019『クラリス・クローズ』
クラリス・クローズ。
クローズ王国が第二王女。
今まさに、亡き者にされようとしている彼女は、恐怖のあまり馬車の中で蹲っていた。
「く、クラリス殿下! ご安心ください……護衛の騎士たちはいずれも最精鋭の者たちです! このような襲撃者になど遅れは取りません!」
「は、はい……」
同席している侍女から、励ましの言葉。
それに対しての小さな返事は、外の喧騒にかき消されてしまう。
剣戟、怒号、悲鳴。
それは、わずか十一歳の少女が木の扉一枚挟んだすぐ側で浴びるには、あまり過激で、強烈で、凶悪な空気だった。
「ど、どうして……」
クラリスは王位継承権を持っている。
だがそれは、第四位と低いものだった。
加えて、彼女自身に王になりたいという意思は無い。
だから、間違ってもこういう事態にならないよう、兄や姉に反感を買うような言動はしてこなかった。
事実、家族との仲は良好だ。
少なくとも、彼女はそう信じていた。
なのに、どうして――。
『神聖魔法か……いい魔法を得たな』
そんな時、ふと、かつて父に言われた言葉を思い出す。
クラリス・クローズ。
洗礼の儀にて授かった魔法は【神聖魔法】。
それは神の寵児アルテナを初めとし、歴史上でも数名しか観測されていない強力な魔法だ。
また、アルテナと同じ魔法ということもあり、彼女を神聖視する者たちからの印象もこれ以上ないほど良い。
そういった政治的な面を考えた王として、そして何より一人の父親として、当時の国王はアルテナの魔法を聞いて心より喜んでいた。
「……もし、かして」
八年も前の話だ。
クラリスは、当時のことはあまり覚えていない。
けれど、確かにその場にはいたはずだ。
王位継承権を持つ、他の王子や王女たちも。
そう考えた瞬間、背筋にぞっと寒気が走る。
もしも、万が一。
あの時から、もう目をつけられていたのだとしたら。
第四位。
とはいえ、王のお墨付き。
加えて、神の寵児アルテナの再来だ。
……考えたくもない、とは彼女自身思いつつも。
されど、事ここに至って、見ないふりは出来ない。
(私は……家族の誰かに、恨まれていた?)
それこそ、殺してしまいたいほどに。
そう考えた瞬間、吐き気がした。
兄や姉との日常。
笑いあった日々。
それら良き思い出に――亀裂が走る。
クラリスは、思わず口を抑えて頽れた。
侍女がなにか叫んでいたが、聞き取れない。
そんな余裕なんて彼女にはなかった。
恐怖と絶望のどん底で。
さらに突きつけられた、残酷な事実。
それは、彼女の気力を削りきるには十分なものだった。
「この、魔法さえなければ……っ」
神聖魔法。
父が褒めてくれた力。
誇りとして、大切にしてきたもの。
それが、自分が殺されかけている原因だと理解し、今までの感情が濁流のように反転する。
こんなもの。
こんなものさえなければ。
自分は家族に恨まれずに済んだ。
こんな目に遭わなくても良かったんだ。
なのに、なんで。
どうして、自分は恵まれてしまったんだ。
どうして、殺されなくちゃいけないんだ。
視界が滲む。
いくら拭っても、零れ始めた涙は止まらない。
外の喧騒は、未だ続いている。
剣戟の音が肌を突き刺し。
怒声は腹の底まで深く響き。
絶叫は恐怖心を煽り高める。
まるで、地獄だ。
家族という拠り所を失い。
信じていた魔法こそ原因と知り。
かといって、現状も打破できる力もなく。
希望を探しすがろうにも。
四方を絶望に囲まれたクラリスに、逃げ場などない。
――はず、だった。
突如として、衝撃が馬車へと走る。
凄まじい音がして、否応なしに意識が現実へと引っ張り戻された。
目を見開く。
気づけば、馬車の扉は大破していて。
目の前には、気絶した賊。
次女が悲鳴をあげて賊の体を放り出す中。
クラリスは、血生臭くも眩い外の世界で、自由に暴れる少年を見つめていた。
彼が持つのは、夜空のような黒き魔導器。
