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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
三章 消え行くもの
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第57話 三章 ―消え行くもの― 18

 明くる朝、彼らは早々にユグドラシルへの門の前に集結していた。封印は解かれている。森の出口に石で出来たゲートのようなものが出現していた。恐らくこれが視覚的に森に見えるよう、封をされていたのだろう。その先には天空へと続く道がひたすらに伸びていた。世界を包むとねりこの大樹が、目と鼻の先に存在している。

「誰だお前は」

 後ろを付いていたタナトス王国騎士の一人が騒いだ。一行の前に姿を現したのは、仮面を付けた一人の兵士であった。素顔は見えない。剣を携えているがあくまでも護身用の物で、本格的な戦いのための装備はしていなかった。

「私はアルデバラン聖皇国の使者です。様子を見るために派遣されました。やはり、ここで足踏みをしておられましたか。時間から言えば、そろそろユグドラシルを抜けていてもおかしくないかと思っていたのですが」

 無機質な喋り方をする仮面の兵士相手に、タナトス王国騎士はぶっきらぼうに答えた。

「お生憎様だな。こっちは怪物騒ぎで、一時ユグドラシルどころではなくなってしまったんでね」

「そうでしたか。道理でアルズヘイムの者達が人間を無視しているわけです。すんなりと入れてもらえましたから」

 アルデバランの使者は一行の列を押し退け、ずかずかと先頭へと歩み出た。そして振り返り、一行へと告げる。

「アルタイル様からの通達がございます。『力なきタナトス王国の騎士どもよ。逃げ出す事無く私に協力いただいている事に感謝しよう』」

 一行は気に食わない顔で使者を見つめている。

「あなた方の本当の使命は、オーディンを神界から引きずり出す事なのです。アルタイル様の望みは、この世界が神によって支配されているのを、解放する事」

「んで、オーディンを倒して世界征服でもしようってのかい」

「やるかやらないかはあなた方の自由でございますが、タナトス王国全国民の命を秤に掛けてもらう事になります。決して軽いものではないでしょう、少なくともあなた方にとっては」

「外道が」

 一人の騎士が殴りかかろうとするも、後ろの騎士に止められた。

「ほう、これですか。例の障壁は。あなた方は試しても通れなかったのでしょう。それは予想通りのようですね。人間は通れない。どうやら人間であるタナトス王国騎士の皆様はここまでのようで」

「何だって。俺達がもしアルタイルの命令を遂行できなかったら、タナトス王国は……」

 使者の答えは冷淡だった。

「十中八九、蹂躙される事になるでしょう。既にタナトス王国はアルタイル様によって心臓を鷲づかみにされているも同然。お気に召さなければ今すぐ消滅させる事も出来るはずです」

「ふざけるな。こんなもの通ってやるぜ」

 騎士達が障壁に体当たりをすると、薄い膜のようなものが張られていて通れそうになかった。

「やはり、私は通れるか」

 リィンは吸い込まれるようにして膜の中へと入っていった。石を水面に投げ込んだ時のような波紋が一面に広がり、やがて平らになった。

「だが、私だけが通れたとしても……」

 意味が無い。タナトス王国を守る、タナトス王国の者が通れなければ。

「シエラもやっぱり通れるのな」

 人間でない事は分かっている。通れて当たり前だった。

「なんてこった」

 気落ちするタナトス王国騎士達を尻目に、キサラは何のこなしに門に向かって歩いた。

「あん?」

 ふと気付いた時には、キサラも障壁の中に吸い込まれていた。波紋が広がり、やがて静まってゆく。本人すらもぽかんと口を開け、周りの騎士達も『なぜだ』と言わんばかりの顔付きで。元から障壁を通り抜けていた二人も唖然としている。

