003『白い少女』
弟子にしてください。
そう頭を下げてすぐ、僕は気絶したらしい。
なんでも、頭の傷が思いのほか深かったとか。
気絶して、三日三晩寝込んでいたという話だ。
事実、額の傷は跡が残るだろう、という医者の話だし。
生きているのが奇跡だ、と診断されたらしい。
と言っても、目が覚めた時には痛みもだいぶ和らいでいて。
ぐっすり眠ったおかげか、今ではすっかり元気になった。
あれほど重かった頭も軽いし……、不思議と、今なら異世界を楽しもうとさえ思える。
それもこれも、あの死地を乗り越えたから。
つまり、この人のおかげだ。
「改めて、ありがとう。君のおかげで助かった」
ハート男爵領、領主邸にて。
正装に身を包んだ父が、目の前の少女に頭を下げる。
貴族としていかがなものか……とは思うけれど、僕も一緒になって頭を下げた。
貴族やら平民やらと気にする以前に、人として、命を救ってくれた少女に感謝を伝えたかった。
「僕も、ありがとうございました!」
「……いいよ。なりゆきで助けただけだし」
声が返って、顔を上げる。
机を挟んで対面に座る白い少女は、本当にどうでもいいといった様子で窓の外を見ていた。
「それでも、俺も家族も、あなたのおかげで命を拾ったんだ。感謝だけはさせて欲しい。ありがとう」
僕は、両隣に座っている父と母を見る。
母は軽傷で、僕は気絶こそしたものの、命には別状は無い。問題は父だが……彼も利き腕を失ったこと以外は後遺症もなく、傷だらけの包帯巻きではあれど、一ヶ月もしないで完治予定だと言う。
……本当に、死んでいても不思議じゃなかった。
思い返すたびに、心の底からそう思う。
「男爵家とはいえ、これでも貴族だ。欲しいものがあれば言って欲しい。できる限りは応えようと思う」
「……うーん。あまり欲しいものもないんだけれどね。強いて言うなら、お金とか?」
お金。
神秘的な容姿を持つ少女から飛び出してきた単語に、思わず目を丸くする。それは父と母も同じだったようだ。
「お、お金……か。分かった。3000万Gは出せると思う。ただ、少し準備するまでの時間が欲しいんだが……額は問題ないだろうか?」
「……男爵家だよね? さすがに貰いすぎだと思うけど」
「命を救ってくれた礼だ。安すぎるくらいだろう」
「……まぁいいや。貰えるというのなら貰っておくよ。旅費は多いに越したことはないからね」
旅費、と言うと、旅をしているのだろうか?
そしたら、弟子入りも難しいのかな……困ったぞ。
そんな考えが顔に出てしまったのか。
ふと、少女が僕を見て目を細めた。
「たしか、弟子がどうとか言ってた子だね、君」
「あっ、は、はい!」
唐突に話を振られ、緊張に声が詰まる。
そんな僕を、白い少女は冷たい瞳で見つめている。
思わず喉を鳴らす僕へ、彼女は問うた。
「どうして、と聞いても?」
どうして弟子になりたいのか。
どうして強くなりたいのか。
そういう意味での、『どうして』だったと思う。
僕は少し考えたけれど。
あくまでも、少し。悩むことは無かった。
「あなたの強さに、憧れたからです」
目が覚めてから、色々と考えた。
けれど、突き詰めたらその一言に尽きるんだ。
あの絶望を切り裂いた流星に、目を奪われた。
僕たちを救った白い背中に、強烈に憧れた。
それだけだ。
それ以上も以下もない。
「……それだけ?」
「はい! 強くなってからのことは、特に考えてません!」
元気よく本音を言った。
強くなって何かしたいことがある訳じゃない。
ただ、あの強さに憧れた。
それに、せっかく異世界転生したんだ。
せめて後悔なく生きたい。
一度くらいは『最強』を目指して頑張ってみたい。
そう、真っ直ぐに告げた僕を見て。
白い少女は、額に手を当てため息を漏らした。
「……はぁ。失敗したかも」
「……失敗?」
「いや、こっちの話さ」
少女はそう言って、咳払いをする。
「今年の『洗礼の儀』において、1000年ぶりに観測された魔法【反転】所持者……君のことだね、シュメル・ハート」
洗礼の儀。
三歳の子供たちが生まれ持って授かった魔法を教会で調べてもらう儀式のことだ。そこで僕は【反転】の所有が認められ、王都では大騒ぎになっていたのを覚えている。
彼女も、王都であの騒ぎを聞いたのだろうか。
疑問に首を傾げる僕に、少女は重ねて告げる。
「もとより私は君に興味があって、王都からこの領地に向かっていたんだよ。……それが、あんな目に遭うだなんて思わなかったけどね」
彼女はそう言って指を鳴らす。
次の瞬間、空間がふわりと歪み、突然に数十冊の魔導書が机の上に放り出される。
「「なっ!?」」
アイテムボックス……みたいなものか?
にしては、父と母の驚きようを見るに……まぁ、よほど珍しいもんなんだろうなぁ。
僕は机の上にでてきた魔導書へと視線を向ける。
「改めて自己紹介を。私は希少魔法を専門にする研究者でね。名を、フォルス・トゥ……」
フォルス・トゥ。
どちらが名前でどちらが家名かも分からない、不思議な名前を名乗った少女は、机の上の魔導書を指で撫でる。
それら魔導書の表紙には【反転】という名前がしっかりと刻まれていた。
「……君の話を聞いて、あまりにも頭が空っぽだったから、これは失敗だったかもと思ったけれど……その純粋さ、『強さ』を求める人間にとっては、これ以上ない適性かもしれないね」
「そ、そしたら……!」
父と母へと視線を向ける。
父は、なんとも言えない苦笑いで。
母は、微笑ましそうな笑顔で首を縦に振る。
フォルスへと視線を戻すと、彼女は僕へと右手を差し出す。
「よろしく、シュメル・ハート。研究がてらでいいのなら、私が君を育てよう」
「よ、よろしくお願いします!!」
そう言って、僕は彼女の手を握り返した。
その手を握りながら、強く思う。
強くなろう、と。
シュメル・ハート。
まだ三歳児。
でも、僕は僕の魔法が最強だって知っている。
なら、目指すしかないだろ、最強。
せっかくの異世界転生。
後悔なんて、したくない。
行けるところまで、全力で突っ走ってやる。
最強になること。
それが、僕の今の目標だ。
☆☆☆
……なんて、思いを決めた数秒後。
「ま、とりあえずシュメル。君、才能ないからね」
「…………えっ?」
両親の目の前で突きつけられた現実。
僕は今生初めての挫折に、思考が止まるのだった。
そして彼は思い知る。
せっかくの異世界転生。
なのに自分は、ちょっと足りずに生まれたのだと。
☆☆☆
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