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異世界転生、ちょっと足りない  作者: 藍澤 建
第一章【生まれ出ずるは英雄の芽】
20/35

019『クラリス・クローズ』

 クラリス・クローズ。 

 クローズ王国が第二王女。

 今まさに、亡き者にされようとしている彼女は、恐怖のあまり馬車の中で蹲っていた。


「く、クラリス殿下! ご安心ください……護衛の騎士たちはいずれも最精鋭の者たちです! このような襲撃者になど遅れは取りません!」

「は、はい……」


 同席している侍女から、励ましの言葉。

 それに対しての小さな返事は、外の喧騒にかき消されてしまう。

 剣戟、怒号、悲鳴。

 それは、わずか十一歳の少女が木の扉一枚挟んだすぐ側で浴びるには、あまり過激で、強烈で、凶悪な空気だった。


「ど、どうして……」


 クラリスは王位継承権を持っている。

 だがそれは、第四位と低いものだった。

 加えて、彼女自身に王になりたいという意思は無い。

 だから、間違っても()()()()()()にならないよう、兄や姉に反感を買うような言動はしてこなかった。

 事実、家族との仲は良好だ。

 少なくとも、彼女はそう信じていた。


 なのに、どうして――。



『神聖魔法か……いい魔法を得たな』



 そんな時、ふと、かつて父に言われた言葉を思い出す。

 クラリス・クローズ。

 洗礼の儀にて授かった魔法は【神聖魔法】。

 それは神の寵児アルテナを初めとし、歴史上でも数名しか観測されていない強力な魔法だ。

 また、アルテナと同じ魔法ということもあり、彼女を神聖視する者たちからの印象もこれ以上ないほど良い。

 そういった政治的な面を考えた王として、そして何より一人の父親として、当時の国王はアルテナの魔法を聞いて心より喜んでいた。


「……もし、かして」


 八年も前の話だ。

 クラリスは、当時のことはあまり覚えていない。

 けれど、確かにその場にはいたはずだ。

 王位継承権を持つ、他の王子や王女たちも。

 そう考えた瞬間、背筋にぞっと寒気が走る。


 もしも、万が一。

 あの時から、もう目をつけられていたのだとしたら。


 第四位。

 とはいえ、王のお墨付き。

 加えて、神の寵児アルテナの再来だ。

 ……考えたくもない、とは彼女自身思いつつも。

 されど、事ここに至って、見ないふりは出来ない。



(私は……家族の誰かに、恨まれていた?)



 それこそ、()()()()()()()()()()()


