032『天才と非才』
シュメル・ハート。
ありとあらゆる才能に恵まれ。
ただ一つ、その目だけを得られなかった天才。
――そんな英雄の卵とは、正反対に生きてきた。
リオ・カーティス。
私は公爵家の長子として生まれ。
そして、出来損ないとして育った。
私は生まれながらに体が弱かった。
生まれて間もなく、鳴き声をあげれなかった。
物心つくより早く、幾度となく高熱に倒れた。
二足で歩けるようになるまで、二年以上が必要で。
三歳を迎えるより早く死ぬだろうと、医者からは通達を受けていたとか。
……まぁ、こうして生きているがな。
私は生まれながらに魔力量が少なかった。
ただ少ない、という話ではない。
限りなく【皆無】に近い、少ない、なのだ。
平民の赤子ですら、私より魔力量が多い。
あまりにも魔力量が少ないため、身体強化などあってないようなもの。誤差と言って差し支えない。
当然、満足に魔法など使えるはずもなく。
私は生まれながらに、魔法使いとして欠陥していた。
私もね。
幼少期は足掻いていたのさ。
自分がどれだけ恵まれていないのかも分からず。
こんな自分を愛してくれた両親の期待に応えようと、子供ながらに頑張っていたと思う。
けれど。
三歳になって、洗礼の儀を受けて。
あんな魔法を授かって。
『……神よ、そこまで私が嫌いか。憎いか』
私の心は、ポッキリと折れた。
その日以来、私は努力するのを辞めた。
頑張ったところで、運命なんて変わらない。
私の努力は身を結ばず。
体も弱く。
魔力も少なく。
吐き捨てるような魔法を授かり。
絶望に次ぐ絶望を前に、私は頑張ることをやめた。
だって、頑張らなくとも。
私には、この目があれば十分だったから。
努力せず、胡座をかいて、ひたすら『目』に頼りきって生きてきた。
それ以外に、頼れる【才】などなかったから。
だから、なのかな。
私には、お前が眩しくて仕方がない。
黒い魔力をした異質の子。
誰もが認める天賦の才を持ち。
その上に、努力を重ねられた小さな英雄。
私とは、根っから違う人種の男。
……あまり、認めたくは無いけれど。
生まれて初めて。
私は他人に、心の底から嫉妬している。
☆☆☆
神の目。
魔力を直接視認できる特異体質。
完全先天性なものであり、後天的にはどう足掻いたところで得られるはずのない、生まれ持っての才覚。……僕が、得られなかったモノだ。
『稀とはいえ、時代に一つは必ず生まれる才覚だからね。敵にしろ味方にしろ、いつかシュメルも【神の目】を持つ相手と出会うことがあるだろう』
そんな目を持つ白い魔女は、以前、奇跡的な確率を何故か断言した。
『だから、神の目を持つ私が、ちょっとしたお守り程度のアドバイスを贈ろう』
お守り程度のアドバイス。
ずいぶん頼りないなと、当時の僕も思っただろう。
今も同じ思いだから間違いない。
『魔力を視認できる体質。故に魔力操作は完璧であり、それに伴って魔力も消費することは無い。ってことは教えたよね』
『あぁ。実質的な無限の魔力、ってやつだろ?』
『そ。神の目保有者に【魔力切れ】なんてのは、まず有り得ないと見ていいよ』
その言葉を聞いて、顔を顰めたのを今でも覚えている。
僕が血反吐を吐いて増やした魔力も。
鍛えに鍛えた反転による肉体蘇生も。
ただその目を持って生まれたという『先天性』に、継戦能力という面で遠く及ばない。
僕の魔力や体力は、いずれ戦いの中で尽きるもの。
対して神の目に、尽きる魔力は存在しない。
『君の場合は魔力も体力も多いし、それなりには噛み付いていけるだろうけど……』
『……勝算は薄いよね。有限と無限だ。そりゃ、長く戦えば戦うだけ不利になるさ』
持久戦になればなるだけ、不利になる。
相手の魔力量が多い、少ないという問題では無い。
大前提として【減らない】のだから、無限なのだ。
『それに、前にも語っただろう? 神の目とは、魔法使いの天敵なのさ』
『……魔法を封じられる、ってやつか』
修行を開始して間もないころ、僕はフォルスに『神の目』の恐ろしさを教えられた。
神の目所有者相手には、魔法を、僕で言う『回復手段』を奪われる可能性がある。
僕の戦士としての戦い方が『無限回復ゾンビアタック』なため、魔法使いとしても、戦士としても、未だ『神の目』は僕の天敵であり続けている。
『そう、だから改めて伝えておこう。君の反転が最強なのは、あくまで極めた後のこと』
――純粋な魔法使いとして、君はいまだ『神の目』の足元にも及ばない。
「……ほんと、羨ましい目だよ」
