表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死鳥の嫁入り  作者: 丹㑚仁戻
第三章 葬られた過去
27/44

〈十一〉苦しまないために・前

『猶予をやろう、(ごう)宵藍(しょうらん)。〝朱華〟に子を産ませろ。一人でも多くの子を成せ。そして、ここであったことは忘れろ。〝朱華〟の死後、()()()()()とお前が忘れたことを確認できたなら、今回のことは不問としてやる』


 (すい)王の言葉が、宵藍の頭の中で何度も繰り返される。

 これは罰だ。過去を暴こうとした自分への罰。朱華を抱くことがどんなことかを知りながら、それでも命が惜しければ彼女を犯せと彗王は言っているのだ。そうして自分諸共朱華を苦しませ続けろと、彼はそう言っていたのだ。


 こんな人間が我が王だなんて……! ――宵藍の全身が、言いようのないほどの怒りに熱くなる。


 再生の間を後にすると、宵藍はその足で江家の屋敷に向かった。時刻は深夜、誰もが寝静まる時間だ。

 宵藍は屋敷にやって来るとずいずいと中を進み、ある部屋の前で止まった。


「――兄上」


 そこは暁菫(きょうき)の寝室だった。宵藍がそのまま部屋の前で待てばすぐに戸が開いて、そこから眠そうな暁菫が姿を現した。


「宵藍? 一体こんな時間にどうし――」

「お許しください」


 それだけ言って、宵藍が頭を下げる。暁菫は何度か目を瞬かせると、不意に神妙な面持ちとなった。「悪さでもするのかな?」困ったように笑えば、宵藍が思い詰めた顔で頭を上げる。


「悪さで済まぬやもしれません」

「……そう」


 暁菫がゆっくりと瞼を閉じる。「大事なことなんだね?」問いながら、開いた目で宵藍を見据える。


「愛する人を、これ以上苦しませないためです」


 その言葉に暁菫は驚いたように目を丸くした。だが、それも束の間のこと。「なら私なんかに謝っている場合じゃないだろ」と笑うと、「用がそれだけなら早く行きなさい」と続けた。


「言っただろう、私はお前の味方だと。こちらのことは気にしないでいい。早く彼女の元へ行っておあげ」

「ッ……ありがとうございます!」


 言うやいなや、宵藍が踵を返す。慌ただしい足取りで屋敷を去っていく弟の背を見ながら、暁菫は「大変なことになりそうだ」と苦笑をこぼした。



 § § §



 江家の屋敷を出た宵藍は、今度は宮廷内にある自分と朱華の住まう館へと向かった。今日は閨を共にしない日だ。朱華は自分の部屋にいるだろう。

 そう思ってそこを目指せば、朱華の部屋の前に侍女を見つけた。いつものように、彼女に他の男が寄り付かないよう見張っているのだ。「旦那様?」驚いたように問いかけてくる侍女を下がらせ、宵藍が扉に手をかける。


「いけません! 朱華様は今お休みになって――」

「添い寝くらいならいいだろう?」

「っ……!」


 うんと愛想の良い笑みを作って言えば、侍女が頬を赤らめた。いつだったか、志宇に言われたことだ。


『もっとにこにこ笑えばいいのに。大将が愛想良く笑えば大抵の女性は言う事聞いてくれますよ。男もね』


 あの時はどうでもいいと突っぱねたが、覚えていて良かったと思う。この侍女は朱華の健康を守ることも仕事だが、夫なら眠りを妨げても良いかと迷い始めたらしい。そこですかさず「可愛い妻の傍にいたいんだ」と畳み掛ければ、侍女は感極まったという顔をして、「何も見なかったことにいたします」と今度こそ引き下がった。


 障害のなくなった扉をそっと開けて、宵藍はその奥に身体を滑り込ませた。

 部屋の中は静かだった。優しく閉めた扉の音さえ響くほどの静寂だ。明かりは落とされて暗く、耳を澄ませば規則正しい寝息が聞こえてくる。

 宵藍は寝台に腰掛けると、朱華の寝顔を見つめた。何の憂いもなさそうな顔だ。できればこのまま寝かせてやりたいと思う。このまま何の苦しみもなく、これまでと変わらぬ生活をさせてやりたい。


