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不死鳥の嫁入り  作者: 丹㑚仁戻
第二章 不死鳥の心
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〈六〉鳥かごの外側・弐

 周りを見渡しながら、朱華は来られてよかった、と頬を緩めた。

 朱華が町に来たかった理由――それは民の不死鳥に対する認識を知るためだ。朱華にとっては教えられたことが全てだったし、これまで疑問を持ったことはなかった。だが宵藍が朱華を〝気持ち悪い〟と言った時、彼はそんな朱華を否定したのだ。


 以来薄っすらと付き纏う、自分はおかしいのではないかという考え。自分はそういうものだと納得しつつも、この足元のおぼつかなさはそれが原因なのではないかとも思えてしまう。

 だから朱華は、教えられたこと以外も知ることにした。


 朱華の持つ不死鳥に関する知識は、宮廷の人間に教えられたもの。ならば宮廷の外の人間に話を聞くべきだと思い至ったのだが、ここで一つ問題に気が付いた。

 見知らぬ人間に突然〝不死鳥についてどう思うか〟だなんて聞かれて、人々は答えてくれるだろうか――その問題を解決してくれそうなのがこの祭りだ。不死鳥である朱華の結婚を祝う祭りの最中であれば、〝不死鳥についてどう思うか〟という問いはそう珍しくもないはず。それどころかわざわざ尋ねずとも、人々の振る舞いでそれを感じ取れるかもしれない。そう考えたから、朱華はどうしても祭りがやっているうちに町を見に来たくなったのだ。


「だけどまさか宵藍様が一緒に来てくださるなんて……」


 隣を歩く宵藍を見て、朱華はしみじみと声を漏らした。宵藍にはただ町に出る方法を聞ければよかったのだ。それなのにこうして一緒に来てくれたのは意外でしかない。


「名前は呼ばないように。流石に私の名も知られています」

「あ、そうでした」


 宵藍に指摘され、朱華はしまった、と口を噤んだ。

 不死鳥である朱華の名前もそうだが、その夫の宵藍のことだって当然広く知られている。しかも宵藍は普段から(せい)軍大将として人前に出ることも少なくないから、朱華とは違って顔も知られているだろう。そのため宵藍は頭巾だけの朱華とは異なり、祭りで売られている面で顔を完全に隠していた。鳥と人の顔が混ざったような面で、この国ではよくあるものだそうだ。宵藍の部下が事前に祭りで買ってきたらしい。


「今回付いて来てくださるにあたり、お仕事の都合を付けるために無理をさせてしまったのではないですか? 護衛も(せい)軍から出したと聞きます。通常業務の調整が大変だったかと思いますが……」

「これも軍の仕事の一つです。それに町民の話を聞きたいのであれば、侍女達が近くにいない方がいいのでしょう?」

「……おっしゃるとおりです」


 宵藍が指しているのは、二人だけで歩いているこの状況だ。本来であれば朱華は侍女を連れていなければならないのだが、宵藍がいるとなれば話は別だった。

 何せ夫である宵藍は、唯一朱華にいつでも近付ける男。その上軍大将なのだから護衛としての階級も申し分ない。彼がいれば、侍女は必ずしも朱華の傍にいなくてもいいのだ。一応周囲に他の護衛も隠れているが、宵藍のお陰で朱華は二人きりで出かけているような気分になれていた。


「それにしても、お祭りって意外と長いんですね。結婚を祝したものとは聞いていますが、婚儀からもう一週間以上経つのにまだやってるなんて」

(すい)国での〝朱華様〟のご結婚は五十年以上の間隔が空きますからね。大抵二週間、長い時は一ヶ月続いた時もあるそうです」

「一ヶ月……! 決まりはないんですか?」

「国が催しているものではありません。その時の町民の感覚で、祝いたいだけ祝うらしいですよ」

「はぇ……」


 祭りとはそんなものなのか。祝いたいだけ祝って一月も続くというのは普通のことなのか。朱華は考えてみたが、他の祭りが分からないためただただ驚くことしかできなかった。宮廷でも祭事はあるが、皆がそれぞれの役割に集中して粛々と行われるものだ。こうして賑やかに、気の向くまま楽しむものとは全く違う。

 これはますます町民の話を聞かなくては――朱華が意気込んでいると、「しかし何故町民の話を?」と宵藍が首を傾げた。宵藍に目的は伝えたが、まだその理由までは話せていない。食事中にそこまで話すことは難しかったし、祭りが終わる前にという朱華の要望を叶えるために、宵藍は準備を急がなければならなかった。だから二日に一度の同衾も、最後にしたのは食事の前日である三日前。じっくりと話す時間はなかったのだ。


 これだけ協力してもらったのだから、宵藍には正直に話さなければなるまい――朱華は心を決めると、すうと息を吸った。


「……あなたのお考えを、理解したくて」

「私の?」

「あなたがわたしの何を〝気持ち悪い〟と感じるのか、それが結局のところ未だに分かっていないんです」


 言い終わると、朱華は不安に瞼を伏せた。まだそんなことを言っているのかと、宵藍に呆れられてしまうかもしれない。これでは自分には理解できるはずもないと、彼が諦めてしまうかもしれない。


 だが、知りたかった。何故宵藍が朱華を気持ち悪いと思うのか。何故抱きたくないと思うほど嫌悪を感じるのか。

 それは、自分の中にある心許なさを解消するためだけではない。自分の何がおかしいのかを知りたいだけではない。

 宵藍を理解したいのだ。夫として愛するためだけではなく、朱華を理解したいと言ってくれた宵藍のことを、自分もまた理解したい。


 そしてそのためにはまず彼の言葉を、それに込められた感情を理解しなければならない。


『おかしいでしょう。あなたが聞いたのは不死鳥の話では? だったらそれはあなた自身のことです。なのに他人からの伝聞でしか知らず、更にそのことをおかしいとも思わない……そういうところが気持ち悪いと言っているんですよ』


 まだ、宵藍の態度が軟化する前のこと。彼は朱華の在り方を否定した。子を産むために生き、二十五歳で死に、そして赤子として記憶を引き継がずに再生する――幾度となく繰り返してきた不死鳥の生を否定した。

 もしや彼は不死鳥という存在そのものに良い印象を持っていないのではないか、というのが朱華の予想だ。不死鳥として育ってきた朱華の考えをおかしいと言うからには、まず不死鳥そのものに懐疑的なのかもしれない。この国では誰もが不死鳥を敬うと聞いているが、この考えが正しければ、少なくも全員が全員不死鳥を歓迎するわけではないということになる。

 そしてそれは、教えられてきたこととは異なる。ならば他にも異なるものがあるのではないか。もしかしたら不死鳥を良く思わない人間はたくさんいるのではないか。

 だったら自分は、もっと多くのことを知らなければならない。


 考え込む朱華の顔が、少しばかり暗くなる。そんな彼女を見て、宵藍はちくりと胸が痛むのを感じた。


「私は……――っ」



 * * *




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