037『ルナ』
平民ルナは、特待生である。
彼女は戦いとは無縁の生活を送っていた。
どこの町にもあるような、小さなパン屋で育ち。
両親や兄妹にも恵まれ、毎日が幸せで。
才能なんて一度も気にすることはなく。
ただこのまま、両親のあとを継いでパン屋を続ける。
でもいつか、結婚くらいしてみたいな。
それくらいの考えで、のんびりと生きてきた。
一人の魔法使いが、彼女の『ソレ』を知るまでは。
ルナはどこにでもいる一般人だ。
両親は優れた魔法使いではない。
片方が実は魔族だったりも当然ない。
神様からの加護だってもらってない。
選ばれた勇者でもない。
特別な魔法を授かってもいない。
英雄の生まれ変わりでもない。
当然ながら、転生者でもない。
白い魔女に目をつけられてもいない。
――なのに、彼女は【魔力の海】を身に宿していた。
海。故に彼女の魔力に果てはない。
正確には、人知の及ぶ範囲で果てが見えない。
人の理解では底など見えない。
そんな魔力の塊とも海とも呼べる何かを宿し、生まれただけ。
たったそれだけ。
それ以外に、彼女に特別な何かはない。
だが、その唯一の特別こそが、その世界において別格の異常だった。
おおよそ、なぜ一般の家庭からこんなものが生まれてくるのかと。
神様だって首をかしげる状況下から、なぜか生まれただけの異質。
ただ一つの才覚をもって、他すべてを覆し、壊してしまうほどの不具合。
ある日、偶然にソレを発見した魔法使いは恐怖した。
どうあがいても勝てる未来が浮かばない。
一流の彼をしてそう判断できるほどの、磨かれていない魔力の原石。
当然ながら、思うわけだ。
『絶対に欲しい』と。
彼は学園長へと直談判し。
学園長グレイス自ら、ルナという少女を視察し。
その上で「なんじゃこれ、放置できるもんじゃないじゃろ」と判断。
試験は不要、という例外中の例外。
王女殿下や、霜の再来ですら掴みとれなかった【特待生措置】をルナは獲得する。
彼女自身、あんまり入学に乗り気ではなかったけれど。
両親が応援してくれたこと。
そして、在学中に食費が一切かからないこと。
好きなだけ食べて好きなだけ学べるという条件を聞き。
それなら……と、なんとなく、流されるままに入学を決めた。
だから、ルナは入学試験には参加していない。
そのため、シュメルもクラリスも、神の目を持つリオも、誰一人として彼女の存在を知らなかった。
ゆえに、彼らにとってルナの入学は青天の霹靂。
いきなり目の前に現れた、現実とは思えない魔力の化け物。
当然ながら、相当の実力者だと判断してしまう。
……それが、まったくの誤認だとも知らずに。
改めて明言しよう。
平民ルナは、どこにでもいる一般人である、と。
☆☆☆
「無理です無理ですぅ! わ、私なんかが、戦えるわけないんですからぁ!」
魔力の海。
……もとい、ルナさんは必死になって叫んでいた。
その姿に、僕もクラリス殿下も目を丸くする。
――場所は変わらず、1年A組の教室内。
彼女の言い分は、ただの謙遜。
……と呼ぶには、あまりにも必死すぎて。
えっ、まじで?
と、殿下と思わず目を見合わせる。
「え、っと」
困惑交じりに、思わずと口を開く。
対して、返ってきたのは思いがけない言い分だった。
「わ、私っ、ただ学園長自らがお忙しい時間の間を縫ってわざわざスカウトしにきてくれただけの特待生なんです! 勧誘を受けられず、二千人の中から潰しあって何とか合格を掴み取るしかなかった皆さんとは違くて……魔法の使い方もわからなくて、なんとなく流れで入学しただけで!」
「すげぇなこいつ」
思わず本音が口に出た。
すごいな、オブラートって知らないの?
