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異世界転生、ちょっと足りない  作者: 藍澤 建
第一章【生まれ出ずるは英雄の芽】
24/35

023『君の物語を始めよう』

 王女殿下と別れてから。 

 王都を散策してみたり、体を休めたり。

 気づけば一週間が経ち。

 ついに、その日がやってくる。


「へぇ、すごい人の数だな」


 王都武闘会。

 それは大陸中から腕自慢が集まる大会だ。

 見上げるほど大きな闘技場。

 その周囲には多くの出店が広げられていて、それ以上にたくさんの人達が集まり、賑わっている。


 この場にいるのは平民だけだろうが……この大会は自国の貴族を初めとし、他国の貴族や騎士まで見に来るという。


 いわばこの大会は、彼らに対する発表会だ。


 積み重ねてきたものを発揮し、才能を披露し、力を示し、彼らに『欲しい』と思わせる。

 そうすれば、平民が王族の護衛騎士にだって成り上がれる……との話も聞いた。それこそクラリス殿下の護衛騎士、イグリットさん。聞くに彼は平民ながらこの大会で優勝し、殿下の騎士となったらしいしね。


「ま、僕はこれ以上『欲しい』は要らないけど」


 一週間前。

 殿下と別れてすぐ、父上が合流し。

 そのままフォルスを連れて王城へと向かった。

 その際、『何かしら介入があるはずだ。なるべく宿から出ないように』とは言われたのだが……そりゃもうね。知らん貴族の使者から呼び出しがどれだけあったことか。

 途中から覚えてないけど、たぶん十件以上。

 父上から『全部無視していい』と言われたため片っ端から無視したが、たぶん、今日見学に来ている貴族の中に、僕が無視した貴族が何人かはいると思う。


「おや、いかにも面倒くさそうな顔だね」

「……フォルス。と……いいんですか? こんな所にいて」


 闘技場の選手入場口。

 その近くまで歩いたあたりで、声がかかる。

 見れば、一週間ぶりに会うフォルス。

 そしてその隣には、金髪の少女の姿があった。


「お、お久しぶりです! シュメル様!」

「……クラリス殿下。危ないですよ、こんな人前で」


 選手入場口だ。

 そりゃ、観客入場口や出店の近くと比べると人通りは少ないが、それにしたって『比べれば、多少少ない』と言った程度。

 現に、その高貴な服装から驚き距離をとるような人が多い。その中には彼女の顔を知っている人も少なからず居るだろうに。


「大丈夫、私がいるからね」

「……ちゃんと正式な手続き踏んでるんだろうな」

「はい! 父上からしっかりと認められてますので!」


 父上……国王陛下か。

 お前本当に認められたん? と訝しげな視線をフォルスへ送ると、彼女はニヤリと笑った。


「簡単だよ。ちょちょいと、私がストリアより強いって教えて差しあげたのさ」


 思わず不安に顔が歪む。

 そんな僕の様子を見かねて、クラリス殿下が説明してくれた。……説明してくれた、のだが。


「すごいのですよフォルス様は! 王家が古より封印していた魔物を単独で討伐し、それでも騒ぐ貴族や騎士を全員まとめて氷漬けにして……全ての文句という文句を真正面から捻り潰しておりました!」


 ……何してんの、お前。

 思わずそっちを見ると、彼女は無表情で言った。


「照れるね。あまり褒めないでよ」

「全く褒めてないだろうが」


 殺してないだろうな?

