前編:想い違い
令嬢の世間体が守られるかどうかの瀬戸際ハートフルストーリー(本編)
単品でも読めますが、ページ下に前日譚のリンクがあります。
前日譚 → お嬢様の秘密が暴かれるまで24時間を切りました
儚げな令嬢が、窓辺で頬杖をついている。
「はぁ……」
今日は令嬢にとって、人生における重要な試練の日である。
両親を説き伏せ周囲の賛同を得て、自身の想いや未来を守らねばならない。
しかし何も懸念することはないはず…。
人に見られてはいけない破廉恥なブツは、昨日裏山へ埋めてきたばかり。
今ここには、清く正しく領土への愛に満ち溢れた淑女しかいない!
自分を奮い立たせて、立ち上がり朝食室へと向かった。
*
朝食を終えた後の紅茶がとても美味しい。
これからじっくり話し込む予定だが、令嬢は気になって問いかけた。
「新しい茶葉ですか?」
「ええ。今日は噂の魔術師がいらっしゃいますからね」
令嬢の母がそう答える。
茶葉には何か甘い花のような香り付けがされている。遠くから取り寄せたものだろうか。
例の魔術師を歓迎している様子が感じられて心苦しくなってしまった。
ふわりと漂う香りを吸い込んでから、この香りに負けないぞとばかりに息をはきだして口を開いた。
「お父様。お母様。私の婚約のことなのですが…」
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扉の外側に控えた騎士は、表門側と朝食室側を交互に見渡した。
今、室内では領主夫妻とお嬢様が話し合いをしている。
半身が見えるように控えているので、こちらへも聞こえているのは認識されているだろう。
しかし、お嬢様からは背面側なので、自分がここに居ることに気づかれていないかもしれない。
そうこう思っているうちに、お嬢様は婚約について意見をしはじめた。
「私はこの度の婚約に、反対します」
ーーーーーー!!!
凛とした声でそう告げられた。
思わず朝食室側へ全身を向けて見てしまいそうになる。耐えて、視線を落とした。
その婚約相手が居ることに気づかれていないのかもしれない。いや、気づいていての牽制だったのだろうか。
「この領地は北に魔獣のいる山間部が広がり、王都からは離れています。魔獣による被害の対策のために力ある者たちを領地に留め置く婚姻が多くなされてきましたが、今は北方の辺境伯のお陰で大分落ち着いてきました」
北の辺境伯は、代替わりして強くなった。
以前には魔獣の被害が著しかった地域だったが、当代の辺境伯は賢く軍事にも明るい。
獣害さえ対策できていれば、資源豊かな魅力ある地域だ。大きな都市もある。
自分もこの領地に居つくまでは、北の領土を目指していた。
「今では、武力や魔力、貴族爵位などの品格よりも重要と思われるものがございます。
私は、領地をまたぐ産業の活性化を進められるような、人同士を繋ぐ魅力ある指導者が必要だと思っております」
おそらくは凛々しいお姿で、そう言い切られたのだろう。
背面のためお嬢様の表情は分からないが、迷いなくご自身の意思を告げている状況がはっきり感じられた。
お嬢様はそのあとにも領地にとってこの婚約は条件が良くないことを言い募り、
「なので、私はこの度の婚約に反対しているのです」
と締めくくった。
耐えて床を見る。
はっきりと、私との婚約に反対だと意思を告げられた。
*
ずいぶん前から、騎士は令嬢に対する懸想を自覚していた。
いかにも深窓の令嬢らしい見た目を持つのに、活動的で魅力のある淑女だ。
王都にいる貴族とは違い、庭いじりが好きなお嬢様。
会話をするようになってからは、何かと手伝う隙を狙う毎日だった。
今おもえば、この地に留まったのはお嬢様がいたからかもしれない。
領主夫妻よりお嬢様との婚約の打診をいただいたのがつい先日。
喜び浮かれて色々さらけ出してしまったのが昨日。と同時に深く落ち込んだりもしたが、日が変わってからは開き直り、自身の恋を成就させるために動いた。
動いたのだが。何もかも遅かったのかもしれない。
これからお嬢様との仲を進展させよう、という状況ではなくなりそうだ。
自分はお嬢様との婚約を経て将来を共にしたいと願っているが、お嬢様はそう思われてはいないようだ。領土の為にはならない、という内容ではあったが、ようするに不満があるのだ。婚約相手に。
領主夫妻は、自分はお嬢様に好かれているとおっしゃっていた。だから今ここに呼ばれたのだろう。
しかし現実には、お嬢様に婚約の意思はなく自分は間接的に振られてしまっていた。
自分が嫌われているか、もしくは別の誰かを想っているのか。
うぬぼれているわけではないが、自分が嫌われているという印象は今までになかったように思っている。
お嬢様はいつも笑顔を向けてくれた。手すら繋いだことはないが、一緒に昼食を共にしたこともある。
『ちょっと食事したくらいでアイツ、しつこく言いよって来るのよね~!』
昔同僚だった女性騎士との会話を急に思い出した。
一度だけ食事をした男性が、彼氏面をしてくるという愚痴だった。
もしや同じような状況だったりするのか? いやまさか?
