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異世界転生、ちょっと足りない  作者: 藍澤 建
第一章【生まれ出ずるは英雄の芽】
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009『死神に嫌われた男』

「誰じゃったかのぉ……見た覚えがあるような、ないような……。とくにそっちの、白いのは見たことがあるような」


 オルドと呼ばれた爺さんは、不思議そうに僕たちのことを見ていた。とくに、フォルスのことは気になっている様子だった。


「……初めまして、オルド。見た覚え、となれば私の先祖のことだろう。君と私の先祖は、一緒に旅をして一緒に戦った、と聞き及んでいるからね」

「ちょっと、知り合いじゃなかったの?」


 小声でフォルスに叫ぶ。

 彼女は苦笑いして、僕の質問には答えなかった。

 まじかよこの人……先祖の知り合いってだけで僕をここに連れてきたのか? それにそうだとしたら、この爺さん、僕の予想以上に歳をいってるんじゃなかろうか。


「私の名前はフォルス・トゥ。オルド、君にはこの子を戦士として鍛えて欲しくてね。わざわざここまで連れてきたんだ」

「うーむ……戦士、とな?」


 ゆっくりと、その視線が僕へと向かう。

 そして、頭の先から爪先までじっくりと眺めて、また顎髭を右手で握る。


「見ての通り、わしは隠居の身でのぉ。何かを学ぶのであれば、もっと適任がおるのではないか?」


 僕も同感です。

 そう言わんばかりにフォルスを見る。

 しかし視線が合うことはなく、彼女は微笑を浮かべて老人を見つめていた。


「まぁ、そう言わずにお試しってことでどうだい? 料理や洗濯といった家事全般はこの子に任せていい。育てるだけで身の回りのお世話して貰えるんだ。老体にはありがたい話だろう」

「ふぉ、フォルス!?」


 なにそれ聞いてないんだけど!?

 彼女は僕の方をチラリと一瞥する。

 その目はありありと『言ってないからね』と語っていた。僕はぶん殴ってやりたくなった。


「どうせ、ろくなものしか食べてないんだろう? たまには身体に気を使った食事でも取るべきだと思うがね」

「……ううむ」


 顎髭を上下に撫でながら、老人は唸る。

 しかし……はたと、その手が止まった。

 それから数秒遅れて、隣のフォルスが声を上げる。


「ん? あれ、なんか来てるかも」

「え、まさか……また襲撃?」


 隣を見ると、フォルスは家の外へと目を向けていた。

 僕の言葉に彼女は頷き返す。


「うん。あれだけ脅せば手は出てこない、と思ってたんだけどね。人間だろうと竜だろうと、無謀な輩はいるんだね。タチが悪いのは、その無謀を勇敢だと勘違いできる程度には強い竜種、ってことかな」

「タチ悪すぎでしょ」


 もしかしなくても緑竜より強いじゃないですか。

 この余裕、フォルスが負けるとは思わないけど、せめてオルドの爺さんは巻き込まれないよう避難させておかないといけない。


「爺さん、ちょっと危ないから逃げ……」


 ふと、オルドへと振り返る。

 が、その先に彼の姿は無い。

 あれっ、どっか行ったのか?