 ……いや、クラリス殿下が笑顔な以上、人殺しにはなってないんだろうけどさ。自重しろよお前、ただでさえバグみたいな強さしてるんだから。


「そんなことより、シュメル。準備はいいかい?」

「……ん。まぁ、僕の方は問題ないよ」


 準備、と呼べるかは怪しいけどね。

 魔力操作訓練、治療院での地獄の日々、竜の庭でのサバイバル……それら八年間で積み重なった疲労を、これでもかってくらい癒してきた。

 単純に散歩したり部屋で寝てたり……ほんとうに『のんびりしていた』というだけだが、こうして動いただけで以前との差異は明確だ。


 体が軽い。

 動きのキレが違う。

 ずっと早く、ずっと強く。

 王都に来る前よりも、ずっと僕は強くなっていた。


 ……いや、違うか。

 正確には、本来の『強さ』を取り戻していた。


「き、気のせいかもしれませんが、1週間前より、ひと回り大きくなったように思えます……」


 クラリス殿下の指摘に、フォルスが頷く。


「戦士らしい風格が目に見えてきた、ってことさ。それに竜の庭を出て二週間……やっと、無意識のうちに気配を消す癖が落ち着いてきたんだね」


 そう言って、フォルスは僕の肩を叩く。

 たしかに、竜の庭ではいつも気配を消していた。

 だって、竜は僕より強かったから。

 気配を消さねば、死んでしまうから。

 息を殺し、足音を殺し、気配を殺した。

 竜より強くなってからもそれは習慣として残っていたけれど……たしかに、今はもう、気配を消しちゃいなかった。


 周囲へと視線を巡らせる。

 そういえば……これだけ人がいるのに、宿からここまで、一度も通行人を避けて歩くことは無かったな。

 避ける前に、()()()()()()()()()()()()

 最初は背負っている『城崩し』が威圧的なだけかと思っていたけれど……気配を隠さなくなった、っていうのも大きいのだろうか。


 周囲から向けられている視線。

 それらが、王女殿下よりも僕に向けられているものが多いと知り、改めてそう思う。


「いいかい、シュメル。力を隠す必要は無い。自重は馬鹿には逆効果だ。思う存分、全力で真正面から踏み潰しなさい」


 自重しろ、と先程はシュメルに内心吐いた。

 けれど、彼女からは真逆のセリフを吐き捨てられる。


 自重するな。

 力を隠すな。

 そう言われて、苦笑を漏らす。


 ……思えば、そうだよな。

 自重、謙遜、遠慮。

 それが大切なのは、前世、あっちの世界での話。

 王族がいて、貴族がいて、平民がいて。

 貴族として生まれ変わった、この人生で。

 自重も謙遜も遠慮も、大切だとは限らない。


「全力で、全霊で、ありったけ込めて、見るもの全てに君という存在を刻み込む。それが今日からの目標だよ」


 気持ちを切り替え、前を向く。

 僕の表情を見て、フォルスと殿下は笑顔を見せた。



「さぁ、君の物語を始めようか、シュメル・ハート」



 彼女の言葉に背を押され。


 僕は――シュメル・ハートは歩き出す。




 ☆☆☆




『皆様大変長らくお待たせいたしました!』


 幸か不幸か。

 第一試合、いきなり出番がやってくる。

 選手控え室に寄る間もなく、すぐに入場口側へ案内され、頭上からは拡声器によって司会の声が聞こえてくる。


『大陸全土より、厳しい予選大会を勝ち抜き選ばれ強者三十二名が争う王都武闘会!』

『これより第一試合を開始いたします!』


 えっ、予選大会?

 そんなのあったのか、と今更思う。

 全くもって出た覚えがない。

 ……もしかして、コネか?

 貴族のコネと言うやつか?

