038『力を示せ』
勝負。
と言っても、ルナと僕の実力差は明白だ。
何せ、彼女は魔法もまだ使えない一般人。
戦闘経験など完全にゼロ。
狩人どころか、戦士として戦うことすら躊躇いがある。
「いくら次席っていっても、わ、私と同じ人間なのは変わりありませんよねぇ! ほら、噂とかって尾ひれがついて伝わるって話ですし! 竜に腕相撲で勝ったとか、差し向けた暗殺者が一人も帰ってこなかったとか、第二王女殿下のお気に入りとか! そういうのも嘘っぱちに違いありません! 霜の再来とかもてはやされて膨れ上がった自尊心に、私が現実ってものを教えてあげ――」
実際、ルナは当初、バリッバリに僕と戦うつもりだったらしいのだが……。
「動くな」
「ぴぃいいいいい!?」
開始一秒と経たず、彼女の首筋に短剣を突きつけ終了。
本気で、という注文があったため、情け容赦なく狩人としての技と殺気を叩き込んだのだが……まぁ、これが見事に『やりすぎ』だった様子。
恐怖にへたり込んだ彼女は……その、なんだ。アレだ。失禁というか、ね。あまり表現できない醜態を晒してしまっていた。
勝負より十数分後。
とある事情で制服から体操着へと着替えた少女ルナは、不満たらたらな様子を見せていた。
「反則です! 失格ですぅ! 戦えない平民相手に大人気なく遠慮なく本気を出すとか何考えてるんですか! この悪い貴族の典型! 差別主義者! 変態!」
「変態では無いだろ。……いや他二つも違うけど」
と、いうことで。
ルナと戦うのは一旦中止。
何の成果も得られませんでした。
なので、違う方法で僕の実力を確かめようという話になったのだが……。
「でしたら、こんなのはどうでしょう?」
一部始終を見守っていたクラリス殿下。
彼女から渡されたのは……とある依頼書だった。
☆☆☆
魔術学院都市。
多くの魔法使いが集い、研鑽し、研究し。
何世代にも渡って魔法の発展に貢献してきた。
この大陸が誇る最大規模の魔法都市。
そんなこの街にも、当然ながら裏はある。
魔法使い見習いを狙った犯罪や。
世間に疎い研究者を狙った詐欺行為。
その他、大きな都市であるが故に、相応の犯罪集団も街の中には隠れ潜んでいるらしい。
その中でも、最も危険視される存在。
それこそが――黒狼組。
俗に呼ばれる『犯罪ギルド』のひとつだ。
『まだ未遂ではありますが、この黒狼組は【麻薬】へと手を伸ばしております。狙いは古書館の研究者たちを『薬漬け』にし、彼らの研究成果を奪うこと。到底許せるものではありません』
とは、殿下のセリフ。
麻薬売買、その未遂、である。
あまりにも情報が早すぎるのは、王族直轄の『暗部』がいい仕事をしていると言うべきだろう。
さすがだなぁ、とのんびり考えていた。
……殿下から、あの一言を頂くまでは。
「し、シュメルさん……? む、難しい顔してますけど! や、やっぱりやめときませんか!? さ、さすがに! 二人で犯罪ギルドに乗り込むのは無茶というか……本気を出してもどうにもならないといいますかぁ!」
「ん? あぁ、ごめん。ちょっと考え事してた」
時は変わって、犯罪ギルド前の物陰で。
殿下の言葉を思い出し、難しい顔をしていた僕と、顔をひきつらせたルナ。
彼女を見れば、生まれたての小鹿のように足を震わせていた。
「そ、そりゃあ、王都とかの犯罪ギルドと比べれば小物というか井の中の蛙というか! 程度の低いプライドだなぁと思える程度の荒くれ集団ですけどぉ! で、でも、間違っても一般人が手を出しちゃいけないレベルですよぉ……! こ、この町一番の犯罪ギルドって、噂なんですからね!」
「うん、それだけ言えるなら大丈夫そうだな」
彼女の言う『噂』の通り。
ここに居を構える犯罪ギルド『黒狼組』はこの町一番の犯罪ギルドだ。
王都や国外に目を向ければ、たしかにここより規模の大きい犯罪グループもいるにはいるらしいが、それにしたって黒狼組も一つの町を裏から牛耳れる程度には大きな集団でもある。
小物。
井の中の蛙。
程度の低いプライド、等と。
間違っても一般人が言っちゃいけないお相手だ。
「おおう!? なんじゃおどれら!? 小物ったぁ、俺らのことかァ!?」
少女、ルナ。
発する言葉を考えず、顧みない一般人。
犯罪ギルドの目の前でそいつらを貶す鋼の心臓。
ついでに、声を潜めて喋ることを知らないらしい。
彼女の暴言は、当然のようにギルド前を見張っていた荒くれ者に産地直送。
ぐさりと、音が聞こえるような勢いで突き刺さっていた。
「ひ、ひえぇ!? な、なんで反応するんですかぁ!? じ、自覚がないと、じ、自分のことだってわかりませんよねぇ!? もしかしなくても、やっぱり小物……」
「ぶち殺すッ!!!」
スキンヘッドの荒くれ者が、顔を真っ赤に走り出す。
彼の大声はかなりのもので……まあ、ギルドの中にも聞こえてるだろうね。
はぁ。これでこっそり侵入する、って手は使えないか。
そう内心でため息を漏らしつつ。
「地の二『蝕喰み』」
彼我の距離を、あっさり詰めて。
通り過ぎざま、ちょっとひと手間。