「なんでだ」

 キサラは何かの間違いかと、出たり入ったりを数度繰り返した。その度に吸い込まれるようにして彼の体は封印の奥へと進めた。

「キサラが、ユグドラシルの門を通れた、だと」

 騎士の一人が信じられないといった面持ちのまま、上ずった声を出した。キサラは自分の両手を見つめながら、一言呟いた。

「なぁ」

 妙な間を空けて。

「俺、何者だ?」

 ふむ、と含みが入った声が聞こえる。

「やはりこれは。アルタイル様のお考えは……」

 使者の声は思慮深く、何か考えを巡らせているようであった。ゆっくりと踵を返すと、元来た道を戻り始める。

「あなた方への通達はこれだけです。良い結果をお待ちしております。あと数日で、主もここへと到着なされるでしょう。それまでに良い働きを……期待しておりますよ」

 やがて深い森の中に、使者は消えた。

「副隊長、私達はこれから一体どうすれば」

 騎士の一人が、リーダー格の騎士に尋ねた。門が通れない事が分かった以上、ここにいても時間の浪費である。通れない者達がここでまごついていても意味が無い。だが今の状況はそこまで単純ではない。

「この先は、門を通れる者達に任せるしかない。私達は、ここでアルタイルを待つ」

「待つって、どうして」

「逃げ出すわけには行かないからだ。アルタイルと直接話をし、理解が得られればこの場から離れられよう」

 リーダー格の騎士は、門を潜り抜けた三人に目を向ける。

「すまない。酷な事を言うが、この先を頼まれてくれるだろうか。私達はこれ以上は無理のようだ。自分達の出来る事をするべきだ」

「お、俺は……」

 キサラはまだうろたえている。自分が何者なのかという事に。少なくとも『人間でない』のだ。

「いいじゃん、何者だって」

 シエラはあっけらかんとして言った。

「自分は何者かなんて、気にしたってわからないんだから」

 冷静な声でリィンは元の話を進める。

「まぁ、こちらは任せていただこう。オーディンの方は私達が何とかする。恐らくアルタイルの事だ、その気になれば世界中だって滅ぼせる。本当の所は、タナトス王国だけでなく全世界が人質と言っても過言ではない気がするな」

「全部壊しちゃったら支配する意味が無いけどね」

「奴ならやりかねん」

 リィンはアルタイルに対して随分と粗暴なイメージを持っているようだ。

「分かった」

 ようやくキサラも落ち着いた声を出した。

「今は、俺が何者だかなんて一先ず忘れる。やるべき事を優先しよう。それからでも遅くはないはずだ」

 騎士達も皆、頷いていた。そして二つの集団がそれぞれ別れ、見えなくなっていった。



 ユグドラシルの幹を上り始めると、不思議な生物や植物達が生息していた。リスのような小動物が木々の枝に巣を作って暮らしている。まだ大樹の外周を登っているだけだ。しばらくはこのような森の中の風景が続いていた。

「私達は言われるままに命令され、こうしてユグドラシルまで来てしまったが、実際オーディンはどのような存在なのだろうか。本当に悪なのかどうか」

「さぁてね。だが、形式上でも従っておかなければ俺達は消し炭にされる所だった。ここまで来た事は、きっと間違いじゃないんだよ。実際、オーディンをその目で見た事が無い以上、どんな存在かなんてのは考えるだけ無駄なんだ。

 気の遠くなるような長い時間、この世界を支配し、同時に守ってきた神だ。一概に悪だと決め付けたくはないな」

 汗ばむほどに湿度の高い、温暖な気候。温暖というよりも熱帯に近い。出身地では見ないような緑色の蝶が花びらのように視線の先で揺れている。エルフィールの街、アルズヘイムよりも更に暖かい。昼間になるにつれて気温は更に上昇してきたらしく、上着など既に羽織っていられるような状況ではなくなっていた。

 ユグドラシルの木は天高く伸びている。地上から揺れて見える巨大な枝葉は、雲を突き抜けて更に伸びている部分の最下層に過ぎない。本当の頂上は更に先だ。まだ見えない場所までも上らなければならないという事実を突き付けられる。一体、上り切るまでにどれだけの時間が必要だろうか。食糧も水も満足とはいえない。

「わ、動物だ」

 驚嘆の声を上げるシエラ。道を外れた草むらの中に、巨大な猪の親子を見つけた。むしゃむしゃと何かを一心不乱に食べている。よく見ると、ブラックベリィの低木が広い範囲に自生しているようであった。見渡すと、猪の親子が食べているものだけではなく、横道の至る所に自生しているのがわかった。ブラックベリィは寒冷地にはほとんど育たないが、温暖な気候に強いために、この周辺には広まっているのだろう。