 きょろきょろと周囲を見渡し、家中を見渡して、結論。


「い、居ない……!? 居ないぞあの爺さん!」


 家の中にあの老人の姿はなく。

 驚く僕の肩をフォルスが叩いた。


「オルドなら、弓と矢だけ持って出ていったよ」

「はぁっ!?」


 聞くと同時に、僕は家を飛び出した。

 家の外には、弓を片手に歩く老人の姿。

 腰が曲がって、一歩進む度に体が揺れる。

 歩くだけで精一杯といった様子。

 なのに。


「爺さ……っ」


 その背中にかけようとしていた言葉が、詰まる。

 ただ『危ないから逃げろ』と、たった一言が出なかった。

 ……不思議だとは、自分でも思う。

 けれど、見間違いとは思わない。

 その瞬間、よぼよぼで、弱々しいその背中が。

 在りし日に憧れた、白い少女の背中と重なって見えたんだ。


「……って、そんな場合じゃ」


 視線の先。

 老人の歩む方向、その向こう側で。

 きらりと、剣呑な炎が煌めいた。

 考えるより先に、僕は駆け出していた。


「く、そったれが……!」


 爺さんの元まで、必死に駆ける。

 既に、炎は爺さんの目の前までやってきていた。

 無傷で切り抜けるのは……不可能。

 加えて、七歳の体でできることは限られる。

 けれど、ただの七歳の肉体では無い。

 この身には父の……ストリア・ハートの血が流れている。


「ぐ、ぬぁぁああああ!!」


 体当たり気味に、爺さんの体を横に吹っ飛ばす。

 と同時に、僕も炎の元から逃げようと足掻くが……じりっと、両脚に焼けるような痛みが一瞬だけ走って、直ぐに消えた。

 ずしゃりと、爺さん諸共地面を転がる。

 見下ろせば、僕の両足はその半ばから焼け焦げて、跡形もなく焼失していた。


「【反転(アンリアル)】」


 だけど、動じることは無い。

 これくらいの怪我は二年間で嫌という程見てきた。

 患部の観察は、一瞬で済ませる。

 本格的に痛みが回るより更に早く、魔法を行使。

 瞬く間に、僕の両足は衣服諸共修復された。


「爺さん! 動けるなら早く逃げよう!」

「……お主」


 すぐに立ち上がって爺さんへと向かう。

 彼は、僕の姿を目を見開いて見つめていた。

 その驚きは、何に対するものだったのか。

 ややして、彼は初めて笑みを見せる。


 しかし、僕はその笑顔を前に固まってしまった。


 だってそれは、優しげな笑みではなく。

 まるで、獲物を見つけた狩人のような、見たことの無い老人の貌だったから。


「じ、爺さん……?」

「……身の丈を知れって、伝わらなかったかなぁ」


 ふと、背後から声がする。

 フォルスだ。

 彼女は髪をがしがしとかいて、声色には静かな苛立ちと、堪えきれない怒りが滲んでいた。

 ただし、その怒りは僕の無謀へと向けたものでは無い。

 彼女は一度として、僕の無茶を止めたことは無い。

 だからきっとその怒りの矛先は、彼女から見てさらに僕の向こう側にいる相手だ。


 木々をなぎ倒し、巨大な赤竜が姿を現す。

 その大きさは、緑色の数十倍。

 数年前に目撃した羊頭の悪魔をも上回る巨体だ。

 見上げるだけで首が痛くなるほどの体格差。

 先程の炎は、この竜の放ったものだと直感的に理解する。


『グルルル……!』

「煩い」


 怒りの滲んだ唸り声。

 それを、凍える声が蹂躙した。


 かつても見た、煌めく流星が弧を描く。

 それが、氷魔法によるものだと僕は既に知っている。

 あの悪魔をも蹂躙した流星は、赤竜の翼膜をズタズタに穿ち裂き、竜は焦ったような、驚いたような声を漏らす。


「――蹂躙だ。十分に後悔してから死ぬといい」


 翼を壊され、空には逃げられず。

 地を行こうにも、眼前には白い悪魔が微笑んでいる。

 ……とんだ地獄絵図だろうなぁ、竜目線。

 フォルスも、僕の脚は普通に治ってるんだから、そんな気を使わず普通に殺せばいいのに。

 僕はフォルスに、自らの無事を伝えようと口を開いた。

 だが、僕が声を上げるより早く。


 僕の隣で、老人が吠えた。



「おい、白いの。そりゃワシの獲物じゃろうて」



 決して、大きな声では無い。

 叫んだわけでもない、ただの平静な声色。

 にも関わらず、僕も、フォルスも、動けなかった。

 ()()()()()()()

