004『ちょっと足りない』
あまりにも早すぎるタイトル回収
「ちょっとした前提のお話をしよう」
才能がない。
そう言われて完全に思考停止していた僕へ、フォルスは手を叩いてそう言った。
はっと意識を現実に戻す。
その様子を確認して、彼女は語り出した。
「人間は三歳の誕生日を迎えると同時に、その身へと一つ、魔法を授かる。それを確かめるのが洗礼の儀。人間は、その儀式で認められた魔法を一生かけて研究し、高めていく。それが数千年と続く人間の常識だ」
「……そうだな。魔法は一人の人間に一つしか与えられない。後から使える魔法が増えたり、変わったりも無いと聞くな」
フォルスの言葉を、父ストリアが肯定する。
なるほど……一人につき、一つか。
なら、僕は【反転】以外の魔法は使えないことになる。
となると、フォルスの見せた流星や氷魔法を使うことは出来ないってことか……。ちょっと残念だけど、よく考えたらアレよりも反転の方が強いはず。
そう思いなおして、前を向くことにした。
「そ。簡単に言うと君は【反転】に一生かけて向き合うしかないわけだ。けれどね、そこで大切になってくるのが、魔法以外の先天的な才能だよ」
「……先天的な、才能」
「そう。一番大切なところだね」
先天的。
聞きたくもない三字熟語だ。
背筋に冷たい汗が伝う。
……あぁ、嫌な予感がする。
しかも、限りなく確信に近い予感。
隣を見ると、父も母も、頬が引き攣っていた。
「才能、と言っても千差万別でね。例えば魔力量、例えば健康な肉体、例えば不屈の精神力、その他諸々、言ってみれば、それぞれの魔法を使うにあたっては前提となる心身の条件が必ず存在する」
そして、フォルスは僕を指差し、告げる。
「君にはその前提が不足している」
思わず喉を鳴らす。
そんな僕を見かねて、父が前のめりに口を開いた。
「失礼フォルス殿。しかし、シュメルにこれといった欠陥はないと思うが。今まで風邪ひとつ引いたことは無いし、俺の血を強く継いだのか、肉体的にも同世代では頭一つ抜けているだろう」
「……そうだね。下手に魔法に走るより、肉体を徹底して鍛えた方がずっと強くなる。そう思えてしまうほど才能があるよ。ただし、魔法の面では話は別だ」
魔法の面。
そう言ったフォルスへ、今度は母が。
「ですが、シュメルは魔力量も相応にあったはずですよ。教会ではB+の判定を貰っています。最高位とまでは言わずとも、十分に上澄みかと」
「うん。魔力量もしっかり1人前さ。ついでに言えば、精神的にも問題ないと思う。そこは私が保証するよ」
ふと、転生ガチャことを思い出す。
僕の性能はFランクだった気がするけれど……なんでこんなに強化されてるんだろう。
僕の記憶違いか……?
まあ、強化されてるから良いんだけどさ。
とにかく、魔力量はB+。身体能力はそれ以上。
それが現状、シュメル・ハートの性能だ。
しかし……聞けば聞くほど、問題なんてなさそうだな。
だからこそ、話が進むほどに不安が膨らむわけだが。
ならば、何が足りないというのか、と。
「心身共に最高品質、魔力量も申し分ない。魔法も文句なしの最強格。……ここまでは極めて稀有な才能の塊だね。ただし、良くも悪くも、君は魔法が強すぎた」
「……強すぎ、た」
「強い魔法ほど扱いが難しい。……私の言いたいことががわかるかい?」
フォルスの言葉に、はっとさせられる。
【とても使いこなせない難しい能力だが】
【まあ、君が選んだのであれば、拒みはしないさ】
……詳しくは思い出せないが、そんな文章を読んだ気がする。どこで読んだんだったか……。
「つ、使うのが難しいってことか」
「うん、間違いなく最強の魔法であると同時に、間違いなく世界で最も扱いが難しい魔法。それが【反転】さ」
彼女は、机の上にあった魔導書のひとつへと手を伸ばす。
「1000年前、歴史上でただ一人この魔法を扱えたとされる伝説の英雄、霜天の魔女ステラカヴァズ。伝承によれば、彼女は特殊な【眼】を持っていたからこそ、この魔法を扱えたとされているんだ」
彼女は魔導書を開き、一枚の絵を僕らへと見せてくれる。その絵には、霜天の魔女と思しき女性。そして光輝く青い瞳が描かれている。
……まるで夜空のように深く、青い瞳。
どこかで見覚えがある色だ。そう考えて顔を上げれば、よく似た瞳のフォルスと視線が交差する。
「……まさかと思うけど」
「一つの時代に一対の確率で発生するとされている超特異体質【神の目】。魔力を感じるのではなく、視覚として見ることが出来る先天的才能。察しの通り、私も持っているんだけどね」
自身の目を指さして言ったフォルスに、隣から大きなため息が聞こえてきた。
