030『実技試験』
学科試験を終え。
受験者は皆、そのまま二次試験へと向かう。
試験を受けた教室ごとの移動だ。
「いや……なんだよ最後の問題」
「意味は分からなくはないんだけどさ……」
「一人しか殺してないのが悪人で、百万人が英雄って」
「じゃあ、悪人も英雄になれるってこと?」
校舎を出ると、周囲から受験者たちの声が聞こえた。
一人殺せば犯罪者。百万人殺せば英雄。
それは、前世でも覚えのあるフレーズだ。
歴史に基づいた事実でもあり。
多くを殺した英雄に対する皮肉でもある。
間違っても、悪人を助長させるようなものでは無い。
「……頭が痛くなる話だな」
僕は手首に巻いた鎖……城崩しを指で撫でながら、身内の『英雄』を思い出す。
僕は父上のようになろうとは思っていないが、この世界は『英雄』が……『英雄になるための殺し』が身近な世界だ。
改めて、よく考えて動かなきゃな。
そう思い直していると、前方に森が見えてきた。
……街の中に森があるのも、その森が古書館の敷地内に生えてるのも、どっちも異常な光景だよな。
森の前には、既に多くの受験者が集まっている。
おそらくは、第二次試験……実地試験会場なのだろう。
集まっている受験者の中にはクラリス殿下の姿もあったが、彼女は大勢に囲まれて忙しそうにしていた。
学科試験の所感くらいは聞いておきたかったが、男爵家長男としてあの輪に入っていく勇気はない。どうせ囲んでるのは上級貴族の子息や子女だろうし。
ということで、二次試験もクラリス殿下とは離れて動こう。下手に近づけば面倒くさいことになりかねない。
振り返れば、続々と受験者が集まってきている。
十数分もすれば、後続はパタリと途切れ。
やがて、担当の試験官が拡声器を片手に現れた。
『えー、受験者の皆様。まずは学科試験お疲れ様でした。これより、実技試験の方へと入らせていただきます』
試験官の登場により、ざわめきが消える。
全員の視線が彼へと向かったところで、試験官の男性は実技試験について説明を始めた。
『実技試験ですが、制限時間を二時間とし、この森で皆様には『狩り』をして頂きます』
……狩り、か。
得意分野というか、本業と言いますか。
ただその分野において同年代に負けるはずもないので、少し苦い顔をしてしまった。
『この森には、職員が制作した動く魔導書を放っております。その総数は千冊。一冊破壊する度に、一ポイント加算される仕組みとなっております』
動く魔導書……か。
どう言った代物かは分からないが、まぁ、動く本というのなら一目見れば分かるか。
意識を森の方へと向けると……確かに、違和感だらけの気配を幾つか捉えられた。これが標的と見るべきだろう。
『ただ、こちら千冊ですが、受験者の総数より少ない数を設定させていただきました。言ってしまえば、早い者勝ちです』
早い者勝ち。
その言葉に周囲が騒めく。
現時点でだって、森から近い位置にいる者、遠くの方で話を聞いている者、千差万別だ。
早い者勝ちとも言われると、こうした立ち位置ひとつで結果が変わってきても不思議じゃない。
慌てた様子で、後方にいた受験者達が前の方へと移動を始める。
巻き込まれてはたまったものでは無いので、僕はスっと横にズレて後ろの方へと回った。
後ろへと移動する僕を見て、馬鹿にしたように笑う受験者の姿もあったが……まだ試験官の話は終わってない。
『また、早い者勝ちというだけでは味気ないので、こちらのポイントは他の受験者から奪うことを許可しています』
ぴたりと、喧騒が止まる。
前へ前へと進もうとしていた受験者たちの足が止まった。
『ポイントの獲得手段は二つ。ひとつは魔導書を壊すこと。そしてもうひとつは、他の受験者から奪うこと』
ふと、右手の甲がかすかに光る。
気になって確認してみると、甲に魔法陣が浮かび上がり、その上に『1』と数字が刻まれている。
