表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
一章 白亜の栄光
8/62

第7話 一章 ―白亜の栄光― 7

 自警団の詰め所に戻ると、早速レム隊長に報告した。レムも同情に似た面持ちでキサラの言い分を頷きながら聞いていた。

「というわけなんです。どうやら俺は、だいぶ厄介な事に巻き込まれてしまったみたいです」

「なるほど。その話、相違ないのだな。こう見えても私はキサラ、お前の事を高く評価しているのだ。将来は私の後任を務められるであろう、隊長クラスの人間になると踏んでいる。お前の言う事だ、嘘だとは思いたくない。だからこそ、ここで王の信頼を失ってしまうのはまずいだろう」

「確かに、そうですが……」

 栄光あるスレンスブルグ自警団の隊長の座。それは誰でもなれるわけではない、憧れの的。将来の安泰は約束されている。だがキサラの内心は揺れ始めていた。果たして、あの王に付いて行って良いのだろうかと。隊の中で出世をするという事は、一歩ずつ国の中枢へと近づいてゆく事になるのだ。それが自分にとってどういう未来になるのか。今は不安しかない。

「だが、お前の気持ちも分かるのだ」

 レムは冷めかけたコーヒーへと手を伸ばす。昼間でも薄暗い詰め所の部屋の中はランプが煌々と焚かれており、カップの中の液体は琥珀色に暗く輝いた。

「私も実を言うとな、自警団に入った歳はお前とほとんど同じだった」

「そうだったんですか」

 顎の髭を擦りながら昔話を語る。

「国直属の組織の人間として働き、そして色々知った。この国の素晴らしさも、そして……醜さもな。そして悩んでいた。いっその事、隊を辞めて国を捨て、気ままに旅にでも出ようか。それとも違う仕事をしようか。答えは出ないままいつの間にか隊長になり、下らない事を考える余裕も無くなり、そしてこの歳まで来てしまった。私はこのタナトス王国という狭い世界でしか物事を考えられない人間だ。だからキサラ、お前にはそうなってもらいたくない」

 まるでレムの語りは父親そのものだった。両親のいないキサラにとって、父親というものはどういうものだか良く分からない。だが本能的にキサラは感じ取っている。これはキサラに仕事の相手、隊員として話をしているわけではない。まるで息子に語り聞かせるかのような語り方。

「ここだけの話だが、私も王に付いて行くのは未だに疑問が抜けない。だが王の下した判断は、世界を見てくる機会でもある」

「ですが現実は、追放と似たようなものですよ」

「うむ……」

 レムもその事実だけは庇い切れなかった。キサラがシエラを逃がしてしまったからこそ招いてしまった事柄なのだから。あまりにキサラを庇いすぎても、今度はレムが反逆になってしまう。これ以上の追求は出来かねるのだろう。

「とにかく今は、一刻も早くカーネリアンオーブを見つける事が先決だろう。例の女が誰かの手に渡していなければ良いのだがな」

 キサラの表情は晴れなかった。

「金に困っている様子でしたから、渡っているかもしれませんね」

「だとしたら、一筋縄ではいかないかもしれんな」

「でしょうね」

 溜め息をつく。その落ち込んだ表情は、思わずレムも同情したくなる情けないものだった。

 その時、詰め所の扉が何者かによって小さくノックされた。

「どうぞ」

 貫禄のある野太いレムの声が響く。木の軋む音が小さく呻いた。扉を開けて入ってきたのは、城の大臣の一人であった。緑の気障ったらしい制服のベレー帽が目に付く。

「王よりの通達をお持ちしました」

「ご苦労様です」

 恐らくあまりレムも気に入っていない大臣なのだろう。素っ気無い挨拶を交わすと、一通の書簡を受け取った。すると王の使いはすぐさま扉を閉めて帰っていってしまった。

 封を切り部屋のテーブルに着いて読み始めると、飾り気の無い無機質な硬い字でズラズラとキサラの処分について綴られていた。読むのが億劫になってくる量と内容に、キサラは要点だけをつまんだ。

 要するに何が言いたいのかというと、『キサラ・L・シグムントは一刻も早くカーネリアンオーブを見つけてきなさい』という事だった。そのために必要な物があるなら出来る限りは用意してやろうと書いてある。

 キサラのミスのせいでオーブは失われてしまったようなものだが、その宝石の捜索には協力するというのだ。あの王が。よほど大事な物だったらしい。要はミスを責める事ではなく、宝石を取り戻す事が優先だと考えているようだ。

(何の理由があるのかは知らないが、本当に大切な物だったらしいな。金では買えない物か?)

