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不死鳥の嫁入り  作者: 丹㑚仁戻
最終章 終わり、そして蘇る
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〈五〉裏切り者の血・後

紅胡(こうこ)はわたしを守ろうとしてくれたんです。だから、できればこの身体には傷付けずに返してあげたい」


 胸に手を当てて朱華が眉根を寄せる。その顔を見ただけで、宵藍は朱華が紅胡を想っているのだと分かった。朱華が何を知ったか分からないが、きっと紅胡は味方だったと感じているのだろう。自分の苦痛だけなら我慢できるが、この肉体を傷付けるのは嫌だという朱華の健気さに、宵藍はそっと目を細めた。


「……あ、でも難しいですよね? それで宵藍様が無理をしなければならないなら、」

「頑張りますよ。妻の願いを叶えるのが夫の仕事です」


 その言葉は自分でもびっくりするくらいにするりと口から出ていった。頬も緩んでいるのが分かる。驚いたようにしている朱華を見たら急に気恥ずかしくなって、宵藍はふいと顔を背けた。


「っ……お願いします!」


 朱華に勢い良く頭を下げられて羞恥が増す。それを誤魔化すように並び終えた札を見ていたら、宵藍はふと違和感を覚えた。その正体を探るために札を一枚持ち上げ、顔を近付ける。

 そんな彼の行動に、朱華が「宵藍様……?」と首を捻る気配を感じながら、宵藍はたった今知った事実に顔を顰めた。


「墨じゃない……血文字か」

「血文字? これが全部血で描かれているということですか?」

「ええ」


 巨大な札にはびっしりと文様が描かれている。古くて色褪せている上に、これまで暗い場所でばかり見ていたから気付かなかったが、夜とはいえこうして光のあるところで見ると墨とは違う色味であることがよく分かる。

 赤茶けたこの色は、血だ。それも夥しい量の。宵藍はその確信を得ると、「己火(きか)様」と周りを警戒する己火に声をかけた。


「もしやこれは、三王がそれぞれ自分の血で書いたものですか?」

「そうだ」

「……なるほど、汪琥(おうこ)の血か」


 己火の答えを聞いて声を落とした宵藍に、朱華が「汪琥……?」と首を傾げる。


「三王共通の祖先です。各々が術を組み、それを汪琥の血で繋いでいるんですよ。これを解くには少しずつ上書きして(ほど)いていってやらねばならない。同じ汪琥の血が必要です」

「王達の協力が必要なのですか?」


 朱華が不安げに問う。宵藍はそんな彼女を安心させるように微笑むと、「いえ」と首を振った。


「汪琥の血ならここにもある」


 そう、ここに。この身を流れる血にもまた、汪琥のそれが含まれている。朱華を裏切った者達と同じ血だ。

 だから材料はあるのだ。だが、宵藍には気がかりもあった。


 それは、血の量。この札を全て上書きするのに使う分は、果たして一人の人間が流していい量なのか。それに気だって膨大に使うだろう。気は使いすぎれば意識を失う。これは身体の防衛本能だ。それ以上使っては命に関わるから、そうなる前に意識を手放すよう身体ができている。

 この術を少しずつ解いて、途中で力尽きないと言い切れるだろうか。中途半端に術が解けたら、それこそ朱華を苦しめることになるのではないか。


 それを防ぐ方法は、あるにはある。気を使いすぎて意識を失ってしまっても、身体にはまだ残っているのだ――命を維持できるほどの気が。普段は決して使うことのできないそれが。自らの肉体を術に組み込めば、術を発動した時点で意識の有無にかかわらず気を消費することができる。


 だが、できればそれはやりたくなかった。命に関わるからだ。それで確実に成功する保証があればまだしも、そもそも足りないかもしれないのは気だけではないかもしれない。命を賭けるには、この状況では不確かなことが多すぎる。


「……方針を変えます。術を組んで、最後に一気に解きます。しかし私一人の力では足りない……準備ができたら兄に協力を仰ぎます。兄であればきっと事情を理解してくれる」


 これが一番確実だった。力が足りないのであれば、足せばいい――自分一人の力では足りないのなら、兄に協力を頼めばいい。暁菫(きょうき)の方が方士としての実力は宵藍よりずっと上だ。自分一人で不確かなことに賭けるより、暁菫の力を借りた方が朱華にとっても良いだろう。


「ならば先にお義兄様と合流した方が良いのでは? その後でゆっくり解けば……」

「兄は既に捕まっているでしょう。助けることはできますが、その後悠長にしていられるとも思えません。すぐにでも解けるよう準備しておくべきです」


 (ごう)家に近衛軍が向かったことは知っている。近衛軍というのは(すい)国にある四つの軍のうちの一つに数えられない、特殊な集団だ。彗王直属の私兵部隊のようなもので、彗王の命令にのみ従う。

 彼らが動いているならば、暁菫はとうに捕まっているだろう。そうでなくても監視が付いている。そのことを思って宵藍が首を触れば、朱華が「お義兄様は、何故……」と不安げな顔をした。


「窃盗犯の兄だからですかね」

「っ……わたしのせいで……」

「いいえ、朱華様。あなたのせいではありません。あなたに自由になって欲しいと願ったのは俺です。俺はそのために行動を起こした……あなたに責任はありません」


 なるべく優しく聞こえるように心がけながら、朱華に言い聞かせる。朱華もその意図を汲んだのか、それ以上食い下がることはしなかった。代わりにキッと目元に力を入れて、宵藍を見上げる。


「なら、何かお手伝いさせてください。わたしも自由になりたいと思っています。宵藍様お一人に責任を押し付けるわけにはいきません」

「朱華様……」


 この少女に何があったのだろう、と宵藍は呆気に取られた。たった一日で人はここまで変わるものなのだろうか。弱々しくも思えた少女が、今はとても頼りがいのあるような存在に感じられる。

 宵藍はふっと笑むと、「出番はもう少し後ですね」と朱華を見つめた。


「それまでは私の傍にいてください。その方がやる気が出ます」

「つまり……わたしにできることが何もないということでは……?」

「私のやる気を出せるのはあなただけですよ」

「っ……ぅあ……えっと……」


 顔を真っ赤にして、朱華がぱくぱくと口を動かす。直前までの落差に愛らしさを感じて宵藍が笑えば、「からかわないでください!」と朱華が悲鳴のような声を上げて、しかし宵藍の隣に腰を下ろした。

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