033『怪物』
※文量見たら三話分くらいありました。
戦いながら、かつての記憶を思い出す。
しばらくはないだろうと思いつつも。
忘れぬようにと。
必ずやってくる【その時】へ向けて。
しっかりと覚えていた教えを、ひとつずつ思い出す。
『神の目は、相対する魔法使いの魔力の流れすら容易に読み取る。魔法を使うために魔力を動かせば、それを全て先読みされて、魔法を使う前に対応されてしまう』
曰く、魔法使いの天敵と。
そう習ったからこそ、僕は魔法をひたすら修行した。
魔力の流れを見られようと、先読みされようと。
追いつけない程の反転速度を身につけた。
何をされようが、お構い無しに傷は癒える。
『加えて、魔法で何をするかまである程度見えてしまうからね。並大抵の魔法じゃ、使えば使うほど劣勢になると考えた方がいい』
脇腹を弾丸が抉り裂く。
出血と同時に、リオ・カーティスの肩が確かに動く。
彼が反応を見せた時点で魔法は終えていて。
顔色一つ変えないを見て、彼は悔しげな笑顔を見せた。
「……怪物が」
お互い様だと、内心言い返す。
弾丸を用いた長距離射撃。
人体を容易に切り裂く威力の斬撃。
死期察知では捉えられない打撃。
それら、すべて不可視。
その上、喰らえば喰らうほど魔法が使いづらくなっていく。
うん、なかなかに脅威だ。
遠距離狙撃で無くなったせいか、狙撃は一度の弾数、弾速、そして射撃頻度を増している。
イメージとしては、狙撃銃から散弾銃に切り替えた、みたいな感じだ。
なのに一発一発の威力が変わってないのが厄介なところ。
直撃する弾丸はすべて城崩しで打ち払うが……それでも数発は掠ってしまう。
掠っただけでも身体強化は僅かに減衰。
にもかかわらず、散弾銃への対応の難しさはリオへと距離を詰めるほど増してゆく。
「攻めきれないな」
森の中で、ここまで苦戦するなんてな。
試験でなく殺し合いならまだ他にも取る手はあるが、それにしたって首に刃が届くかどうかは怪しいところ。加えて時間をかけるだけ身体強化が薄れていく以上、長引けは冗談なしに敗色が見えてくる。
非才やら怠惰やら。
色々と言ってはいたが、思った通りだ。
リオ・カーティス……こいつ、本当に強い。
僕は一度距離をとると、たまたまクラリス殿下の隣にまで戻ってきてしまった。
「シュメル様!」
「……想像以上に強いですね。魔法使いとしては明らかに格上。魔力の扱いに至っては、あのフォルスと遜色ない化け物ですよ」
言ってて思う。
なんだよフォルスと遜色ないって。
そりゃ苦戦するわけだ。
いや、むしろ仮想フォルス相手によく戦ってる、と自分を褒めるべきか?