リオ・カーティス。
蒼い瞳の公子を前に、僕は歯噛みする。
「フォルス様の瞳の方が素敵だと思います!」
「そういう話じゃないんですよ殿下」
殿下は元気いっぱいに僕を肯定してくれたけど、そういう話じゃないのよね。
僕はその少年から、目を離せないでいる。
魔力量は極めて少ない、と思う。
僕の魔力による探知がそう告げている。
この距離だ、それが誤認とは思えない。
その上、肉体的にもさほど脅威とは思えない。
一目で『鍛えられていない』と分かった。
体幹は揺れ、全身が隙だらけだ。
間違っても近接戦闘ができるような肉体では無い。
以上、魔力面。肉体面。
いずれをとっても、僕よりずっと劣る相手。
それなのに、僕は動けないでいる。
だって僕はよく知っている。
その目を。
その目を持つ人間の、強さを。静けさを。
完璧に支配された魔力の凪を。
僕は、よく知っている。
「先に謝罪しておこう。貴様には喧嘩を売るような真似をした。申し訳ない」
素直な謝罪。
されど、その目は真っ直ぐに僕を見つめていた。
その目に灯った感情を見透かし、思わず笑った。
奇遇だな、公子。
きっと僕の目にも、似た感情が渦巻いているはずだよ。
「……いえ。私も貴方には興味が湧いてきましたので。呼んでくださったこと、心から感謝いたします」
偶然ではあるけれど。
運命だと思わずにはいられない。
相対して、相手の才能を見透かしてしまって。
……否、見透かせる程度の才能しか見えなくて。
だからこそ。
僕は、その少年に強い興味を引かれている。
「シュメル・ハート。……貴様は魔力量に恵まれ、肉体に恵まれ、魔法に恵まれ、師に恵まれ。多くに恵まれ、多くを持って生まれた天才だ」
リオ・カーティスは、僕をそう称し。
「対する私は、ありとあらゆるモノ全てに恵まれず、ただ、お前の持たない【目】だけ持って生まれた非才」
彼自身を、そう評価した。
「全てに恵まれていながら、多くの努力を積み重ねた貴様と。何も恵まれず、故に努力を無用と切り捨てた私。……偶然と呼ぶには、あまりにも出来すぎた二人だと思ってな」
才能の上に努力を重ねた僕と。
非才の上に怠惰を重ねた彼と。
ただ一つ『目』に恵まれなかった僕と。
ただ一つ『目』だけに救われた彼と。
……聞けば聞くほど、正反対。
笑っちゃうほど逆向きだ。
けれどね。
だからこそ、試したいんだ。
僕が恵まれなかった『ひとつ』を持つリオ・カーティスを。
彼が得られなかった『すべて』を持つシュメル・ハートを。
「殿下。個人的にこの人と戦ってみたくなりました。せっかく連れてきてなんですが、手出無用でお願いします」
「は、はい!」
周囲には気配は無い。
問題視していた狙撃者、リオ・カーティスも、狙いは僕だと今確信した。なら、殿下を過剰に守りながら戦う必要は無い。
……いや、そんな余裕もないのかな。
才能もない。
努力もしない。
リオ・カーティスという人物が彼が語った通りなら、僕が負ける可能性は万が一つにもありえない。
だが、そう確信が深まるほどに。
かつての魔女の言葉が過ぎるのだ。
『万が一の奇跡を読み解けるのが、神の目なのさ』
僕はを目を細め。
リオは、僕の様子を見て満足気に笑う。
「貴様は、私を前にして油断してくれないのだな」
「油断できる要素、どっかにありましたっけ?」
非才、怠慢。
されど、神の目。
あれだけの狙撃を見せられた直後だ。
僕に『死』を感じさせた以上、油断なんて無い。
小手調べなんて、無いよ。
本気ではなくとも全開で。
戦士として、お前を打ち砕く。
「ありがとう。貴様は良い奴だな、シュメル」
キィン、と鋭い耳鳴り。死の気配。
眼前へと斧を振るう。
衝撃と共に不可視の弾丸が弾き飛ぶ。
手に返った衝撃を噛み締め、僕も破顔する。
「ほら、強いじゃねぇか」
贈るでもなく呟いて、僕は走り出す。
彼我の距離は、ほんのわずか。
一息で詰められる程度の短距離だ。
彼の身体能力じゃ、間違っても対応できない。
そう確信しての、最初の一歩は。
されど、鋭い耳鳴りと共に中断を余儀なくされる。
「……っ!?」
咄嗟に横方向へと身を投げる。
花畑に転がると同時に、鋭い風切り音。
前髪が大きく揺れ、衝撃に目を見張り。
先程まで自分が立っていた場所を見て、背筋が凍る。
「斬撃……!?」
僕の立っていた場所には、花畑に一筋の斬撃の跡が残っている。
リオ・カーティス。
僕もその名は聞いたことがある。
この国で一番有名な貴族の長子であり。
魔法を未公開にしている珍しい人物。
強い魔法なのか、弱い魔法なのか。
