041『パーティ結成』
「だから、ここは足し算使うんですよ」
「ほう。なるほど分からん」
図書館の一角で。
学年主席と次席が、算数の勉強をしていた。
小学生かな?
ええ、学力的にはそうかもしれない。
よりにもよって、足し算の勉強だもの。
僕は頭が痛くなってくるよ。いろんな意味でね。
「……その、一応聞きますけど、勉強したことって」
「ない。魔法を授かって以降、お前と出会うまで、一度もない」
威風堂々とリオは宣言する。
僕はため息交じりに、額に手を当てた。
「む。その反応は心外だな。これでも魔法を授かる以前はそれなりに努力だってしていたんだぞ? ほら、日常会話や、文字の読み書きくらいはできる」
「ねぇ公子? それ、ちっとも自慢になってないですけど」
「うむ。言っていて自分で悲しくなった」
ずぅん、とリオ・カーティスは落ち込んだ様子を見せた。
その姿を見て……入学試験で見たあの姿を思い出し。
思い出と現実を見比べて、僕は頬杖をつく。
ただ不思議と……がっかり、といった落胆は思いのほか無い。
「そういえば、努力がどうとか言ってましたね」
努力。
その言葉に対して見せた、彼の嫌悪。
当時は、あまり興味もなかったため流していたが……。
「そうだな。私は今、実に慣れない努力をしている」
彼は、苦笑を浮かべて自白した。
そうだ。彼は努力が嫌いなはずだ。
なのにこうして、今、この場所にいる。
「十年以上は無縁だった。意味がないからと吐き捨てて、向き合うことすら無価値だと割り切った。現に、こうしてみたところで、こんなものが将来役に立つとも思えない」
彼は算数のドリルを見つめ、語る。
おそらくだが、彼の信条は何も変わっちゃいない。
努力は実らないもので、その過程を『くだらない』と唾棄する。
努力するものすべてを冷めた目で見つめ。
ただ、一つの才覚の上に胡坐をかき続ける。
そういった考え方は、何も変わってはいないのだろう。
「だが」
そういった前提の上。
彼は、僕へと真っすぐな目を向ける。
「貴様に勝てないのなら、私は『今の私』に価値を感じない」
公爵家の長子として。
ありふれた男爵家の跡継ぎに、彼は正面から戦意を向ける。
「価値、ですか」
「そうだ。他の誰かにならば負けてもいい。だが、貴様に勝てないのなら私は死ね。惨めったらしく死んでしまえ。仮に勝てるのならなんでもやる。死んで勝てるのであれば喜んで死んでやる」
ああ、そうだな、と。
彼は言ってるそばから納得した様子を見せて。
ずいと、僕へと距離を詰める。
「私はな。お前に勝てないことが死ぬより嫌なのだ」
目と鼻の先に、蒼い瞳がやってくる。
その姿を見て、彼の言葉を受け。
僕は思わず笑い返した。
「で、生き様を曲げた、ってわけですか」
「ああ、試しにな。貴様が積み重ねてきたというモノを、私も重ねてみることにした」
リオは再び距離を取り、改めて算数ドリルへ向き直る。
「意味があるのかはわからない。が、入学試験の時も、貴様に恐怖し、勇気が持てず、後退したから敗北があった。……日々努力できないのに、ああいった局面で一歩踏み出せるわけがなかったのだ」
そうだろう、と。
目で問われたため、素直に答える。
「後退してなければあなたにも勝算はあった、とだけお伝えしておきます」
「ふふ、言質はとったぞ。あの勝負はお前の勝ちだ、シュメル・ハート」
あ、しまった。
思わずと口を押さえるが、彼は妙に楽しげだ。
「気にするな。そのうち、譲るまでもなく奪われる。覚悟しておけ」
その様子を見て、つくづく『変わったな』と印象を受ける。
無気力、無感情。強いて言うなら僕への嫉妬。
そんなリオ・カーティスに、果たして何があったのか。
……と、大げさに言ってはみたものの、その実、たった一つの敗北だろう。
それが彼を変えてしまった。
それも、見事なくらい、いい方向に。