いろいろと頭を悩ませていると、隣から小さな笑みの気配。
「その、楽しそうですね、シュメル様」
「……え?」
驚き見ると、殿下はとても優しげな笑顔を浮かべていた。
彼女の言葉には、少し固まってしまったけれど。
よく良く考えれば、それもそうかと納得する。
「……まぁ、そうですね」
心の底から欲していた、僕より強い同級生。
それが今、目の前に立ち塞がっている。
なら、楽しくないわけが無い。
これなら、そう簡単に『一番』は取れない。
この道へと進んだこと。後悔はしないで済みそうだ。
「強くて……ありがたい。こうも強いと、学ぶことが沢山ありますから」
視線の先で、リオが顔を顰めて見せた。
「……反吐が出るな。学び、努力、向上心。いずれも才能に恵まれた者の特権だ。よりにもよって、私の前でよく言える」
努力するのも才能、か。
言い分はよく分かる。
僕も『努力』には才能が必要だと思うし。
僕自身、その才能にも恵まれたと感じてる。
対して……きっと彼にはその才能もないのだろう。
そう知った上で。
僕は、肩を竦めて笑い返した。
「恨み言なら、僕より努力してから受け付けますよ」
努力する才能を羨む少年へ。
僕は平然と「努力しろ」と突きつける。
そもそも他人でしょ、僕ら。
あんたが過去も今後も努力しないのは勝手だし。
僕が好きに学び、努力し、強くなるのも勝手だ。
僕は、かつて憧れたあの背中を目指すだけ。
他人にとやかく言われたところで、道は曲げない。
悪いけど、こんなところじゃ止まってられない。
僕にはやらなきゃいけないことがある。
「戻っていいぞ、城崩し」
漆黒が、僕の手の中で膨れ上がる。
片手斧より、歪なハルバードへ。
重量も一気に増し、たまらず地面へ切っ先を落とす。
その衝撃で、森が揺れた。
「【城崩し】か」
「使わないでおいた方がいいですか?」
「……愚問だな。その程度で負けるつもりは毛頭ない」
そう言うと思った。
僕が逆の立場でも、きっと同じことを言ってるだろう。
手加減なんて、間違ってもされたくない。
だから手加減なんてしないよ。
直せる範囲で、ちょっと『乱暴』させてもらう。
当然、腕の一本や二本は、覚悟してもらいますよ。
「……ッ」
短く息を吸い、一気に筋肉が膨張する。
魔力による身体強化ではなく、純然たる、僕本来の『身体機能』。
それを、ここに来て初めて、フルスロットルでぶん回す。
――同時に、魔力による身体強化をオフ。
それを見たリオが大きく目を見開くが。
対応されたとて、間に合わない域までひとっ飛び。
「ほっ」
踏みしめた大地が、弾ける。
視界がまるっと後ろへと吹き飛ぶような超速で。
漆黒の残像が一閃。
防御もすべてかなぐり捨てて、一直線に駆け出した。
僕へ向けて無数の弾丸が放たれる。
だが、それはそれ。
乱暴に行くと決めたのであれば、身で受けるまで。
全身を、無数の弾丸が貫く。
当たり所が悪ければ即死も有り得る火力の嵐。
だが、急所に当てさえしなければ、ただのそよ風。
「なっ⁉ ……自傷覚悟か!」
受けた傷など、瞬く間に元通り。
身体強化に魔力を回さない分、全魔力を【反転】へと費やせるからね。
いつになく、反転による治癒はキレッキレだ。
だが、これは一時的、長く続くものではない。
だから――こっから先、もう時間は一切かけられない。
「らァっ!」
全ての弾丸をくぐり抜け。
リオ・カーティスの眼前へ。
迷うことなく城崩しを振り抜いた。
……されど、直撃する寸前に硬い感触に刃を止められる。
見れば、リオの眼前……空間が僅かに揺らいでいて。
その空間そのものに、城崩しが受け止められている。
「……出したな、四つめ」
「チッ!」
リオは舌打ちひとつ、距離を取るべく後退する。
今のは……不可視の『盾』か?
狙撃、斬撃、打撃に、盾と来た。
魔法が強力なのか、使い手が巧いのか……。
いずれにしたって脅威的な魔法に、魔力操作能力だ。
……だからって何も『隙』が無いとは思わないがな。
「次は――」
追撃のため、再び大地を踏み締める。
だが、駆け出した瞬間に右足へと不可視の打撃。
「っと」
走り出しの姿勢が崩され、一気に減速。
その僅か数瞬の『停止状態』へ、ここに来て今日一番の密度の弾幕が襲い来る。
咄嗟に地面を城崩しで打ち砕く。
無数の瓦礫が高速で舞い上がり、それらが弾丸を撃ち落とす。
だが、撃ち落とせたのは半数程度。
残る半分の弾丸が全身を貫くが……まだまだヌルい。
喉の奥から血を吐き出して。
鋭い痛みに歯を食いしばり。
それでもまだ足りないと、足を踏み出す。
一歩で血が止まり。
二歩目で傷は消え。
三歩目には、痛みも失せた。
砂塵を突っ切る。
目の前には、大きく目を見開くリオの姿。
迷うことなく、城崩しを投擲する。
リオの眼前へと飛来する城崩し。
しかし、鈍い音と共に弾かれ、明後日の方向へと吹き飛んでゆく。
不可視の盾。
今の一投すら止められるとは、かなりの性能だな。
だが、その性能……同時に複数面で展開できるか?