言葉を選ばないというか。
刺々しいというか、嫌味ったらしいというか。
言葉だけ聞けば喧嘩でも売っているのだろうかと勘違いしそうになる。
そんなセリフが、おどおどとした少女の口から次々と飛び出してくるのだ。
「あっ、ご、ごめんなさい! 悪く言っているつもりはないんです! でも、才能だけで学園長に勧誘受けて、試験も何もなく当然のように入学している私みたいな一般人が、お貴族様たちと肩を並べて戦えるわけないですよね。うへ、うへへっ。だってそうじゃないですか。ほら、お貴族様ってプライドだけは一人前って聞きますし、平民が特待生に選ばれたって事実を認めがたいっていうか。ご当主様にすらなっていない子供の分際で分不相応に高いプライドというか、自尊心が無駄に大きいというか……」
「……ちょっとストップ。いったん止まりましょうか」
「へ? え、へへ。はい、わかりました……」
少女ルナの愛想笑い。
対する僕は、苦笑いだった。
「えっと、ルナさん。僕はシュメル・ハート。一応は貴族の端くれですけど……ほら、学園内では身分も関係ないって聞きましたし、あまりそういうことは気にしないで……」
「で、でも、なんか小奇麗で丁寧な言葉遣いしてますし……平民相手に言葉を選ぶお貴族様って内心では平民のことを心底見下しているって聞きますし。英雄の再来とかもてはやされて肥大化が止まらなくなった自尊心と、家名に傷をつけまいとする理性が心の内で衝突しているような苦笑いしてますし――」
「よし、気遣い不要ってことでいいんだな」
貴族としての仮面がぴしりと割れる。
というより、なんか馬鹿らしくなってたたき割った感じに近いかも。
僕は額に手を当て、ため息を漏らす。
「まぁいい。ルナ、僕は【学院序列】でトップ10入りを目指す。パーティに入ってくれ」
「うへぇ……あ、あれだけ否定したのに、なんにも効いてない……」
ああ、戦ったことないとか。
まだ魔法も使えない、とか?
僕は彼女の言い分を思い返しつつ、ひとつ頷く。
うん、問題ないだろ。
魔法の使い方を教わるために、みんなこの学園に来たんだ。
スタートラインはほかの生徒と比べてだいぶ後ろの方かもしれないが、それを補って余りある魔力量が彼女にはある。技術度外視の力業だけで頂点が取れるだろう。
現に、こうして対しているだけで、冷や汗が止まらない。
技術の何もない現段階で、これである。
彼女が一人前に魔法が使えるようになったら。
なってしまったら。
そう考えると、恐ろしくてたまらない。
そして同時に、楽しみで仕方ない。
「嫌でも強くなるさ……いや、強くなってもらわなきゃ面白くない」
「ひ、ひぃ!?」
にやりと笑った瞬間、ルナは勢いよく逃げ出した。
といっても、一般人の中での『勢いよく』だ。
あっさりと首根っこをつかみ、彼女の逃走を阻止する。
「うへぇ!?」
「いいか、よく聞けルナ。お前から見て、僕らは間違いなく【勝ち馬】だ」
「か、勝ち、馬……?」
ぴくりと、ルナの肩が震える。
おや、と感じて手を離すと、彼女は逃げるそぶりを見せなかった。
「僕は入学次席、クラリス殿下は三席。それに、主席のリオも必ずパーティに引き入れるつもりだ。そうなれば、新入生のトップ3人が一つのパーティに集うんだ」
「そ、それは……す、すごいですねぇ」
「だろ? ひいき目なしに新入生最強のパーティだと思ってる」
そう、前提条件を告げたうえで、だ。
ちらりと、近くにいたメガネ君へとアイコンタクト。
彼は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにしたり顔で眼鏡を光らせる。
「なんと! すごいではないですかルナ氏! うらやましい限りです!」
「うへ? だ、誰ですかぁ……?」
唐突なメガネ君の登場にルナは驚いていたが、メガネ君は止まらない。
「霜の再来に、神聖魔法の使い手である王女殿下! そして、霜の再来を抑えて主席入学となった謎の公子! これだけの人材がそろっているなら、もはや所属した時点で勝ち確定! 一年生で『二アーズ』入りも夢ではありません!」
「……勝ち確定、かは分からないけどな」
とは、一応言ってみたけれど。
殿下にリオまで一緒に戦ってくれるなら、負ける未来は正直見えない。
「で、でも……私なんかが足引っ張っちゃったら……どーせ負けますよ」
ただ、ルナは言う。
どうせ負ける。
どうせ無駄なんだから。
そんなニュアンスに、僕は思わず言葉を詰まらせた。
その後ろ向きな生き方は。
……なんでだろうな。とても身に覚えがあった。
明るく前向きに、どこまでだってまっすぐに。
そんな今の僕とは正反対に彼女は生きている。
なつかしさに少しだけ、頬が緩む。
彼女をまねて、僕はオブラートなしに突き付けた。
