035『入学』
合格発表から、気づけば一週間。
今日は学院の入学式。
白い制服に身を包み講堂に集まる。
周囲には、同じ制服を着た新入生たちの姿がある。
目測だが、100人やそこらといった程度だろうか?
受験者が2000人近くいたことを考えると、少し引くほどの狭き門。
そこを潜り抜けてきたのだから……この場に集まっているのはひとかどの人物だけだろう。
周囲を見渡すと、何人か特徴的な生徒が目についた。
堂々と胸を張り、自信に満ち溢れる少年。
猫背で暗い雰囲気を漂わせ、この世の終わりだとばかりに青ざめる少女。
一端の戦士として、既に体が出来つつある少年。
入学初日から制服を傷だらけにしている威圧感のある少年。
神の目を持たない僕にとって、この場で得られる情報は極めて少ない。
この目で見て、相手の戦士としての力量を測るか。
魔力を波状にして飛ばし、相手の体内魔力を測るか。
その程度しかできないけれど……それでも、目を見張る才覚もある。
「……すごいな」
思わず漏れた言葉に、じろりと周囲から視線が向かう。
……そういえば、今は学園長先生の挨拶の真っ最中。
しまったと口を抑えると、しばらく睨まれていたけれど、すぐに視線も霧散する。
周囲の様子に安堵しつつも。
僕は、先程目に付いた実力者二名へと視線を戻す。
一人は、僕と同じ学園の新入生だ。
この人は単純に、魔力量がべらぼうに多い。
これは感覚だが……フォルスをして『自分以上』と語った僕の魔力量ですら、足元にも及ばぬレベル。
おそらく、この人と同じだけの魔力量があれば、神の目なんてなくても【反転】が使えてしまうだろう。
そう断言出来るほど、ぶっ壊れた魔力量だ。
そして一人は……まぁ、学園長先生なんだけど。
見た目は年齢不詳の幼女。
と、たった一言で『ファンタジーしてるなぁ』と感じさせる設定だが、その実力は見事の一言。
魔法使いの学園、その長として君臨する彼女だが……僕から見れば、戦士としても超一流だ。
おそらく、僕では相手にならないレベル。
これで魔法使いだと言うのだから手に負えない。
――氷魔の王、グレイス学園長。
一流の戦士であり。
超一流の魔法使いである彼女。
……オルドのもとでは学べなかった何かが、あるかもしれない。
そう思い笑みを深めると……偶然か、グレイス学園長と目が合った気がした。
「それでは皆の衆。よく学び、よく育ち、遠慮なく我らを超えてゆけ。そのための環境――ダンジョンは、ワシら教師陣が責任をもって整えよう」
ダンジョン。
それは世界中に点在するとされる、宝眠る大迷宮。
その中には魔物が棲み、多くの罠が探索者に立ち塞がる。
その難易度は奥へと進むほど増してゆき、深層の踏破難易度はあの竜の庭を超える、との話だ。
そして、この学院に眠る――通称『学院ダンジョン』。
学園長率いる教師陣が適時魔物を間引きし、命に関わるトラップを排除し、中層までは完全に管理下に置いたダンジョンだと聞くが――。
『かの勇者パーティが踏破出来なかった』
その伝説は有名だ。
それは悪質な罠によるものなのか。
あるいは、彼女らでも勝てない魔物がいたのか。
はたまた、単純に時間不足だったのかもしれないけれど……少なくとも、僕はそのフレーズに興味を引かれた。
ただ、それはきっかけでしかなくて。
僕がこの学院に入った最大の理由は他にある。
「思う存分挑むがよい。一人でも、その最奥で【恩恵】を授けられることを祈っておる」
その言葉に、浮かべていた笑みがさらに深くなる。
彼女の告げた恩恵とは、ダンジョンの『踏破報酬』のことだ。
なんでもダンジョンの最奥にはダンジョンコアと呼ばれる【核】を護る強大な魔物が存在し、その魔物を倒すことで、討伐者にはとある『恩恵』が与えられるという。
まぁ、この『恩恵』はどこのダンジョンを踏破しても同じように与えられるらしいが……せっかくなら、難しい場所に挑戦したいよね、ということで。
『勇者パーティが出来なかったことに挑戦する』
『ダンジョンから恩恵を得て強くなる』
このふたつが、僕がこの学院にきた主な目的だ。
それに、せっかくの異世界転生だよ?
一度くらいダンジョン探索者になって、色々と冒険してみたいでしょ。
たとえ死んで生まれ変わっても。
『面白そう』
『楽しそう』
そんな子供っぽい冒険心は変わらないもんさ。
「それでは以上を以て、入学式を閉会とする」
学園長の宣言を受け、背筋を伸ばす。
……さて、この入学式が終われば、あと数時間で初日の行事は終了と聞いている。
となれば、早速ダンジョンに行くしかないな。
うん、楽しみだ!
年相応に心躍らせ。
初ダンジョンに夢と期待を膨らませていた。
――そんな僕へ、残酷な現実が告げられる。
「まぁ、しばらくはダンジョンにも入れないんじゃがな」
☆☆☆
「どういうことですか!」
ダンジョンに入れない。
学園長が言い放った衝撃的な事実。
その詳細を聞かされたのは、その数十分後だった。
ちなみに、『どういうことですか!』は僕のセリフではない。
クラスメイトの、名前も知らない男子生徒が叫んだものだ。
「実は、ダンジョンにも入場資格がありましてね」
場所は、1年A組のクラス内。
僕が配属されたクラスには、僕を含め20人の新入生が集められていた。
その中には、知り合いの姿はない。
といっても、知り合いは殿下とリオだけなのだが。
そして教壇に経つのは、メガネをかけた優男。
二次試験の説明の時にも見た人だな。
名を『シルバー』。
このクラスを受け持つ担任教師らしい。
……らしい、のだが。
僕の心境はそれどころではなく。
席に座って腕を組み、いかにも平静そうな顔を頑張ってはいるものの。
その下ではギリギリと歯を食いしばり、感情を押し殺すのに必死である。
「そんな……! 」
「今日から入れるって楽しみにしてたのに!」
同級生の何人かが声をあげる。
そうだ、言ってやれ!
