表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生、ちょっと足りない  作者: 藍澤 建
第一章【生まれ出ずるは英雄の芽】
16/18

015『見えない現実』

誰もが認める王道に。

されど、確かな【違和感】は残されていた。

 いつも、小さな家で目が覚める。


 それは、貴族としてはあまりにも小さな住処で。

 朝起きてまず考えるのは、今日は何を喰らって生きるか。

 狩人として、どの命を戴くか。

 我ながら物騒ではあるけれど、生きる上では必要不可欠な思考だ。


 仕方ないと割り切りつつも、ふと思う。

 転生前の僕からしたらありえない生活、思考だな、と。


 どこにでもいるサラリーマンで、凡人で、ただ我慢強かっただけの男が。

 今では、いっぱしの狩人としてこの両手を血に染めている。

 ……まあ、相も変わらず殺しは嫌だし、なんだったらやりたくないが。

 生きる上で、喰う上で必ず何かを殺しているのが人間で。

 今では、その事実から目を逸らしては負けだとも思っていて。

 不思議と、今はこんな物騒な生活が清々しくて心地よく感じている。


「……ん?」


 自分の思考に、首を傾げる。

 わずかな違和感。

 なにか、僕は変なことを考えてはいなかったか?

 あまりにも自然に流れた、思考の矛盾。

 そんなものが紛れていた気がして、自分の考えを遡る。


「なん……だったかな」


 ただ、違和感を覚えた時点で過去の思考は消し飛んでいて。

 僕は頭を抱えてため息を漏らす。


 ――転生してから、もう八年になるか。


 たまに、こういった自己矛盾に悩まされる。

 気づいたときには何もかも忘れているような、小さな違和感。

 その積み重ね。

 一つ一つは小さなものでも、積もれば壁となり目の前へと立ちふさがる。

 ……いよいよ、見て見ぬ振りも出来なくなってきた。


「勘弁してくれよ」


 現実に向き合うときだと突き付けられて、心の底から嫌悪が零れる。

 見たくないモノに蓋をして。

 見たいものだけに、意識を留めた。

 だって、シュメル・ハートが望まれているのは従順ソレだから。

 だから、ありのまま、好きなように生きてきた。

 やりたいように生きてきた。

 確信こそなかったから、気にしないことにして生きてきた。


「……小僧、起きたか」

「あ、あぁ、爺さんか」


 ふと、声がして意識を切り替える。

 オルド……爺さんは、目を細めて僕を見つめている。


「ごめん、まだ朝ご飯作ってないや」

「いや、それはよいのじゃが……ふむ」


 彼は少し悩んだ様子で顎髭を掴む。


「……悩み事、があるなら聞くが?」


 ぶっきらぼうな、お悩み相談。

 あまりにも不器用な『気遣い』に、僕は吹き出し笑ってしまう。


「い、いや、大丈夫だよ。いつも通り元気いっぱいさ!」

「ならば、よいのじゃがな」


 爺さんは少し納得いってなさそうな顔をしたけれど。

 別に、相談するような悩みでもなし。

 僕は先ほどまでの思考に蓋をして、立ち上がる。


 さあ、今日も修行だ。頑張るぞ!




 ☆☆☆




「ぐぬぬぬぬ……ッ!」

『グラアアァァァァァァ!!』


 緑竜の体当たりを、真正面から受け止める。

 衝撃による内臓の負傷は、負ったそばから反転させる。

 両足に思っきり力を込めて、重心を落とし。

 僕の体を押し続ける緑竜の頭を、その角をしっかりと掴み、抑え込む。

 全身全霊を全身へと込め、ぎりりと、歯を食いしばる。

 徐々に緑竜の勢いは失せ。

 そして数秒、完全に緑竜の歩みは停止した。


「おらァ!」

『グ!?』


 同時に、その角を掴んで投げ飛ばす――!

