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一足遅かった、僕らの恋に。

 皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます!

 SNS文芸部というなんとも楽しげなタグに釣られて書かせていただいたこの物語も、いよいよ最終回でございます。


 テーマ『小説を書くのが趣味の主人公が、神の介入によって自作小説の世界へ往く』(だいたいこういう意のテーマでしたよね?)の物語、その結末を見届けていただけたら幸いです。


 それでは、本編スタートです!

「ぁ…………、」

「どうしたんだい、旅人さん? もしかして君は、森の肥やしになってくれるのかな?」

「あ、あぁ……いや、たまたま迷ってしまってね。出口を探してるんだ」

「そうだったのか。安心して、この森は時が来れば自然に出られるようになるはずさ。それまではこの暫しの平穏を楽しんでいってよ」


 危ない危ない。

 『古代の森』は平和な場所だが、妖精の問いに答えられないと生き埋めにされる森なんだった。森という場所にあまりいい思い出がないからか、俺の書く小説において森というのは怖い場所になりがちなんだ。


「そうさせてもらうよ、ありがとう」

 俺は主人公に喋らせる予定だった台詞を返す。そんな俺を一瞥(いちべつ)してからまたどこかへ飛び去ろうとする妖精に、思わず声をかけていた。


「? どうかした?」

「ぁ……いや、その……」


 何やってるんだ、俺は!

 こいつは凜に似た妖精(ヽヽヽヽヽヽ)であって、(りん)ではない。それはわかっているつもりだったのに、呼び止めずにはいられなかった。

 この妖精がただの、このティンゲルギニアに住む妖精のひとりでしかないことは、作者の俺が誰よりもわかっているはずなのに。


 それでも。

「なぁ。この森で綺麗な火を見られるって聞いたんだが、それって今日も見られるかい?」

「火? ……あぁ、翅花(はねばな)のことかな。もちろん今日も見られるよ。こんな時代だ、妖精(ぼくら)だって不死ではいられなくなってしまうのさ」


 翅花。

 この世界の妖精が死ぬと、その死体はしばらく地面に落ちたままになっている。やがて日が経ち、通常の生き物でいうところの腐敗が始まるのと同じような感じで、妖精の死体も自然へと還ることになる。

 といっても、妖精はタンパク質やアミノ酸などの、現実的な物質で形成された存在ではない。大気中に満ちた架空の物質が妖精を形作っている。だから妖精の死体は、色鮮やかな光と共に空中でパッと散るように消滅する。さながら花火のように散るそれを、ティンゲルギニアの人間たちは「火」とだけ呼び、妖精たちは「翅花」と呼ぶ。俺が書いているのはこのティンゲルギニア全体を巻き込む動乱の話だから、妖精たちもバタバタ死に、この翅花もほぼ毎日、しかもそれなりの規模のものが発生している──というのは、主人公たちが最初にこの『古代の森』を訪れた話で本編中でも説明済みだ。


 今日の翅花は、どうやらこれから始まるらしい。

 妖精に連れられて、俺は古代の森にある開けた場所に辿り着いた。古代の森全体が木漏れ日の差す明るい所ではあったが、そこは繁った木々も開けていて、さながら吹き抜けのようになっていた。俺と妖精は、お(あつら)え向きに横たえられていた古木の幹に並んで腰掛けて、ふたりで始まる時を待った。


「……どうなんだ、ここでの暮らしは」

「? どうっていうと、……妖精(ぼく)はここしか知らないからね、どうというのもないさ」

「そういうもんか」


 どうせなら現地人(?)の声を聞いて今後の参考にしようかと思ったが、そう簡単にはいかないらしい。元の世界に戻れる保証すらないが、もし戻ったときに続きを書けるようにいろいろ調べておくのもいいかも知れない──目の前の妖精が凜とは別人だと受け入れてみると、そんな目算が浮かんでいた。

 だが、そもそもこのティンゲルギニアは俺の創っている世界だ。だからなのか、俺の想定している以上の答えは返ってこないし、その辺りは都合よくいくものでもないらしい。軽い落胆を覚えつつ、それでもこの普段なら決してできない体験を楽しんでみようかという心地に、ようやくなり始めていた。


 そんなときだった。

 乳白色にも見える真昼の日差しのなかでもすぐに見分けがつくよくな、明るくて鮮やかな七色の光の花が、空中に咲き始めた。


「ほら、旅人さん。始まったよ、今日の翅花だ」

「おぉ…………」

 翅花がどんなものであるか、文字では描写しているつもりだった。

 だが、いざこの目で見てみるとそれは想像以上にきれいな見た目をしていて。それが妖精の本当の意味での最期なのだということを踏まえると、なんだか夏祭りを締め括る花火のように美しく、なんだか切ない気持ちにさせられた。