 頭上を見上げれば、りんごなどの果物も実っている。様々な植物が根付いているようだ。大地全ての魔力はこの大樹から広がってゆく事から、土壌は元気そのものだ。意外と食べるものには困らないかもしれない。草食動物みたくなりそうだが。

「とりあえず。ちょっと取ってくるね」

 久しぶりに食い意地を見せたという事は、いつもの調子も戻ってきているのだろう。文字通り横道に逸れて道草を食い始めた。

「やれやれ、お守りは大変だな。キサラ」

「ホントだぜ。一緒に居ると食費がバカにならない」

 そんな変り種と一緒に居る彼も彼なのだが。シエラは荷物の中から取り出した麻の袋を片手に、猪の親子を追い払うようにしてずかずかとブラックベリィの木へと近付いていった。手当たり次第に成長した実を鷲づかみするようにもぎ取ると、袋の中に何度も大量に放り込んでゆく。今後のために持って行くつもりらしい。

「なぁ、アルタイルの本当の目的は何なんだろうな」

 ふと、キサラはぽつりと呟いていた。

「どうしたのだ、突然」

「いや、俺達は成り行き上アルタイルと敵対する立場だけど、アルタイル自身の事を良く知らない。恐らく、アルデバラン聖皇国を実質動かしているのはアイツなんだろうけどさ。本当の王はもう死んでいると考えてもいいだろ」

 アルデバラン聖皇国でアリエル王女と再会したあの時、王女は叫んでいた。『この男は自国の王を……』と。王は死んだのか、もしや殺されたのか。本当の所は分からないが、あの国で民衆はアルタイルを支持している様子が見て取れた。実質的な権力者と見て間違いは無い。

「どうして世界中の国を従えるのではなく、この世界ではない神界の王を倒そうと考えたのか」

「本当の意味での『王様』になりたいのではないか」

「オーディンを倒す事で何が起きるかも分からないのに。アイツは恐らくそこまで考えが回らないような頭じゃないさ」

――そうだ。神界が機能しているからこそ、もしかしたらこの世界もまた何かから守られている。そう考える事も出来るじゃないか。

「倒してみれば分かる事、か」

 また独り言を呟いた。

「さ、そろそろ上りはじめよ」

 ブラックベリィやらりんごやらを大量に採取したシエラは、大きく膨らんだ麻袋を肩に抱えて戻ってきた。

「全く、寄り道ばっかりしてるよな」

 麻袋の後ろを付いてゆく形で歩き始めたキサラは、肩を大きくつかまれた。歩みを止め、振り返る。人間の姿に化けたリィンがいつになく眉間に皺を寄せている。

「この先、もし私に何かあったら、構わないで進んでくれ」

「はぁ、いきなり何を言ってやがるんだ」

 驚いた様子でキサラはその言葉を跳ね返した。後味悪く唇を噛む。

「いや、何でもない。今のは忘れてくれないか」

「変な奴だな」

 意味深な言葉には何か理由があるのだろうとは思えたが、何を思って言ったのか分からなかった。



 既に丸半日ほど幹を上ってきただろうか。世界をぐるりと回るようにゆるやかなカーブを描き、螺旋状に曲がった枝の道がひたすら天上に向かって続いている。足場は広く、馬車すらも通れそうなほどに成長した巨大な木の枝が平らに伸び、足元を安定させてくれていた。

 時折空を吹き抜けるやわらかなそよ風が、温暖な空気の中を切って進む気流となって心地良い涼しさを与えてくれる。汗ばんでひり付く肌が喜んだ。

「さすがにここまで来ると動物も少ないな。鳥はいるが」

「ま、だいぶ上ってきたからな。見ろよ、地上なんて遥か下だ」

 眼下、遥か彼方に小さく集落らしきものが見えた。恐らくエルフィールの街、アルズヘイムだ。地上では大きく見えた集落も、世界樹の幹から見下ろせばこんなにもちっぽけなものだった。