リオ・カーティス。
一切の努力を無用と切り捨て。
一つたりとも積み重ねず。
生まれたままの停滞の中に在りながら。
試合とはいえ、僕を真正面から負かした怪物。
そんな彼が、よりにもよって『努力』を覚えようとしている。
ゼロから、イチへ。
その一歩さえ踏み出してしまったのなら、あとはもう止まらないだろう。
加速度的に、リオ・カーティスは強くなる。
努力し、強くなる味を覚えたのなら……もう、後戻りはできない。
「歓迎しますよ。ようこそ、こっち側へ」
「余裕綽々だな。腹立たしい」
「ええ、まだまだ余裕です」
とはいえ、だ。
余裕はあっても慢心できるほどの差ではない。
それに、そう簡単に負けてやるのも面白くないからね。
彼が強くなるというのなら。
僕は、それ以上の速さで強くなる。
彼が努力するというのなら。
その二倍、その三倍、僕は努力を重ねて積み上げる。
「こと努力に限って、あなたが私に追いつく日は、未来永劫ありませんから」
僕の言葉に、彼は思いっきり顔をしかめた。
しかめたのだが、その視線はゆっくりと算数ドリルへと向かう。
「……認めがたいが、貴様が先達であるのは間違いない、か」
そういって、リオ・カーティスは俯き、少し固まっていた。
その沈黙は、わずか数秒。
顔を上げた彼の目には、強い光が灯っている。
……いつの日か、クラリス殿下の目にも見た強い光。
それは、意地でも曲がってやらないと覚悟を決めた人間、特有のもの。
「教えてくれ。お前を超えるための努力の仕方を。誰より努力を知るお前に頼む」
その相手を倒すため、その相手に教わる。
……なんだか、どこかで聞いた話だな。
そう自嘲しつつも、否定はしない。
だってそれが、一番の近道なんだから。
「もちろん。ただし、一つだけ条件があります。公子」
☆☆☆
「というわけで、誘ってきました。リオ・カーティス公子です」
「うむ。紹介されたリオだ。よろしくお願いします」
翌日。
朝のホームルーム前に、リオは僕の教室にやってきていた。
彼の自己紹介を受けたのは、二人。
目を丸くしているクラリス殿下。
そして、なんだか嫌な顔をしているルナだった。
「ち、ちょっとシュメルさん。こっちきてください」
「え?」
有無を言わさず、ルナが僕の腕を引く。
数メートル歩いたあたりで、彼女は僕の耳元に口を寄せた。
「なにしたんですか一日で! そ、そりゃ、根拠なく自信たっぷりに『誘うつもりだ(イケボ)』とか言ってましたけど! よ、よろしくお願いしますって、頭下げてましたよ!? 公爵家が平民に! ま、まさか毒……毒ですか、また毒ですか! 脅したんですか公爵家を! いつかはやると思ってましたよ!」
「おっと、手が滑った」
「ぎゃーーーー!?」
頭をアイアンクロー。
力は込めていないが、僕の『毒』を知ってるルナは絶叫。
僕の手を振り払って後退し、クラリス殿下の後ろに隠れた。
「ふふ、お二人は朝からお元気ですね。……して、どこにいらしたのですか?」
「図書館。シュメルには勉強を教えてもらった。恩は返さねばなるまい」
リオの言葉に、殿下はぽかんと口を開けている。
……結論から言うと、リオは僕の条件をのまなかった。
『努力を教える代わりにパーティに入ってほしい』
それが僕の出した提案だったのだが……。
「そ、それだけ、の理由ですか?」
『そ、それだけの理由で?』
クラリス殿下と、昨日の僕の声が重なる。
条件なんてなくとも協力する。そう公言した彼に。
思わずと問いかけ、そして帰ってきた言葉を受けて。
改めて、僕は『公子』の評価を改めた。
「当然だ。助けられたのならば、今度は私が助ける番だろう」
リオ・カーティス。
彼は頑固でも、意固地でもない。
ただ呆れるくらいに素直で、純真なんだ。
例えるなら……そうだな。
小学生低学年が、そのまま青年になった、みたいな?
