023『君の物語を始めよう』
王女殿下と別れてから。
王都を散策してみたり、体を休めたり。
気づけば一週間が経ち。
ついに、その日がやってくる。
「へぇ、すごい人の数だな」
王都武闘会。
それは大陸中から腕自慢が集まる大会だ。
見上げるほど大きな闘技場。
その周囲には多くの出店が広げられていて、それ以上にたくさんの人達が集まり、賑わっている。
この場にいるのは平民だけだろうが……この大会は自国の貴族を初めとし、他国の貴族や騎士まで見に来るという。
いわばこの大会は、彼らに対する発表会だ。
積み重ねてきたものを発揮し、才能を披露し、力を示し、彼らに『欲しい』と思わせる。
そうすれば、平民が王族の護衛騎士にだって成り上がれる……との話も聞いた。それこそクラリス殿下の護衛騎士、イグリットさん。聞くに彼は平民ながらこの大会で優勝し、殿下の騎士となったらしいしね。
「ま、僕はこれ以上『欲しい』は要らないけど」
一週間前。
殿下と別れてすぐ、父上が合流し。
そのままフォルスを連れて王城へと向かった。
その際、『何かしら介入があるはずだ。なるべく宿から出ないように』とは言われたのだが……そりゃもうね。知らん貴族の使者から呼び出しがどれだけあったことか。
途中から覚えてないけど、たぶん十件以上。
父上から『全部無視していい』と言われたため片っ端から無視したが、たぶん、今日見学に来ている貴族の中に、僕が無視した貴族が何人かはいると思う。
「おや、いかにも面倒くさそうな顔だね」
「……フォルス。と……いいんですか? こんな所にいて」
闘技場の選手入場口。
その近くまで歩いたあたりで、声がかかる。
見れば、一週間ぶりに会うフォルス。
そしてその隣には、金髪の少女の姿があった。
「お、お久しぶりです! シュメル様!」
「……クラリス殿下。危ないですよ、こんな人前で」
選手入場口だ。
そりゃ、観客入場口や出店の近くと比べると人通りは少ないが、それにしたって『比べれば、多少少ない』と言った程度。
現に、その高貴な服装から驚き距離をとるような人が多い。その中には彼女の顔を知っている人も少なからず居るだろうに。
「大丈夫、私がいるからね」
「……ちゃんと正式な手続き踏んでるんだろうな」
「はい! 父上からしっかりと認められてますので!」
父上……国王陛下か。
お前本当に認められたん? と訝しげな視線をフォルスへ送ると、彼女はニヤリと笑った。
「簡単だよ。ちょちょいと、私がストリアより強いって教えて差しあげたのさ」
思わず不安に顔が歪む。
そんな僕の様子を見かねて、クラリス殿下が説明してくれた。……説明してくれた、のだが。
「すごいのですよフォルス様は! 王家が古より封印していた魔物を単独で討伐し、それでも騒ぐ貴族や騎士を全員まとめて氷漬けにして……全ての文句という文句を真正面から捻り潰しておりました!」
……何してんの、お前。
思わずそっちを見ると、彼女は無表情で言った。
「照れるね。あまり褒めないでよ」
「全く褒めてないだろうが」
殺してないだろうな?
……いや、クラリス殿下が笑顔な以上、人殺しにはなってないんだろうけどさ。自重しろよお前、ただでさえバグみたいな強さしてるんだから。
「そんなことより、シュメル。準備はいいかい?」
「……ん。まぁ、僕の方は問題ないよ」
準備、と呼べるかは怪しいけどね。
魔力操作訓練、治療院での地獄の日々、竜の庭でのサバイバル……それら八年間で積み重なった疲労を、これでもかってくらい癒してきた。
単純に散歩したり部屋で寝てたり……ほんとうに『のんびりしていた』というだけだが、こうして動いただけで以前との差異は明確だ。
体が軽い。
動きのキレが違う。
ずっと早く、ずっと強く。
王都に来る前よりも、ずっと僕は強くなっていた。
……いや、違うか。
正確には、本来の『強さ』を取り戻していた。
「き、気のせいかもしれませんが、1週間前より、ひと回り大きくなったように思えます……」
クラリス殿下の指摘に、フォルスが頷く。
「戦士らしい風格が目に見えてきた、ってことさ。それに竜の庭を出て二週間……やっと、無意識のうちに気配を消す癖が落ち着いてきたんだね」
そう言って、フォルスは僕の肩を叩く。
たしかに、竜の庭ではいつも気配を消していた。
だって、竜は僕より強かったから。
気配を消さねば、死んでしまうから。
息を殺し、足音を殺し、気配を殺した。
竜より強くなってからもそれは習慣として残っていたけれど……たしかに、今はもう、気配を消しちゃいなかった。
周囲へと視線を巡らせる。
そういえば……これだけ人がいるのに、宿からここまで、一度も通行人を避けて歩くことは無かったな。
避ける前に、向こうから僕を避けていた。