それは絵本の中から飛び出したかのように、美しく、輝かしく、その場の何より凶悪で、踊るように賊どもを蹴散らしてゆく。
黒の混じった赤髪が、風に揺れる。
地獄の中にあってその少年は、その場にある何よりも輝いて見えた。
「――シュメル・ハート」
その武器を背負っている以上。
その名を疑う者はいない。
少女は、まるで取り憑かれたように彼を見つめる。
絶望の縁にあって。
心の拠り所を失った少女が見つけた、確かな希望。
気づけば、涙は止まっていて。
周囲に溢れていた怒声は、全て悲鳴に変わっていた。
☆☆☆
「あ、やべ」
賊との戦闘が始まってしばらく。
槌で吹き飛ばした賊の一人が、思いっきり馬車の方向へと吹き飛んで行った。
やばい。
そう思った時には、既に手遅れ。
馬車の扉付近は凄まじい音をたてて大破し、気絶した賊の体が扉を突破って中へと消える。
その直後、女性の悲鳴と共に賊の体は馬車の外へと放り出されたが……いやぁ、参ったな。王族の乗ってる馬車壊しちゃったよ。
「すいません! あとで【反転】で直します!」
「……っ、やはりシュメル・ハートか!」
騎士たちが僅かにザワつく。
いや、馬車を壊したことより僕の名前に驚くのはどうかと思うけど……。
殲滅より、防衛に回った方がいいかな。
そう考えて間もなく。馬車の壊れた部分に魔法の障壁のようなものが張られたのを見て、ほっと息を吐く。
「さて、それじゃあ――」
騎士たちの方を見るが、怪我をしている者や、倒れて治療を受けている者もいるけれど……命に関わるような怪我人はいなさそうだな。
治療は後回しでいいとして。
ついでに、馬車の修復も後回し。
今は、賊の殲滅を優先しよう。
周囲へと視線を向ける。
僕が参戦した時点で、賊は三十人前後は残っていた。
そこから僕が十人ほど。
騎士たちも数名倒したらしく、残る賊は半分程度にまで減っている。
まだまだやる気満々、と言ったヤツらも見えるけれど、怯えや恐怖に腰が引けてるヤツらも多い。
「てめぇら! そのガキを先にぶっ潰せ! いつまでガキ一人に手こずってやがる!?」
「で、ですが親方! ハートって、あの剛腕の……!」
「しかも、あの黒い魔導器……城崩しじゃねぇですかい!? 嫌ですよ、文字通り城壁ぶっ壊したって話じゃねぇですかい!」
「お前、やっぱり有名なんだな」
【■■■■■】
黒い柄を握ると、自慢げな感情が返ってくる。
そりゃそうか。大英雄の相棒だもんな。
そんな武器をこんな賊ども相手に使うのは忍びないが……あと半分だ。もう少し我慢してくれよ。
「隙ありぃいいい!」
背後から怒声が響く。
より一瞬早く、僕は動き出していた。
といっても、かっこいいことは出来ないんだけどね。
ただ、振り返って横凪ぎ一閃。
襲いかかってきた賊の剣ごと、その体を打ち砕く。
「へげっ」と、嫌な悲鳴。
まぁ、死にはしないよ。地獄の苦しみだろうけど。
僕は振り抜いた勢いそのまま。
助走なしに、一気に全速力へと飛び乗った。
「……ッ、来るぞテメェら!」
親方、と呼ばれた賊の声。
それに周囲が身構えるが、判断も対応も遅すぎる。
呼びかけとほぼ同時に、一人を槌で吹き飛ばす。
今度はちゃんと、馬車には当たらないよう手加減しました。
すぐ隣で仲間が吹き飛んだのを見て、『ひゅっ』と悲鳴をあげた賊。恐怖で固まっていたので、その腕をひょいと掴み、近くの仲間へとぶん投げてやった。
まぁ、巻き込み事故ってやつだな。
投げつけた男と、投げつけられた男。
二人まとめて全身骨折。
戦闘不能、まっしぐらだ。
「この野郎……ッッ!!」
そんな僕の行動に真っ先に反応したのは、賊の親方。
見上げれば、既に眼前まで攻撃が迫っている。
頭上より、両手斧による叩き付け。
喰らえば頭がかち割れるな。
そう判断し、全体重を乗せた一撃を真正面から『城崩し』で受け止める。瞬間、それなりの衝撃が体を走ったが……これなら緑竜の方が強かったかな。
「な、に……っ!?」