「……な⁉」
城崩しが弾かれたのと同時。
リオの背後へと回り込んだ僕は、彼の側頭部へ上段蹴りを放り込む。
直前で気づかれたか、咄嗟にしゃがみこんで回避される。
だが、僕は彼の行動を見て笑みを深めた。
「……防がず、躱したな」
「く、くそ……ッ」
狙撃や斬撃、打撃の詳細までは分からない。
だが、盾には防げる制限があると見た。
そしてそれは、おそらく枚数制限だろう。
いくら神の目によって魔力が減らないのだとしても。
彼は、元の魔力量があまりにも少なすぎる。
ゆえに、一度に扱える魔力の量自体は極めて少ない。
だから彼の戦い方は自由なようで、戦術には大きな制限があるはずだ。
(これで、魔力量が一流であれば)
あるいは、彼が魔力の増やし方を知っていれば。
もしかしたら、僕に勝ち目はなかったかもしれない。
刹那、ちょっとした憐憫が走る。
だが、それは仮定の話。
今は今。話が別だ。
蹴りを振り抜いた勢いのまま、拳を叩き込む。
吹き飛んだ城崩しが地面へと突き刺さった衝撃とともに、拳にも硬い感触が返る。
……城崩しを防いだ盾をこっちに持ってきたか。
盾の展開速度は、さすがは神の目と言ったところか。
続いて中段蹴り。
同じく硬い感触に止められ、直撃には至らない。
次々と拳や蹴りを叩き込む。
連打連打。
鈍い感触が返る中、盾が破れる気配は無い。
どころか、打つ拳の方が悲鳴をあげている。
このまま殴り蹴り続けても、ジリ貧だ。
一方的にこちらが体力を消耗するだけでしかない。
――と、理論的にはそうなんだけどさ。
破れる気配のない盾を前面に。
それでも、リオの表情が陰ったその瞬間を僕は見逃さない。
彼は咄嗟に距離を取ろうと後退する。
だが、そんな抵抗は許さない。
その分だけ前進し、ひたすら近距離に張り付き続ける。
「苦手だろ? 近接戦」
それにお前……さっきから複数の能力を同時発動できてないよな?
弾丸と斬撃のように。
盾と打撃のように。
ひとつの能力を使いながら、もうひとつの能力を使う。
そういう芸当ができるのなら、僕は間違いなく今より劣勢になっていた。
なのに、それをしない。見せない。
……当然、ブラフ、という可能性はある。
そういう風に『見せている』だけかもしれない。
だが、もしも本当に『複数の能力を同時に発動できない』という大きな欠陥を抱えているのだとしたら――リオ・カーティスは、盾の発動中は斬撃や狙撃を使う事が出来ない。
それができるだけの魔力量にすら、恵まれなかったから。
殴り蹴るたび、反動に手足が軋む。
だが、そんなものはその都度『反転』させればいいだけの事。
痛みは手を止める理由にはならない。
何度も何度も。
とめどなく、連続して打撃をぶち込む。
その全てが盾によって受け止められるが……僕の全霊の『打撃』を目と鼻の先で受け止めているリオは、先程から大粒の汗を流している。
「……ッ、無駄なことを……!」
リオが吐き捨てた通りだと、内心肯定する。
こんなことをしても、僕が体力を消耗するだけ。
相手に魔力切れはありえない。
長引けば長引くほど僕は不利になる。
リオは、ただ僕の攻撃を防ぎ続けるだけでいい。
そう、何も考えることは無い。
ただ、僕の全身全霊を。
ひとつでも受け間違えれば即死も有り得る打撃の嵐を。
一手も間違えず、見落とさず。
フェイントに引っかかることも無く。
確実に、全てを捌き切るだけで、勝てる戦いだ。
……本当に、出来たらの話だがな。
リオ・カーティス。
神の目を使いこなす一流の魔法使い。
僕よりも『魔法使い』として完成された少年。
当然、魔法使いとしては勝機はないので――僕は、彼の『若さ』に勝機を見出した。
