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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「華族のお医者」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2024/12/04


落語声劇「華族(かぞく)のお医者」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約15分


必要演者数:4名

      (0:0:4)

      (4:0:0)【性別準拠人数比率】

      (3:1:0)

      (2:2:0)

      (1:3:0)

      (0:4:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


殿:とあるお大名(だいみょう)が明治時代を迎え、華族(かぞく)と呼ばれる存在となる。

  酷(ひど)い世間知らずで、今まですべて周りの者がやってくれていたが、

  ある時時代の流れについていこうと思い立ち、独学で医者の知識を学

  ぶ。その姿勢は立派なのだが自己流解釈や押しつけがひどく、

  お世辞にも腕が良いとは言えない。

  まさに藪医者(やぶいしゃ)、いや、紐医者(ひもいしゃ)か。


登(のぼる):殿様のそば仕(つか)え衆その1。

  殿様流医術で水銀を飲めとの診断が下される。


伊丹(いたみ):殿様のそば仕(つか)え衆その2。

   フルネームは大原伊丹(おおはらいたみ)。

   殿様流医術の中でもっとも酷(ひど)い診断と処方を受ける。


井上(いのうえ):殿様のそば仕(つか)え衆その3。

   殿様流医術にて瘧(おこり)と診断され、なぜか下剤を処方される。

   おかげで厠(かわや)とすっかりお友達。


語り:雰囲気を大事に。セリフ数は少ない。




●配役例


殿:

登:

伊丹・語り:

井上:



※枕は誰かが適宜(てきぎ)兼(か)ねてください。



枕:生兵法(なまびょうほう)は怪我(けが)の元、という言葉がございます。

  生半可(なまはんか)な知識で事に当たると酷(ひど)い目に合うというものですが、

  ところがこれをやってくる人間が、決して断れない相手であった場合

  、皆さんはどうしますか?

  いい例が昔のお大名(だいみょう)とその家来ですが、時代はどんどん目まぐるしく

  変わり、天下泰平の江戸時代から、激動の幕末・ご一新(いっしん)となり明治の

  時代へ移っていきます。

  その頃、各領地に君臨していたお大名(だいみょう)、お殿様といった支配者特権階

  級は明治になると華族(かぞく)と言われる存在になったわけですが、まだまだ

  お殿様気質(とのさまきしつ)が抜けず、とかく世間一般の事には暗く、何事も近習任(きんじゅうまか)せ

  であった、そんな頃の噺(はなし)でございます。


殿:これ登(のぼる)、登(のぼる)はおらぬか。


登:はっ、お召(め)しにございますか。


殿:うむ、予(よ)は華族(かぞく)の家に生まれたが、いかに太平(たいへい)の御代(みよ)とは申せども、

  手を袖(そで)にして遊んでおっては相(あい)すまぬ。

  予(よ)の先祖は千軍万馬(せんぐんばんば)の中を往来(おうらい)いたし、君の御馬前(ごばぜん)にて血煙(ちけむり)をあげ、

  槍先(やりさき)の功名(こうみょう)によって長年(ながねん)大禄(たいろく)を頂戴(ちょうだい)しておった。

  しかしながら、これからますます世の中が開けてくるにしたがって、

  時勢(じせい)もだんだん変化してくるであろう。

  それゆえ、この身に何か一能(いちのう)を備(そな)えたいと考え、予(よ)はひそかに医学を

  学んだぞ。


登:おぉ、それはまことに結構(けっこう)なことでございますな。


殿:別に誰か師(し)について学んだのではなく、書物にて独学(どくがく)したのだが、

  色々なことを発明したぞ。

  まあ見るがよい。これだけの器具(きぐ)を集めたのだ。


登:なるほどこれはいつの間に…恐れ入りましてございます。

  しかしわたくし一人で拝見いたしますのも、いささか惜(お)しいように

  思います。

  それゆえ詰所(つめしょ)にいる者達にも共に見せてやりたく思いますが…。


殿:おおそうか、よかろう。

  これ、伊丹(いたみ)をはじめ、皆(みな)ここへ来い。


伊丹:ははっ。


登:殿(との)がこれだけの器具(きぐ)をいつの間にかお集めになられていたのだ。


伊丹:へえ、殿(との)、これは何と申(もう)す物で?