 尋常ではない負荷が両腕にかかり、ブチブチと嫌な音が聞こえる。全身に痛みが走るのを堪えながら、歯を食いしばってぶん投げる。

 数瞬後、背中から地面へと叩きつけられた緑竜。

 あまりの衝撃に大地が揺れ、見下ろした緑竜の目には悔しさが浮かんでいる。


「よし、今日の運動おわり。明日も頼むぞ」

『グルルルル……!』


 ひっくり返ってる緑の顎を叩いて、僕は歩き出す。

 身体強化訓練を始めて、既に一年。

 十一歳になった僕は、それなりに身長も伸び、肉体もごらんの通り、緑竜を投げ飛ばせる程度には成長した。


「君は……いつの間に竜と仲良くなってるんだい」

「あ、フォルス。久しぶり」


 爺さんの家へと戻っていると、白い少女が見えた。

 フォルス・トゥだ。

 またこっちに来てたんだな。

 彼女は先程のやり取りを見ていたのか、僕の背後でひっくり返ったまんまになってる緑竜を見ている。


「いいの? まだ普通に生きてるけど」

「……ま、殺す必要も無いからな」


 最初の数年は、竜種は命懸けで倒すべき敵だった。

 けれど、毎日のように竜を倒して、いつしか、竜より強くなってしまって、ふと思ったんだ。

『別に、竜って殺す必要無くないか』、と。

 そもそも、狩人が獲物を狩るのは生きるためだ。

 命を奪って、その肉やら皮やらで生活するためだ。

 ならば、僕たちはどうだ?

 生活するだけなら、緑竜一匹で一週間は食べていけるだろう。肉の保存だって、氷魔法を扱うフォルスに氷室を作ってもらえば済む話だし。

 そうして考えれば考えるほど、一日一匹というのは竜の命が勿体なく感じてしまった。


「そもそも、不必要な殺しなんてのは……狩人以前に、人間として失格な気がするんだ」


 フォルスや爺さんがどう考えているかは別としても、少なくとも僕はそう考えている。

 ただ、言ってて少し不安になった。

 だって、彼女はそうじゃないかもしれないから。

 僕は彼女から視線を逸らして言葉を重ねる。


「……ようは哀れみだよ。偽善的だろ?」

「でも、強者の特権だ。とても健全な思考だと思うよ」


 予想外の肯定に、彼女へと視線を戻す。

 その目は、真っ直ぐに僕を見つめていた。


「生死をかけて争って勝ったのならば、相手の命は君のものだろう。生かすも殺すも自由ってものさ。仮に、哀れみ生かされたことが不満なら、それは勝ってから示すべきものだよ。敗者にはそんな権利すらない」

「……僕以上の暴論だったな」


 フォルスの返事を聞いて、苦笑する。

 だけど、そう言って貰えたんなら、爺さんに頼み込んで修行内容を変更してもらった甲斐があったよ。

 ――不要な殺しはやらない。

 狩人として定めた自分ルール。

 それが少しだけ肯定されたような気がして、ほっと胸を撫で下ろす。


「そもそも、竜種はどいつも頭がいいからな。ある程度上下関係を叩き込んで、こっちに殺す意思がないって示せば、そう悪い関係にもならないさ」


 ……ま、何事も例外はいるものだけど。

 そう内心で呟くと同時に、僕とフォルスは一斉にその場を飛び退いた。

 上空から襲ってきたのは、真っ赤な巨体。

 この数年で更に大きく成長した個体だ。


「えぇ……まだシュメルを狙ってたんだ、こいつ」

「さっき、森の中で身体強化使ったからね」


 緑竜の中にも、顔見知りが増え。

 あの隻眼の銀竜でさえ、最近だと出くわしても逃げることはなくなった。その他にも色々とこの森での『不殺協定』を進めているわけなんだが……その中でもぶっちぎりの不協和音が、こいつだ。