彼はまだ子供だ。戦闘経験なんて、僕と比べたら無いも同然。
たとえどれだけ能力があろうとも。
至近距離で受ける『死』の予感は。
受け間違えれば殺されるという重圧は。
戦闘慣れしていない彼の精神を、着実に蝕み侵す。
打撃を打ち込むたび、拳から鮮血が弾ける。
骨が軋み、肉が潰れる嫌な音が響く。
だが、顔色は一切変えない。
こちらが格上であると、姿勢は崩さない。
余裕を装い、リオの余裕を削り切る。
「……く、そッ」
延々と続く打撃の嵐。
いつまで続くかも分からない地獄。
それを享受し続けるだけで勝てる……と頭では分かっているだろうが、分かっているから耐えられるという話ではない。
彼は必ず、盾を解除して攻勢に移る。
だって僕も、リオも気づいている。
一見、僕が押しているように見える攻防だが……リオが散弾を使うタイミング次第では簡単に勝敗はひっくり返る。
なんせ、拳の当たる至近距離。こんな場所で散弾銃でも撃たれたが最後、対応もできずに僕の全身は穴だらけになってしまう……かもしれない。
だから、これは誘いだ。
盾を解除しろ。
散弾を使え。
僕をその手で撃ち落とせ。
目の前に勝利という餌をチラつかせ。
盾から散弾へと能力を切り替える瞬間を、その刹那を誘う。
その刹那こそ、リオの最大の勝機であり。
僕がこの戦闘中に見出した、数少ない勝ち筋。
彼自身、それが誘いだと分かっているだろう。
だから悩み、防御を徹底しようと考え、また打撃の嵐を目の当たりにする。
その繰り返し。
リオは顔を顰め、さらに後退する。
相も変わらず、逃げの一手。
防御を貫くでもなく、攻勢に回るでもなく。
僕の間合いから、ひとまず逃げる。
幾度となく繰り返した、勝負所のあとまわし。
彼が後ろへと飛び退いた瞬間。
あまりにも狙い通りで、思わず口元を緩めてしまう。
「……ッ!?」
後退する彼のすぐ隣。
そこには、強烈な『漆黒』が僕を待っていた。
その存在感に、リオは目を見開く。
――城崩し。
一度は手放した僕の相棒。
僕は、地面へと突き刺さった城崩しの元へとリオを誘導することに成功していた。
「誘いに乗らないからですよ、公子」
「……っ、貴様ーー」
そう、盾を解除するよう誘導するのは、僕にとっては勝ち筋の一つに過ぎない。
勝ち筋は少ないとはいえ、ソレ自体は他にもある。
もし、彼が誘いに乗らなかったら。
思いのほか我慢強かったら。
そう考えた上で、次の策くらいは用意してるさ。
隣を過ぎる城崩しに、リオは一瞬目を向ける。
まるで芸術品。されど魔導器。
剛腕、ストリア・ハートの英雄譚を飾った力の象徴。
当然、ただ硬く重いだけの鉄塊ではない。
城崩しにも、特殊能力の一つや二つは備わっている。
そう考えるのが当たり前。
僕がこうして誘導した以上、警戒するのが当たり前。
事実、リオもこの局面で、城崩しへと警戒を割く。
だが、それは僕への不注意ってことになるわけで。
幾度となく殴り、蹴り。
その見えない盾の輪郭を、大きさを、形を掴んだ上で。
直径三十センチ、円形の盾。
不可視のソレを、ガシリと掴む。
「お、当たりですね」
反応する間は与えない。
リオが焦った様子で僕を振り向くと同時に。
迷うことなく、その左脚へと『蹴り』を落とした。
――ボキリ、と。
細い足から、嫌な音。
リオ・カーティスの左脚は、たった一撃で粉砕される。
「が……ッ⁉」
痛みを噛み殺すような、短い悲鳴。
……思いのほか隙が小さいな。
その年齢、戦闘経験の少なさを考えると驚異的だ。
だが、隙は隙。
戦闘の中で見せるには……ちょっと致命的かな。
一瞥と同時に、城崩しが形を変える。
鎖へと姿を変えて僕の手の中へと舞い戻り。
