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異世界転生、ちょっと足りない  作者: 藍澤 建
第一章【生まれ出ずるは英雄の芽】
7/19

006『読書家シュメル』

 僕の弟子入りから一ヶ月が経った。

 その間、領地ではなんの問題もなかった。

 ここに【反転】の魔法が発現した子供がいるんだ。いろんな勢力からの暗殺やら誘拐やら、様々なアクシデントに見舞われるものだと思ってたんだが、そういうことも一切なかった。

 平和な世の中なんですね。


 強いて言うなら、僕の魔法が発覚したことで、未だかつて無いないほどに領内が賑わってる、ってことくらいだろうか。領内の変化。

 まあ、これは納得ではある。

 なんてったって、伝説の魔法だ。

 英雄、霜天の魔女より千年誰一人として現れなかった神童、霜の再来……とかなんとか言われているらしいね。


「霜の再来って……なんか絶妙にださくない?」


 庭先で、僕はフォルスから借りた魔導書を読んでいた。

 ティーテーブルを挟んで向かいには、あいも変わらず無表情なフォルスが紅茶を飲んでいる。


「そうは言うけどね。霜天の魔女ってすごい人だったんだよ? なんせ、魔王討伐を完遂した勇者パーティの魔法使いだったんだから」

「へぇー」


 魔王討伐……ねぇ。

 下手に日本で色々なゲームに触れてきたせいか、魔王と言われても、ラスボス前の前座、みたいなイメージが拭えない。

 どうせ、その後に大魔王とか邪神とか出てくるんでしょ? と捻くれた考えが浮かんでしまう。


「勇者、魔法使い、狩人、聖女。たった四人で世界全土を滅亡の危機まで追い詰めた魔王を討伐したんだ。……まぁ、それも千年前のことだけどね」

「らしいね。なんか色々と書いてるし」


 ちょうど読んでいる魔導書に、その話が書いてある。

 最強の魔法【反転】を持ちながら。

 天賦の【神の目】を併せ持った、数千年に一度の逸材。

 完璧な魔力操作の元、実質的な無限の魔力を保有する彼女は、最強の魔法を使い放題、という異次元の性能を有してい……た、と、か……っ。


「おろろろろろろ……!」

「本にぶちまけるのは勘弁してくれよ?」


 咄嗟に隣の木桶へとリバース。

 僕は口元を拭うと、再び本へと視線を戻す。

 そして再び、魔法を使って本を読み始めた――。


『君には、反転を使って私の持ってきた魔導書を読破してもらう』


 そう言われたのは、数日前のこと。

 修行開始してから一週間と持たないだろう、と裏で言われていたらしい僕は、根性だけで一日十回、体調のいい日はそれ以上の魔力枯渇訓練を決行。

 結果として、僕は一ヶ月あまりで一年分に近しい量の魔力を増やすことに成功した。

 今の魔力量は最初に比べて三割から四割増、って感じかな。ランクにすれば、間違いなくAランクは行くだろうとのお墨付きだ。


 と、いうわけで。

 さすがに一年分の修行を終えたともなると、紙を一枚ぺらっと裏返すだけなら、容易く……はないけれど、可能といえば可能になっていた。

 そんな僕を見て、フォルスは早々に次の修行内容を明かすのだった。


『今までは、紙単体だったね。だから、次は本にしよう。知識も深められるし、本というのは百枚以上の紙の集合体だ。今まで通り、魔力を使い果たしてもいい前提での魔法行使では絶対に読破など出来ない』


 確かに、紙を裏返すことが出来るなら、本のページをめくることだってできる。

 けど、今まで扱っていたのは和紙のように薄く軽い紙。それに対して、魔導書に使われているページは羊皮紙。和紙の十倍は厚く、重いように思える。

 それが、百枚以上……ときたものだ。


『今まではがむしゃらにやれば良かったけどね。ステップアップだよシュメル。楽することを覚えなさい』


 彼女の言いたいことはすぐに分かった。

 今までは『挫けない心』さえあれば、幾度の魔力枯渇だって耐えられた。

 だが、ここからは違う。

 根性だけで乗り切れる修行は、ここまで。

 こっから先は、頭を使う修行。

 言わば、本格的な『魔力操作』の訓練だ。


『どれだけ魔力消費を抑えながらこの修行を終わらせられるか。目標は、魔力枯渇なしで十冊読み切ること』


 どれだけ魔力の消耗を抑えられるか。

 つまり、どれだけ『楽』を出来るか、という修行だ。

 ちなみに読破できたのは、まだ二枚。

 和紙よりも遥かに重い羊皮紙を、魔力を切らすことなく二枚だ。最初の頃に比べれば随分と成長したものだが……最終目標を考えるとしょぼいにも程がある。

 もっと、ずっと頑張らないと……!

