡』が欲しいと言って殺してきた。恐らく、殺した奴の『奇跡』を奪えるのだろう。だから、綺羅星の『奇跡』が効かなかった翔流を既に処理していると考えていたのだが、何故か生きていた。
能力を奪うのに何か条件があるのだろうか。例えば、『奇跡』を使った事がなければ奪えないとか。だが、それが条件だとするなら、俺が電話で翔流も『奇跡』が使えると伝える前に電話を切ったのはむしろ都合が悪いはずだ。翔流が使い方を知れば後は仕留めるだけで済むだろうに何故だ。
他に隠したい情報だと思ったからなのかは分からないが、何か意図がありそうだ。
とにかく、現状あちらでは、翔流は自分がなんらかの『奇跡』を持っているのに気付いておらず、侵略者はそれを知っておきながら、あえてそれを翔流には伝えずにスキンシップを重ねているという事だ。
翔流に『奇跡』について教えて使えるようにして殺す事もせず、俺には本人が向かわずにきりるんのような推定最高戦力のぬいぐるみも使わずに放置しているのも不思議だ。何も手出ししないのは何か理由があるからだろう。
あり得る可能性としては、あの部屋以外に行くと『奇跡』を使えなくなる、もしくは紡祇に体を取り返されるとかだろうか。
思い返してみれば、俺を殺したいというなら、外で背を向けている時や、洗面所で袋小路になっている所を狙えば良かったはずだ。それをしなかったのは何故だろうか。
まぁ、相手がバカでなければ、しなかったのではなくて出来なかっただけなのだろう。
理由は分からないが、あの部屋以外には侵略者は自分の意識を保てない可能性が高い。なにせ、あの部屋に入った瞬間に侵略者の意識に変わっていたのだ。ほぼ間違いないだろう。
あとは、戦闘能力が高いぬいぐるみを送らなかった理由としては、本体から離れていると強い能力が使えないとかなのだろうか。家から出た途端に追手が消えたのもそれが理由だろう。
「つまり、こちらとしては準備し放題という訳か」
「そうみたいですね。ダーリン」
腕に抱き着こうとしてきた綺羅星を蹴飛ばす。
「ダーリンの愛情表現ってすごい過激なのね。嬉しい」
「おう、そうだな。そこで座ってろ」
俺に指示されて正座をする。
見ての通りだが、今の綺羅星は俺が使った『奇跡』で俺に好意を抱いている状態だ。まぁ、それ以外にも少し手を加えているのだが。
クセはあるが、操り人形みたいなものだ。
向こうが監視していないのであれば、侵略者には綺羅星が味方になっているのは伝わっていないはずだ。ならばこれを使わない理由はない。相手が知らないちょっとした戦力だ。存分に利用させてもらう。
まず、綺羅星の『奇跡』を再確認しよう。
彼女は、どうやら対象から別の対象への好感度を調整出来る『奇跡』を使えるとの事だった。この能力を使って、周囲の男達に自身への好感度を極端に引き上げて召使いのように操っていたと。
要はゲームで言う所の魅了みたいな物だ。
この能力は逆に好感度を最低にも出来るみたいで、最初に会った時に翔流と俺が紡祇に向ける好感度を最低まで落としてやろうとしていたみたいだ。酷いことをするもんだ。
結果は見ての通り全く効いていなかったのだが。
綺羅星からこの『奇跡』を聞いた時、とりあえず綺羅星が連れてきた男全員を俺への好感度を限りなく上げさせて、脳死で言う事を聞く下僕みたいな存在にさせてもらった。
ついでに綺羅星から俺への好感度も変えれないか調べてみたら見事に成功したので、今は綺羅星とその他男達の軍勢を俺が引き連れている状態になっている。
ただ、この『奇跡』は弱点があるらしく、好感度を無理やり上げている相手は動きが鈍くなってしまうというデバフが付くみたいだ。
あの時、俺を殴ろうとしていた警官の動きが妙に遅かったのもこれが理由らしい。
まぁ、肉壁程度には使えるので、突撃する時には利用させてもらおう。
「さて、ここまで手数が増えたんだ。そろそろ助けにいかないと、紡祇も不安だろ」
「ダーリン優しいのね。あんな使えない女を助けに行くだなんて」
使えない女というのは紡祇の事だろう。このクソアマは姿が変わった紡祇を女と思っているみたいだ。
腹が立ったので顔面を蹴飛ばす。コイツを殴って手を汚したくはない。汚すのは靴だけで十分だ。
妙に顔を赤くして息が荒くなっているが、気のせいにしておこう。見た目も良くないので記憶に残したくない。
さて、確認する事は大概終わった。後は計画通りに動くだけだ。
内容は簡単だ。
相手は紡祇の家から出てこない。ならば、少しずつ攻略していけば良い。
手始めにコイツらを5人程向かわせて、内部の状況をスマホのビデオ通話で確認しながら進んでもらう。