最初は背負っている『城崩し』が威圧的なだけかと思っていたけれど……気配を隠さなくなった、っていうのも大きいのだろうか。
周囲から向けられている視線。
それらが、王女殿下よりも僕に向けられているものが多いと知り、改めてそう思う。
「いいかい、シュメル。力を隠す必要は無い。自重は馬鹿には逆効果だ。思う存分、全力で真正面から踏み潰しなさい」
自重しろ、と先程はシュメルに内心吐いた。
けれど、彼女からは真逆のセリフを吐き捨てられる。
自重するな。
力を隠すな。
そう言われて、苦笑を漏らす。
……思えば、そうだよな。
自重、謙遜、遠慮。
それが大切なのは、前世、あっちの世界での話。
王族がいて、貴族がいて、平民がいて。
貴族として生まれ変わった、この人生で。
自重も謙遜も遠慮も、大切だとは限らない。
「全力で、全霊で、ありったけ込めて、見るもの全てに君という存在を刻み込む。それが今日からの目標だよ」
気持ちを切り替え、前を向く。
僕の表情を見て、フォルスと殿下は笑顔を見せた。
「さぁ、君の物語を始めようか、シュメル・ハート」
彼女の言葉に背を押され。
僕は――シュメル・ハートは歩き出す。
☆☆☆
『皆様大変長らくお待たせいたしました!』
幸か不幸か。
第一試合、いきなり出番がやってくる。
選手控え室に寄る間もなく、すぐに入場口側へ案内され、頭上からは拡声器によって司会の声が聞こえてくる。
『大陸全土より、厳しい予選大会を勝ち抜き選ばれ強者三十二名が争う王都武闘会!』
『これより第一試合を開始いたします!』
えっ、予選大会?
そんなのあったのか、と今更思う。
全くもって出た覚えがない。
……もしかして、コネか?
貴族のコネと言うやつか?
そうこう考えていると、早速呼ばれる。
『おおっと!? だ、第一試合は、なんとあの大英雄、【剛腕】ストリア・ハートの推薦だ!』
『伝わる噂は数しれず! 知名度なんて生まれた時から天元突破! なのに今の今まで姿ひとつ見せてこなかったあの人物が、満を持して登場となります!』
係員の人に、会場入りするよう指示を受ける。
僕は従って、長い廊下を出て日の下に足を踏み出す。
太陽の光に目を細め。
周囲を見渡すと、多くの観客が僕を見ていた。
トーナメント表は、既に張り出されている。
僕の名前を知っている人も、多いのだろう。
尋常ではない興味の視線に晒されながら、僕は特に気にせずステージの上へと歩き出す。
『シュメル・ハート! かの【霜の再来】が、ついに表舞台へと登壇だあぁぁぁあ!!』
司会者の声とともに、凄まじい歓声が炸裂する。
思わず顔を顰めつつも、ステージ上に立っていた審判に指定された位置で立ち止まる。
『なななんと、わずか十一歳での参戦となります!』
『歴代最年少、とまでは言いませんが、異例なのは間違いありません! 果たして彼の実力の程はいかに!』
『ストリア様が自ら推薦したとも聞きます。噂に聞く話の真偽が、今明らかになると見ていいでしょう』
聞き覚えのある声に、司会席へと視線を向ける。
するとびっくり、イグリットさんがいた。
え、なんでいるの、あの人。
思わず目を見開いていると、残り二人の司会者のうち、一人が思い出したように彼を紹介していた。
『おおっと、これは紹介が遅れて申し訳ありません! この度は事前にお知らせしていた通り、元武闘会優勝者にして、王宮騎士のイグリットさんを解説としてお呼びしております!』
『本日はよろしくお願いします。……といっても、霜の再来の後に紹介されるような男でもないのですが』
イグリットさんの隣には、二人の男女が座っている。
あの三人で司会進行するのだろうか。
そう考えていると、イグリットさんと視線が交差する。
……僕の実力なんて知ってるだろうに。
彼の目は『自分で証明できるだろう?』と言っているような気がして、苦笑し視線を外す。
正面へと視線を戻すと、僕の対戦相手が対面の廊下からステージ上へと姿を見せた。
『対するは、王都武闘会の常連です!』
『皆さんご存知の狂戦士! 武闘会本戦参加は、今回で五度目! いずれも我々に強烈な印象を残し、前回大会は準決勝まで歩を進めた強者の中の強者ォ!』
『名を、ジュゴルデートォォォ!!』
よっぽど有名な人なのか。
僕の時より大きいんじゃないかという歓声が響き渡る。
ジュゴルデートと呼ばれた対戦相手は、ステージに上って僕の数メートル先で立ち止まる。
ちょっと近い気もするが、ま、問題ないか。
そう考えて彼を見上げる。
身長、二メートルを優に超えるような巨体だ。
その眼光は鋭く、睨むように僕を見下ろしている。
『お、おおっと……これまた酷い体格差だぁ!』
『文字通り、子供と大人ですからね』
『ジュゴルデートが相手とは……シュメル選手もあまりに運がない! はたして、どれだけ善戦できるのか!?』