「今日も元気いっぱいだなぁ、赤竜」

『ガァァァアアアアアアアア!!』


 巨大な腕が、僕目掛けて振り下ろされる。

 背筋に冷気が走るのを感じた。

 思わず苦笑すると同時に、突如としてその場に氷壁が生まれた。分厚く高い巨大な壁は、揺らぐことなく赤竜の一撃を受け止める。


『ガァ!?』


 一瞬だけ驚き固まった赤竜の隙。

 見逃すことなく、僕は駆け出した。

 ひょいと赤竜の腕へと飛び乗る。

 そのまま腕から肩へと駆け抜けると、少し遅れて赤竜が再起動する。

 けど、ちょっと遅い。


「ふんッ!」


 拳骨、一閃。

 赤竜の横っ面を思いっきりぶん殴る。

 衝撃が弾け、木々が揺れる。

 僕の数十倍はくだらない大きさの赤竜の体が浮かび、そのまま勢いよく後方へとぶっ倒れた。


『グルァ……ッ!?』

「まだまだ修行が足りないな、お互いに」


 戦闘中に固まっちまった赤竜も。

 純粋な膂力勝負では、お前に勝てない僕も。

 互いに未熟もいいところ。

 もっと精進するから、お前も強くなってくれよ。

 せめて、狩人として戦わなきゃ死ぬ、ってくらいは思わせてくれ。

 じゃないと、修行相手としては物足りない。


「よし。逃げるよフォルス」

「……君、強くなりすぎじゃないかい?」

「僕より強いお前が言うな」


 そう言い合いながら、僕らはオルドの家へと向かった。

 背後では赤竜が苛立ちと憎悪の絶叫をあげていたが、そこら辺は無視しておくことにする。




 ☆☆☆




「で、今日はどうしたのさ」


 十数分後。

 爺さんの家に辿り着いた僕は、改めてフォルスに今日来た理由を訪ねていた。

 え、お客さんにお茶菓子?

 竜の庭(うち)にそんなものはないよ。

 竜の干し肉ならあるけどね。


「いつもの定期的な様子見、って言ったら?」

「いきなり一年以上も来なくなって、また唐突に姿を見せたんだ。そりゃ、なんかあった、って考えるべきじゃないの?」


 主に貴族関係で。

 頬杖をついてそう問うと、彼女は眉間に皺を寄せた。

 その反応が、何よりの答えだった。


「……そうだね。シュメルが姿を隠して数年、さすがにそろそろ隠し通すのも難しくなってきたんだ」

「まぁ、一回も外出てないからね」


 だから、父上や母上とも会えていない。

 だが、それだけ繋がりを絶ってるわけだし、今更僕の居場所がバレたって訳じゃないんだろうが……。

 そんな思いが表情に出たのか、フォルスは言葉を重ねる。


「君がここにいることがバレた訳じゃない。というか、そこはバレたところで問題ないんだけどね。だってここまでたどり着けないから」

「……そういえば、人類未到達区域だもんな、ここ」

「うん。だから問題になってるのは」

「『反転の魔法使いを何年間も隠し続けているのはどういう了見だ』、といったところかの」


 声の方へと視線を向けると、ちょうど爺さんが森から帰ってきたところだった。


「あ、オルド。久しいね」

「誰じゃったかのぉ。最近は物忘れが激しくて……」

「はいはい。じゃ、話続けるね」


 爺さんの挑発をサラッと無視し、フォルスは僕へと視線を戻した。

 そんな彼女の無視すらスルーし、近くの椅子に座る爺さん。

 この人たち……ほんと仲悪いよなぁ。

 なんでなんだろ。

 僕は内心首を傾げつつ、話の続きを聞いた。


「オルドの言った通り。この国上層部の総意としては、反転の魔法使いシュメル・ハートは国の宝であり、正しく強く育て、導かなければならない……って感じなのさ」

「素直に『他国に渡さないため、幼い頃から教育と称した洗脳を進めたい』と言えば良いじゃろ。……実に腐った思想じゃな」

「……ま、オルドの言った通りの意味だね」


 洗脳……か。

 ()()()()()()()頭の痛くなる、嫌な響きだな。

 思わず顔を顰める僕を、爺さんがじっと見ていた。


「物心つかぬうちより、自国は正義で他国は悪。そういう風に言い含められておれば、いずれソレが常識となり、しまいには疑うことすら忘れてしまう」

「……たしかに、それは『洗脳』だね」


 ……つーか、なに。

 国の上層部、そんなことしようとしてたわけ?