やがて、最初の『手斧』へと姿を戻す。
小さく、手回しが聞いて、軽く、速い。
そんな小さな凶器を手に、膝をつくリオへと迫る。
左手で、不可視の盾を掴みつつ。
城崩しを握りしめた右手を、左から右へ。
薙ぎ払うように、首筋へと一閃。
盾はこの手で抑えている。
もしもこの感覚が無くなったのであれば。
その瞬間が、リオ・カーティスの反撃の瞬間。
盾から斬撃、弾丸へと切り替えた合図。
この近距離だ。
その合図を見逃すことなく。
確実に対応してみせる。
そして、もしもリオの攻撃が遅れたのなら。
この切っ先が、お前の首に届くのが先だ。
そう考え、振るった手斧は。
――……ピタリと、その首筋の前で動きを止めた。
「……参ったな」
思わず、口をついて出た言葉。
多分、僕はかつてないほど渋い顔をしてるだろう。
それもそのはず。
リオ・カーティス。彼の盾は、未だ僕が掴んだまま。
当然、リオは僕の攻撃を防ぐことは出来てない。
まして、攻撃なんて尚更だ。
彼は僕の攻撃を、その身で受けようとしていた。
だから、止めた。
止められたのではなく。咄嗟に、僕の意思で攻撃を止めた。
だって、思い出してしまったから。
これは殺し合いでは無い。
あくまで、ルールに乗っ取った『入学試験』だと。
「……自分が情けない。ルールに縋らねば、命すら拾えないとは」
リオもまた、似たように苦い顔を浮かべている。
その姿は、控えめに言っても満身創痍。
息は荒く、疲労に体は震え、激痛に脂汗が滲んでいる。
斧の切っ先は、彼の首筋へ。
あと少しでも力を込めれば、確実に仕留められる。
俗に言う『詰み』まで、辿り着いて尚。
僕の右手の甲に、リオの手が伸びていた。
『ほかの受験者から、ポイントを強奪する方法』
ついぞ試すことはないだろうと、頭の片隅へと追いやっていた。
その方法を、今まさに、目の前で実践されている。
その光景を受け、みっともなく足掻こうとは思わなかった。
殺し合いなら、確かに僕の勝ち。
だが、これはあくまで入学試験。
定められたルールの中で戦う以上、僕の負けだ。
僕のポイントが、すべてリオに奪われていく。
最終的に右手に残ったのは『0』という数字だけ。
その光景を見て。
僕は、深いため息と共に城崩しを首筋より離した。
「……参りました。言い訳の余地もなく完敗ですね」
「どの口が言うのだ……全く」
リオは膝をついたまま、顔を歪めて僕を見上げている。
あ、いっけね。
今更思い出して、僕は彼の左脚を治療する。
反転を行ってすぐに傷は消え、彼は驚いた様子を見せた。
「……直して良いのか? まだ、試験は終わっていない。貴様なら、手負いの私から点を取り返すのは容易だろう」
……まぁ、確かに。
片脚を封じられ、精神的にもだいぶ削られ。
控えめに言っても限界ギリギリのリオを前に、僕がポイントを取り返せないか……と聞かれれば、そうだな。たぶんあっさりと取り返せると思うよ。
盾の大きさも把握出来たし、数秒で終わるだろ。
だって僕、無傷だし、全然消耗してないし。
たとえ魔力が使えなくとも三日三晩は戦える。
正直、負ける要素はどこにもないだろう。
そう考えた上で。
僕は、リオと戦いを続ける気はおきなかった。
「負けは負けです。それに、貴方と戦ってると楽しくって……うっかり試験だと忘れそうになる」
というか、途中から忘れてたし。その忘れた結果がこのざまだ。
危うく殺しそうになった。
なら、これ以上は戦うべきではない。
リオが程よく強いから、ついうっかり、羽目を外しすぎてしまう。
「だからこの勝負は、あなたの粘り勝ち、ということで預けておきます」
……ただまぁ、このままだと『0』ポイントだし?