 そう、本能が叫んでいた。


「……私の弟子が傷つけられたんだ。私にやらせてよ」


 動きは止めても、それは一瞬。

 フォルスは、堂々と老人の殺気に相対する。

 それに対し、オルドの答えは似たようなもので。


()()()()()()()()()。なら、譲れんじゃろ」


 弟子、と。

 その言葉に目を剥き、老人を振り返る。

 その先で、隻眼のオルドは獣のように笑っていた。


「喜べ。気が変わったぞ、小僧」


 僕の助けを借りるまでもなく、老兵は立ち上がる。

 まるで、先程とは別人のようだ。

 揺れていた体、曲がっていた背中、震えた両手。

 それが。

 その手に力が込められた途端、震えがピタリと止まる。

 矢を持ち上げた瞬間、すらりと背が伸びる。

 そして矢をつがえれば、体の揺れが止まる。


 かつての威風など感じさせぬ老体が。

 その瞬間、その一時だけは、かつての風格を纏い、そこに立っていた。


「ワシぁ、最近じゃあ物忘れも激しくての。知人の顔も、自分の歳も、朝飯食ったかどうかも定かじゃねぇ」


 そう告げて。

 ただ、一射。

 老兵は、竜の眼球へと矢を放り込む。


 その一撃。赤竜をして回避不能。


 寸分違わず飛来した、神速の矢。

 当然僕も、目で終えた訳では無い。

 ただ、気づけば赤竜は血を噴き出して絶命していて。

 老兵の手からは、先程まで握られていた矢が消えていた。ただそれだけしか分からなかった。


 けれど、この老兵が倒したのだと。

 それだけは、疑う余地もなかった。



「だが、矢の外し方なんざ、最初から覚えもねェ」



 背筋が、震える。

 そして、同時に確認する。

 ……この人しかいない。

 僕は、この人に戦い方を教えてもらいたい。


「……衰えたわけじゃないみたいで、安心したよ」


 フォルスが僕の隣に立って、オルドに微笑む。

 その笑みの中には、獲物を取られた苦笑も含まれていたように思えるけれど、今は安堵の方が強そうだった。


「その男は魔法を使わない。ただ、その身一つで魔を、竜を、神を、そして魔王をも殺した男」

「……!? そ、それって……!」


 フォルスから、老兵へと視線を戻す。

 隻眼の、狩人。

 知っている。

 その風貌を、僕は本で読んだことがある。


 伝説の勇者パーティ。

 神をも殺す魔王を討った、英雄四人。


 勇者ルミエール。


 霜天の魔女ステラカヴァズ。


 神の寵児アルテナ。


 そして、隻眼のオルド。


 今になって、その名を思い出す。

 だけど、そんなわけないと理性が叫ぶ。

 だって彼らは、千年前を生きた英雄だ。

 今なお生きているわけが無い。


 そう、叫ぼうとしてまた思い出す。


【死神に嫌われた男】


 その呼び名を思い出し、言葉が詰まる。

 そんな僕を見て、フォルスは苦笑いを深めた。


「全盛期、彼は生意気な神々を素手でボコっていたらしくてね。先祖いわく、その中に死神が含まれていたんだとさ」

「……そ、それって、つまり」

「死神に嫌われた男……というより、神からも恐れられ、死神すら近寄ってこない男、と言うべきだね」


 思わず、頬が引き吊った。

 きっと、僕とフォルスは似たような表情をしていたと思う。

 そんな僕らの反応なんていざ知らず。

 老兵は、竜の巨体を眺め、ポツリと漏らす。



「今晩は、焼肉がいいのぉ」



 死神から恐れられた男。

 一向に死神が迎えに来ない男。

 死神が来ないから、千年間生き続けてる男。

 ……完全に、人間をやめている怪物。


 いくら言葉を尽くそうと、足りはしない。


 そんな化け物は、僕を振り返って笑う。

 相変わらずその笑みは、まるで獣のようで。


「小僧、解体するぞ。少し手を貸せぃ」

「……わ、分かったよ、オルド」


 獣に睨まれた獲物は、乾いた笑みを返した。



人生で一度は書いてみたいランキング第一位。

【めちゃくちゃ強い老人】


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どこぞのエビさんがそれにあてはま・・・なんでもないです
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