 なんて、物書きらしくいろいろ描写するように語ってみたくなったけど。それよりも、何よりも先に。


「綺麗だな」

「そうだね」

 何よりもまず、感覚的な言葉が口から出ていた。もしかしたら、俺が日頃から修飾やら比喩やらを盛り込みながらあれこれと書いているのが実は全て蛇足だったのか──そう思えてしまうくらい、目の前でパッと光って咲いた翅花は、「綺麗」という言葉以外を受け付けなかった。

 本当に綺麗なものの前では、気取った言葉なんて邪魔なだけだった。そして、そんなに綺麗なものだからこそ。

 無性に、胸が痛む。


「あの頃に見たかったな……」

「そうだね。でも、こうやって今見れてるよ。あの日約束した、綺麗な花火。夏祭りの夜じゃなくて、真っ昼間の森のなかだけどさ」

「え?」


 小さく漏らした独り言に、思いがけない返事。

 思わず振り向くと、妖精が俺をじっと見つめて微笑んでいた。いや、…………いや、まさか。


「……凜?」

 思わず震えてしまっていた声に、隣に座る凜そっくりの妖精は『久しぶり!』と、あの日々を思い出す表情で笑った。


「本当に、凜なのか……?」

 もう、駄目だった。

 聞いている途中から涙が溢れて、視界はどんどんぼやけて、まともに言葉など紡げなくて。傍から見ればとても情けない姿だったようにも思えるが、俺はしばらくの間、凜に縋りついて泣いた。


 いる、凜は確かにここにいる。

 縋りついたことで更にその実感が、俺の胸を刺す。

 どんな気持ちなのか、自分でもわからないまま、ただただ俺は泣き続けた。

 そうして、ようやく涙が落ち着いて、呼吸もまともにできるようになった頃には、翅花も終わっていて。俺と凜は、風が木々を揺らす音、そしてオッツンベッルーの鳴き声が時折聞こえる以外は至って静かな森のなかで、何年越しかの会話をした。

 小学校の教員免許を取ったこと、そして目につく資格はあらかた取って、最終的に怪談師を目指したこと。巡り巡って今、かつて俺を高架下で助けてくれた屋台ラーメンのおやじに拾われて全寮制女子校で勤めていること……本当に、いろいろ話した。

 そうして、最後。

 そこまで話して、ようやく心の準備が整った俺は、ずっと言いたかったことを伝えた。


「俺は、凜のことが好きだ」

浩治(こうち)……」

「ずっとずっと好きだ。あの頃言えなくて、ずっと後悔してて……ずっと言いたかったんだ。忘れようとしても忘れられなくて、毎日何かしてないとあの頃のことばっかり考えてさ。でも、向こうには凜がいないから……誰にも言えなくて……」


 ああ、くそ。

 情けないったらない。

 話してるうちに、また泣きそうだ。

 もういいと言いたげに、凜がいつしか下がっていた俺の頭に手を置く。それから、「だめだよ、浩治」と静かな声で呟いた。


「あたしもね、浩治のこと好きだったよ。あの夏祭りでそうやって言うつもりだった。だから、今こうやって会えたのもすごい嬉しいよ。でもね、駄目なんだよ。もう“好きだった”じゃないと」

 その声は、凜からは聞いたこともないほど静かで。

 何かを堪えていることなんて、まるわかりで。


 ただ、俺は歯軋りすることしかできなかった。

「ずっとは……続かないのか」

「うん。浩治がこの世界に来たみたいな、そういういきなりなことだったみたいだから……あたしがここに来たのも」

「そうか。……そうだよな」


 下を見たからこそ、わかっていた。

 俺たちを包む世界が、少しずつ白く溶け落ちている。ノノ・カタは言わなかったが、どうやら小説の世界に飛ぶなんていうのは一時的なものだったのだろう。

 あのロリ神、なんて不親切なやつなんだ。また会ったら文句のひとつでも付けてやりたい気分だ。

 だが、その前にやるべきことがある。


 頭に置かれた凜の手に触れ、「大丈夫だ」と告げる。それだけで言いたいことをわかってくれたのだろう、凜は手をどけてくれて、俺は改めて顔をあげた。


「なんだ、ひっでぇ顔してるな」

「浩治だって一緒。べしょべしょじゃん」

「当たり前だろ、泣かないわけないだろ」

「そんな顔見てたら、不安になるんですけど」

「こっちの台詞だっての。…………ふぅ、」


 もう、残り時間は少ない。

 凜の後ろは、すっかり真っ白だ。たぶん俺の後ろにももう何もないのだろう。

 時間がないなら、しっかり答えないとな。

 心の準備を整える。

 息を整えて、少しの気合いを入れて。


「凜、大好きだった」

「うん、あたしも浩治のこと大好きだった」


 その言葉を待っていたかのように、世界は白く爆ぜた。巨大な流れが俺をどこかへ押しやる中で、ただ思う。

 うまく笑えていただろうか。

 ちゃんと見送れていただろうか。

 凜の笑顔を、まっすぐ見られただろうか。

 わからない。

 俺の記憶は、もしかしたらただの願望だったかも知れない。

 それでも。

 赤い目元で懸命に作ってくれたあの笑顔が、確かに俺の見たものだと信じたかった。


   * * * * * * *


「アァッハッハァアァァァン!!」

「うわ、なんだ急に」


 目を覚ますと、俺は公園の女子トイレにいて。

 目の前ではノノ・カタが記者会見でもしているみたいに泣き乱していた。まぁ神なんて存在の声が個室の外に漏れるとは思えなかったが、現世に帰ってきて最初にやることが泣いてる子どもを(なだ)めることとはな。やれやれだぜ。