殿下も長いこと待たせてしまっている。
彼女も『次席』を目指すなら、もう少しポイントが欲しいところだろう。
「僕は受験者を狙います。彼らには悪いですが、僕も合格が怪しくなってきましたので」
よりにもよって実地試験で落ちたら……爺さんになんて言われるか。
間違いなく怒られるのは確定だ。
残り時間も少ないし……急がないと。
そう考えて、僕は踵を返し歩き出す。
不思議と、後ろ髪は引かれない。
敗北。
本来なら悔しさ滲むその二文字は。
今だけは、清々しさと喜びの中受け入れられた。
だって、おかげで『価値』ができた。
リオ・カーティス。
彼のおかげで、僕は迷いなく学園へと入学できる。
「それじゃ、また学園で会いましょう、公子」
「……もう二度と、貴様には負けん」
勝ったのはお前だよ、という言葉を内心に秘め。
その会話を最後に、僕はその場より歩き去る。
その足で、待たせていた殿下と合流する。
「お待たせしてすいませ……ん?」
目の前で『推し』が負けたのを見せつけられた殿下はとっても不機嫌……かと思いきや。
これでもかってくらい、ニッコニコ笑顔満開だった。
「はい! それでは受験者狩りに参りましょう!」
それなりに急ぎだ。
僕と殿下は再び森へと入り、走り出す。走り出すのだが……。
「……殿下、なんでそんなに嬉しそうなんですか?」
その間もずっとニコニコしてるので思わず問う。
「はい! シュメル様がとてもうれしそうでしたので! 推しの喜びは私の喜び、なのでとてもうれしいのです!」
「えっ、そんなに顔に出ます? 僕って」
「はい、とても!」
即肯定されて、咄嗟に自分の顔に触れる。
父上からも、表情は要訓練だな、とは言われているが……。
やっぱり、貴族としてはまだまだひよっこ、なのだろうか。
努めてポーカーフェイスを意識するが、殿下はニコニコと微笑むばかり。
「さすがの私も、シュメル様がルールを忘れて楽しみ始めたときは肝を冷やしましたが……結果良ければすべてよし、というものです! 無事負けられてよかったです!」
なんとも不自然な言い方だが。
勝てば学園編は取りやめで。
負ければ入学確定。
そういう前提で臨んだ試験だ。
彼女の言い分には僕も100%同意である。
ある……のだが。
「正直、私もあまり入学意欲はわかなかったのですが、毎日毎日制服姿のシュメル様がご降臨なさると考えれば話が変わります! 制服姿のシュメル様なんて……想像しただけで寿命が一年ほど伸びてしまいます! 今はまだですが、いつかは病にも効くようになるでしょう!! ただ、しかし……そのような眼福を毎日のように味わってしまってよいのでしょうか? もしや有料?」
「無料です」
「いつもありがとうございます!!」
あまりの熱量に思わず圧倒される。
そこまでして制服姿の僕が見たいのか……?