殿:うむ、これは検熱器(けんねつき)と言う物だ。

  これが聴診器(ちょうしんき)、これが打診器(だしんき)と言う物だ。


伊丹:ははぁ、どれも物珍(ものめずら)しゅう見えますな。


殿:どれ登(のぼる)、そちを一つ、診(み)てやろうか?


登:いえ、わたくしは別段(べつだん)どこも悪くありませぬ。


殿:いや、そうではない。

  まあ見てつかわすから裸(はだか)になれ。これも稽古(けいこ)じゃ。

  何事(なにごと)も場数(ばかず)を踏(ふ)まねばいかぬからの。


登:しかし、御前(ごぜん)にて裸(はだか)になるは恐れ入りますことで。


殿:なに、かまわぬ。

  許すからよい。


登:しからば御免(ごめん)こうむりまして…、

  これでいかがにございましょう。


殿:うむ、良い骨格(こっかく)じゃな。


登:はっ、おかげ様で今年四十五になるまで、

  一度も患(わずら)った事はござりませぬ。


殿:左様(さよう)であろう。

  そら、この機器(きき)で脈搏(みゃくはく)を聴(き)くのだ。

  どうだ、グウグウ鳴るだろう。


登:えへへへ…くすぐっとうござりますな。

  左様(さよう)に横っ腹(ぱら)へ器具(きぐ)をお当てあそばしましては。


殿:いや、こういう所に病(やまい)は多くあるものだからな。

  これから一つ、打診器(だしんき)で肺部(はいぶ)を叩(たた)いて見てやろう。


登:いやそれは危(あぶ)のうございます。


殿:なに、心配いたすな。

  そら、こういう塩梅(あんばい)だ。

  トントン、トントン、トンとな。


登:あっ、つっ、痛(いと)うございます。


殿:ふむ、少し逆上(ぎゃくじょう)しておるようじゃから、カルメロを一分三厘(いちぶさんりん)に、

  ヤーラッパを五分調合(ごぶちょうごう)してつかわす。

  小屋へ帰って一日に三回の割合で服薬いたすがよい。


登:ははっ、どうもありがとう存じます。

  これはまたたいそう綺麗(きれい)なお薬で。


殿:うむ、簡単に言えば水銀剤(みずかねざい)であるな。


登:えぇ、殿、これを飲みましたら喉(のど)が潰(つぶ)れます。


殿:なに、大丈夫だ。

  決して左様(さよう)な心配はない。

  たとえ喉(のど)が潰(つぶ)れても、病(やまい)さえ治(なお)ればそれでよかろう。


登:いえ殿(との)、さすがに喉(のど)が潰(つぶ)れては困(こま)ります。


殿:心配はいらぬ。

  これ井上(いのうえ)、ここへ参れ。

  ついでにそちも診(み)てつかわす。


井上:ありがたくは存じますが、

   何ぶん裸(はだか)になるのは些(いささ)かはばかられますので。

   あいにく今日は下帯(したおび)を締(し)めておりませぬから。


殿:いやよい、許す。

  左様(さよう)な事は少しもかまわぬ。

  トントン、どうじゃな?


井上:あ、いっ、痛(いと)うございます。

   そう無闇(むやみ)にお叩(たた)きなすってはたまりませぬ。


殿:まぁ黙っておれ。

  あ、これは熱があるな。


井上:ははぁ、熱がござりますか。


殿:うむ、四十九度ばかりあるな。


井上:そんなにある訳(わけ)はござりませぬ。

   それでは死んでしまいますから。


殿:あぁなるほど、こう見るのであった。

  三十七度一分あるの。

  時々、悪寒(おかん)がする事があるだろう。


井上:左様(さよう)でござります。


殿:ははぁ、これは瘧(おこり)だな。


井上:いいえ、瘧(おこり)ではないかと心得ます。


殿:これこれ、何でも医者の言う事は聞くものだ。

  素人(しろうと)の癖(くせ)に何が分かるものか。

  これは舎利塩(しゃりえん)を四匁(しもんめ)ほど粉薬(こなぐすり)にしてつかわすから、コップに水を注ぎ

  、よく溶(と)いて飲め。

  それから規那塩(きなえん)を一分(いちぶ)入れるところじゃが、三分(さんぶ)も加えよう。


井上:殿、そのように劇薬(げきやく)を限度を超えてお入れになりましては、

   えらい事になります。


殿:なに、心配をするな。

  安心してすぐにこの場で飲め。

  さぁさぁ、今度は伊丹(いたみ)、そちも診(み)てやろう。

  年は何歳じゃ?