 そう考えた瞬間、吐き気がした。

 兄や姉との日常。

 笑いあった日々。

 それら良き思い出に――亀裂が走る。

 クラリスは、思わず口を抑えて頽れた。


 侍女がなにか叫んでいたが、聞き取れない。

 そんな余裕なんて彼女にはなかった。


 恐怖と絶望のどん底で。

 さらに突きつけられた、残酷な事実。

 それは、彼女の気力を削りきるには十分なものだった。


「この、魔法さえなければ……っ」


 神聖魔法。

 父が褒めてくれた力。

 誇りとして、大切にしてきたもの。

 それが、自分が殺されかけている原因だと理解し、今までの感情が濁流のように反転する。


 こんなもの。

 こんなものさえなければ。

 自分は家族に恨まれずに済んだ。

 こんな目に遭わなくても良かったんだ。

 なのに、なんで。

 どうして、自分は恵まれてしまったんだ。

 どうして、殺されなくちゃいけないんだ。


 視界が滲む。

 いくら拭っても、零れ始めた涙は止まらない。


 外の喧騒は、未だ続いている。

 剣戟の音が肌を突き刺し。

 怒声は腹の底まで深く響き。

 絶叫は恐怖心を煽り高める。


 まるで、地獄だ。


 家族という拠り所を失い。

 信じていた魔法こそ原因と知り。

 かといって、現状も打破できる力もなく。


 希望を探しすがろうにも。

 四方を絶望に囲まれたクラリスに、逃げ場などない。



 ――はず、だった。



 突如として、衝撃が馬車へと走る。

 凄まじい音がして、否応なしに意識が現実へと引っ張り戻された。


 目を見開く。

 気づけば、馬車の扉は大破していて。

 目の前には、気絶した賊。

 次女が悲鳴をあげて賊の体を放り出す中。


 クラリスは、血生臭くも眩い外の世界で、自由に暴れる少年を見つめていた。


 彼が持つのは、夜空のような黒き魔導器。

 それは絵本の中から飛び出したかのように、美しく、輝かしく、その場の何より凶悪で、踊るように賊どもを蹴散らしてゆく。


 黒の混じった赤髪が、風に揺れる。

 地獄の中にあってその少年は、その場にある何よりも輝いて見えた。



「――シュメル・ハート」



 その武器を背負っている以上。

 その名を疑う者はいない。


 少女は、まるで取り憑かれたように彼を見つめる。


 絶望の縁にあって。

 心の拠り所を失った少女が見つけた、確かな希望。

 気づけば、涙は止まっていて。


 周囲に溢れていた怒声は、全て悲鳴に変わっていた。




 ☆☆☆




「あ、やべ」


 賊との戦闘が始まってしばらく。

 槌で吹き飛ばした賊の一人が、思いっきり馬車の方向へと吹き飛んで行った。


 やばい。


 そう思った時には、既に手遅れ。

 馬車の扉付近は凄まじい音をたてて大破し、気絶した賊の体が扉を突破って中へと消える。

 その直後、女性の悲鳴と共に賊の体は馬車の外へと放り出されたが……いやぁ、参ったな。王族の乗ってる馬車壊しちゃったよ。


「すいません! あとで【反転(アンリアル)】で直します!」

「……っ、やはりシュメル・ハートか!」


 騎士たちが僅かにザワつく。

 いや、馬車を壊したことより僕の名前に驚くのはどうかと思うけど……。

 殲滅より、防衛に回った方がいいかな。

 そう考えて間もなく。馬車の壊れた部分に魔法の障壁のようなものが張られたのを見て、ほっと息を吐く。


「さて、それじゃあ――」


 騎士たちの方を見るが、怪我をしている者や、倒れて治療を受けている者もいるけれど……命に関わるような怪我人はいなさそうだな。

 治療は後回しでいいとして。

 ついでに、馬車の修復も後回し。

 今は、賊の殲滅を優先しよう。


 周囲へと視線を向ける。

 僕が参戦した時点で、賊は三十人前後は残っていた。

 そこから僕が十人ほど。

 騎士たちも数名倒したらしく、残る賊は半分程度にまで減っている。

 まだまだやる気満々、と言ったヤツらも見えるけれど、怯えや恐怖に腰が引けてるヤツらも多い。


「てめぇら! そのガキを先にぶっ潰せ! いつまでガキ一人に手こずってやがる!?」

「で、ですが親方! ハートって、あの剛腕の……!」

「しかも、あの黒い魔導器……城崩しじゃねぇですかい!? 嫌ですよ、文字通り城壁ぶっ壊したって話じゃねぇですかい!」


「お前、やっぱり有名なんだな」

【■■■■■】


 黒い柄を握ると、自慢げな感情が返ってくる。

 そりゃそうか。大英雄の相棒だもんな。

 そんな武器をこんな賊ども相手に使うのは忍びないが……あと半分だ。もう少し我慢してくれよ。


「隙ありぃいいい!」


 背後から怒声が響く。

 より一瞬早く、僕は動き出していた。

 といっても、かっこいいことは出来ないんだけどね。

 ただ、振り返って横凪ぎ一閃。

 襲いかかってきた賊の剣ごと、その体を打ち砕く。


「へげっ」と、嫌な悲鳴。

 まぁ、死にはしないよ。地獄の苦しみだろうけど。


 僕は振り抜いた勢いそのまま。

 助走なしに、一気に全速力へと飛び乗った。


「……ッ、来るぞテメェら!」


 親方、と呼ばれた賊の声。

 それに周囲が身構えるが、判断も対応も遅すぎる。

 呼びかけとほぼ同時に、一人を槌で吹き飛ばす。

 今度はちゃんと、馬車には当たらないよう手加減しました。

