024『快進撃』
数時間後。
王都武闘会。
自他国共同の貴賓席には、戦慄が走っていた。
それもそのはず。
眼下のステージ上には、大陸中からやってきた対戦相手を、文字通りの一撃必殺でぶちかまし、その度に伝説の【反転】を使って治療を施していく少年の姿があった。
「こ、これで次は準決勝だぞ!?」
「なんだあの怪力は!」
「ご、剛腕の息子……! まるで生き写しではないか!」
「なんという緻密な魔力操作……魔法使いとしてもとっくに一流ではないか! そこらの回復職が泣きを見るぞ!」
他国にまで知れ渡る逸材。
剛腕、ストリア・ハートの息子。
伝説の【反転】を保有する霜の再来。
シュメル・ハートの肩書きは数しれず。
その名は自他国の貴族にも大きな影響を及ぼし。
彼が参戦すると聞いた貴族の大半は、万難を排して今回の武闘会へとやって来ている。
そのため王侯貴族の参加人数は例年の数倍にも上り。
その中には、王族や聖典教会の大物も名を連ねる。
いずれも酸いも苦いも噛み締めて、多くの経験を積み重ねてきた重鎮。並大抵のことでは動じぬ胆力を備えた者ばかり。
そんな彼らが皆。
この時ばかりは、我を忘れて騒ぎ回っていた。
「……どういうことだ。ストリアは教育を失敗している。シュメル・ハートは魔法も使えず戦えもしない子供だ。そう聞かされていたのだが?」
その中にはクローズ王国、国王陛下の姿もあった。
彼は何とか冷静な様子で椅子に腰を下ろしていたが、その手は忙しなく顎を撫でたり、椅子を掴んだりと動き回っている。
「は、私も同じ話を聞いておりましたが……」
「情報源は?」
「第一王子派閥に属する、ワルグーチ侯爵と記憶しておりました」
隣に控えていた宰相は、静かに告げる。
それを聞いていたのは、そのまた近くに控えていた巨漢、ストリア・ハート男爵。
「なるほど、ワルグーチ侯爵。近いうちにお話してみたいものですな、国王陛下」
「……あまりことを荒立てて欲しくは無いが、侯爵家がここまで悪意のある嘘を流しているともなれば、流石に見逃せぬか」
国王陛下は、眼下の少年を見下ろす。
あまりに強烈で、あまりに凶悪な、暴力の権化。
どんな愚か者にでも分かるような、明確な武。
それは意図せず『剛腕ストリア・ハート』と同じ在り方であり、彼が背に煌めく漆黒が、王侯貴族の嫌な思い出を強制的に掘り起こさせる。
「『城崩し』ですか」
凛と、美しい声が響く。
その場にいた全員が、驚いた様子でそちらを向く。
クローズ王国以外の者は、聞きたくもなかったその名前。それを呟いた者を睨もうとする貴族もいたが……その女性が誰かを理解した瞬間、誰もが目を逸らした。
「あ、アルテナ様……?」
神々しい、とはその女性のために存在する言葉だ。
神の寵児、アルテナ。
かつて魔王を討伐した勇者パーティの一員にして。
千年の時を生きる伝説。
彼女は、個人で国力に匹敵する力を誇るとも呼ばれ。
彼女が建国した『クインズ聖王国』は、大陸の全ての国と『和平条約』を結んだ完全中立国としても有名だ。
「……おっと失礼、独り言が漏れてしまいました」
「い、いえ……」
クインズ聖王国の建国者。
初代国王にして、聖典教会の最高責任者。
挙げればキリがないほどの肩書きを背負う彼女は、面白そうな目で若き少年を見つめている。
「驚いてしまったもので。戦闘面ではオルドを、魔法の技術面はステラを見ているかのようですから」
「せ、隻眼に、霜天の魔女……ですか」
「ええ。千年前の彼らにそっくりです。あの歳であれだけの力……よほど優れた師匠がついたのでしょうね」
その視線が、ストリア・ハートへと向かう。
彼は真っ直ぐに向けられた視線に姿勢を正す。
彼をして『格上』と判断するのが、その伝説だ。
声が震えぬよう気を払いながら、答える。
「はっ。戦闘面での師は、竜の庭に住まうご老人を頼りにさせていただきました。魔法の師はフォルス・トゥと名乗る白髪の少女を――」
任命しています。
そう、ストリアは言い切ることは出来なかった。
彼が言葉を伝え切るより、早く。
アルテナが勢いよく立ち上がり、その場の誰よりも大きな驚きを見せたからだ。
「……まさか。いえ、その老人の名は?」
「い、いえ。フォルスの紹介でしたので。名前までは把握していませんでした」
「……そう、ですか」
彼女は何か確信したような、納得したような。
そんな様子で、冷静さを取り戻す。