「ッ……」


 だが、無理だった。自分が朱華と子を成さなければ、彼女にはすぐにでも別の男があてがわれるだろう。そんなこと耐えられるはずがない。ならば朱華を抱けるかと問われれば、宵藍には無理だとしか答えられなかった。


 朱華に触れたい。彼女が嫌な思いをしないように、これ以上ないほど優しく愛でてやりたい。しかしいくら宵藍がそうしたところで、その先に待つのは苦しみだ。子を産む苦しみではない。子を産む道具として生きねばならない苦しみだ。

 朱華は自らが産んだ子を愛する間もなく、すぐに次の子を求められるだろう。身体を十分に休める時間すら与えられず、この国()()の医術を以て子を宿せるよう()調()()()()()()()

 かつての彼女ならそれを喜んだかもしれない。だがきっと、今の朱華はおかしいと気付く。そして一度気付いてしまえば、彼女はそこから目を逸らし、自分を騙しながら生きるしかなくなる。


 朱華と二人、これは違うのだと感じながら、逆らうこともできずに生きていくのだ――それは嫌だった。自分一人なら我慢できても、朱華にまでそんな感情を抱かせたくない。


「……しょうらんさま?」


 眠っていた朱華が薄っすらと目を開ける。眠そうで、とろけそうな声だ。平和なそれに宵藍は笑みをこぼすと、「ええ、私です」と朱華の頬を撫でた。


「どうして……――っ、寝過ごしましたか!?」


 ぼうっとしていた朱華が、突然何かに気付いたかのように身体を上げる。今日を一緒に寝る日だと勘違いしているのだろう。きょろきょろと辺りを見渡して、しかし自分の寝室だと気付いたらしい。「あれ……?」混乱する朱華を宵藍は抱き寄せて、「落ち着いてください」と背中を擦った。


「朱華様に何も落ち度はありませんよ。私が勝手にここに来ただけです」

「あ……え? どうして……?」


 未だ朱華の混乱は治まらないらしい。宵藍はそんな朱華の肩を掴むと、優しく自分から引き離した。


「ここを出ましょう、朱華様」

「出る? 急に何を……あ、部屋を移動するのですか?」

「私と一緒に外で暮らしてください」


 朱華の目がまんまるに見開かれる。零れ落ちそうなくらいに開いた目が、宵藍を見つめる。


「どう、いう……? でも……」

「あなたをこれ以上、ここに置いておきたくはない」


 そこまで言って、息を吸う。本当は朱華に理由なんて教えたくはない。教えたくないが、それは駄目だ。それでは彼女を縛り付ける人間と同じになってしまう。

 朱華には全部教えなければならない。教えて、自分で選ばせなければならない――宵藍は意を決すると、未だ事態を飲み込めないでいる朱華の目を真っ直ぐに見つめた。


「あなたは利用されているだけなんです」


 朱華の金色の瞳が、揺れる。


「不死鳥は自らの意志で人間となった……それは嘘です。人間が不死鳥を捕らえたのです。無理矢理人間の肉体に封じて、そして子を産ませ続けている」

「嘘……」

「嘘じゃありません。己火(きか)様も認めました。あなたは、不死鳥は……人間に裏切られたと。だからあなたは自ら記憶を捨てたんです。そうして記憶を持たないあなたを、人間は洗脳し利用してきました。血だってもう本当は必要ない。あなたの血はとうの昔に呪いを打ち消した。今人間があなたを利用するのは、その血で大きな力を得るためなんです」

「っ……」


 朱華は何も言わなかった。言えなかったのだ。息すらまともに吸えないまま、唇を震わせることしかできない彼女が、宵藍には哀れで仕方がなかった。

 こんなことを知って平気なはずがない。受け入れるどころか、話を理解することすら難しいかもしれない。だが宵藍は口を止めるわけにはいかなかった。


 もう言ってしまった。朱華は知ってしまった。ならば最後まで言葉を紡がねば、朱華を余計に苦しませてしまうだけだ――泣きそうな顔の朱華を見ながら、心を鬼にする。



 * * *




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