それ以外はどこまでも見渡す限り緑の森が広がっている。普段見ていた人達はあんなにも豆粒のような大きさになってしまう。

「なんだかこの景色を見ていると思う。わたしの見てた世界って、狭くて小さかったんだ。世界はこんなにも大きいものだったのに」

 シエラの言葉には、どこか虚しさが含まれていた。

「どんな生物であろうと、そう気付かない限り、自分の目から見えるものが全てに見えてしまうもんさ。見るもの一つだって、見方や見る場所を少し変えればまた違うように見えてくる」

 少し休憩だといわんばかりに、キサラは胡坐をかいて地面に座り込んだ。

「ま、難しい理屈なんざ俺だって分かんねぇけどさ。これだけは言えると思うんだ。あ、ブラックベリィ一つくれよ」

 シエラは袋から取り出してやると、キサラは受け取るなり口へと放り込んだ。甘酸っぱさに口をすぼめるも、話し続ける。

「シエラの見ていた世界はとても偏っていて、狭い世界だった。自分の考えが全てだと思えるようなそんな小さな世界だったんだ。それがよ、見てみろよこの景色を。絶景だぜ。こんな景色を覚えちったらさぁ、下らない悩みなんか吹き飛んじまうよ。

 だって、そんなもの気にするのすら馬鹿馬鹿しいくらいに、大きいものを見せ付けられてるんだ」

「そだね」

 堂々と座っているキサラと、立ったままどこか落ち着かずおどおどしているシエラ。

「俺もさ、この大樹を上り始めるまでは思ってたんだ。『俺は一体何者なんだろう』とかさ。けど、今はあまり気にならない。何だかそういうのとか考えてても仕方ないよなって気分になってきてさ。きっと正体なんて、分かる時がくれば勝手に分かるもんなんじゃねぇかな」

 両手を後ろの地面に着き、腕に持たれかかるようにして座りなおす。遥か彼方、空を見上げ続けるキサラの瞳にはもう迷いは見られなかった。

 そんな時、大樹の上方から鳥達の群れが一斉に羽ばたいていった。まるで動物の勘により嵐の前触れを察知して事前に逃げ去るようなそんな雰囲気であった。黒鳥の羽が風に乗りながら無数に舞い落ちてくる。鳥達が飛び立った後は、辺りが妙な静けさに包まれていた。

 次第に、上空には暗雲が集まってきていた。先ほどまでは快晴であったのにも関わらず。そして風により、ユグドラシルの樹がゆっくりと揺れ始めた。丸太のような枝葉達がミシミシと軋み音を上げながら、左右に大きく振れている。

 シエラはその様子を見て、何か感じたらしかった。

「スコールだ……」

 幼い頃から長年に渡って熱帯地方で暮らしていた彼女にとっては、当たり前の天気なのだろう。激しい風に伴って豪雨が叩き付ける様は、この辺りでは名物と言っても良いくらいに頻繁に起きる。

 地上ならば問題ないのだが、今は樹の幹の上である。こんな所でスコールに襲われたら危険極まりないであろう。最悪、地上へ振り落とされてしまう可能性もある。既に相当な高さまで上ってきている。落ちたら死は免れない。

「まずいぜ、天気が荒れてきそうだ。どこか雨風を凌げそうな場所は無いのか」

 キサラは幹の上の方を見上げてみる。するともう少々上った所に、人が入れそうな穴が開いているのが見えた。どうやら幹の中が通路のようになっているようであった。

 指を差し、同じように見上げている二人に伝えた。

「あそこからユグドラシルの中に入れるんじゃないか」

「うむ。とりあえず雨風を凌げる場所へ避難した方が良さそうであるな」

 そう言っている側から、風が強さを増してきた。上空である事から、地上で吹くよりも更に強い風である。足を踏ん張らねば体が吹き飛ばされてしまいそうであった。

「慎重に急いで行くぞ」

 外周部分を落ち着いて再び登り始めた。徐々に風に雨粒が混じってきている。本格的な嵐がやってくるまでにそんな時間は掛からないだろう。

「急げ、降ってくる!」

 樹が大きく左右に振れ始めた。枝がしなる音と同時に、葉のざわめきが大きくなる。まるで警告を発しているかのようだった。

 そう思っているのも束の間、すぐに雨風が強くなった。足元を取られながらも道幅の広い外周部分を何とか登ってゆく。革の鎧も徐々に水を吸い、重くなってきた。髪などシャワーでも浴びたかのように既に水浸しだ。