見た目は大人、中身は子供。
うん、本来であれば救いようのない状態だ。
それを彼は、底なしの『善意』でバランスをとっている。
努力を厭い、生まれたままの怠惰を愛し。
世の中から目をそらし、嫌な部分などかけらも知らない。
故の純真無垢。
……うまいことできてるもんだと、昨日は苦笑した覚えがあるよ。
「まあ、この男がいるのだ。助ける意味はあるのかと、疑問視はするがな」
「それはそうなのですが……」
「ねぇちょっと?」
リオと殿下。
二人してこっちを見るので、思わず声を上げる。
少しは心配してくれないかしら。こっちも無敵じゃないのよ。
「だがシュメル。お前は負けないだろう?」
「そりゃそのつもりですよ? 一度でも負けたらルナに見限られちゃいますし」
「そ、その言い方、なんか嫌なんですけどぉ……」
ひょっこりと、殿下の後ろから顔を出すルナ。
その瞬間、ぎょろりとリオの目が彼女へ向いた。
「ひぅ!?」
「というか、私はそこの赤髪の方が気になるのだが。……失礼、本当に人間か?」
魔力が見える神の目。
対するは、尽きることなき魔力の海。
……どういう光景が見えてるんだろうな、彼の目には。
リオの額には汗がにじんでいる。
彼の瞳の奥に映るのは……紛れもない、恐怖。
僕と相対した時以上の危機感を、彼はルナに感じていた。
「へ、平民だからって畜生扱いしないでください! こ、カーティス公爵家って、びっくりするくらい真っ白で、薄暗い事情なんて一つも存在しない頭お花畑な家だって噂でしたけど、う、噂は噂ってことですね! わ、私だって血の流れる人間なんですぅ!」
対するルナ。平常運転。
平然と公爵家にケンカを売っていた。
さすがだなぁ、と思わずうなずいていると、リオが頭を下げた。
「そういった意味ではないのだ。気を悪くしたなら謝罪する。ごめんなさい」
「…………へっ?」
素直に謝罪するリオに、今度はルナが目を丸くする。
公爵家が、平民に謝罪する。
おおよそ彼女の常識を真正面からぶち壊す光景に、ルナは思考停止に陥る。
「そして、ありがとう。カーティス公爵家はこんな私を見捨てずに愛してくれた私の誇りだ。そんな誇りを『真っ白な花畑』と評してくれてうれしかった。ここ数年で一番の喜びだ」
「うへ?」
だが、ルナに立ち直る暇は与えられない。
魔力の海に対するは、純真の塊。
人の悪意を知らない彼は、ルナの嫌味を受け取らない。
受け取る以前に、嫌味という存在を知らないから、分からないのだ。
「それにしても、すさまじい魔力だな。才能の塊、というのはお前のことを指す言葉なのだろう。多くのものを見てきたが、間違いなく一番はお前だ。平民も貴族も関係ない。ただ純然たる畏敬を送ろう」
「え、へへへ……」
謝罪。感謝。
続くは裏表のない、シンプルな『褒め』。
「そ、そんなこと、あったりするのかもしれないですねぇ!」
ルナは一瞬で陥落した。
「シュメルさん! こいつ良いヤツですよ!」
「おいこら、肩を組むな。そのひと公爵家の人間だぞ」
「そんな言い方はよせシュメル。人に貴賤で差などつけるな」
リオとルナは、肩を組んで楽しそうに歩き出す。
思わずと声をかけたが、リオの返事に何も言い返せず終わる。
ぐうの音も出ない、ってやつだ。悔しい。
「そうだそうだ! もっと言ってやってくださいよぉ!」
「だが、あまり言いすぎてもよくはないぞ赤髪。名を何という」
「わ、私の名前はルナです!」
「そうかルナ。これからは同じパーティだ、よろしく頼む」
「はい! よろしくお願いしますぅ!」
「……殿下、なんか間違ったこと言いましたかね、僕」
「いえ、シュメル様はいつも正しいのです。……ただ、今回は相手が悪かったですね」
目の前で意気投合している二人を見る。
片や鋼の心臓。王族相手に平気な顔して縋り付く一般人。
片や善意の塊。知らないがゆえに嫌味を無視できる次期公爵。
……出会わせてはいけない二人だったか?
今更ながらそう思い始めたが、まぁ、仲がいいのはいいことだ。
そういうことにしておこう。
もう、考えたくありません。
「おや、もうパーティメンバーを集めたんですか?」
ふと、声が聞こえて顔を上げる。
見れば、担任教師がそこには立っていた。
……もうホームルームの時間か?