周囲を見渡すと、他の生徒にも同じ数字が浮かんでいる。
『試験中、皆様の右手には現在の獲得ポイント数が表示されます。また、こちらの右手ですが、ほかの受験者の数字を直接触れることで、相手からポイントを全て奪える仕組みとなっております』
……なるほど、奪いたかったら相手を無力化し、相手の右手の甲に直接触れる必要があるわけだ。
これなら魔導書を早い者勝ちとばかりに狩っていくよりは、一時間でも経過した後に他の受験者を襲った方が効率的だな。
『ルールとしては以上になります。壊すか奪うか。いずれかの手段でポイントを集めてください』
そう言いきった男性の試験官は、最後に忠告として説明を重ねる。
『また、この試験中は常に皆様の行動を監視しております。他の受験者への悪意ある攻撃、および殺害の可能性ありと判断した場合は試験官の方で加害者を無効化、および失格処分といたしますので、ご注意願います』
監視……か。
父上との約束は、公衆の面前では『狩人』として戦わないこと。監視されていると知った上でそう動くのは……やっぱりグレーゾーンだよな。
弓でも使えれば楽なんだが、今回は戦士として動くか。
目を細め、森を見据える。
静かに、今回の動き方、戦い方を決めたと同時に。
試験官は、あまりにもあっさりと開始を告げる。
『それでは、試験開始です』
多くの受験者が困惑する中。
僕は真っ先に、森の中へと突っ込んだ。
☆☆☆
試験官からの説明が終わり。
試験開始と宣言されたのと、ほぼ同時に。
尋常ではない速度で、一人の少年が森へと突っ込んだ。
その少年……シュメル様の姿を見て、私、クラリス・クローズは目を見開く。
今回の実技試験。
魔導書を壊してのポイント争奪戦。
それに、他者からの強奪という選択肢が追加されました。
ただ魔導書を壊して回っていればいい。
……という話であれば、単純でした。
試験管の言う通り、早い者勝ちですからね。
ただ、そこに『強奪』という選択肢が増えたことで、より効率のいい勝ち筋が見えてくる。
【魔導書を壊してポイントを得た受験者から総取する】
間違いなく、それがこの試験の正しい稼ぎ方です。
早い者勝ちだと焦り、稼ぎ、疲労した受験者から、ポイントを奪い取る。
魔導書が次々と数を減らしていく中、焦らず冷静に、いかに序盤でしっかりと体力を温存できるかが、この正攻法の『鍵』となってくるでしょう。
現に、ほかの受験者の動きは鈍い。
ただ、その動きの鈍さにも二パターンがあります。
ひとつは、与えられた情報があまりも重かったため、思考停止してしまった方々。
つい先程、試験官より様々な条件を与えられ、飲み込み、理解する間もなく試験開始を宣言されました。
どう動くべきかも定まってない方が、それなりにいるはずです。
そしてもうひとつは、私と同様『正攻法』まで理解が及んだ方々です。
賢い、と言ってしまうのもなんですが。
より効率的な勝ち筋を見つけてしまったがために、この序盤から体力を消耗するのを嫌った者たち。
彼らの中には、迷うことなく森の中へと突っ込んで行ったシュメル様を見て嘲笑う者もいました。
「はっ、愚か者めが。魔導書を狩れば狩るほど、他の受験者から狙われるとも分からんのか」
「まぁまぁ、彼のような『下働き』があってこそ、我らが効率的に稼げるというもの」
「せいぜい張り切って、体力を消耗してくれれば私達も楽になるわね」
周囲から聞こえてくる声を聞き流す。
私は、シュメル様が去っていった方向を見据え。
なるほど、と理解に至る。
「……次席、などと余裕も無くなりそうですね」
私は彼の真意に気づき、すぐに動き出す。
まだ、森に入ろうとするものはシュメル様の他にはいらっしゃらない。なので、私が二人目だ。
「なっ!? く、クラリス殿下!?」