「軽いぞおっさん。修行不足か?」
城崩しに叩きつけた両手斧が、ピキリとひび割れる。
その光景に、そして僕の言葉に目を見開く賊の親方は、次の瞬間には白目を剥いてぶっ倒れていた。
「よし、賊の親方は確保、と」
側頭部への回し蹴り。
困惑と驚きの最中に放った一撃は、上手いこと男の『意識外』へと突き刺さった様子だ。
たった一撃で気絶した賊の親方。
その姿に、周囲の残党たちが大いにざわつく。
だが、そんな動揺を見せれば格好の的だ。
僕に注目している賊たちを、片っ端から護衛の騎士たちが討ち取ってゆく。
その間、わずか数十秒。
気づいた頃には、賊は全員ぶっ倒れていた。
騎士が倒した中には既に息絶えている者もいるようだが……まぁ、王族を襲ったってなったら結局は極刑だしな。自業自得だとしか思わない。
「改めて。シュメル・ハート……で相違ないな? この度は助けられた。ありがとう」
護衛騎士のリーダーと思しき男性が、そう声をかけてくる。
正直、彼が貴族か平民かは分からない。
ただ、王族の護衛騎士ってかなり立派な職業だし、ここは低姿勢で応ずるべきだろう。
「いえ、こちらこそ……馬車とか壊しちゃってすいません。早速直しておきましょうか?」
「……【反転】か。噂というのは信用出来んな。君を見ていると、つくづく自分の愚かさが恥ずかしくなるよ」
……ん、噂?
彼の言葉に少し引っ掛かりを覚えつつも、僕は護衛騎士と共に馬車を直すべくそちらの方へと歩き始める。
周囲では、既に他の護衛騎士たちが生存者の捕縛を始めている。
また、馬車の近くには数名の負傷した騎士たちも居たが、全員ふらふらと手を振って『何とか生きてまーす』と声を上げていた。
しかし……かなり傷が深いな。
腕を失っている騎士や、深々と切り裂かれた傷跡が残る騎士もいる。今すぐ命に関わる訳では無いが……治療が遅れればそれこそ命を落としかねない。
「……先に、そちらの方々の治療を優先しますね」
「……すまない。恩に着る」
一応許可を取ってから、倒れてる数人へと反転を行使。
ここら辺は治療院で働いてた頃からの慣れ親しんだ魔法行使だ。文字通り、瞬く間に全ての負傷が逆再生し、万全な状態へと『反転』する。
「……っ、こ、れは……!」
「う、腕が生えたぞ!? なんじゃこりゃぁ!?」
「あ、【反転】……霜の再来か!」
久々の、他者への反転行使。
よかった、腕は訛ってなさそうだ。
そんなふうにホッと息を吐いていると……ふと、馬車の方から女性の焦った声が聞こえた。
「お、王女殿下!? ま、まだ外は危ないので――」
王女殿下……?
聞きたくもなかった嫌な単語に、表情が固まる。
しかし、現実は残酷だ。
馬車の方から、僕へと駆けてくる足音がする。
「し、ししし、シュメル・ハート様であられますか!?」
「お、王女殿下!?」
隣で、護衛騎士の人が目を見開いて驚いている。
ギギギッと、首ごとそちらへ視線を向ける。
そこには、金髪碧眼の少女の姿があった。
彼女の目はキラッキラに輝いていて。
その表情は……そうだな。『憧れのアイドルに出会ったオタク』とでも言えばわかりやすいか?
「ま、まずは、救っていただきありがとうございます! このお礼は必ずいたします! そ、それで、救ってもらった身分で、お願いごとをするのは申し訳ないのですが……っ」
何を言われるのかは、さっぱり分からなかった。
ただ、嫌な予感だけはしていた。
逃げるべき?
いいえ、手遅れですな。
心の中で、そんな会話が聞こえた気がした。
そして、爆弾が投下される。
「私、貴方の『推し活』してもよろしいでしょうか!?」
「「「……えっ?」」」
推し活。
その単語に、その場の全員が思考停止した。
全ての希望を打ち砕かれ。
愛すべき日常に裏切られ。
心の拠り所を失った少女が見つけた、新たな光。
次回『推しの生まれた日』
その愛、激重につき。
本作不動にして絶対のヒロイン、ついに登場。




