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異世界転生、ちょっと足りない  作者: 藍澤 建
第二章【その芽は未だ青くとも】
41/42

040『まさかの再会』

「ひいいぃぃぃっ!?」

「な、なんなんだよ!? なんなんだ、あの女!」


 シュメルが黒狼組に乗り込み、暴れている頃。

 少し離れた路地裏で、男たちの悲鳴が響いていた。


 逃げ惑う彼らは黒狼組。

 ――というより、オーディの手配した援軍だ。

 彼は黒狼組のボスにあらず。

 黒狼組を含め、多くの犯罪ギルドを手中に収める悪のカリスマだ。


 この町で黒狼組を作ったのだって、あくまでも暇つぶし。

 それが軌道に乗ってきたところを潰されても、少々『つらたん』だっただけ。

 そもそも彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ゆえに想定外の動きではないし、予定通りの襲撃だった。

 ただ、それが幾分か早かっただけ。


 とはいえ、彼も馬鹿ではない。

 シュメル・ハートを確実に潰すため、十分な援軍は用意していた。

 仮に彼の呼んだ援軍が()()()、予定通りに現着していたのなら。

 全力を出したシュメル・ハートであっても、敗北は必至だった。



 そう、『だった』のだ。



 彼の誤算は、その遅刻。

 とっておきの傭兵団が、当たり前のように到着せず。

 それ以外の援軍も――たった一人の少女によって潰されてしまった。


 ぴしゃりと、鮮血が弾ける。

 悲鳴が響き、返り血が白い頬を濡らす。

 されど、襲撃者は返り血を拭うこともなく。


 淡々と。

 この世の悪を――推しの敵対者を排するのみ。



殿()()



 付き従う侍女が、少女の頬に跳ねた血を拭う。


「ありがとうございます。ですが、いちいち不要ですよ? きりがありません」

「ですが……」

「……分かりました。すべて終わればちゃんと綺麗にしますから」


 曲がらぬ様子の侍女を前に、少女は小さくため息を漏らす。

 路地裏に煌めくは、美しい金色の髪。

 神の目ではなくとも、王族特有の青い目が残光を残し。


 彼女の操る【剣】は、推しの下へと向かおうとする援軍を片っ端から切り刻む。


「なっ、なんで……っ!?」

「クラリス・クローズは、神聖魔法の使い手だろ! どうして……」

「どうしてこいつ、剣なんて――っ!?」


 男たちは、悲鳴を上げて逃げ惑う。

 振り返った先では、無数の剣が空を舞う。

 一つ、二つ、三つ……数え始めて数秒、馬鹿らしく思えた。


 ()()()()()()


 白き魔女に鍛えられた無尽蔵の魔力量。

 そこから繰り出される、異次元の魔法。

 ……いや、これは魔法なのか。

 彼女は神聖魔法の使い手であり。

 人間が使える魔法は、一つきり。

 で、あるならば。



「ま、まさかッ!? 国宝の魔導器――」



 言い切るより早く。

 飛来した剣が、男の意識を貫いた。

 一人、また一人と。

 命が潰えて、悲鳴が消えて。

 いつしか沈黙がやってくる。


「推し活とは、誰より近くで推しの活躍を見届けること。であれば、私も本来であればルナさんと一緒に行きたかったのですが――私の意思より推しの安全。当たり前のことですね」