 吐き気を堪え、再び本へと魔法をかける。


「あ、そこ。腕のところ魔力澱んでる」

「ぐぬぬぬ……」


 氷で出来た教鞭で、右腕をべしっと叩かれる。

 僕は腕へと意識を集中させつつ、本の内容へと改めて目を通していく。


 霜天の魔女。

 名を、ステラカヴァズ。

 女性であったこと、馬鹿みたいに強かったこと。反転と神の目の組み合わせがあったこと。魔王を討伐したこと。彼女自身の情報としてはこれくらい。

 だから、さらっと最初の方に書いてあっただけだ。

 そして、魔導書の残りには、その魔女が用いたとされる魔法について詳しく記載がある。


 最強の魔法【反転(アンリアル)

 それは現実を反転させる魔法。

 傷を負ったならば無傷へと転じ。

 壊れたのなら元通りへと転じ。

 ……また、その逆にも転じられた。

 生を死へ。完全を不全へ。

 壊すも直すも思いのまま。

 念じるだけで世界が書き換わる……というのだ。


「……そりゃ、最強だね」

「言っただろう? ぶっちぎりの最強魔法さ」


 ただし、と。

 フォルスは告げて、再び、氷の教鞭で僕の二の腕を叩いた。

 いや、今回は叩いた、というより『狙って突いた』ように感じた。

 妙な違和感を覚えて間もなく、それは明確な『形』をもって体を襲う。


「ま、魔力が……?」

「使えないだろう? そういう『弱点』を狙ったからね」


 驚き彼女を見ると、蒼き瞳と視線が交差する。


「君の【反転】は最強さ。けれど、あくまでそれは『霜天の魔女が扱う【反転】』であり、半端な状態であるなら、こうして『目』一つで簡単に崩せる――って考察だったのだけれど、正解だったみたいだね」


 思わず腕をさすっていると……使えなかった魔力が徐々に全身にめぐり始める。


「お父上が言った通り、神の目、というのは都市伝説に近い。あまりにも実例が少なすぎて、情報なんて皆無に等しい。だからみんな知らないのさ。魔力が尽きないことを。他人に見えないものが見えていることを。……私たちが、魔法使いの天敵だってことを」

「……天敵」


 その言葉に……なぜだろう、緊張とともに頭痛が走った。

 自分の最大の武器が簡単に殺されると知って、恐怖した?

 ……いや、何か違うような気がするけれど、うん。恐怖、ってのは間違いない。


「神の目は魔力を視る。体に流れる魔力を見通す。だから、相手が魔法を使おうとすれば、使う以前に予見して、対応できる。体に流れる魔力が見えるのだから、その通り道を今みたいに封じてやることだってできる」


 魔力の通り道を……封じる、か。

 氷を使ったのか、あるいは、フォルスの魔力を使ったのか。

 いずれにしても、フォルスはたった一動作で、僕の魔力を一時的に封じて見せた。


 ……なるほど、魔法使いの天敵、か。

 彼女の言った言葉が正しいのなら、まあ、奇跡的に遭遇することなんてないのだろうけど。

 それでも、万が一。

 運命のいたずらで『神の目』所有者と戦う、なんてことになった場合。

 きっと極まっていない【反転】では、勝負にもならない。


「ま、そんな神の目があるからこそ、氷魔法でも私は最強、ってわけさ」

「氷魔法……でも、魔導書をいきなり出してたのは?」

「あれは魔道具だね。そこら辺はおいおい教えていくよ。それより今は――」


 べしっと、頭を教鞭で叩かれる。

 今度は魔力が使えないわけでもない。ただ叩かれただけだ。


「そろそろ修行再開だ。神の目については……まあ、また後日ということで」

「……あい」


 ……ま、フォルスと将来的に戦うなんてわけでもなし。

 希少すぎる先天的素質『神の目』。そんなのがたまたま偶然、僕の敵として現れる、なんてご都合主義はないだろう。……ないよね。フラグが立った気がするけども。


 だが、どっちにしろ神の目に勝てなくて最強なんざ名乗れない。

 うん、神の目については要勉強だな……と考えつつ、僕は修行に没頭する。



 そして月日は流れ。

 気がつけば、僕は四歳になっていた。




 ☆☆☆




 修行開始から、一年が経過した頃。

 僕は自室で、静かに魔導書を閉じる。

 そして、思わず感極まって両手を広げた。


「魔導書、一冊目読破ああああ!!」


 ついに、ついにである。

 魔導書の一冊目を完全に読破!

 百ページ以上もある羊皮紙を全て反転によって捲り、読み切ることに成功した!

 残存魔力量は……と体内へと意識を向けてみると、まだ少し余裕がありそうな感じがする。


「おや、随分と早かったね。あと二年くらいはかかって、目標の十冊ともなると、その前に年齢が追い越すんじゃないかと思っていたけど」

「じ、十歳までこんなことやってらんないよ!」


 なんでそんな歳まで読書漬けの毎日を送らないといけないんだ。やだぞ僕は。こんな修行すぐに終わらせてやるんだ!