 そりゃ、フォルスも両親も、僕をこんな危険地帯に閉じ込めようとするわけだ。

 教育に悪い、なんてレベルの騒ぎじゃない。

 僕が転生者でなければ。

 フォルスと出会って、弟子入りしてなければ。

 一生懸命修行せず、未だ領地の中でぬくぬくと暮らしていたら……もしかしたら、本当に洗脳されていた可能性だってあるだろ。


 ……まぁ、竜の庭の方が教育には悪いと思うけど。


「ハート男爵家は数年間にわたってそういった意見を無視していたのさ。ただ、君が治療院に篭ってた頃はまだしも、君の行方がしれなくなってから……そういった声がさらに強まってきていてね」

「……」

「シュメル・ハートの行方不明。それに危機感を煽られた貴族共が、ハート男爵家に責任を取るよう声を上げ始めたんだ」


 シュメル・ハートはどこに行った。

 彼の育成は順調に進んでいるのか。

 進んでいるなら、その証拠は。

 それが出せないのなら、責任問題だ。

 このままでは、国の宝を台無しにしかねない。

 シュメル・ハートは国で管理する。

 ハート男爵家は責任を取って潰すべきだ。


 そう、大まかな主張をフォルスから聞いて。

 僕は、心を落ち着かせるため大きく息を吐いた。


「……ムカつくでしょ?」

「正直言うよ? ……めちゃくちゃムカつく」


 そいつらの名前も顔も、僕は知らない。

 もしかしたら、本気でそう思ってる奴もいるのかもしれない。善意から心配してる奴もいるのかもしれない。

 けど、悪意があってそう言ってる奴が、居ないとも思えない。

 総じて『黙ってろ』と吐きたいね、僕は。


 ま、貴族ですし?

 男爵家の長男ですし?

 そういったことは、心の中でしまっておくけどね?

 いくら森で顔に泥を塗ろうとも、貴族社会で父の顔に泥は塗れない。


 僕は何度か深呼吸して。

 気持ちを切り替え、最初の話題に立ち返る。


「で、フォルス。()()()()()()()()?」


 その話をしに来ただけ?

 そろそろ男爵家に戻れって?

 貴族たちの不安を鎮めるために、そいつらに無事な姿を見せてくれって?

 ……まさか、そんなわけが無いだろ?

 僕の内心に呼応して、フォルスは笑った。

 その笑顔は氷のように冷たく、震えるほどに恐ろしかった。


「もう面倒くさくなっちゃってね。そろそろ、アイツら黙らせてやろうかと思ってるんだ」

「というと?」

「アイツらが手を出すまでもなく……いや、手を出せない程に、シュメル・ハートは順調に育ちすぎている。そう、改めて大陸全土に知らしめる」


 フォルス・トゥは立ち上がる。

 彼女は懐から一枚の紙を取り出した。


 それは、何かの登録用紙。

 その紙を見つめる僕を、彼女は誘う。



「大陸最大の武闘会が開かれる。ここで、世界に『君』を刻んで来なさい」



 ……目的は、うるせぇ貴族共を全員黙らせること。

 お前らの心配なんざ無用だって分からせること。

 ついでに、手を出したくない相手として、これ以上なく『わかりやすい強さ』を見せびらかすこと。


 なるほど。

 ようは、『発表会』ってやつだ。


 いいねぇ、子供らしくて。

 なら、僕は年相応の無邪気な子供として。

 見る目の腐った大人たちに、分かりやすーく『僕』を刻んでくるよ。



「はっ、一生忘れられなくしてやるよ」



 そう答えた僕は、いつになくやる気に燃えていた。



――そして、物語は動き出す。


誰かに守ってもらってばかり。

そんな生き方は、もう止めだ。

今の少年は、守ってもらうほど弱くない。

人の身で竜をも超える膂力を宿し。

堂々、表舞台へと登壇する。


その果てで、【見てこなかった現実】と向き合うだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