 そして落ち着いたというノノ・カタは、その9歳くらいの見た目からは想像できないほど慈悲深い、まさに女神と言えるような笑みを向けながら俺に問うてくる。


「どうでした?」

「……まぁ、行けてよかったよ。ありがとな、トイレの神様」

「──そうですか。利用者を幸せにできたなら、私もトイレの女神冥利に尽きるというものです」


 感慨深そうに頷くノノ・カタ。俺を利用者にカウントするのもどうなのかと思わなくもないが、確かに今は使ってるしな。


「なんだか晴れやかな顔つきになりましたね」

「……まぁな。言いたかった相手に言いたかったことを言えた」

「よきかなよきかな。やはり人間には笑っていてほしいですからね」

「あんた、いい女神だな」

「ウホッ……!」

「言ってない」


 なんかこの女神、俗世間に染まりすぎちゃいないか? 別に俺が気にすることでもないんだろうけど。

 とにもかくにも。

「ありがとな、女神様」

「いえいえ♪」


 手を振るノノ・カタに見送られながら、個室のドアを開けて颯爽と外に出る。なんだろうな、気分が入れ替わったからか、ただ鬱陶しいだけだった日差しが妙に綺麗に見えて


「おじさん、だぁれ?」


 ……………………。

 ────っ!!


 急に走るのには適していない中年体型のまま、俺は街をひた走る。能天気な太陽の照らす町並みはどこかチープで、しかし妙に晴れやかで綺麗に見えた────


 なぁ、凜。

 俺、前を向いて走っていけそうだよ。

 おちこんだりもしたけど、俺はげんきです。

「……ていう、夢を見たんだ」

「へぇ、なんか浩治がよく書く小説みたい。浩治って中学んときからずっとそういう暗めの話好きだもんね~」

「おいおい凜、笑い事じゃないんだぞ。俺、目ぇ覚めてからずっと不安だったんだからな!?」

「朝イチで通話きたときは何かと思ったよ。しかも出たらいきなり泣きそうになってるし。もう何が何やらっていうかさ」

「わ、笑うなよ! 俺だって何がなんだかって感じなんだから……あぁ思い出しただけで恥ずかしい!」

「おわぁ、顔真っ赤。よしよし、大丈夫大丈夫だよ。浩治はほんとにあたしのこと大好きなんだね。あたしゃ嬉しいよ」

「うぅ、茶化すなよ~。てか、俺決めたんだ」

「何を?」

「俺さ、……なんか縁起でもないけど、後悔しないように凜のこと好きだってちゃんと伝えるようにしようって」

「うわ……ほんと縁起でもなーい。あたし死んじゃうの?」

「……ち、違っ、そういうんじゃなくてさ! その……あー、言葉まとまらん!」

「小説書いてるからそういうの得意そうなのに」

「小説で書くのと自分で言うのじゃ違うんだよ! ……あー、だから、その……今日の1回目だ。その、好きだ、凜。なんつーか、何かにつけて凜のことばっか考えちまうし、頭から離れねぇ。たぶんこの先もずっとそうだ。そうでいたいってくらい……その、好きだ」

「…………なんで最後ちょっと言い淀むわけ」

「だって恥ずかしいじゃんか!」

「聞いてるこっちも恥ずかしいっての! どうせ言うならちゃんと言ってよ!」

「えぇ、言い直すのか……!? けっこう勇気いるんだぞ、これ? ……あー、好きだ! 好きだ、凜! 俺は、凜のことが大好きだ!!」

「わぁ……すぅ────」

「ひ、引くなよ……けっこう恥ずかしいんだぞ」

「……あたしも」

「え?」

「あたしも! 浩治のこと好きだから! ひとりで恥ずかしがってんな!」

「……はは、何だそれ」

「ま、……参ったか」

「……最高の気分」

「何それ」


 こんな風なやり取りを、あとどれだけ繰り返していられるだろう。

 もしもあの夢のように、この時間が唐突に終わる日が来るのだとしても。そのときに胸を突き刺す後悔を、少しでも相殺できるように。

 俺たちは、この先もたくさんの思い出を作っていきたい。


 雨上がりの空は、なんだか妙に明るく見えた。


   * * * * * * *


 叶わない夢、虚しく儚い夢を、徒夢と呼ぶそうです。


 徒夢ならば、せめて幸福な夢を。

 作者として、そう願いたいです。


 以上で『一足遅かった、僕らの恋に。』は完結となります。

 お付き合いいただき、ありがとうございました!

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