「いえ、普通に殿下の安全が優先……」

「何を言っているのかしら、逆でしょう普通は」

「普通は逆なのですよ、殿下」


 侍女は深いため息を漏らし、額を押さえた。

 そんな様子を一瞥し、ファン第一号は空を見上げる。


「さて、私も着替えてしまいましょう。シュメル様にお会いするにしても……全身返り血まみれでは、優しいあの方に心配されてしまいます」

「……どちらにせよ、彼の嗅覚ならばバレそうですがね」

「それはそれ。心配されるのも嬉しいので問題ございません」


 嬉しそうにそう笑って、血色の聖女は迎えの馬車へと歩き出す。

 その背を見送って。

 ふと、侍女は惨状を振り返る。


「……はぁ。気弱だった聖女様は、どこへやら」


 一面血の沼。

 生者など一人もいない。

 一人残らず切り刻まれた地獄絵図。

 これを、一人の少女がやってのけた。

 そう考えると、背筋が震える。



「……もしかして、シュメル様より強いんじゃありません?」



 侍女の言葉に、クラリス・クローズは答えない。




 ☆☆☆




 黒狼組は壊滅した。

 というか、壊滅させた。


 一番偉そうな『英雄殺し』オーディは戦闘不能。

 それ以外の組員も百名以上、動けなくなっている。

 他にも数名の組員はいたが、彼らはほとんど非戦闘員だった。

 事務方の彼ら彼女らも捕縛して。

 さあ、いよいよ片が付いたかな。

 そんな思いで表に出たあたりで……見覚えのある馬車が目に入った。


「あれ、殿下じゃないですか」

「ふええええええん! クラリス殿下ぁあああああ!!」


 タイミングよく馬車から降りてきたのは、クラリス殿下。

 彼女ははたと僕に気付いた様子で手を振ってくれたのだが、僕が反応するより早く、後ろにいたルナがクラリス殿下へ突撃していた。泣きながら、な。

 ルナは思いっきりクラリス殿下の足元に抱き着くと、わんわんと泣きだした。


「怖かった……怖かったんですぅ! こ、こんなに怖い思いは生まれて初めてですぅ!」

「ひとまずはお疲れ様です。して……何があったのですか? 私にも詳しくお聞かせください」


 瞳の奥にギラリと輝きを見せる殿下。

 推し活。

 おそらく、今の彼女の脳内にはその三文字が輝いているのだろう。

 推しの活躍は見逃せない。

 仮に見逃してしまったのなら身近な者から聞き及ぶ。

 そして妄想する。

 悦に入る。

 そこまでが殿下の行動指針である。


 ルナの頭を優しくなでている姿は聖女然としているのだが……。

 その内心、欲望しかないんだよなぁ。

 さすがはクラリス王女殿下、である。


「まぁ、相手が相手でしたから。ルナもそれなりに怖――」

「こいつですぅ! こいつ、触れるだけで相手を殺すとかふざけた毒もってるくせに、気軽に私の手とか握ったり、庇ったりしてくるんですぅ! さっき人を殺した手で触るな変態ぃぃぃぃ!!」


 クラリス殿下に抱き着きながら、あることない事叫ぶルナ。

 殺してないし、変態でもないから。

 そう言おうとするが、それより殿下の発言が早かった。


「素晴らしいですね! 私も一緒に行ってみたかったです!」

「え、えぇ……なんでそんな感想が出てくるんですか」


 ドン引き、と言った様子のルナ。

 王女殿下相手によくやるなぁ、と思いつつ。

 殿下を見れば、ちょっと頬を赤らめていた。


「い、いえ。その、だって推しが守って下さるだなんて、それだけでも垂涎ものじゃないですか。それに加えて、手を引いて、庇ってくださるなど……ぐふふ、妄想だけでパン五斤はイけますよ」

「ひぃいいいいいい!? へ、変態! こっちの方が変態くせぇですよぉ!」


 殿下を離れ、僕の背に隠れるルナ。

 おい、さっき『変態』と罵ったやつの後ろによく隠れられるな。

 そんなことを内心思いつつ……ふと、殿下へと意識が向いた。


 隠してはいるものの、ふわりと、彼女からは血の匂いがした。


「……()()()()()()()?」

「……! ご心配ありがとうございます!」


 返事にはなっていないけれど……まあ、嬉しそうだからいい、のかな?