 書簡には、王の直筆の紹介状が同封されていた。上質紙に光沢のあるインクで書かれている。これはキサラの身分を証明する物だという事だ。王の勅命を受けて宝石の捜索に当たっているという内容だった。他国に渡れば役に立つ時が来るかもしれない。キサラはレムから紹介状を受け取った。

「んっ」

 その時、足元がぐらりと揺れた。何かが地面の下から突き上げてくるような不快な揺れ。小刻みに部屋の中の物が振動している。花瓶はカタカタと小さく動いた。

「地震か?」

 レムは椅子からぱっと立ち上がり、両足でしっかりと地に足をつけた。天井からは砂埃が降り落ちてきていた。辺り一面は褐色の粉塵で塗れ、二人は手を振って視界を確保した。

「珍しいな。この地域は地震が比較的少ないはずだが――」

「そうですね。五年に一度あれば多いというくらいですし」

 キサラの記憶での地震は、本当に幼少の頃に一、二度経験をしただけだ。しかも弱い程度のものだった。実生活には全く害は無かった。

「な、何!」

 再び地震だった。まるで下から突き上げてくるような。しかも今度は先ほどより大きい。横や縦にグラグラくるような揺れではない。まるで地面の下から巨大な杭が勢いを付けて激突したかのような、飛び上がるほどの衝撃であった。

 部屋の中の小物は全て一瞬空中に浮かび、陶器の花瓶やランプは落ちて破片を散らした。椅子も勢いで空中に投げ出され、ほとんどが横倒しになっている。

「おかしいですよ。二回も連続でこんな地震が来るなんて」

「いやこれは、本当に地震なのか?」

 壁に手を着き、足を支える。そして襲い来る三回目の揺れ。立っていられない。人間でさえも空中に一瞬投げ出され、みっともなく尻餅をついて落ちた。

「どうなってるんだ!」

 詰め所の裏の扉が開いた。裏庭で訓練をしていた隊員の一人が血相を変えて飛び込んできた。息を切らし、呂律もまともに回っていない。

「たた大変だあぁ、なんかが、なんかが出てきたぞ」

「落ち着け! 一体何が起きたというのだ」

 レムは何とか手を着いて立ち上がり、返答を求めた。隊員は呼吸を整え、今度はまともに状況を伝えようとする。

「あ、はぃ。街の東側の地面の下から、地面を割って巨大な怪物が――」

「地面を割って?」

 眉間に皺を寄せる。

「はい。実際に見てください。そうとしか言えないんです。あれはモンスターだとかそんな生易しいもんじゃない。まさに怪物だ。怪物としかいえない!」

「っく!」

 レムは駆け出し、詰め所の扉を開け放って外に出て行った。キサラも後を追う。薄暗い詰め所の扉を潜ると、青々とした雲一つ無い快晴の青空が広がっていた。だが何か一つ違う、異質な存在が目に付いた。

「何なんだ……あれは」

 東の空に浮かんだ――否、浮かんでいるのではない。地面から巨大な体の一部、上半身を生やして露出させた醜悪な怪物だった。身体は夕暮れ時の色を連想させる毒々しい朱一色であり、地面から生えた首と、両腕と思しき触手のような長い物体が空を覆っている。頭頂部からはどろどろの溶岩のような朱色の液体が絶えず下半身に向かって流れており、人間でいう『目』に当たる部分は陥没して実体が無い。『口』は吸い込まれそうな闇に続いており、聞いていると気が狂いそうな低い唸り声を発していた。

 怪物の右の触手が動いた。空高く振り上げた腕が、目の前の地面を切り裂いた。地面にあったのは紛れも無く街の一部。怪物は街を地面ごと切り裂き、削り取った『街』を触手に絡め取って口の中に放り込んでいった。一回、二回、三回。街が、怪物によって消えてゆく。

「『大地』を、喰っている……」

 尋常ならざるその光景に、レムもキサラも固まっていた。だが、こうしている間にもどんどん街は削り取られていってしまう。もちろん、逃げ遅れた人々も。

「隊長――」

「キサラ、お前の足は隊の中で一番速い。王に伝令を頼む。『自警団は怪物を退けるために一足先に行動している。騎士団にも協力を頼む』という事を伝えるのだ」

「分かりました」

 レムは必要なだけをキサラに言い残すと、詰め所へと駆け入った。キサラは怪物の姿を網膜に焼き付け、王の所へ走った。坂道を大股で疾走して。



 緊急事態のため、キサラは謁見の間に飛び込む形で入っていった。だがその時にはもう騎士団は準備を完了し、自警団との協力のために城下街へと隊を成して向かっていった後だった。行き違いになってしまったキサラは、とりあえず王に報告だけはする。

「ふむふむ、怪物とな」

 王は深く思慮した物言いであった。

「復活が早いのぅ……」

 短い足を玉座でバタバタさせ、子供のような振る舞いで真剣に考え込む。

「怪物について何かご存知なのですか?」

「あの怪物は、この世界がこうなってしまった原因だとされる怪物なのぢゃ。遂にこの恐れた時が来てしまったようぢゃ」

 この世界がこうなってしまった原因。王が言ったその言葉の真意は、元々一つだったこの世界の大陸が何者かによって徐々に削り取られ、いくつもの大陸にバラバラになってしまっていった事を指しているのだろう。あの大地を喰う朱色の怪物は、まさしくその原因となるには十分たる脅威さがあった。

「あの怪物は狂獣きょうじゅう『ロード・オブ・バーミリオン』。朱色の支配者ぢゃ。あの狂獣をこのまま好きにさせておけば、確実にタナトス王国は亡びるぢゃろう」

 冷静に言ってのける。果たして、戦って人間の適う相手なのか。それは分からなかったが、今は抗うしかない。

 まだ何か言い足りない様子の王を後に、キサラは踵を返して駆け出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