「ここに入るんだ。たぶん中に通路があると思う」

 三人はキサラの言うままに、なだれ込むようにして幹にぽっかりと開いた穴へと入っていった。中に入ると、初めての光景に思わず全員目が釘付けになった。

「な、なにこれ……すごい」

 上ずった口調で声を上げたシエラだが、キサラはそれに同調するかのように唾を飲み込んだ。

「どうなってんだ、ここは」

 ユグドラシルの幹の中は淡い光が一面に満ちていた。ふわりとした上昇気流のようなものが常に流れており、小さな白い雪の粒のようなものが視界に入る目いっぱいに階下から無限に吹き出て上方へと向かっていた。

 まるで地上から吸い上げられたものが天上に集められていくようであった。巨大な筒状になった幹の中で何が起きているのか、今の時点では分からなかったが、地上では見れない幻想的な景色であるのは確かだった。

 外ではスコールが激しく吹き付けていた。幹に開いた穴から先ほどまでいた外周を覗き見ようとすると、激しく枝葉が揺さぶられていた。だが不思議と幹の中ではスコールの影響を感じなかった。まるで外界と完全に遮断されてでもいるような、別世界である事を思わせる。

「この白い粒は一体何なのだ」

 自分達の体をも通り抜けて上がってゆく。体の中を通っているというより、本当に通り抜けている。だが通り抜ける瞬間、何故か体が少し癒されるような感覚がする。

「これ、もしかして魔力の塊かも。体を通り抜けるときになんだかほんのりと落ち着く感じがする」

「こんな目に見えるほどに白い粒が魔力の塊だってのか? 冷たくない雪みたいだぜ」

 そう、まるで雪の粒が空から降り落ちるのではなく、逆流して天へ上っている様子だ。

「雪? とはこのようなものなのか」

 リィンは不思議そうに首を傾げていた。

「あぁそうか。お前の住んでた所は雪なんて降らないんだったな」

「うむ。話でしか聞いた事が無い」

 どうやら幹の中には通路が上方まで続いているようであった。例によって螺旋状の道が幹の壁際に沿って上方へと伸びている。上の出口は遥か遠くで、ここからでは見えなかった。だが幹の中からでも上っていけば、ある程度までは行けそうだ。

「とりあえずここを上っていってみるか」

 三人の足腰は既にきつくなってきているが、休む施設などどこにも無い。少し座って休んでは進む、といった事が続いた。上り始めてからどのくらい時間が経ったのかも分からなかった。ユグドラシルの中は常に淡い光が満ちていて、昼でも夜でも変わらない。

「シエラ、上がってくるこの白い粒を、お前は魔力の塊だと思うか」

「うん。この感じ、自分の体から魔力を解放する時の感覚にちょっと似てる」

 キサラはしばらく熟考してから再び口を開いた。

「ちょっと待てよ、だとしたらコレおかしいだろ」

 皆の足は止まった。キサラは幹の中央に視線を向ける。常に吹き上げている魔力の粒たち。それを見て。

「ユグドラシルは、イノセント・ランドに魔力を供給している大樹じゃなかったのかよ」

 はっとした表情で、リィンは口ごもった。

「た、確かに、これでは」

 彼も気付いたようだ。シエラも。

「そんな……」

 口元を押さえていた。

「ユグドラシルの役割は、逆だったんだよ。この樹は、イノセント・ランドの大地から魔力を吸い上げているんだ。恐らく、イノセント・ランドが壊れてゆく本当の理由はこの樹の存在だ」

「この樹を植えたのは――」

「そうだ。言い伝えが本当ならば俺達イノセント・ランドの住人じゃない」

 三人は同時に口を開いた。

「神様、だ」


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