「その老人、千年間生きているとか、そのような与太話を言いませんでしたか?」
「……ありえない、とは、貴方の前では言えませんが」
ストリアの脳裏に、嫌な予感が走る。
千年、という歴史。
狩人の師匠。
自分より強い老人。
アルテナの知人。
……もう、答えなど見えたも同然だ。
「お、おいストリア。そのご老人、まさか隻眼か?」
「……急ぎ、フォルスに聞いてみます」
国王陛下も焦った様子でストリアに問う。
だが、アルテナの確信めいた表情を見れば、問いかけずとも答えなど見えているようなもの。
――隻眼のオルド。
シュメル・ハートの師。
間違いない、彼だ。
その事実は瞬く間に貴賓室中へと広がる。
その中で……ただ一人。
神の寵児だけが、顔を顰めてため息を漏らす。
「……会わねばなりませんね」
彼女は、先程聞いたその名を思い出す。
――フォルス・トゥ。
あまり聞き馴染みのない名前。
だが、決して聞き逃せない違和感の正体。
……おそらく、知らぬ相手だとは思う。
だが、妙に引っ掛かりを覚える名前だ。
千年間の記憶を遡っても、すぐには見つけられない。
だが、ここまで大きな違和感だ。
間違いなく、どこかで聞いたことがある。
ただ、それがいつの時代、誰の名前だったかが分からない。
いや、果たして人名かどうかも定かではない。
魔物の名前、都市の名前、道具の名前。
下手をすれば、魔法名まで有り得るだろう。
色々と引っ張り出してみるが、成果は無い。
……偽名、あるいは偶然か?
いずれにせよ、尋常な相手では無いだろう。
何せその少女は、アルテナですら見つけられなかった『全力で隠れ潜むオルド』の居場所を知っていた。
「……近く、オルドにも話を聞いてみますか」
もしかしたら、彼もその名前には覚えがあるかもしれない。……いや、それ以前に果たしてあの狩人は、アルテナのことを覚えているだろうか。
そう考え、神の寵児は深いため息を漏らす。
そんなすぐ近くで様子を見ていたのは、彼女と共に聖王国からやってきた侍女たちだ。
彼女たちは必死になってアルテナの笑顔を取り戻そうと話題を探し……ふと、とある噂を思い出す。
「あ、そうですアルテナ様。そのご老人という話で思い出したのですが、今大会、腰の曲がったお爺さんが参加している、って噂になってましたよ」
「……そのような方が、この大会に?」
シュメル・ハートの若さには驚いた。
けれど、その逆ともなると『驚き』で済ませていい問題では無いだろう。
腰の曲がった、お爺さん。
生粋の魔法使いならばいざ知らず、武器を持った近接戦闘を求められるこの武闘会において、そのようなお爺さんが『戦える』とは思えなかった。
「は、はい。……あ、ほらアルテナ様。そのお爺さん、あんまり派手ではないみたいですけど、順調に勝ち進んでるみたいです。このままいったら決勝戦でシュメル様と当たりそうですよ」
「……まさか、準決勝まで残っているのですか」
視線の先で、シュメル・ハートの準決勝戦が決する。
今回はそれなりに苦戦した様子ではあるが、結果だけ見れば一撃必殺。余裕を見せつつ決勝戦へと駒を進めた形になる。
そして、もうひとつの準決勝戦。
選手が二人、ステージへと上がる。
片や、筋骨隆々な巨漢の戦士。
片や、腰の曲がった隻眼の老人。
「……は?」
その瞬間、アルテナは我を忘れて立ち上がった。
☆☆☆
第一回戦を終え。
その後、特になんの山場もなく快進撃。
気づけば既に準決勝になっていた。
『続く準決勝! 霜の再来シュメル・ハートに対するは、前大会準優勝! 変幻のコフト選手!』
『二刀流から繰り出される変幻自在な無形の剣閃……間違いなく今大会の優勝候補です!』
『互いに準決勝まで無傷で勝ち進んできた強者同士です。はたして、試合はどう転ぶか……』
対戦相手は、変幻のコフト。
前大会の準優勝者。
対して分かる、コフトの強さ。
優勝候補というのは伊達ではない。
ここまでの試合では感じなかった『死期』を察知する。
それはとても小さなものではあったけれど……油断をすれば死ぬという証拠でもある。
モノの大小で判断していいものでは無い。
勝負への想いを『真剣』から『本気』へ切り替える。
「……やだなぁ、本気の目じゃないか。おじさんにも今までの選手同様、真剣に戦ってくれればそれでいいんだよ?」
「うん、真剣に、本気でやるよ」
仮にも僕を殺せる可能性がある強者だ。
そりゃ、ちょっと乱暴したって壊れないでしょ?