「……随分とあっさり言うねフォルス殿。それなりに多くの戦士、多くの魔法使いと戦ってきた身だか、一度としてその眼の持ち主とは会ったことが無いぞ。半ば都市伝説と思っていたのだが……まさか実在するのか?」
「そう珍しいものでは無いよ」
とは言うが、父の驚きは止む様子がない。
……本当に珍しい体質なんだろうなぁ。
で、その体質が僕の魔法には必要不可欠『だった』と。
先天的って言ってたんだから、何となく察した。
「話を戻すけれど、最初から全て見えている【神の目】保持者にとって、完璧な魔力操作なんていうのは呼吸と変わらない、出来て当たり前のこと。やろうと思い立った時点で、その体から魔力操作の『荒』は消えるからね。……そして、その状態になって初めて、【反転】魔法を扱うスタートラインに立てるわけさ」
「完璧な魔力操作……理論上のみ可能とされる、机上の空論ですね。魔術師にとっての一種の到達点ですよ」
母の方から、補足として説明があった。
父も僕も、魔法に関してはからっきし。
そういうことについては、母の方が詳しいみたいだ。
「完璧に魔力を循環させる以上、魔法を発動させた際の『損失』を限りなくゼロにすることが出来る。そうなれば魔力は減ることはない。完璧な魔力操作とは、魔力という枷からの脱却を意味する……だとか。そういう論文を読んだ覚えがあります」
何その頭の悪い論文。
素直にそう思った。
そして同時に、それを可能にするのが神の目なんだと、否が応でも理解してしまった。
だって、その話をフォルスは否定しなかったから。
「【反転】には、その完璧な魔力操作能力が必要不可欠となる。でないと、魔力消費があまりにも激しいらしい。君の魔力量だと、簡単なものを一度発動出来るかどうかというレベルみたいだね」
そう言って、彼女は魔導書のページを一枚だけ捲った。……僕の魔法なら、ああしてページを捲る、つまりは【反転】させることもできるのだろう。
彼女の言う、半端な魔力操作で、僕の魔力量なら、もしかしたらその程度の反転しか出来ないのかもしれない。
「とにかく、君は【反転】こそあれど、【神の目】を持って生まれなかった」
最高品質の馬車だけ与えられて、馬を与えられなかった、みたいな感じかな。
そんなふうに、彼女は最後に話を締め括る。
しかし、応接室の誰もが言葉を発せなかった。
分かってしまったからだ。
僕が反転を使える可能性が、いかに『無い』かを。
どれだけその道が険しく、前人未到であるかを、これ以上ないってくらい理解してしまった。
だからこそ、父も母も、何も言えない。
その結果の、悲痛な沈黙。
ただし、僕の沈黙だけは違う意味でのものだった。
確かに、彼女の言っている意味は全て理解した。
とんでもなく難しいことだってのは、分かった。
けれど。
ちょっと考えて、少しだけ悩んで。
弟子として、最初の質問を投げかける。
「でも、それは難しいってだけですよね?」
僕の問いに、両親もフォルスも目を見開いた。
そして、ここに来て初めて、彼女は笑みを見せる。
だって、彼女は僕を弟子にとったのだから。
最初から僕のことを『魔法が使えない欠陥品』だと思っていたなら、きっと彼女は僕の弟子入りを受け入れてはくれなかった。
なら、できるはずだと。
根拠はないけれど、確信があった。
「そう。君には才能がちょっと足りない。だから、並の努力では足りなくなる。……覚悟はあるかい?」
「はい、もちろんです!」
机上の空論。
それは限りなく不可能に近いけれど。
きっと、とんでもなく難しいだけの『可能』なんだ。
なら、努力する価値はある。
僕が諦める理由にはならない。
色々聞いたし、動揺もしたけれど。
よかった、まだ道は繋がっている。
そう思って、僕は拳を握りしめる。
「時間は有限だ。君が望むなら、この後すぐに始めるかい? 魔法の修行」
「よろしくお願いします!」
そう言って頭を下げた僕の隣で、両親が困ったように笑っていた。
大丈夫だよ。二人とも。
確かに僕の才能はちょっと足りない。
だから、並の努力でも足りなくなるだろう。
けれど同時に、諦めるにもまだ絶望が足りない。
ちょっと足りないなら、僕は足掻こうと思う。
一生懸命、悔いが残らないように。
異世界転生を、楽しんでみせる。
【豆知識】
〇シュメル・ハート
英雄を父に持ち、史上最強の魔法を有し。
最強格の師を授かり、強さに目を焼かれ、強烈に憧れた。
そんな人物に、よりにもよって【努力できる人格】が刻まれていた。
転生者『半田塁』は我慢強く、地道に努力を重ねられる人間だった。
彼の生き方は、生まれなおしても変わることなく。
ここに、ただ一つ『神の目』がないだけの、努力できる天才が爆誕した。
次回【修行開始】
物語もいよいよ本格始動。
こっから一気に時間も、強さも加速していきます。