「お待ちを! 序盤から魔導書を狩ることの意味、貴女が分からないはずがないでしょう!」
取り巻き……でもないのですが。
私を囲んで一方的に話していた子息、子女たちが私の行動に目を見開き、焦ったように声を荒らげる。
「そうですね。確かに正攻法は分かります。この試験は、そう動くべく設計されていたのでしょう」
試験官の方へと、視線を飛ばす。
ただ、彼は何も言わず笑っているだけ。
間違いなく、正攻法は『動かないこと』だ。
後半へと向けて、体力を温存すること。
それは間違いない。
だからこそ、彼は動いた。
「……貴方たち、彼が魔導書を全て狩り尽くしてしまったらどうするのです?」
私の問いに、彼らは少し固まって。
されど、すぐに笑顔を見せた。
冗談でしょう、と。
千冊の魔導書を、たった一人で、と。
ありえないという前提に語る彼らへ。
私は、その名を告げるだけ。
「相手はシュメル・ハートですよ?」
ぴたりと、笑い声が止まった。
浮かんでいた笑顔は。
気づけば、引きつったものへと変わっていた。
シュメル・ハート。
霜の再来、英雄の息子。城崩しの後継者。
そして、隻眼の教え子。
私なんかより、ずっとその名には『重み』がある。
「し、シュメル・ハート……だと」
「や、ヤバいんじゃないのか!?」
「五年前、武闘会でほぼ優勝してたやつだろ!?」
「魔導書が狩り尽くされたら……」
「まずいな。……急ぐぞ!」
多くの受験者が、彼の名を聞いて動き出す。
それを見て、私はすぐさま森の中へと走り出した。
☆☆☆
「ま、殿下なら真っ先に気づくよな」
後方。
真っ先に動いた殿下の気配を感じつつ。
僕は、止まることなく森を駆け抜ける。
――この試験には正攻法がある。
というより、より効率的な狩り方か?
いずれにせよ、序盤から魔導書を狩っていくよりは、終盤にポイントを獲得した受験者に狙いを絞って狩りをした方がより効率的、って話だ。
ただ、これは『序盤に他の生徒が魔導書を狩ってポイントを稼いでくれる』という前提の上に成り立つ話でもある。
仮に魔導書からポイントを得られないとするならば、魔導書よりもずっと手強い、受験者からポイントを争奪するしか道は無い。
死に物狂いでポイントを奪い、奪われまいとする受験者同士、殺しだけ禁止された泥仕合。
そんなもん、二時間やそこらで決着するはずもない。
仮に飛び抜けた強者がいたとしても、時間内だと百ポイント稼ぐのがせいぜいってところ。加えて体力を消耗してしまえば下克上も有り得る話だ。
いずれにせよ、ポイントを高い水準で保持し続けるのは非常に難しくなってくる。
だから、僕は先に集めて逃げ切る予定だ。
変に上位貴族からポイント奪って問題になるのも面倒だし。そもそも、効率を求めなくても僕なら狩り尽くせる。
殿下が動き出すのが思いの外早かった、ってのは気がかりだが、それにしたって問題は無い。
千冊の魔導書。
対する受験者は……多くて二千人か?
なら、魔導書分の『千ポイント』さえ確保してしまえば、間違いなく『二番目』には割り込める。
そして万が一、僕を超えるポイントを得た受験者が居たならば。
受験者の半数を打ちのめし、千ポイント以上を取れるような猛者が現れたのならば。
「……格上、って判断してもいいのかな」
そう考え、僕は森を駆ける。
右手の甲には、既に『103』と数字が浮かんでいた。
負けるつもりなど毛頭ない。
戦士として、全力でこの試験に臨んでいる。
ただ、それでも。
不思議と予感はあったんだ。
次回【蒼き瞳】
其れは、魔法使いの天敵。
出会うこと自体が、奇跡のようなもの。
天文学的な確率を超えて、それでも出会ったというのなら。
「魔法使いとして勝とうだなんて、間違っても思わないことだよ」
かつての魔女は、そう語った。