 すぐ隣で仲間が吹き飛んだのを見て、『ひゅっ』と悲鳴をあげた賊。恐怖で固まっていたので、その腕をひょいと掴み、近くの仲間へとぶん投げてやった。

 まぁ、巻き込み事故ってやつだな。

 投げつけた男と、投げつけられた男。

 二人まとめて全身骨折。

 戦闘不能、まっしぐらだ。


「この野郎……ッッ!!」


 そんな僕の行動に真っ先に反応したのは、賊の親方。

 見上げれば、既に眼前まで攻撃が迫っている。

 頭上より、両手斧による叩き付け。

 喰らえば頭がかち割れるな。

 そう判断し、全体重を乗せた一撃を真正面から『城崩し』で受け止める。瞬間、それなりの衝撃が体を走ったが……これなら緑竜の方が強かったかな。


「な、に……っ!?」

「軽いぞおっさん。修行不足か?」


 城崩しに叩きつけた両手斧が、ピキリとひび割れる。

 その光景に、そして僕の言葉に目を見開く賊の親方は、次の瞬間には白目を剥いてぶっ倒れていた。


「よし、賊の親方は確保、と」


 側頭部への回し蹴り。

 困惑と驚きの最中に放った一撃は、上手いこと男の『意識外』へと突き刺さった様子だ。

 たった一撃で気絶した賊の親方。

 その姿に、周囲の残党たちが大いにざわつく。


 だが、そんな動揺を見せれば格好の的だ。


 僕に注目している賊たちを、片っ端から護衛の騎士たちが討ち取ってゆく。

 その間、わずか数十秒。

 気づいた頃には、賊は全員ぶっ倒れていた。

 騎士が倒した中には既に息絶えている者もいるようだが……まぁ、王族を襲ったってなったら結局は極刑だしな。自業自得だとしか思わない。


「改めて。シュメル・ハート……で相違ないな? この度は助けられた。ありがとう」


 護衛騎士のリーダーと思しき男性が、そう声をかけてくる。

 正直、彼が貴族か平民かは分からない。

 ただ、王族の護衛騎士ってかなり立派な職業だし、ここは低姿勢で応ずるべきだろう。


「いえ、こちらこそ……馬車とか壊しちゃってすいません。早速直しておきましょうか?」

「……【反転(アンリアル)】か。噂というのは信用出来んな。君を見ていると、つくづく自分の愚かさが恥ずかしくなるよ」


 ……ん、噂?

 彼の言葉に少し引っ掛かりを覚えつつも、僕は護衛騎士と共に馬車を直すべくそちらの方へと歩き始める。

 周囲では、既に他の護衛騎士たちが生存者の捕縛を始めている。

 また、馬車の近くには数名の負傷した騎士たちも居たが、全員ふらふらと手を振って『何とか生きてまーす』と声を上げていた。


 しかし……かなり傷が深いな。

 腕を失っている騎士や、深々と切り裂かれた傷跡が残る騎士もいる。今すぐ命に関わる訳では無いが……治療が遅れればそれこそ命を落としかねない。


「……先に、そちらの方々の治療を優先しますね」

「……すまない。恩に着る」


 一応許可を取ってから、倒れてる数人へと反転を行使。

 ここら辺は治療院で働いてた頃からの慣れ親しんだ魔法行使だ。文字通り、瞬く間に全ての負傷が逆再生し、万全な状態へと『反転』する。


「……っ、こ、れは……!」

「う、腕が生えたぞ!? なんじゃこりゃぁ!?」

「あ、【反転(アンリアル)】……霜の再来か!」


 久々の、他者への反転行使。

 よかった、腕は訛ってなさそうだ。

 そんなふうにホッと息を吐いていると……ふと、馬車の方から女性の焦った声が聞こえた。


「お、王女殿下!? ま、まだ外は危ないので――」


 王女殿下……?

 聞きたくもなかった嫌な単語に、表情が固まる。

 しかし、現実は残酷だ。

 馬車の方から、僕へと駆けてくる足音がする。


「し、ししし、シュメル・ハート様であられますか!?」

「お、王女殿下!?」


 隣で、護衛騎士の人が目を見開いて驚いている。

 ギギギッと、首ごとそちらへ視線を向ける。

 そこには、金髪碧眼の少女の姿があった。

 彼女の目はキラッキラに輝いていて。

 その表情は……そうだな。『憧れのアイドルに出会ったオタク』とでも言えばわかりやすいか?


「ま、まずは、救っていただきありがとうございます! このお礼は必ずいたします! そ、それで、救ってもらった身分で、お願いごとをするのは申し訳ないのですが……っ」


 何を言われるのかは、さっぱり分からなかった。

 ただ、嫌な予感だけはしていた。

 逃げるべき?

 いいえ、手遅れですな。

 心の中で、そんな会話が聞こえた気がした。


 そして、爆弾が投下される。



「私、貴方の『推し活』してもよろしいでしょうか!?」


「「「……えっ?」」」




 推し活。

 その単語に、その場の全員が思考停止した。




全ての希望を打ち砕かれ。

愛すべき日常に裏切られ。

心の拠り所を失った少女が見つけた、新たな光。



次回『推しの生まれた日』



その愛、激重につき。

本作不動にして絶対のヒロイン、ついに登場。

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― 新着の感想 ―
推し活www これから先が楽しみですなぁ
これが二人の出会いかあ、って後方腕組だったけど、よく考えたらこの世界で王族がする推し活ってなんなんだよ
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