『初参戦ですからね! 少しでも爪痕を残していって欲しいものです!』
……僕の『実力がない』って噂、かなり大きいのかな。会場を盛り上げるためとはいえ、司会者は僕の敗北を前提として喋ってる。
「子供とはいえ、そんなに弱そうに見えるかな」
悲しいような、つまらないような。
面白くない発言に、思わず独り言。
それは、誰に向けたものでもなかったんだけど。
「はっ、見る目のねェ野郎は放っとけや」
……こぼした独り言に、声が返る。
驚いて正面を見ると、ジュゴルデートは瞬きも惜しいと言わんばかりに、じっと僕を見据えていた。
「……予選じゃねぇんだ。ここには、お前さんの実力を見誤るような雑魚はいねぇ」
それは、子供に向けるような目では無い。
まるで『少しでも目を離せばその瞬間に殺されかねない』とでも言いたげな緊張が、その顔には滲んでいる。
「それは嬉しいね。侮られるのは面白くないからさ」
「……噂なんざクソ喰らえだな。どこの能無しだ、龍とスライムを見間違えるなんざ、正気じゃねェよ」
そう言って、彼は深呼吸する。
そして、背負っていた大剣を手に取り、構えた。
「――胸を借りる。殺す気でやるぜ」
その言葉を受け。
僕もまた、背の『城崩し』へと右手を伸ばした。
当然、手加減はする。
戦い方も選ぶ。
だが、決して油断はしない。
本気ではなくとも、真剣に。
真正面から――叩き潰す。
漆黒色の、柄を掴む。
今もペラペラとなにやら司会が喚いていたので。
うるさいなぁ、と。
右手で持ち上げた『城崩し』の斧を、そのままステージ上へと自重に任せて落としてみた。
「……なッ!?」
対戦相手の驚愕と同時に。
ステージが、大きく揺れる。
斧はステージの床を容易く裂き割り。
破壊音が、司会者の声をかき消して会場に響く。
歓声が、ピタリと止まった。
目の前で、ジュデルゴートは目を見開き固まっている。
僕は左手を耳へと当てて、静寂を思う存分に噛み締めた。
「うん、心地いい静けさだ」
今から真剣に戦うんだ。
彼の言うとおり、見る目のない奴は放っておいてもいいんだけどさ。せっかくなら、黙らせた方が戦いやすいでしょ?
「……な、なんつー重さの武器だよ」
緊張を見せつつ、思わずと呟くジュゴルデート。
僕は握る柄に力を込め、ステージに刺さった『城崩し』を抜き、肩へと担ぐ。
油断も慢心もせず。
今度は落とさぬよう、両手でしっかり握りしめ。
斧を裏へ。
槌を表に。
その体勢で、試合開始の合図を待つ。
贈る言葉はなく。
ただ、視線を持って相手へ戦意を贈る。
――踏み潰す、と。
ジュデルゴートの集中力が、一気に高まる。
余計な感情は削ぎ落とし、噛み殺し。
彼も、僕も、戦いに意識を沈め始めた。
『審判、合図を』
イグリットさんの声が響く。
ステージ上にいた審判の男性が、思い出したように目を見開き、手を挙げる。
その手が振り下ろされた瞬間が、試合開始の合図。
そして同時に、試合終了の瞬間だ。
「それでは、試合開始――」
そう、彼が手を振り下ろすと同時に。
ジュゴルデートが、大剣を構え駆け出した。
一撃で、全てを決める。
そう覚悟が滲む、その一撃を。
同じく、一撃の下に叩き潰す。
技術なんて、何もいらない。
ただ圧倒的な膂力で、硬質の漆黒を薙ぎ払う。
それこそ、馬鹿でもわかりやすいよう。
一撃必殺。それ以外は何もいらない。
尋常ではない速度で、魔力が巡る。
城崩しが、軽く感じるほどの、刹那の世界。
僕の目が捉えたのは、漆黒に打ち砕かれる大剣。
唖然と目を剥く間も与えず、ジュデルゴートに直撃した槌。
彼が刹那にみせた、呆れたような笑顔だった。
僕は槌を振り切った。
ジュゴルデートは耐えることも叶わず、見事な円弧を描いて、観客席まで吹き飛んでゆく。
その姿を見送って。
僕は『城崩し』を背へ担ぎ、審判へと声をかける。
「もう行っていいか? 彼を治療してやりたいんだが」
「……えっ? あ、は、はい!?」
理解出来ていない審判に一言かけて。
僕は、吹き飛んだジュゴルデートを治療するべく歩き出す。
その背後で。
数秒遅れて全て理解した審判が、声を上げる。
「し、勝負あり! 勝者――シュメル・ハート!!」
大歓声が、響いた。
異世界に転生して。
ちょっと足りずに躓いて。
それでも諦めず、駆けてきた。
それは気が遠くなるほど長い道程だった。
険しく、苦しく、か細くも、順調な道程。
ふと、息を切らせて立ち止まり。
空を見あげた英雄は。
その生において、初めて『夜明け』を見る。
もう、闇夜は抜けてきた。
その歩みに迷いは無い。
威風堂々と、少年は王道を征く。
次回【快進撃】
☆☆☆
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作者がとっても喜びます。