昼食とはいえ、お嬢様と食事を共にした騎士は自分一人だ。
敷地内の別邸に務める騎士も、ここの領主邸に来る機会は多い。
しかしお嬢様と一番親しい騎士は、自分一人であるのは間違いない。
いや、本当にそうだろうか?自分が思い上がっていて勘違いをしているのか?
現実を見ながらも自分を正当化したい気持ちは強く、思考は深みに嵌っていく…。
床を凝視しながら騎士は昨夜の出来事を振り返っていた。
*
昨夜、騎士は夜中に屋敷を抜け出すお嬢様の後をつけた。
月が照らすばかりの真夜中だ。何故こんな真夜中に?と思いつつも声をかけず、身を潜めて一部始終を見てしまう。
裏山の一角に、令嬢は何かを埋めて戻られた。
どうしてお嬢様の後をつけたのか。ーーこれは単純に心配であったからだ。
何故声をかけなかったのか。ーーお嬢様の心の吐露らしきものを見てしまったからだ。
あの時。月明りに照らされてお嬢様が呟いていた言葉。
『やっぱり…私、あなたを諦めることができません』
諦められないといいつつも、その様子は悲壮感たっぷりだった。
ーーシャリリンリンーー
お嬢様は本を眺め、抱きしめていた。その本から魔道具の起動音が聞こえる。
誰かへの想いを告げ、涙を流しながら名残惜しそうに魔道具を埋めて帰られた。
それを自分は掘り起こしたのである。
お嬢様が秘匿されている想いを探ろうと、持って帰ってきてしまったのだ。
この時点で騎士道を逸れている自覚があった。盗人ですらある。
どのような言い訳も通用しない。
自分の恋をあきらめたくない、成就させたいという自分勝手な想いから動いたのだ。
掘り起こした魔道具は制限があるようで、しばらく起動ができない状態だった。
次に起動するまでの条件や時間が読み取れない。1日に1回だけ使える魔道具というのは多いため、日を跨げば起動可能となる予感がした。
魔道具からはおそらく、恋敵となる相手に関するものが知れるのではないか。
自分が嫌われているのでは無いならば、お嬢様が想う相手より想われるよう努力すれば、望む未来があるかもしれない。
しかし誰しも、秘密としたいものを暴こうとすることを良しとしないだろう。
それが守護を担う、令嬢を守るべき騎士が行うとなったら尚更許されないだろう。
自分の恋路に活路を見出したい気持ちと、お嬢様に対して誠実でありたい気持ちがせめぎあう。
領主夫妻は家族仲が大変良い。当然ながら、お嬢様への愛情も深い。
お嬢様が嫌だとなれば、この婚約はたちまち消えてしまうだろう。
ぐるぐると、思考がとまらない。
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「それでは、婚約の話を進めたくはないということかね?」
領主が令嬢へ問いかける。
「はい。お断りしたいです!」
先ほどよりも意志の強い断言をするお嬢様。
騎士は床から視線を少しあげ、真正面の壁を見つめる。
ざっくりと心が抉られた気がしたが、今の言葉でぐるぐると考えていた思考が定まった。
掘り起こした魔道具は、何もせず元に戻してこよう。
自分とお嬢様との障害を乗り越えるために盗んだようなものだったが、障害があるのではなくてお嬢様との縁自体が無かったのだ。
少し、ほんの少し目頭が熱くなる。
背を向けているので見られはしないのが幸いだ。
少し風の通るこの位置で、目元も乾けばよい。
「でもね、良い話だとは思うのよ〜?顔合わせをしてから、落ち着いて考えて見るのはどうなのかしら?」
領主の隣に座る夫人が、お嬢様を説得しようとしている。
「いえ、婚約の話を進めておいて後からお断りするというのは失礼ですわ」
お嬢様は揺るがない。
「まぁ、とても残念だわ〜…。あなたはとても好いているのだと思っていたのですけど」
「そんなことはございません!一体何故そのように思われるのですか!?」
騎士の目は乾きそうにない。
「爵位をいただけるほど認められ、今後の活躍も見込まれているのよ〜。領内の女性から人気の的ではないですか」
「私、まったく好みではございません」
騎士は壁の模様を凝視して耐えた。きめ細かい模様でよかった。
「お相手は、あなたとの婚約を快く思ってくださってるようですのに~」
「絶対にお断りいたします!