 そうこう考えていると、早速呼ばれる。


『おおっと!? だ、第一試合は、なんとあの大英雄、【剛腕】ストリア・ハートの推薦だ!』

『伝わる噂は数しれず! 知名度なんて生まれた時から天元突破! なのに今の今まで姿ひとつ見せてこなかったあの人物が、満を持して登場となります!』


 係員の人に、会場入りするよう指示を受ける。

 僕は従って、長い廊下を出て日の下に足を踏み出す。

 太陽の光に目を細め。

 周囲を見渡すと、多くの観客が僕を見ていた。


 トーナメント表は、既に張り出されている。

 僕の名前を知っている人も、多いのだろう。

 尋常ではない興味の視線に晒されながら、僕は特に気にせずステージの上へと歩き出す。



『シュメル・ハート! かの【霜の再来】が、ついに表舞台へと登壇だあぁぁぁあ!!』



 司会者の声とともに、凄まじい歓声が炸裂する。

 思わず顔を顰めつつも、ステージ上に立っていた審判に指定された位置で立ち止まる。


『なななんと、わずか十一歳での参戦となります!』

『歴代最年少、とまでは言いませんが、異例なのは間違いありません! 果たして彼の実力の程はいかに!』

『ストリア様が自ら推薦したとも聞きます。噂に聞く話の真偽が、今明らかになると見ていいでしょう』


 聞き覚えのある声に、司会席へと視線を向ける。

 するとびっくり、イグリットさんがいた。

 え、なんでいるの、あの人。

 思わず目を見開いていると、残り二人の司会者のうち、一人が思い出したように彼を紹介していた。


『おおっと、これは紹介が遅れて申し訳ありません! この度は事前にお知らせしていた通り、元武闘会優勝者にして、王宮騎士のイグリットさんを解説としてお呼びしております!』