そんな思いが伝わったか、コフトは苦笑しつつも腰に差した二振りの剣――いや、刀を抜いた。
……珍しいものを使ってるな。
たしか、例の『伝説の一番弟子』って人が考案したんだったっけ。……ただ、それにしては造形が日本刀に瓜二つだし、もしかしたら彼も僕同様に転生者だったのかもしれないな。
ま、今はどうでもいい話だけど。
僕は、城崩しを両手で握る。
それと同時に、審判から合図が放たれた。
「それでは準決勝、試合開始!」
開始と同時に、コフトが距離を詰める。
速度はおそらく僕と同等。
つまり、めちゃくちゃ速いってことだ。
「……っ」
咄嗟に城崩しで迎え撃とうと動き出す。
だが、背筋に走る『死期』に、目を見開いた。
……なるほどね。迎撃すれば死にかねない、と。
内心苦笑し。
僕は、知ったことかと『城崩し』を構えて駆け出した。
「なかなか、戦闘らしくなってきたな!」
僕にとって、戦いとは竜種とのソレ。
死期なんざ常に感じてて当たり前。
捉えるべきは、さらにその先。
全身を常に死期へと投じつつ。
その中で、より深くより濃いものを見分け、それにこそ気を払って走り出す。
でなきゃ、本当に危ないものには気づけないからね。
僕は、全身を死期へと投じる。
全身くまなく僅かな『死の気配』が包む中、その中で最も危険で、最も避けるべき気配を探る。
「ハァッ!」
コフトの二刀が鈍く煌めく。
速い、がまだ目に追える。
僕は余裕を持って刀を回避し、もう一刀を城崩しにて相殺しようと、両手に力を込めた。
その瞬間だった。
キィン、と耳鳴り。
ここに来て一番の『死』が脳天まで走った。
目を見開く。
反応した先は、僕が今避けた刀――。
その少し後ろの空間だった。
何も無い。
けれど確かに、死の気配はそこから感じた。
なら、迷うことは無い。
全感覚が何も無いと告げているその空間を、ただの直感に従って全力で回避する。
「なっ!?」
おそらく、見ている多くが疑問符を浮かべるような対応に、ただ一人、コフトだけが大きな驚きを見せた。
避けた瞬間、耳元を風切り音が過ぎる。
たしかに、不可視の一刀がそこにはあった。
……危ないな。
ちょっとでも判断が遅れてたら斬られてたぞ。
そう警戒を高めながら、深く息を吐く。
「三刀流……どうりで強いわけだよ」
魔法か、あの刀が魔導器なのか。
いずれにしても、刀はもう一本あった。
……そりゃ、変幻自在とも呼ばれるさ。
本来ならありえない場所から、ありえないはずの三本目が飛んでくるんだ。厄介なんてものじゃない。
せめて見えるなら対応もできるだろうが、僕の五感で何も感じられなかった以上、おそらく常人には対処も難しいはず。
「な、何故……まさか見切ったのか!?」
「偶然だよ、偶然。ただ、今ので見切った。もう次は無いと思うよ」
対処は難しい。
だが、不可死の刃があることを僕は知った。
もう初見殺しは通じない。
初見でないのなら、不可視程度は対応出来る。
なんてったって、僕のライバルも不可視なんでね。
まあ、そいつは透明になるわけじゃなく、ただ視認できない速度で飛び回るだけの銀竜なんだが……そんなの相手に『死ななかった』僕にとっちゃ、易い難易度だ。
柄を強く握りしめ、目を細める。
さぁ、死期の中に身を投げろ。
やることは、単純明快。
ひたすらかわして遠ざけて。
何とか上手いこと隙をついて、一撃ぶちかます。
……耐久面はさほど自信があるように見えないからな。
今回も一撃必殺ってのは変わりなく、だ。
「……おじさん参ったなぁ、こりゃ想像以上だよ」
そう言って、コフトは覚悟を決めて刀を構える。
けれどまぁ、その後は特にこれといった危機もなく。
安心安全、確実に。
一撃必殺でコフトを吹き飛ばし、僕は決勝戦へと歩を進めるのだった。
☆☆☆
そして、決勝戦の舞台に立ち。
僕はその舞台で戦うことになる相手に対し。
それはもう、深いため息と共に天を仰いだ。
僕の正面には、すらりと背を伸ばした隻眼の狩人が笑っていたからだ。
「……なんで居るんだよ、爺さん」
「来ちゃったぞ、小僧」
それは、世界一要らねぇ『来ちゃった☆』だった。
次回【隻眼のオルド】
第一章は、次にて完了。
後に続くは幕間二つ。
シュメル・ハートには見えなかった現実。
――否。見ようとせず、蓋をし続けた真相。
千の時を超えて。
妄執は、すぐそこまでやってきている。