状況を見ながらぬいぐるみを外に出して俺の『奇跡』を使いつつ無力化して紡祇の部屋に侵入。翔流を連れ出して、人質とぬいぐるみが無くなった所で男達を使って侵略者を捕まえて、俺が『奇跡』を連発して無力化した後、俺の『奇跡』で侵略者の意識を消して紡祇を取り戻す。
綺羅星に関しては、殺されて『奇跡』を奪われてはいけないので、外で待機してもらう事にする。
まぁ、綺羅星が居なくても人のストックは少なく見積もっても30人はいる。何人かやられても余裕はある。
「お前ら行くぞ」
「はぁい、ダーリン」
少し好感度を高くさせ過ぎただろうか。終わったら記憶を消させなければ。
大量の男達を引き連れてマンションの玄関へと向かう。
お泊りする際、自由に出入り出来るように紡祇から合鍵を貰っているから、自動ドアを他の人が入るのと同時に入るなど狡いマネはせずに堂々と正面から入る。
警備員のおじちゃんに怪しまれたが、俺の『奇跡』で見逃してもらった。やはり、相手を
操れるのは便利だ。利便性が非常に高い。
道中は何事もなく紡祇の家の前まで来れた。もしかしたら、家からは動けないという当てが外れて何か仕掛けられているのかと思ったが何もなかった。
「作戦はメッセージに送った通りだ。テメェらしっかり働きな」
「「「はい!!」」」
「もちろんよダーリン」
抱き着こうとする綺羅星の腹に回し蹴りを放ってうずくまらせる。
「この痛み……ダーリンの愛情が強く感じれて嬉しいわッッ!!」
「こうも好感度が高いと流石に怖いな」
使いやすくする為に好感度を高くしたのは間違いだっただろうか。ただなぁ……俺の『奇跡』だけだと数分したら解除されるから好感度を戻すのはあんまり良くないんだよな。
それに、俺の『奇跡』だと、毎回指示しないと動いてくれないみたいなんだよな。だからこそ、綺羅星に好感度調整をしてもらっているのだが。
まぁ、こういうのは紡祇を助けた後に解除すれば良い。今は紡祇が一番大事だ。何が何でも取り戻さなければいけない。
合鍵で家の鍵を開けて初めの五人チームの男達に突撃してもらう。
「お前ら。先に行ってこい」
「「かしこまりました!」」
軍隊さながらの敬礼をして家に続々と突撃する男達。
五人ずつ突入させたのは一応理由がある。
一人はスマホのビデオ通話で外から状況把握をさせる為、残り四人は肉壁を兼ねてぬいぐるみを捕まえてもらう為だ。
さて、それでは早速スマホの画面越しに中の様子を見させてもらおうか。
とスマホの画面を覗き込もうとした瞬間、先頭を走っていた男がとんでもない勢いで飛んで帰ってきた。
比喩でも何でもなく「飛んで」戻ってきたのだ。
ある程度予想はしていたが随分と殺意が高いものだ。俺が先走って前に出ていたらあの男みたく背中に大ダメージを負っていただろう。
「やっぱり待ち伏せしてたか」
玄関で倒れて入口を塞いでいる邪魔な男の腹を踏んで前に出る。
四人の成人男性の壁の隙間から中の様子を見てみると、そこには予想通りの小型生物が小さな羽でパタパタと飛んでいるのが見えた。
あの時、扉を破壊した小鳥のぬいぐるみ。たしかハヤブサのぬいぐるみだっけか。元ネタの音速で飛ぶハヤブサに劣らずの飛んでもない勢いで突っ込んでくる奴だ。その背後には増援として大小様々なぬいぐるみ達が通らせまいと道を塞いでいる。
先に進みたいならまずコイツをどうにかしろってか。
「お前ら退け」
男の壁を開いて前に出る。
「『動くな』」
ぬいぐるみ達は奥に居る俺の姿を見るなり突撃しようとしてきたが、俺の『奇跡』で身動きを封じさせる。
『奇跡』同士で反発し合って打ち消されたりしないか不安だったが問題なさそうだ。これなら安心して制圧出来る。
ついでにだが、どうやら俺の『奇跡』は別に大声じゃなくても良かったらしい。綺羅星に実験している時に気付いたことのだが、『奇跡』の存在を知ったことで、意識してオンオフが出来るようになったみたいだ。
敵意も動きもない可愛らしいただのぬいぐるみとなった物を男達が回収していく。
順調だ。
ぬいぐるみに俺の『奇跡』が通じるのであれば、綺羅星の『奇跡』も通じるはずだ。
外に送ったぬいぐるみを味方にするように綺羅星に命令して先に進む。
念のために男達を先に突っ込んであまり前に出ない様にはしているが、想像以上に早く片付きそうだ。
洗面所やトイレも含めてしっかりと探索し、道中に居るぬいぐるみを全て綺羅星の『奇跡』で好感度を調整し、害のないただのぬいぐるみにしてリビングに到着したその時。
「よぉ、信世。随分と賑わってんな」
翔流が嘘臭い笑顔で、脚を組んで椅子に座っていた。




