第6話 一章 ―白亜の栄光― 6
翌朝キサラは理由を聞かされないまま登城していた。玉座の前に跪き、何を言われるのか心の底でびくびくしながら、王が現れるのを待っている所だ。
(何で俺が呼び出されてるんだ。意味分かんねぇ。詰め所に行ったら、いきなりレム隊長が「登城しろ」だとか言うし。しかも一人で)
「待ったかね」
背後の扉が重く開き、現れた。でっぷりとした腹を出し惜しみせず見せびらかすように、仰け反り気味で動物のように歩く王。マドレーヌ十五世。あのアリエルの父とは思えないほどに醜い姿を露呈している。
「いえ。私も到着したばかりです故」
「ほほ、そうかね」
ダイヤモンドを散りばめた玉座に尻から飛び乗り、短い足を宙でぷらんぷらんさせている。まるで小さな子供がブランコで遊ぶかのように。王の顎は三重だか四重だかも分からないほどに脂肪で垂れ下がっており、その生活ぶりが垣間見えた。まるで樽のような体型。低い身長に、お腹が飛び出した肥満。豆のように小さな目と鼻の下のちょび髭、左右の深いほうれい線がまるで、冗談でもかましているかのように見事に気色の悪さを体現していた。
「キサラといったね。チミを呼び出したのにはもちろん理由がある。こう、手の平に隠れるくらいの大きさの橙色をした宝石を知らないかね」
一体何の事を言っているのかキサラには分からなかった。正直に答える。
「いえ、私は存じません」
「ほほぅ、そうかね」
中途半端に高いトーンの気色悪い声でキサラを弄ぶ。
「実に美しい宝石なのぢゃ。だが今朝になってみるとその宝石が城から綺麗さっぱり無くなっていたのぢゃ」
やはりキサラには覚えが無い。そんな物を目に掛かる機会すら無いのだから。
「お言葉ですが、私には何の事やら」
「ほほ。その宝石はの、『カーネリアンオーブ』というのぢゃ。常に中心部が生きているかのように鼓動して光が明滅する貴重な宝石なのぢゃよ。その宝石のありかをチミに聞いているのぢゃが」
王の声色が心なしか強いものに変わってきている。だがキサラは知らないものは知らない。白を切り続けるしかなかった。
「分かりません。私もそのような物は見た事がございませんので」
「なるほどの。そのカーネリアンオーブが、どうやら宝物庫から盗まれたようなのぢゃ。昨日の騒ぎの際、宝物庫に行って生きて戻った隊員はチミしかおらんのぢゃ。だからチミが何か知っているはずなのぢゃ」
(「ぢゃ」「ぢゃ」ってうるさいなこの王は)
「私が盗んだと疑っていると?」
「まぁ、そうじゃ。死んだ黒装束の男達の死体を調べても、オーブは誰の死体からも出てこなかったのぢゃ」
王は指を鳴らす。すると、部屋の外に待機していた騎士団員達が一斉に部屋になだれ込んできた。皆、剣を抜いてキサラを取り囲む。
「くっ」
訳の分からない理由でこのまま捕まるわけにはいかなかった。何とか言い逃れる方法を考えたその時、キサラの頭の片隅に一人の女の姿が思い上がった。
(あいつか!)
もし誰かが盗んだとしたら、あの時のシエラが持っていった財宝が、そのカーネリアンオーブだった可能性がある。だとしたらキサラは、シエラを見逃した事によって自分の首を絞めてしまう結果になった。
(畜生、やっぱり捕まえておくべきだった)
悔しさに腹が立つものの、今怒り出した所でどうにもならない。キサラはすぐさま口からの出任せも含めてまくし立てた。
「王、お待ちください! 先日、宝物庫に行った可能性のあるもう一人の人物を私は知っています」
口元がへの字に歪んだ。兵士達の剣を引っ込めるように合図をする。
「どういうことかね」
「賊の退治を行っている最中、宝物庫の方から一人の女が出てきたのです。私はてっきり財宝を盗んでいるとは気付かず、賊ではなかったために見逃しました」
「ほほう」
王の目が一瞬で釣り上がった。癇癪を起こして玉座から怒鳴り散らす。
「何故見逃したのだ! 怪しいではないか、その女」
「私に敵意を見せなかったためです。報告が遅れ、申し訳ございませんでした」
簡単に掛かった。半分真実、半分は嘘。だがこの場を凌げればどうとでもなる。
「その女、特徴は?」
「はっ。私は偶然、その女の名前も顔も存じております。名前はシエラ・エタートル。約二十歳前後の金髪の女です」
「何故、女の名前まで知っているのぢゃ。昨日偶然会っただけだというのに」
「一週間前に城下街で魔法を使い、暴れたためです。私が取調べをしましたが、途中で逃走されました」
するとますます王はいきり立った。
「貴様、取調べまでして逃走されるとは何事ぢゃ! 全て貴様のミスではないか。私の宝物であるカーネリアンオーブをみすみすその女の手に渡してしまうとは、何たる失態」
(あ、しまった。ちょっと言い過ぎたか)
跪いたまま後悔するが、もう遅い。特殊な思考を持ったこの王は怒らせたが最後、自分勝手な事を言い出して聞かない。
「むむ、許せん。私のかわいいカーネリアンオーブを、そのような雌豚に!」
キサラの内心では、王への侮蔑の念が湧いていた。
(おいおい、外見だけならあんたのがよっぽど豚だぜ)
顔を合わせて十分で、キサラは王に嫌気が差していた。本格的に対談した事はこれが初めてだが、どうもキサラにとって理想とはいえない人物であるようだった。
(それとシエラは俺が言うのもなんだが、人間のレベルではなかなかお目にかかれない美人だ。性格はアレだがな)
王は指を刃物のように突き出し、キサラを射抜かんとばかりに刺した。
「キサラ・L・シグムントよ。貴様に命ずる。責任を取ってその女を私の目の前に連れてくるのぢゃ。世界中何処へでも探しに行け。カーネリアンオーブを探して持ってくるまでは決して許さん」
「……御意」
逆らっても良い結果にはならない。ここは素直に頷く他無いだろう。大体、金なら腐るほどに余っているであろう王が、なぜカーネリアンオーブにそんな執着するのかキサラには理解できなかった。恐らく貴重なものなのではあろうが、それに変わるものを見つければいいだけであろう。
そんな事はキサラにはどうでも良かった。とりあえず一刻も早くこの王の目の前から去りたい衝動に駆られる。
「今日からすぐに探すのぢゃ! それまでは私に顔を向けるでない」
「了解しました。それでは失礼します」