戦えるものなのか、補助に特化したものなのか。
彼は何ひとつとして公表していない。
……って言っても、さっきの狙撃があったからな。
おそらく、魔力を弾丸として放つ魔法なのだろうと僕は仮定していた。
パッと思いつくのは転生リセマラ時に嫌な思い出を残してくれた【魔弾】だが……アレはこの世界でも一、二を争うハズレ魔法だ。
魔弾であれだけの精度と威力は難しい。
そのため、おそらくリオの魔法は魔弾と同種、上位互換に当たる魔法なのだろう、と。
そう、考えていたのに。
「……ッ」
その仮定が、完全に崩れる。
再びの死の気配。
舞い散る花びらが、斬撃の形を薄らと映し出す。
見間違いなんかじゃない。
間違いなく、アレは斬撃だ。
僕は城崩しで斬撃を相殺する。
威力は、さっきの弾丸の方が上。
アレと比べれば、手に返る衝撃は少し小さい。
……だが、直撃すれば死も有り得る。
「……面倒だな」
あれだけの超遠距離狙撃から近距離の斬撃まで使える上、どっちも不可視とか……それどういう魔法だよ。
不可視の斬撃なら武闘会で戦った記憶もあるが、リオの魔法はあの人とはまるで別種なのだと確信がある。
必死になって記憶を漁るが、まるで見当もつかず。
「考え事か、余裕だな」
はっと目を見開いた視線の先で、リオは腕を薙ぎ払う。
それは到底僕には当たらぬような、間合いの外での行動。にも関わらず、僕の全身へと衝撃が抜けた。
「ぐ……!?」
吹き飛ばされた先で着地し、理解を図る。
リオの腕には当たってない。当たるはずもない。
なのに衝撃もあったし、ダメージもあった。
しかも、直撃面積もかなり大きい。
まるで緑竜に真横から突撃されたみたいだ。
今の打撃は死期察知が発動しない程度の弱い威力ではあったが……それでも、無視していいものでは無い。
「狙撃、斬撃……次は打撃か」
いよいよ意味がわからなくなってきたな。
個々としてなら有り得る能力。
だが、それを複合して保有しているのが意味不明だ。
何をどうすれば、そんな芸当が可能なのか。
しかも、だ。
「……嫌になってくるな。またこの感覚か」
かつて、幼少期にも味わった『魔力が使えない』感覚。
あの時と比べればだいぶ弱いものだが、確かに、身体強化の効きが悪い。
今の打撃が原因か?
たった一撃だが、それでも全力の七割程まで強化幅が減衰している。
以前は、しばらく放置すればこの状態も回復したが……今回も同じかは分からない。
魔法も不明。
絶妙に死期察知も働かない。
なのに受ければ身体強化が衰えていく。
――つくづく、天敵。
いっそ笑えてくるくらいの苦戦っぷりだが。
「……でも良かった。退屈はしなさそうだ」
歓喜と共に、僕は邪魔くさい思考を全部まとめて放棄する。
記憶を遡って相手の魔法を探るのも、戦闘中にできる程度は限られる。
これだけ探して見当たらないなら、多分無理だ。
引っかかりすら覚えてない時点で、きっと僕は彼の魔法をそもそも知らない。
僕には彼の魔法を探り当てられるだけの知識がない。
だから、スッパリと諦めて。
「……はぁぁ」
深く、息を吐いて。
僕は、集中力をさらに一段階上へと押し上げる。
分からないものは仕方ない。
好奇心には、蓋をする。
こっから先は、勝利のために思考を割り振ろう。
リオの魔法がなにか、ではなく。
どうすれば勝利まで持って行けるか。
残り時間は……一時間もないよな。
相手の手札にもよるけれど、時間との勝負だな。
弾丸、斬撃、打撃。
それだけとは言わせないし、考えない。
必ず他にもあるだろう『何か』を探りつつ、出させつつ。
その上で攻撃には当たることなく、対応した一手を叩き込み続ける。
「僕の攻略が先か、時間切れが先か」
視線の先で。
リオの頬に、一筋の汗が伝った。
相手は神の目。
苦戦は必至。
されど視点を変えてみれば、その光景は裏返る。
「……怪物が」
公子は、眼前の男を見据え吐き捨てる。
目の当たりにするのは異次元な強さ。
おおよそ同世代ではありえない。
そう断言できるほど、目の前の男は戦士として完成されていた。
こちらの決めに行った攻撃は掠りもせず。
逆に、相手の攻撃はどんなものでも一撃必殺。
噂にたがわぬ『竜の膂力』を持ってすれば、一瞬で擦り潰される。
魔力もたった一撃では封じきれず。
たとえ一撃が入ったとしても、すぐに直され歩みは止まらず。
どうあがいても止まらない狂戦士を前にしているようで。
相対したその瞬間から。
リオ・カーティスは、恐怖の中で戦っていた。
次回【怪物】