「そうだな。確かに足手まといだな。まさか魔法が使えない一般人だとは考えてもいなかったし、正直期待外れなことこの上ない」
「……っ! や、やっと本性を見せましたね!」
鬼の首を取ったように、ルナは言う。
そんな彼女を見下ろして。
もったいないな。
そう、心の底から僕は思う。
ルナと、僕はよく似ている。
正確には、似ていた、のだろう。
だから気持ちは分かるし。
彼女の生き方だって、否定なんてしたくない。
それでも。
「でも、おまえ自身言ってただろう」
どう考えても、僕より彼女の方がずっと恵まれている。
「学園長自ら勧誘した才能は、ひとりだけだ」
「……ほへ?」
ぽかんと口を開けているルナに、思わず苦笑する。
僕は近くにいたメガネ君へと視線を向けた。
「ちなみに、前例はあるのかい?」
「ありませんね! 特待生制度は、おそらく彼女のために作られた新制度でしょう!」
「だそうだ。ルナの言う通り、純粋な才能でお前はこの場の誰より認められている」
純粋な『才覚』としては、間違いなく最高級。
我ながら恵まれているなと自覚していた僕をもってしても、才能という一点に限って言えば、彼女には何歩か及ばない。
そんな才能の原石を前に。
今は弱いから足手まといだ――と。
それだけで終わらせるのは、あまりにももったいない。
「だから誘った。いつかお前は花開く」
弱いのは否めない。
足手まといは、そりゃそうだ。
使えなくて当然。
だって一般人なんだもの。
だが、それを加味しても彼女の才能は捨て置けない。
花咲く日がいつになるかは分からなくとも。
咲いた花はいつの日か、僕を助けてくれるかもしれない。
はたまた、ライバルとして、僕の成長の糧になるかもしれない。
少なくとも、僕にとっての害にはさせない。益にする。
ただ、これは一方的に利用するわけではない。
そんなのは、どこぞの魔女とやってることが一緒だからね。
あくまで取引は公平に。
僕が彼女を利用するように、彼女も僕を利用できないと変な話だ。
「僕はお前の才能の『先』を見てみたい。対するお前は僕を利用して手っ取り早く強くなれる。ついでに、一年生からニアーズ入りって伝説付きだ。歴史書に名前が載るかもしれないぞ?」
と言っても、ルナに彼女なりの考えだってあるだろう。
例えば……そうだな、強さに焦がれないとか、名誉に興味がないとかなら話は別だが……曲がりなりにも、自分でこの学園に来ることを選んだんだ。そういった渇望が少しも無いとは言わせない。
見れば、ルナは何とも言えない表情で口元をむにむにと歪めていた。
……嬉しさ六割、疑い三割、あと一割は複雑だが、怒りもありそうな顔だ。
「こ、答えになってませんね! わ、私の才能は……まあ、ほめていただいたことはとても嬉しいのですが……あ、足手まといなのは肯定しましたよね! どうしてもダンジョンに入りたいお貴族様からすれば、わ、わわ、私なんかよりも、即戦力を勧誘した方がいいんじゃないですか!?」
「……即戦力、ね」
正しいな。
彼女の言い分は、正しかった。
正直、あまり返せる言葉が思いつかない。
そう素直に認めてしまうくらいには、彼女が言ってることは正当だ。
問題は、ルナの前に立っている男が、それを問題としないということだ。
「……悪い。つくづく、謙遜するのは悪い癖だな。そのせいで不安にさせた」
大前提として。
今回の序列戦における、トップテン入り。
これに関して、僕は現状の最優先事項だと考えている。
ダンジョンに入れないのでは何も始まらない。
前人未到のダンジョンに。
勇者たちでは届かなかった最奥に。
その果てで得られる『恩恵』に。
その過程での成長にこそ、価値がある。
なのにその前で足止めを食らっていたのでは、お話にもなりはしない。上級生との戦いも楽しみではあるが……あくまで前座。メインはダンジョンだ。
そして、ダンジョン入場に必要とあらば。
僕は本気で、頂点を取りに行く。
どんな手段を用いても、必ず遂げる。
悪辣でない範囲で全力を尽くす。
それでも足りないのなら、技を解禁するまで。
なに、許された『三回』のうち一度くらいは、消費したってかまわないさ。
それだけ本気と書いて、マジになってる。
である以上、ここから先の戦いに謙遜も慢心もない。
本気でやると決めたからには。
「――負けるわけがないだろう、この僕が」
根拠なき、絶対的な自信。
対するルナも、クラスメイトも、思わず押し黙る。
笑う声は聞こえない。
馬鹿にするものは、一人もいない。
微笑むものは、クラリス殿下一人だけ。
「足手まとい一人連れたところで、僕が負けることはない。なんだったら、一度でも僕が負けたのなら、その時点で見限ってくれて構わない。僕は在学中一度として負ける予定はないんだから」
といっても、学園長とかは連れてこないでね?