思う存分、心の中で後押しする。
えっ、声に出して言わないのかって?
……いや、これでも男爵家長男ですし。
文句や不満を喚いて父上の顔に泥を塗るのは嫌なので、心の中だけにしておきますとも。
ただ、文句は言わないまでも、気になったことは容赦なく聞いてやるがな!
「その入場資格っていうのは、なんなんですか?」
「そうですね……まず前提からお話しましょう」
先生は周囲を見渡し、少し笑って黒板に向き直る。
「これは大陸全土で共通のルールですが、ダンジョンに潜ることができるのは、冒険者、あるいは国が特例とした騎士や学者のみとされています」
えっ、そうなの?
思わずと周囲を見渡したところ、全員が全員「そりゃそうだろ」みたいな顔で頷いていた。
なにその常識、知らないんですけど。
「ですが、ここからは知らない方も多いでしょう。冒険者としてダンジョンに入ることが許されるのは、あくまでもCランク冒険者以上である、と」
再び周囲を見渡すと、今度は驚いている生徒が多かった。なるほど、これは常識ではないのか。
顎に手を当て、ふと過去を思い出す。
冒険者には、知り合いがいないでもない。
数年前、武闘会で戦い、知り合った者たち。
その中でもよく覚えているのは、初戦であたったジュゴルデート、準決勝であたったコフトの二名だ。
二人とは、試合のあとも話す機会があった。
いずれも、Aランク冒険者だと名乗っていた気がするが……ジュゴルデートはパーティとしてAランク、コフトはパーティを組まず、個人としてAランクだと言っていた。
数年前の時点で、戦士として、彼らには勝っている。
ならば、純粋な実力として今の僕はAランクか、狩人としてならそれ以上ではあるのだろうが……それでも、冒険者ギルドに登録している訳では無い。
ならば、はいそうですか、とルールを無視して入場できるものでもないだろう。
「それだけダンジョンというものは危険なんですよ。ですから、実力も不透明で、経験も知識も浅く、実績もない。そんな新1年生をいきなりダンジョンへ潜らせるわけにはいかない。そういう取り決めです」
取り決め。
その言葉に思わず肩を落として、額に手を当てる。
……正直、聞けば聞くほど妥当な理由だな、というのが素直な感想。
残念だし、ほんっとうに残念だし、無念だけど。
僕がそのルールを破って、例外と認められてしまったら……と想像してみる。
するとどうだろう。妙にプライドの高い子息子女たちが、我先にとルールを破ってダンジョンに突入。結果として多くの死亡事故勃発――と、そこら辺まで想像して背を震わせた。
……うん、無理だなこれは。
素直に、一年間は学業に専念するほかないか。
「……調査不足、きっついな」
思わずと口にして、ため息を漏らす。
しかし、大きく息を吐いて、少し固まって。
「……ん?」
ふと、拭いきれない違和感を感じとる。
「ということで、君たちには最初の一年間、しっかりと学び、経験と知識、実力をつけていただきます。そして、進学した時点でCランク冒険者と同等と見なし、そこからダンジョンも解禁となる手筈です」
先生はそう言い切った。
対し、同級生たちは全員が等しく驚いていた。
そう、僕のように準備不足な人間ばかりではないだろうに。ちゃんと調べて、準備して、努力を重ねて受験に臨み、合格を掴み取った同世代でも上澄みの秀才たち。
そんな彼らが、誰一人としてそのルールを知らなかった……なんて、ことがあるのか?
こんなルール、卒業生にでも聞けばすぐに分かるようなものだろうに――
「……って、まさか」
「シュメル君。君は頭の回転が早いようですね」
僕の気づきを、先生は目敏く指摘する。
周囲の視線が僕に集まる中、僕は思わず苦笑いする。
「わざと、知らせてなかったルールですか」
「その通り。このルールは、同世代において上澄みである君たちから、ひと握りの『特別』を選別する最初の試練でもあります」
教室を見渡し、彼は重ねて告げる。
「頭抜けた才能、強さを持つ者はいつの時代も存在します。そんな彼らを、新1年生だから、という括りで縛ってしまうのは……あまりにも、勿体ない」
故に、と。
彼は最初の試練を告げるのだった。
「君達には、【学院序列】で10位以内を目指してもらいます」
それこそが、一年生でダンジョンに入る唯一の方法らしい。
……らしい、のだが。
「……学院序列?」
新しく出てきた単語に、僕は首を傾げてしまった。
【豆知識】
〇グレイス学園長
永き時を生きる、鬼人族の戦士。
本人は殴る蹴るの戦闘方法を好み、実際そちらの方が強い。
だが、魔法使いとしてもこの時代ではトップクラス。
かつては最高位冒険者パーティ『時の歯車』の一員として名をはせた。
だが、その伝説はあまりに古く、知るものは数少ない。
そのため、一般的には『魔術古書館の最高戦力』『最強の魔法使い』として知られているが、本人はあまり納得していない様子である。
「ワシより強い奴なんぞ、そこらへんにいるじゃろうに。のう?」
「……それをなんで僕に言うんですかね」
余談だが。
1年A組担任の教員シルバー。
彼は脆弱の権化なので、作中ではぶっちぎりで一番弱い。
ただ、彼も見た目通りの年齢ではないらしく、グレイス学園長とは古くからの知り合いらしい。




