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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
一章 白亜の栄光
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第5話 一章 ―白亜の栄光― 5

 それからどのくらいの時間が経ったのかキサラも覚えていない。気付くとキサラは、全身敵の返り血で紅に染まり、城入り口ホールの真ん中で呆然と立ち尽くしていた。右手に携えられた剣には夥しい量の血が塗りたくられており、今も雫がレッドカーペットに垂れ、飲み込まれて同化していた。

 周りには、黒装束の男達が明後日の方向に眼球を向けて積み重なっている。

「キサラ!」

 野太い声に振り返る。大柄なレム隊長が、二階から螺旋階段を踏み締めて降りてきた。

「隊長」

「良く踏ん張ってくれたな。城の中の敵はあらかた片付いたようだ。皆は異常が無いかどうか城を回っている」

「そうですか」

 やつれた様子を隠そうともしないキサラの肩に、レムは手を置いた。

「敵の手に掛かってしまった仲間達の事は、残念だ。だが我々にはまだ悲しむ事は許されていない。後片付けが残っている」

「はい」

 気のない返事をし、キサラは剣を鞘に収めた。式典が始まるまでは蒼鈍に光を反射した剣も、今は血糊で光を失っている。再び研がなければ切れ味は戻らないだろう。だがそんな事を考える余裕も無く、キサラは仕事に戻らざるを得なかった。

 倒れた仲間の遺体を運び出すのは、苦痛極まりなかった。顔には急ごしらえの弔いのために簡素な布を被せた。自警団に入隊して二年。モンスターとの戦いには慣れたが、人間を本格的に相手にするのは今回が初めてだった。そして仲間が倒れるのも。初めての経験をしたキサラの心には大穴が開いていた。

 騎士団と協力して城を掃除し終わった時には、既に日は落ちてしまっていた。どうやら城下街にも今回の騒ぎは知れ渡ったらしく、立食パーティーは全面的に中止となってしまっていた。飾り付けはまだそのままに、街はしんみりとして夜行性の鳥の小さな鳴き声すらもはっきりと聞こえるくらいに静まり返ってしまっていた。

 男女が手を取り合うシルエットが象られた小洒落た街灯の下で、キサラは右手に丸めて抱えていたスーツを広げた。酷い血糊で、もはや着るに耐えない。クリーニングしたての一張羅は、何人もの人間の血を吸った、怨念が漂いそうな服と化していた。

「捨てるか……」

 城前の果てしない勾配を降りた先に、城下街がある。キサラはとぼとぼと一人自警団の詰め所へと向かって歩いた。今日の反省のために最後に一度集まるようにと、レム隊長からの指令があったからだ。

 街へと降りると街灯の明かりだけが、煌々と街を仄かに暖色系の白で照らしていた。本当はまだまだパーティーは終わっていなかったはずだった。立食パーティーが続いていたはずだ。民家の壁に飾られた大きな笑っている太陽が、痛々しく感じられた。

 自警団の詰め所からはランプの明かりが漏れていた。失った仲間達の事は頭に深く刻みつけた。彼らと過ごした記憶を思い出すと、中に入ったらその現実を思い知らされそうで怖くなる。だが入らないわけにもいかない。覚悟を決め、入り口の扉に手をかける。ドアノブの冷たい感触がいつもより余計に手に伝わる。扉は信じられないほどに重く感じた。

「お疲れ様です――」

「よぅ」

 入り口近くに居た隊員の一人が声をかけてくるも、その声は幾分気落ちしていた。疲れとやりきれない悔しさが入り混じって。隊員は皆、普段からは想像も出来ないほどにやつれた表情をしていた。いつもはバカ騒ぎが耐えない愉快な空間であるのに。誰も積極的に口を開こうとしない。

 眠っているかのように椅子に座ったまま腕を組み、瞼を静かに閉じてじっとしているレム隊長。疲れを隠し切れない声で、レムは言葉を発した。

「今日は皆、良く頑張ってくれた。皆の力で、城は守る事が出来た」

 皆は思い思いに頷く。だがその頷きには決して肯定の意味は含まれていない。

「だが皆も分かっている通り、多くの仲間が彼奴らの手に掛かって命を落としてしまった。これはまぎれもない事実だ。どうか皆、現実を受け止めてほしい」

 壁が大きく打ち付けられるような音がした。

「隊長、俺は悔しい。こんな生誕式典の祭りの日に、どうして命を落とさねばならない。死んでいった仲間達は一体いつ、そんな惨い最期を遂げねばならないような過ちを犯したんだ!」

 壁の煉瓦を拳で打ち付ける。拳からは血が滲んだ。

「落ち着け、キサラ」

 周りに居た隊員達がなだめる。息を荒くしたキサラは、深呼吸していきり立った頭を静めた。

 隊員の一人が言った。

「お前の気持ちは分かる。皆が思っている事を、良く代弁してくれた。ありがとう。だが、現実は気持ちを叫んだ所でどうにもならないのだ」

「その通りだ」

 レムが続けた。

「志半ばで命を落とした同志達の為にも、我々はこれからの事をどうするべきか考えなければならない」

 一番落ち着いているように見えるレムの表情も険しい。レムとて、悔しい気持ちが溢れそうなのは同じはずであった。だが隊長の手前、怒りに我を忘れるわけにもいかない。冷静に、そして冷酷に事態を運ばなければならないのだ。

「とは言っても」

 一度言葉を切り、皆の後味の悪い表情を見回した。

「皆、疲れているだろう。このような状態では話し合いどころではないな。本日はこれにて解散する。皆、どうか今日の事を明日に持ち込まないよう努力をしてほしい」

 だが皆はなかなか動かなかった。腰を上げるのも面倒なほど、精神的に皆参っているのだろう。

「もう解散宣言は出した。私は先に失礼しよう。皆も、家に戻りゆっくりと休んでもらいたい」

 レムは先陣を切って詰め所を後にしていった。それを皮切りに一人、また一人と無言で詰め所を後にしてゆく。残り三人、二人となり、キサラと最後に隊員の一人が残された。

「キツかったろ、キサラ。仲間が死ぬってのはこういうもんだ。俺達は日々、そういうのに苛まれる仕事をしてるんだ。じゃあな、ゆっくり寝ろよ」

 肩を優しく叩き、隊員は詰め所を後にする。最後の一人になったキサラは、無言でランプの明かりを消して家路に戻っていった。忘れずに、棚から写真つきの船のパスを手にして。

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