 見る限り、彼女に怪我はみられない。

 侍女さんも疲れた顔をしているだけだし。

 彼女が呆れているだけならば、殿下は無傷で、こなしたのだろう。


「……あんまり無茶しないでくださいよ?」

「はい! 無茶と呼べるほどの冒険ではございませんでしたので!」

「……言い方を変えますが、ちゃんと相談してくれた方が、僕は嬉しいです」


 卑怯な言い方だとは思う。

 だが、侍女さんは『よくぞ言ってくれました!』とばかりに笑顔を見せ。

 殿下は満面の笑顔を見せ……そのまま、ふらりと後ろにぶっ倒れた。


「おっと」


 咄嗟に、護衛としてついてきていたイグリットさんが殿下を受け止める。

 満足げな笑顔を浮かべたまま気絶しているクラリス殿下を見て、彼は深々とため息を漏らした。


「相も変わらず、殿下の想いは変わらんのだな。なぁシュメル君」

「あはは。なんのことですかね」


 乾いた笑顔で視線を逸らす。

 逸らした先で、ルナと目が合った。


「えっ……と。もしかして、デキてるんですか?」

「残念ながら、まだ、な。時間の問題ではあると思うが」

「何言ってんですかイグリットさん」


 ふざけたことを言い始めたイグリットさん。


「諦めたらそこで試合終了ですよ。殿下の教育はどうなってんですか」

「シュメル君。であれば試合はとうの昔に終わっているよ。みんな既に諦めている」


 聞きたくなかったなぁ。そんなゲームセット宣言。

 そりゃ、好きか嫌いかで言ったらめっちゃ好きだけどさ。

 男爵家と王族だよ? ほんとに大丈夫なの、それ?


「……まあ、話は置いておいて。とりあえず、彼らの連行お願いしてもいいですか?」


 背後を指さす。

 そこには英雄殺しオーディを筆頭に黒狼組が全員転がされている。


「……そう、【毒】でしたね。麻痺する毒で動けなくなってます。普通なら二日以上、オーディくらいになるともう少し早いかもしれませんが、それでも半日はまともに動けないと思いますよ」

「オーディ……? まさか【英雄殺し】か?」

「ずいぶん厄介でしたよ。なんなんですか、アイツの魔法。強すぎません?」


 イグリットさんは僕の言葉に返すことは無く。

 殿下を侍女さんに預けると、一目散にオーディを捕縛に向かった。

 どこからか取り出した縄でガッチガチにオーディを縛り上げ、万が一にも逃げ出さないように確認し、その上で僕の方へと戻ってきた。オーディは引きずったまま、だ。


「【忘却】の魔法だな。純粋な戦闘技術もさることながら、こいつは相手を視界に収めるだけで魔法の発動基準を満たしてしまう。そのため、戦っている最中、最も嫌なタイミングで、剣の振り方、魔法の使い方、そして攻撃の避け方。そういった大切な何かを強制的に忘れさせられる。……厄介なんてものではなかったと思うが?」


 彼の言葉を受け、背筋に冷や汗が流れる。

 ……よかった、忘れさせられたのが【毒】だけで。

 仮に戦い方を忘れさせられたのならば、僕は今頃死んでいたかもしれない。

 まあ、オーディが言った通り『戦い方を忘れさせるのは負担が大きい』のならありえない話だったのかもしれないが、戦場で敵の言うことなど一欠片だって信じられない。

 話半分に聞き流していた部分もあったが……そうか、能力自体は事実だったか。

 なら、本格的に負けていた可能性だってあるわけだな。

 ……そう実感できただけで収穫、としておこう。


「とはいえ、忘却は強力無比な反面、忘れさせる対象は一人だけ。そして一つだけという縛りもある。一対一では無類の強さを誇るが、多対一となると弱みが露見する。そんな魔法だ。……前知識もなかったのだろう? よく一人で勝てたな」

「……つくづく、運がよかった。自分の知識不足が憎たらしいです」


 気絶しているオーディを見下ろす。

 ……こいつ、やっぱり序盤で出てきていい敵じゃなかったのな。

 いきなり戦士としての僕より強い化け物が出てきたんだもの。

 びっくりして、咄嗟に【煙】【火】まで使って速攻仕留めたが、正解だった。


 結果だけ見れば圧勝だが。

 なんという、綱渡り。

 未熟もいいところだ。


「さて。それでは、我らは衛兵を手配してこよう」

「殿下もまだ気絶しておりますし、私たちは、これで」


 イグリットさんと侍女さんは、殿下とオーディを連れて去ってゆく。

 残ったのは、衛兵の到着待ちとなった黒狼組組員たちだけ。


「それじゃ、僕たちも帰るか」

「そ、そうですね……ほんと、ひどい目にあいましたよぉ」

「……ところでお前、パーティ入ってくれるんだよな?」


 ふと気になって問いかけたところ。

 彼女は満面の笑みを返して……一目散に逃げだした。




 ☆☆☆




 翌日。

 学園生活二日目。

 その放課後。


 えっ、ルナ?