私、そもそも魔術師の妻となることが想像できかねます。大変失礼ではありますが、魔術師の方々は揃いもそろって華奢なお姿。例の方は多くの女性を虜にしているようですが、私は頼りなく思うばかりでございます」
ん?魔術師?…?
「私の夫となる人には、力強く体格良く、領民からの信頼あつく、日に焼けてこの土地に根をはって生きてくれるような、騎士道の精神をお持ちの誠実な方を望みます!!」
「あっら〜? なんてことでしょう。あなたと婚約を結ぶ方は魔術師ではございませんよ?」
「えっ…?」
「この領地で、新しく爵位を授かることになった方とは申しましたけど~」
「お母様っ…、お父様、どういうことですかっ!?」
「おや、まだ伝えていなかったかもしれぬ。この春にな、冬の討伐での活躍が認められて騎士爵が授けられる者がいてなぁ」
「そうそう。あなたも良く知っている、この領主邸にも駐在してもらっている方よ〜。お互いに知っている同士ですけど、婚約者としての顔合わせは必要でしょう~?今日は魔術師にここの魔導防衛の状況を見に来ていただくから、その前に軽く家族揃ってお話でも、と思って呼んでいたのですけど。そちらに。」
ばばっとお嬢様が振り返る気配がする。
思わず、自分も室内のほうへ身を向けてしまい、ばっちりとお嬢様と目が合ってしまった。
やはり自分が居ることを知らなかったようだ。
驚いた表情が、真っ赤に染まっていくのを見た。
おそらく自分も赤い。少し涙目でもある。そしてとてもいたたまれない。
お嬢様はすぐにまた背を向けられ、両手で顔をかくされた。
「あなたがそこまで婚約を進める気持ちが無いなんて、残念ですわ〜。でも本当に良いのかしら~」
夫人が質の悪い笑顔をお嬢様へ向けている!
「良縁だと思ったのだがなぁ~」
領主も夫人に合わせてきた!
お嬢様は両手で顔をかくして、細かく震えている!!
やがて立ち上がり、
「お父様もお母様もひどいですっっ……!!!!」
と、領主夫妻に向けて言い捨て走り去った。2階の自室へ。
細身ながらキレのよい動きだ。日々の剣舞で鍛えられているだけある。
思わず駆け抜けるお嬢様を見送ってしまったが、はっと状況を鑑みた。
まさか。
いや、そういえば。
お嬢様は、魔術師との婚約だと思われていた。
領主夫妻は婚約者の相手側について「新しく爵位を授かる」人としてしか伝えていらっしゃらないのではないか。
冬の討伐で、先に爵位を授かった魔術師との婚約だと思われていたにちがいない。
つまり、はっきりきっぱり振られたのは自分ではない!!
『お父様もお母様もひどい』というのが、何をさすのか。
自分がこの場にいたことなのか、婚約者について詳しく聞かされていなかったことなのか。
お嬢様がこの場から立ち去られると、領主夫妻の視線は自分へ集中する。
なんと尋ねるべきか。お二人の作戦だったのだろうか。であれば、その作戦は失敗なのか成功であるのか。。
改めて向き合った時に、表門のほうに来客の気配がした。
例の魔術師が来る。
[あとがき・人物紹介]
登場人物に名前を付けていません。代わりにそれぞれの人物の状態やタイプがわかるように、美ボディ騎士 思春期令嬢 というのをイメージして書いてみました。
お嬢様→たおやかな細身の美人。環境に恵まれ賢く優しく育つが、見かけによらず好奇心旺盛で快活な内面を持つ。破廉恥な秘密を持っていたが、隠しおおせたと思っている。
騎士→肌は日に焼けて浅黒い。ほどよく筋肉が乗りスタイル抜群、ムチムチ美男子。お嬢様には見た目より内面に惹かれた。自主的に人を助ける行動をするので領主邸の人からも領民からも慕われている。男性にも女性にもラブの意味でモテるタイプでもある。
ところで「美ボディ騎士」も「ムチムチ美男子」も画像検索したら男性より女性が多くヒットするのは何故(不満