あの人だけは例外にしておこう。
ありとあらゆる奇襲をぶち込んでいいなら話は別だが、真正面からは勝てないから。
「ばっ、ば、バカ、なんじゃないですか……?」
「頭の心配をしてくれるのはありがたいが、嘘は言ってないぞ?」
ルナの絞り出した反論を、切り捨てる。
彼女は僕を、見上げていた。
その目に映るのは、いろんな感情が混じった複雑なもの。
恐怖もあり、憧憬もあり、怒りもあり、希望もあり。
確かに僕の言葉に惹かれつつも。
それでも、一歩を踏み出す勇気が持てず。
彼女はまた、俯いた。
「そ、そういうのは、ちゃんと、強い人じゃないと成り立ちません。……次席、って自分で言いましたよね? ちゃんと調べて、知ってるんですからね。貴方は負けたんだって」
否定できる要素もなかったため、黙って彼女の『先』を促す。
ルナは、再び僕を見上げる。
その目は鋭く、見逃すものかと僕を睨んでいた。
「でも、主席の人は傷だらけで、貴方は無傷で試験を通った。主席は必死で、貴方は余裕で、それぞれの順位を勝ち取ったんです。……なら、貴方はきっと、手を抜いた。そう噂になってるんです」
「……酷い噂だな。で、だからなんだって?」
ホントのことだから、またなにも否定できないけれど。
そう苦笑する僕に対して、ルナは弱々しく指を差し向ける。
「私は、大切な試験で、よ、余裕ぶっこいて負けた慢心敗北者に、な、何を言われたところで、全然信じられません! な、なので!」
しかし、その目に宿った光は強く。
僕は目を細め、彼女の言葉を受け止める。
「本気で、私と勝負してください!」
本気で……か。
つまり少女は【狩人】としての僕をお求めなんだ。
しっかりと力を見せろと、そう言うのだ。
彼女の言葉に少し固まって。
ちょっとだけ考えて。
僕は、思わず笑い噴き出した。
「ひ、ひぅ!?」
僕の表情を見て、ルナが怯えを見せる。
……ああ、悪いね。
嗤い方まで爺さんに似てしまったみたいでさ。
きっと僕は、獣のように笑っていたことだろう。
「いいよ。場所を移そうか」
弱いヤツには従えない。
敗者に大口を叩く権利はない。
だからこその提案を、拒否するつもりは毛頭ない。
そうだな、失礼だったな。
彼女をパーティに誘うには。
ちょっとばかし、自己紹介が足りなかった。
僕は狩人、シュメル・ハート。
ちゃんと、真面目に戦ったらリオより強いのだと。
彼女には、教えてやらねば無作法と言うものだ。
【豆知識】
〇ルナ
どこにでもいる一般人。
ただし、才能だけは規格外。
その身に秘めるは果てがなく、ゆえに尽きることのない魔力の海。
通常攻撃ばりに放たれるのは、一撃一撃が国すら亡ぼす威力の魔法。
文字通り『個』として国力に匹敵する、世界一の異分子。
そんな、魔法の王様――に、なるかもしれない、今は小さな魔王の卵。
近い未来。
大成したシュメル、リオ、クラリス。
歴史に深々と名を遺した三名は、口をそろえてこう言った。
「勝てる勝てない以前に、あの魔法使いとだけは戦いたくない」と。
次回【力を示せ】
本気を出す。
とはいえ、相手がルナでは意味はない。
戦士としては勝てないほどで。
されど、狩人としては勝てるほど。
都合よく、そんな相手でも現れれば。
きっと、彼の物語は華やぐと思うんだ。




