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異世界転生、ちょっと足りない  作者: 藍澤 建
第一章【生まれ出ずるは英雄の芽】
11/18

010『見て盗め』

 どういう気まぐれか。

 爺さんは、僕を弟子として迎え入れてくれた。

 僕も彼の戦う姿を見て、彼の経歴を知って、辞退したい気持ちは綺麗さっぱり消えていた。そのため、是非よろしく、ということで弟子入りは成立したわけだ。


「じゃ、私は帰るね」

「えっ」


 そしてフォルスは男爵家に帰った。

 有無を言わさず、弟子入りが成立した瞬間に、まるで風のように去っていった。

 竜の庭を追いかける訳にもいかず呆然としていると、僕の隣にオルドが立つ。


「ま、あれだけお主のために怒ってくれたんじゃ。なにかしら、やるべきことがあって帰ったのじゃろう。どうせ、その仕事が終われば迎えにくるわい」

「まぁ……そっか。そうだよね」


 言われてすぐに納得する。

 なんてったって、フォルスは僕にとても甘い。

 修行内容は『お前正気か』とでも言わんばかりのものだが、その分、僕が気絶しても大丈夫なように自腹で高級な魔力回復薬を購入してきたり、魔力切れの体調不良を軽減するためユニコーンの角を取ってきたり。

 頑張って冷徹な師匠っぷりを見せようとはしているものの、その端々から心配が伝わって来る。

 少なくとも、彼女は弟子を魔境に置いてけぼりにするような性格じゃない。


 しかし、仕事とは……身に覚えがありすぎるな。

 洗礼の儀より数年。

 さすがの僕も、ハート男爵家が多方面から様々な話をいただいていることは気づいている。

 その内容が、僕に関することだということも。

 ……実際、僕がこの森に来たのだって、そういったいざこざから一時的に遠ざけるため、ってのもあるんだし。

 色々と、世話をかけるな皆には。

 師や両親のためにも、一生懸命強くならないと――。


「それに、白いのが居ないと好都合じゃろ」

「えっ?」


 自分の中で据えていた決意に、ふと声が挟まる。

 その声に滲んでいた喜色に、驚いて隣を見る。

 隻眼のオルドは、嬉しそうに笑っていた。


「戦士に育てろ、など言っておったが……残念ながら、ワシは狩人。獲物を狩る術しか知らなんだ。ゆえに、お主には【殺す技術】を授ける」


 殺す技術。

 その言葉に、思わず喉を鳴らす。

 けれど、この世界に生きてもう長い。

 最初に、多くの騎士たちの死を見た。

 次に、救えなかった患者を見てきた。

 この数年間、僕の目の前で死んで言った人間は一人や二人では無い。慣れてなんかはいないけれど……それでも、割り切る術は身につけてある。


「ワシが教えられるのはそれだけじゃ。だから、今まで一人として弟子はとらんかった。じゃが、お主なら問題ないじゃろ。そう思った。だから教える」


 殺す技術。

 それを守るために使うか。

 あるいは壊すために使うか。

 そんなものは、使用者次第だ。

 だからオルドは弟子を取らなかったのだろう。

 今日、この日までは。


「……随分と重い信頼だね」

「脅迫じゃよ。()()()()()()()()()()


 そう言って、オルドは歩き出す。

 その背を目で追って、僕もまた彼に続く。


「人の本性は死の淵にこそ現れる。そういう意味では、ワシは、死の淵にあって老人に手を差し伸べたお主の善性を信じておる。……もしお主が殺す技術を悪用したならば、ワシの見る目も腐ったというだけよ」


 そういう事かと、内心納得する。

 だから、急に弟子入りを認めてくれたんだ。

 彼を助けに動いたこと。あれは下心があって動いた訳では無い。ただ、助けなきゃいけないと思って、気がついたら走り出していた。

 あの行動に、一切の嘘や虚栄はなかった。


「そうだね。なら僕は、間違った育ち方をしないように気をつけるよ」


 この善性を失わぬように。

 決して悪に走ることなかれ。

 でないと、狩人が殺しにくるぞ、と。

 そう心の底に刻みつけた。


「ならば良い。早速修行に入るぞ」

「よろしくお願いします、師匠」


 そう答えて、僕は拳を握りしめる。


 かくして、僕の狩人生活が始まるのだった。




 ☆☆☆




 狩人生活、一日目


 最初の仕事は、赤竜の解体だ。

 その体には、翼膜を除きほとんど傷は残っていない。

 身体中を覆う鱗は健在であり、オルドから借りた解体用のナイフは鱗を前にまるで歯が立たない。


「か、硬い……っ」

「そりゃそうじゃろ。竜種の解体じゃぞ」


 少し離れたところで、僕のナイフよりもずっと刃こぼれしたボロボロの短剣で解体を進めるオルドが居た。

 その刃は鱗に一切弾かれることはなく、鱗に弾かれては手首を痛めている僕とは大違いだ。


「『相手の弱点を見定めること』、狩人としての基本じゃ。戦いの場では生きて動き回る相手を前に、敵の弱点を見定め、警戒される前に一撃で撃ち抜く必要がある。じゃが、お主は初心者ゆえな。今は死体相手に練習すれば良い」