そう思って時計を見るが、まだホームルームまでには時間がある。
「シルバー先生」
「霜の再来、神の目、剣の聖女、魔王の心臓。……尋常じゃない面子ですねぇ」
「あ、あの……なんか私だけ呼ばれ方ひどくないですかぁ?」
ルナは苦言を呈したが、先生はガン無視。
にこにこと笑いながら、僕へと視線を戻す。
「前衛が君しかいないのは……少しバランスがとれていませんが、君に並べる前衛が一年生にいるはずもありませんし。現状、考えうる限りでは最高の人選と言えるでしょう」
「ありがとうございます。……では」
「ええ、たぶん行けるんじゃないですかね。トップテン入り」
そういって、彼は一枚の登録用紙を手渡してきた。
そこにはすでに、僕、リオ、クラリス殿下、ルナの名前が記入されている。
まさか……と思って彼を見上げると、シルバー先生は笑っている。
「ま、そうかと思って、あらかじめこのメンバーで登録しておきました。初日の時点で出しときましたので、一年生では最速、ですね」
「……まじかよこの人」
思わず声が出た。
まじかよこの人。
「もし、シュメル様が違う人選をしていたらどうするのですか……」
あきれた様子のクラリス殿下が、額に手を当てため息を漏らす。
「ふふ、私はこう見えて『目』がいいので。見る目もあるのですよ」
「眼鏡してるのに、ですか?」
「ええ、君よりは目がいい自信がありますよ、シュメル君」
……そりゃ、こちとら神の目には恵まれませんでしたけどね。
その唯一の『不足』のせいで、さんざん苦労してきたんだ。
その過程を、積み上げた努力を。
知った上で言ってんのなら……馬鹿にしてると受け取るぞこの野郎。
一歩距離を詰め、眼前のシルバー先生を見上げる。
彼の血のように赤い瞳に映る僕は、目に見えて歪めていた。
「失礼、わざと煽りました。あまりにも今の君がもったいないと思いましたので」
「……もったいない?」
僕の問いに、彼は笑って答えない。
ただ、それでも彼の言葉には『嘘』を感じなかった。
どこまでもまっすぐに彼は、僕に対して『もったいない』と言っている。
「シュメル君。目の悪さに困ったのなら私のところに来るように」
「…………?」
意味の分からないことを告げて、シルバー先生は教壇へと歩き出す。
「さて、そろそろホームルームを始めますよ。他教室の生徒は、直ちに戻るように」
「む! それはいかんな。私は帰るぞ、シュメル」
「……そうですね。ではシュメル様。後程お会いしましょう」
「え? あ、あぁ、はい」
リオと殿下は、焦った様子で教室を去る。
その二人を見送って、再び教壇へと視線を戻す。
「えっと……、その、どういう意味なんですかねぇ……?」
「……さぁな。正直、よくわかんないけど」
ルナも僕も、きっと殿下やリオも。
全員が全員、シルバー先生の本意がわからなかった。
目が悪い。
そんなの転生して以降、一度も考えなかったことだ。
狩人として訓練する中。
数キロ先の的すら射抜ける僕が……目が悪い、なんて。
爺さんにも、フォルスにも指摘されたことはない。
血色の目を持つ担任教師、シルバー。
一目で『弱い』と察しが付く、一般人。
戦士としても魔法使いとしても、今のルナと大差なんてない。
そんな彼が語った僕の新しい不足。
「はい、それではホームルームを始めます」
彼が語ったのはデタラメか。
あるいは……一般人の視点からしか、見えないものがあるのか。
「……シュメルさん?」
「いや、考えすぎだな。本当にそうなら、困ったときに考えるさ」
自称『目のいい』眼鏡の優男。
彼の言葉はとりあえず、頭の片隅に。
本当に困ったときのために、覚えておいて。
今は、こっちが優先だ。
手の中には、序列戦への登録届。
すでに、スタートラインには立っている。
なら、こっから先は駆け抜けるだけ。
「本日の予定ですが、一年生、全クラス合同で序列戦のオリエンテーションを行います。皆さん、ホームルームが終わり次第、グランドに集合してください」
まずは、序列戦のルール確認だ。
……もう、勝負に勝って試合に負けるのはごめんなんでね。
ちゃんとルールの上で勝てるよう、気合を入れる。
「皆さん、慣れないでしょうが頑張ってきてくださいね?」
シルバー先生は、妙に気になることを言っていたが。
正直うさん臭かったので、半分くらい聞き流すことにした。
第二章における、シュメルの課題です。
『目が悪い』
彼が乗り越えるべき、新たな不足。
どういう意味なのかは、こうご期待ください。