「見てろよ……コツは掴んだんだ! すぐに終わらせてやる!」


 そう意気込んで、数ヶ月。

 コツを覚えてしまえば、段々と魔力消費は抑えられる。

 近頃は、フォルスに教鞭で叩かれることも無くなったなぁ、と思えてきた頃。

 ついに僕は、目標としていた十冊の読破をやりきるのだった。


「やっ、たぁぁぁぁぁああ!」

「……ホントに早いね。さすがは毎日十回以上は吐いてるだけある」


 フォルスが七年を想定していたところを、1年半で読破に成功。そりゃ、三歳から四歳にかけて毎日のように十回以上吐いてきたんだ。

 最近ではもう両親すら止めるのを諦め、三、四歳児が吐き散らかしているというのに執事侍女共に見て見ぬふり。

 男爵家長男としての恥も外聞もかなぐり捨てて突っ走ってきたんだもの。結果なんぞ出て当然だ!


「まぁ、早いのはいい事だね。それじゃ、さっそくだけど次の段階に進もうか」

「うん! よろしくフォルス!」


 やっと読書漬けの毎日から解放されるぞ!

 それに、最近は反転魔法にもちょっとずつ慣れてきたところだ。この調子なら、いつから神の目なしでも使いこなせる日が来るかもしれない!

 なんだか希望が見えた気がして、僕はいつも以上に気分が良かった。


 そんな僕の前で、鮮血が跳ねた。


「……へっ?」

「次の授業。傷の反転に移ろうか」


 その光景に、その言葉に、背筋が震える。

 フォルスは、いつも通りの無表情だ。

 でも彼女の右腕は、手首から先が見当たらなくて。

 真っ赤な鮮血が吹き出す先で、床には大きな血溜まりが広がってゆく。

 そこには、フォルスの右手が落ちていた。


 ――氷の刃で、自分の手首を切り落としやがった。


 そう理解した時点で、僕は叫んでいた。


「なっ!? な、なな、なにやってんの!?」

「だから、傷を治す修行だよ。ほら、治してみてよ。このままじゃ死ぬよ、私?」


 こてんの首を傾げ、可愛く言うフォルス。

 ただし、言ってることは全然可愛くなかった。

 その上、これみよがしに右腕を振るうため、その度に出血が加速する。

 ……たぶん、僕の顔は未だかつて無いくらい真っ青だろう。自分の顔色が、この時ばかりはよく分かった。


「待っ! う、動くなフォルス! ホントに死ぬぞ!?」

「だから、治してよ。君が助けてくれないと死ぬんだから」

「ぐ、ぬぬぬ……!」


 後で一発ぶん殴る!

 そう決意すると同時に、鮮血の中へと足を踏み出す。

 と同時に、彼女の欠損部へと魔法を発動させる。


「【反転(アンリアル)】!」


 瞬間、彼女の右手が黒い光に包まれる。

 要領は、きっと紙をめくるのと同じだろう。

 大切なのは、イメージだ。

 紙で言えば、表の状態と裏の状態、僕が手を加える前と、加えたあとの状態を脳内でしっかりイメージ、描き切った上で、それを魔力でひっくり返す。


 今回は、それをフォルスの右手で行うだけ。


 半ばから切断され、今も血が止まらぬ右手。

 その状態を、顔を青くしながらもしっかり観察。

 同時に、元通りの光景を頭の中に描き切る。

 そして黒い魔力で、それら二つのイメージを繋げ。

 ちゃぶ台返しの要領で、一気にぶっ壊す……!


「はぁ、はぁ……っ」


 紙の反転とは比べ物にならない程の魔力が、腹の底から消えてゆく。

 意識が朦朧とするほどの、尋常ではない魔力消費。

 だが、霞む視界で確かにフォルスの右手が復元するのを確認した。


「おや、治ったね。さすがは反転」

「このやろ……っ!」


 ぶん殴ってやろうかと言うところで、僕の体は限界を迎え、そのまま床にぶっ倒れた。

 そして、意識が無くなる直前、目の前に広がっていた血も右手も無くなっていることに気づく。


 ……そうか。

 これが、現実を書き換えるということ。

 あったことを、無かったことにする。

 反転という魔法の、本来の使い方。

 そして同時に、これが本来の魔力消費。

 Aランクの魔力が、たった一度の治癒で根こそぎ全部持っていかれた。


 あぁ……これは、たしかに。

 神の目でもなければ、マトモに使えたもんじゃないな、くそったれ。


 そう内心吐き捨てて、僕の意識は暗転した。

【豆知識】

反転アンリアル

作者も認める作中ぶっちぎりで最強の魔法。

現実、というより設定そのものを書き換える。

『最初からそういうものでした』とでも言わんばかりに。

表を裏に。無を有に。

生者を死者に。敗者を勝者に。

果ては他者の人格にすら介入し、その人物の設定すら書き換えることも可能だとされる。

かつての【霜天の魔女】は善性であったため、そういった悪逆無道な使われ方はされていなかった。だが、此度のシュメル・ハートは、まだ走り出したばかり。

彼が善性を走り続けるか、あるいは、悪道へ落ちるか。

それは、まだ神も知るすべはない。


いずれにせよ、この魔法は『使いこなせるようになった時点で作品が終了する』ようなもの。

反則の権化、チートの塊であるが故、作者もそう簡単に使いこなせてたまるものかとタカをくくっているのだが――残念ながら、シュメル・ハートは天才であった。


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