伊丹:三十七歳で。


殿:どこか悪いところがあるか?


伊丹:はい、下腹(したばら)が少々痛いです。


殿:それはどうもいかんな。

  しかしそういうのには、魔睡剤(ますいざい)を用いるとすぐに治る。

  モルヒネをな、えーと、一ゲレンは一厘六毛(いちりんろくもう)、一グラムとは一匁(いちもんめ)と

  申して、三分(さんぶ)ゲレンとは三割(さんわり)にしてコップに三十滴(さんじゅってき)が半(はん)ゲレンじゃが

  、見ておれ、こういう具合(ぐあい)にするのだ。


語り:コップへ先に水を入れて、ポタリポタリとビンの口を開けながら

   たらすのだが、なかなか素人(しろうと)にはそう上手く出来ない。

   二十滴(にじゅってき)のはずが、ポタポタポタポタと六十滴(ろくじゅってき)ほども出た。


殿:まぁよい、これでまけておこう。


語り:このようなものを飲まされた者こそ因果(いんが)である。

   御前(ごぜん)を下がって間(ま)もなく皆(みな)大変な目にあい、それはもう酷(ひど)い

   苦しみぶり。

   翌日、彼らはヘロヘロになって出て来ました。


登:どうだ井上(いのうえ)君、少しは良いか?


井上:いや、どうにもこうにも…。

   華族(かぞく)のお医者などにかかわるべきものではない。

   むやみにあの小さな柊揆(さいづち)でコツコツ胸を叩(たた)いたり、

   おまけに劇薬(げきやく)を飲んだものだから、

   昨夜は七十六回も厠(かわや)へ行ったよ。


登:それは大変だったな。

  しかし君はまだ一命(いちめい)があるだけ幸せだ。

  大原伊丹(おおはらいたみ)君は…可哀想(かわいそう)に、モルヒネを沢山(たくさん)飲ませられたものだから、

  とうとう意識を失って目覚めないままだよ。


語り:やらと額(ひたい)を寄せて話をしているのを耳ざとく殿が聴(き)きつける。


殿:これこれ登(のぼる)、出たか。


登:はい、ご機嫌(きげん)よろしゅう。


殿:どうじゃ、具合(ぐあい)は。


登:それが、どうも劇薬(げきやく)を多量(たりょう)にお用いになりましたものと見え、

  今日は体の具合が悪うございます。


殿:井上(いのうえ)はいかがいたした?


登:彼も罷(まか)り出ましたが、これもえらく逆上(ぎゃくじょう)いたし眼がかすみ、

  頭に熱を持ち、カッカと致(いた)してたまらぬと申しておりまする。

  それに可哀想(かわいそう)なのは大原伊丹(おおはらいたみ)で。

  彼はいまだ意識が戻りませぬ。


殿:むぅぅ、あれだけの手当(てあて)に及(およ)んでも息が出ぬと申せば、

  もはや命数(めいすう)が尽(つ)きたのかも知れぬ。

  どうしても意識を取り戻さぬか?


登:はい、色々に介抱(かいほう)いたしましたが意識が戻りませぬ。

  この上はいかがいたしましょう?


殿:いや、意識を取り戻さぬのなら幸いじゃて。

  今度は解剖(ふわけ)じゃ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


三遊亭圓朝(初代)




※用語解説


カルメロ:カルメロース、おそらく下剤の事だと思われる。


ヤーラッパ:※調べたが出てきませんでした。


舎利塩(しゃりえん):瀉痢塩とも書く。硫酸(りゅうさん)マグネシウムの事。下剤。


硝盃:ガラスの杯の事だと思われる。


規那塩:解熱・健胃薬。また、マラリアの特効薬。


水銀剤(すいぎんざい):もしかしなくても、体温計などに用いられるアレだと思われる。

    かの始皇帝(しこうてい)も飲んだといわれてますしね。


瘧(おこり):間欠的(かんけつてき)に発熱し、悪寒 (おかん) や震えを発する病気。

  主にマラリアの一種、三日熱(みっかねつ)をさした。


ゲレン:ヤード・ポンド法における質量の単位であり、

    正確には0.06479891グラムである。


柊揆:さいづち。ハンマーの一種。


命数(めいすう):寿命のこと。




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