 逃げられるわけないじゃん。

 普通に捕まえてパーティ入れたよ。


 だって怖がっているだけで、嫌がってはいなかった。

 なら、そのうち慣れるだろ。

 王族相手に無礼を働ける鋼の心臓を持ってるんだもの。

 僕は彼女の図々しさを信じている。


 閑話休題。


 ルナのことは置いておいて。

 とりあえず、僕は昨日の戦いを振り返り。

 つくづく――知識不足だと、思い知らされた。


 リオの魔法も、分からなかった。

 オーディの魔法も、説明されるまで分からなかった。

 そんな『分からない魔法』ばかりでは、いつか痛い目に遭う。

 なら、知るしかない。学ぶしかない。

 初見殺しを受けないように、あらゆる魔法を知識として蓄えるしかない。


 と、いうことで。


 放課後。

 一人でやってきたのは、敷地内にある古書館だ。

 なんてったって、ここは古書館がメインであり、学校なんておまけみたいなもの。

 大陸中からあらゆる本が集まるここならば……僕の知らない魔法についての本もあるはず。


 そう考えて、やってきたわけなのだが……。




「…………んぅ?」




 図書館にやってきて間もなく。

 最初に通りがかった、子供向けコーナー。

 へぇ、こんなのもあるんだな、と。

 一瞥し、普通に通り過ぎようとした。



 ――そんな時、見たくもない姿が視界に映った。




「は? え、……はぁ?」



 紫がかった白髪に。

 見紛うはずもない、神の目。

 同性ながら「こいつイケメンで腹立つなぁ」と思うような公子。

 ここ二日間、パーティに誘うべく探し回って。

 ついぞ、一度も見つけられなかった学年主席。


 そんなのが、子供向けコーナーで本を読んでた。


 思考が止まる。

 意味不明。

 何やってんのあいつ。


 思わずと、足が止まる。

 そして、おのずと視線は彼の読んでいる本へと向かった。




『ゴブリンでも分かる、算数入門!』




 目をこすった。

 いやいや、嘘だろ、と。

 そんなわけないだろうと。

 数学じゃなく算数? 何かの間違いだろう、と。


 そう願い。

 目を凝らし。

 もう一度確認し。


 僕は、現実を知る。




「……おいこら、なにやってんだお前」


「む? おお、シュメルではないか。ちょうどいいところに来たな」



 彼は僕を見て、嬉しそうに声を上げる。

 心の底から『助かった』と。

 算数の本を難しそうに眺めていた学年主席は。




「実は学科試験がゼロ点でな。良ければ算数から教えてくれないか?」




 彼の言葉を理解して。


 僕は、白目を剥いてぶっ倒れた。




 ☆☆☆




 リオ・カーティス。


 その年の学年主席。

 初めて僕を負かした同世代。


 後にも先にも一番と認める、僕のライバル。


 そんな公子、ではあるのだが。



 彼はとにかく――勉強というものが、できなかったのだ。



リオ・カーティス

前代未聞。

学科ゼロ点で学年主席をとった怪物である。

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― 新着の感想 ―
なるほど。クラリス殿下が最強と…… シュメルのポスター(限定)とかあげるって言ったらフォルスレベル倒してきそうな予感。
圧倒的 _人人人人人人_ > かわいい <  ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
学科悪そうなのはわかってたけどこれほどとは…シュメルいなかったら一度にポイント大量ゲットとかできなかっただろうし、体力もないなら一人ずつ狩るのも無理だろうし、入学も怪しかったんじゃ?
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