『本日はよろしくお願いします。……といっても、霜の再来の後に紹介されるような男でもないのですが』


 イグリットさんの隣には、二人の男女が座っている。

 あの三人で司会進行するのだろうか。

 そう考えていると、イグリットさんと視線が交差する。

 ……僕の実力なんて知ってるだろうに。

 彼の目は『自分で証明できるだろう?』と言っているような気がして、苦笑し視線を外す。


 正面へと視線を戻すと、僕の対戦相手が対面の廊下からステージ上へと姿を見せた。


『対するは、王都武闘会の常連です!』

『皆さんご存知の狂戦士! 武闘会本戦参加は、今回で五度目! いずれも我々に強烈な印象を残し、前回大会は準決勝まで歩を進めた強者の中の強者ォ!』

『名を、ジュゴルデートォォォ!!』


 よっぽど有名な人なのか。

 僕の時より大きいんじゃないかという歓声が響き渡る。

 ジュゴルデートと呼ばれた対戦相手は、ステージに上って僕の数メートル先で立ち止まる。

 ちょっと近い気もするが、ま、問題ないか。

 そう考えて彼を見上げる。

 身長、二メートルを優に超えるような巨体だ。

 その眼光は鋭く、睨むように僕を見下ろしている。


『お、おおっと……これまた酷い体格差だぁ!』

『文字通り、子供と大人ですからね』

『ジュゴルデートが相手とは……シュメル選手もあまりに運がない! はたして、どれだけ善戦できるのか!?』

『初参戦ですからね! 少しでも爪痕を残していって欲しいものです!』


 ……僕の『実力がない』って噂、かなり大きいのかな。会場を盛り上げるためとはいえ、司会者は僕の敗北を前提として喋ってる。


「子供とはいえ、そんなに弱そうに見えるかな」


 悲しいような、つまらないような。

 面白くない発言に、思わず独り言。

 それは、誰に向けたものでもなかったんだけど。


「はっ、見る目のねェ野郎は放っとけや」


 ……こぼした独り言に、声が返る。

 驚いて正面を見ると、ジュゴルデートは瞬きも惜しいと言わんばかりに、じっと僕を見据えていた。


「……予選じゃねぇんだ。ここには、お前さんの実力を見誤るような雑魚はいねぇ」


 それは、子供に向けるような目では無い。

 まるで『少しでも目を離せばその瞬間に殺されかねない』とでも言いたげな緊張が、その顔には滲んでいる。


「それは嬉しいね。侮られるのは面白くないからさ」

「……噂なんざクソ喰らえだな。どこの能無しだ、龍とスライムを見間違えるなんざ、正気じゃねェよ」


 そう言って、彼は深呼吸する。

 そして、背負っていた大剣を手に取り、構えた。


「――胸を借りる。殺す気でやるぜ」


 その言葉を受け。

 僕もまた、背の『城崩し』へと右手を伸ばした。


 当然、手加減はする。

 戦い方も選ぶ。

 だが、決して油断はしない。

 本気ではなくとも、真剣に。


 真正面から――叩き潰す。


 漆黒色の、柄を掴む。

 今もペラペラとなにやら司会が喚いていたので。

 うるさいなぁ、と。

 右手で持ち上げた『城崩し』の斧を、そのままステージ上へと自重に任せて落としてみた。


「……なッ!?」


 対戦相手の驚愕と同時に。

 ステージが、大きく揺れる。

 斧はステージの床を容易く裂き割り。

 破壊音が、司会者の声をかき消して会場に響く。


 歓声が、ピタリと止まった。


 目の前で、ジュデルゴートは目を見開き固まっている。

 僕は左手を耳へと当てて、静寂を思う存分に噛み締めた。


「うん、心地いい静けさだ」


 今から真剣に戦うんだ。

 彼の言うとおり、見る目のない奴は放っておいてもいいんだけどさ。せっかくなら、黙らせた方が戦いやすいでしょ?


「……な、なんつー重さの武器だよ」


 緊張を見せつつ、思わずと呟くジュゴルデート。

 僕は握る柄に力を込め、ステージに刺さった『城崩し』を抜き、肩へと担ぐ。

 油断も慢心もせず。

 今度は落とさぬよう、両手でしっかり握りしめ。

 斧を裏へ。

 槌を表に。

 その体勢で、試合開始の合図を待つ。


 贈る言葉はなく。

 ただ、視線を持って相手へ戦意を贈る。



 ――踏み潰す、と。



 ジュデルゴートの集中力が、一気に高まる。

 余計な感情は削ぎ落とし、噛み殺し。

 彼も、僕も、戦いに意識を沈め始めた。


『審判、合図を』


 イグリットさんの声が響く。

 ステージ上にいた審判の男性が、思い出したように目を見開き、手を挙げる。


 その手が振り下ろされた瞬間が、試合開始の合図。


 そして同時に、試合終了の瞬間だ。



「それでは、試合開始――」



 そう、彼が手を振り下ろすと同時に。

 ジュゴルデートが、大剣を構え駆け出した。

 一撃で、全てを決める。

 そう覚悟が滲む、その一撃を。


 同じく、一撃の下に叩き潰す。


 技術なんて、何もいらない。

 ただ圧倒的な膂力で、硬質の漆黒を薙ぎ払う。

 それこそ、馬鹿でもわかりやすいよう。


 一撃必殺。それ以外は何もいらない。


 尋常ではない速度で、魔力が巡る。

 城崩しが、軽く感じるほどの、刹那の世界。


 僕の目が捉えたのは、漆黒に打ち砕かれる大剣。

 唖然と目を剥く間も与えず、ジュデルゴートに直撃した槌。

 彼が刹那にみせた、呆れたような笑顔だった。


 僕は槌を振り切った。

 ジュゴルデートは耐えることも叶わず、見事な円弧を描いて、観客席まで吹き飛んでゆく。


 その姿を見送って。

 僕は『城崩し』を背へ担ぎ、審判へと声をかける。


「もう行っていいか? 彼を治療してやりたいんだが」

「……えっ? あ、は、はい!?」


 理解出来ていない審判に一言かけて。

 僕は、吹き飛んだジュゴルデートを治療するべく歩き出す。


 その背後で。

 数秒遅れて全て理解した審判が、声を上げる。




「し、勝負あり! 勝者――シュメル・ハート!!」




 大歓声が、響いた。



異世界に転生して。

ちょっと足りずに躓いて。

それでも諦めず、駆けてきた。

それは気が遠くなるほど長い道程だった。

険しく、苦しく、か細くも、順調な道程。

ふと、息を切らせて立ち止まり。

空を見あげた英雄は。

その生において、初めて『夜明け』を見る。


もう、闇夜は抜けてきた。

その歩みに迷いは無い。

威風堂々と、少年は王道を征く。



次回【快進撃】



☆☆☆



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