「弱点……か」


 このナイフで、鱗は切れない。

 オルドのボロボロの短剣では尚更だ。

 なのに僕は切れないままで、オルドは平然と解体を進めている。この差は『どこにどういう角度で刃を入れれば攻撃が通るのか』を彼だけが知っているため生じたものなのだろう。


 少なくとも、闇雲にやっても無駄だ。

 無茶して、ナイフの刃こぼれを加速させるだけ。

 そう割り切って、僕は一時手を止める。

 そして、じっとオルドの手元を観察した。


 観察には慣れている。

 今では反転を扱う上での基本動作だからね。

 神の目こそないけれど、観察眼なら自信がある。

 僕からの視線を受けても、オルドは何も言わない。

 逆に言えば、好きに見て盗め、ということだろう。

 僕はじっと、一挙手一投足見逃さぬように観察する。


「こう……いや、こっちからか」


 十分ほど観察して、僕は再びナイフを握る。

 先程とは異なり、オルドがやっていたのと同じような向きから、角度から、工夫を重ねながら刃を入れる。

 しかし、まだ硬い。

 オルドのようにすんなりとは切れない。

 けれど。


「……! すこし、刃が入った!」


 僅か、ではあるけれど。

 鱗と鱗の隙間に少しだけ、けれど確かに刃が突き刺さる。僕はオルドの動きを思い出しながら、角度を、向きを、微調整を重ねて刃を走らせる。

 そして、何度も何度も工夫を凝らして。

 やっと、数メートルを切り終えたところで、ほっと息を吐く。


 ……気づけば、全身汗びっしょりだ。

 集中していたのか、既に日も暮れ始めている。

 僕の隣には、もうほとんどの部位を解体し終えたオルドが暇そうな顔をして座り込んでいた。


「小童や、飯はまだかの。ワシぁ腹が減ったぞ」

「あっ」


 言われて始めて思い出す。そういえば……こっちでは家事をしないといけないんだった!

 僕は少しだけ解体できた竜の肉を抱え、急ぎ家へと駆け出した。


 その背後で、オルドが何か呟いた気がした。


「……うむ。逸材じゃな」


 なんて言ったのかは聞こえなかったけれど、わざわざ聞きに戻ることも無いような気がして、僕は意識を晩飯の用意へと切り替える。


 そんでもって、料理ができたのは数十分後。

 初日の晩飯は、赤竜のステーキ。

 オルドは美味しそうに食べていたけれど、正直、そんなに美味しいものでは無かった。


 下処理、とても大事。

 血生臭い肉を食べながら、心の底からそう思った。




 ☆☆☆




 狩人生活、二日目。

 朝飯は、オルドが採ってきた山菜と、何の動物のモノかも知れない大きな卵を使った、卵焼きだ。


「小童や、朝飯はまだか?」

「今食べたでしょ。その食器を洗ってるのが見えないかい、爺さん」


 オルドは、修行以外の時間はそれなりにボケてる。

 そりゃ、千年以上も人の身で生きてるんだ。

 肉体的、精神的に摩耗してて当然だ。

 ただ……そんな認知症半ばの老人も、弓を手に持った瞬間に豹変するようだ。

 食器を洗い終えたのと同時に、背後から声がする。


「では、行くぞ小僧。今日からは基礎の基礎として、お前の体を狩人のモノへと改造していく」


 先程の老人とは思えぬ凛とした声に振り返る。

 すらっと背筋を伸ばした老兵が、そこには立っていた。

 彼は外套を羽織ると、鋭い眼光を飛ばしてくる。


「今までは魔法の訓練のみに専念しておったのか? いずれにせよ、勿体ないこと極まれり、じゃな。それだけの素質をなぜ今まで眠らせておったのか。今のお主は、まるで戦える肉体ができておらん」

「……でしょうね」


 お腹に手を伸ばすと、すこし贅肉が摘めた。

 こんな体でもマトモに鍛えている同年代よりよく動くので、今までは『魔法の訓練優先だから』といった理由で体を鍛えては来なかった。

 そんな暇があるなら、一度でも多く気絶して魔力量を増やしたかったからね。

 でも、治療の修行を終えた段階でフォルスからは。


『……正直、引くくらいの魔力量だよ。魔力総量に限って言えば、とっくに私を超えてるもの』


 とのお墨付きを貰っている。

 今なら安心して、肉体強化に意識を全振りできる。


「森を走る。お主はただついてこい」

「……」


 ただそれだけ?

 とは、間違っても言えなかった。

 だって、走る場所は森の中だ。

 木の根や泥で足元は悪く。

 枝や蔦など、障害物は余りに多い。

 ここまでフォルスと歩いてくるだけでも大変だったんだ。それを走るとなると、その苦労は計り知れない。

 加えて、少しでもオルドに遅れてしまえば、それは竜の庭で単身孤立するという最悪の事態に繋がる。

 だから、何も言えなかった。

 その無言に、オルドは満足気に笑っている。


「昨日の解体で、お主に観察眼があるのは知っている。ゆえにワシから伝える言葉は一つだけよ」



『見て盗め』



 そう言って家を出るオルド。

 僕は急いで、そのあとを追った。


 見て盗む、か。

 よかった、それなら得意だ。


 世界一の狩人。

 魔王殺しの大英雄。

 その技術、全部丸裸にして吸収してやる。


 そう意気込んで、僕は走り出す。




 ――そうして、狩人生活は過ぎてゆくのだった。




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