いや、見たいんだろうね。顔がもう酷いことになってるもの。
「殿下……。そうと言ってくだされば、別に勝っても入学していましたよ」
「そ、そんな! そんなご褒美許されるのですか!?」
「ええ。いろいろと殿下にはお世話になってますし、学園生活の三年くらい捧げますよ」
何しろ『シュメル・ハートを独りにしないため』に彼女は生きている。
こんな僕のために、魔女に弟子入りまでして人生を捧げる勢いなんだ。
そりゃ、やるべきことはあるけれど……それを抜きにしたって、返しきれない恩がある。
すぐ隣に誰かが並び立ってくれている、ってだけで、僕は寂しくなんてないんだから。
だから、の発言に。
殿下は満面の笑顔でぶっ倒れた。
「でっ、殿下!?」
咄嗟に、地面に頭をぶつけないよう抱きかかえる。
焦って彼女の顔を見れば、たらりと一筋の鼻血が流れていた。
あぁ、大丈夫そうだな。
そう判断して、彼女の頬をぺちぺちと叩く。
「殿下、しっかりしてください」
「はっ!?」
すぐに彼女は目を覚まし。
僕を見るや否や、何事もなかったように凛々しい顔に戻る。
だが、鼻血だけは流しっぱなしだった。
「しかし、そうなると次はアレですね! 学園で再会した暁には、今度こそ格の違いというものを教えてやらねばならないですね! 間違っても、先ほどのがシュメル様の全力だなんて勘違いされてはたまったものではありません!」
まあ、そこにはあんまり同意できないけれど。
そんな感想と共に視線を逸らし、頬をかく。
「やめてくださいよ。あれでも全力なんですから」
「いいえ! 謙遜はいけませんシュメル様! ……まあ、確かに、リオ・カーティスが強かったことは否めませんが」
悔しそうに背後を振り返る殿下を見て、僕もその視線を目で追った。
もう、リオの姿は見えない。
けれど……そうだな、殿下の言う通り。
リオ・カーティス。彼は冗談なしに強かった。
戦闘経験もなく。努力もせず。
ただ、神の目ひとつであれだけの強さだ。
「……そうですね。次は、もっと強くなってそうで」
学生相手には、まさか、とは思っていたけど。
リオ・カーティス。
もしかしたら、いつの日か【狩人】として戦うことになるかもしれない。
【豆知識】
〇リオ・カーティス
カーティス公爵家の長子。
ありとあらゆる才能に恵まれなかった非才。
ただ一つ、神の目だけに救われた少年。
彼は努力を疎み、才能を蔑視、怠惰を愛した。
だって努力は実らず、才能は枯れ、怠惰に走る他なかったから。
「努力に価値はない」
そう言い切って、言い張って、自分に言い含めて。
才能がないからと言い訳をして、幼少から連なる絶望に蓋をして。
自分は怠惰に生きるのだと、唱え続けた。
――かの、黒い少年に出会うまでは。
その天才は、自分とは正反対に生きていた。
彼は努力を愛し、才能を活かし、勤勉に走った。
だって努力は実り、才能は溢れ、勤勉に生きる【理由】があったから。
その眩しさに目を細め。
生まれて初めての『嫉妬』に煽られ。
ただ、彼に向き合い、真正面から戦って。
リオ・カーティスは、完膚なきまでに敗北した。
否、試験の上では勝利したのだ。
だがそれは、ルールに頼り、縋らねば勝てなかった証明。
あの場が戦場であれば。
あれが殺し合いであれば。
リオはなんの抵抗もできずに殺されていた。
あの勝利は、ただ天才の気まぐれで預けられただけの勝利だ。
その事実に歯を食いしばり。
やがて彼の中に、生まれて初めての熱が生まれた。
「あの男にだけは、負けたくない」
腹の底に沈んだ失意、絶望。
それらを燃やし尽くして、一つの渇望が生まれる。
負けたくない、あの男にだけは。
もう二度と負けてたまるか。
そして、怠惰に走るほかなかった彼に。
ついに、怠惰を捨てなければならない『理由』ができた。
その瞳には、追い求める『背中』が焼き付いている。
それは憧れではないけれど。
憎しみでもなければ、その目的は復讐でもなく。
かの天才とは、最初から見てる光景も全く異なるけれど。
その『熱』は、天才の抱く『憧れ』にすら劣ることはない。
十数年の停滞を経て。
凡人は、新たな一歩を踏み出した。