スキンヘッドの彼は、操り糸の切られた人形のようにぶっ倒れた。
「ひぃぇっ!? な、なにして……も、もしかして、殺っ」
「殺してないよ。今回は『殺さず捕らえる』って殿下の依頼だ」
そこが少々、残念なところ。
別に殺しが好きなわけではない。
が、ルナには『本気を見せる』と言って連れ出したのだ。
にもかかわらず、殺しはなし、手加減必須、技を選ぶとなると……申し訳なさが勝る。
だってこいつら、殺しても心が痛くない程度には悪人だし。
目撃者が残らないのなら、思う存分に本気を出せたわけだしなぁ。
……とはいえ、だ。
一般人の少女に、血を見せるのもいかがなものか。
そう考えると、殺しはなしで正解なのかもしれない。
僕はそう結論付けて、一歩踏み出す。
「真正面から乗り込むぞ。血液一滴たりとも後ろには通さない。安心して、胸を張って僕の後ろについてこい」
「ひ、ひぃぃぃん!?」
僕は無手で、犯罪ギルドへと歩き出す。
焦った様子のルナが慌ててついてくるのを確認して、僕は再び思考を走らせた。
この街に蔓延る闇。
犯罪集団。犯罪ギルド。
麻薬密売、その未遂。
そこら辺までは、まぁ、有り得る話だ。
問題解決のために動くのも、なんら不満はない。
ただ一つ問題は、殿下の放った『補足』の一言だ。
『実は、フォルス様が教えてくださったんですよ』
その言葉を思い出し、また顔を顰める。
どこにでもある、都市の闇。
――そこに、あの魔女が関わっている。
嫌な予感が、背筋を撫でる。
フォルスがこの街の闇を偶然知っていた。
麻薬密売、その気配を察知して殿下に知らせた。
まぁ、ある話だろう。
彼女の実力をもってすれば、可能だろうし。
だが、相手が相手だ。
『何故知らせたのか』
そこまで考えねば、きっと僕は取りこぼす。
僕以外に興味を持たず。
殿下の育成すら暇つぶしの一環で。
その瞳の奥に『死への渇望』を浮かべた魔女。
彼女の真意を考えて。
僕は、ため息と共に結論を出す。
「準備が整うより早く、確実に潰す」
うん、それだな。
フォルスがどう関わっているにせよ。
きっと、僕が成長できるような『なにか』を彼女は仕組んでいて。きっとそれは、僕にとって不条理では無い程度の、乗り越えられるくらいに調整された適度な壁だ。
だが、壁であることには変わりない。
ならば。
魔女の『用意』は待ってられない。
彼女が壁を用意し切るより早く。
今、この瞬間にぶっ潰す。
「な、何を言って……へぶっ!?」
足元にあった泥濘をすくい、彼女の頬に塗り付ける。
土臭さに彼女は思いっきり顔を顰めたが……僕の真剣な目を見て文句を押しとどめた様子。
その様子を見て、僕は小さく頷いて。
同様に、顔に泥を塗る。
これより先は、戦いではない。
貴族としての顔に泥を塗り。
戦士としての生き様に唾を吐き。
一時、城崩しすら手放して。
ただ、殺すための『機械』へと身を落とす。
こっからは、ただの『狩り』だ。
それはただの蹂躙で、ただの殺戮。
……と、割り切るほどではないか、今回は。
注意を払うことに異論は無い。
が、心まで『割り切る』必要はない。
割り切ってしまえば、たぶん、ルナを守ることも忘れてしまいそうだから。
「これは公衆の面前じゃないから、カウントには含めませんよ、父上」
手元の依頼書へと視線を戻す。
記されたのは、犯罪に次ぐ犯罪。
窃盗、詐欺、殺人、強姦、エトセトラ。
目を覆いたくなるような犯罪祭り。
殿下曰く、フォルスから教えてもらった後に正式な調査も行っているらしい。
そのため、ここに記されているのは『暗部が調べた詳細』そのもの。
信憑性は極めて高い。
僕は依頼書をくしゃりと握りつぶす。
おおよそ、見逃せるようなものでは無い。
改めて……手加減は無用の相手だと判断した。
「ルナ、最初に謝っておく」
「ふ、ふへ? な、なんですかいきなり」
怯えた様子で僕を見上げる彼女を見て。
僕は、多少の申し訳なさに顔を歪めた。
「トラウマになったら、すまんな」
殺しはしない。
だが、遠慮など最初からない。
確実に滅ぼす。
【豆知識】
○顔に泥を塗る行為
オルドの教え。
森に入る時は顔に泥を塗る。
目立たない服装にする。
風上には立たない。
それらを守り、何年も同じことを繰り返してきた。
いつしかそれらの教えは『狩り』を始める前の【ルーティーン】と変わり果て、顔に泥を塗る行為はシュメルにとって『相手を確実に殺す』ために意識を切り替えるスイッチにもなっている。
とはいえ、今回は控えめに。
あまり、割り切りすぎない程度に。
ほんのりと、顔に泥を塗っておこう。
「本気だと、止まれなくなっちゃうからね」
ようは、一種の自己暗示。
人間から『殺戮機械』へと移行する合図でもある。
次回【英雄殺し】
少年を待ち構えるのは、たった一人の悪。
しかし壁と呼ぶには、少々その男は厄介すぎた。
本来ならば、こんな序盤で当たっていい敵でもなく。
当然、曲がり間違っても『勝てていい』ような敵でもない。
そんな相手を用意しておきながら。
魔女はひとり、その勝敗を予見する。




