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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
三章 消え行くもの
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第53話 三章 ―消え行くもの― 14

 牢の中で降り掛かってきた砂埃に塗れ、むせ返ってキサラは目を覚ました。目の前では咆哮を上げながら丁度、獣姿のリィンが鍵を力ずくで破壊している最中であった。狭い牢の中に大勢の騎士達が収容されており、窮屈で仕方が無い。

「やっと起きたか。皆でここを脱出するぞ。街の様子がおかしいようなのだ」

 肩で息をするリィンは、振り返る。体毛でびっしりの獣の腕で鍵を引きちぎろうとしている彼は、既に爪の先はボロボロになっている。指先を怪我して血すら流れていた。

「おかしいって、どうしたんだよ」

「どうやらこの牢は地上のようなのだが、朝から慌しそうに声を荒げるエルフィールの声が窓から入ってくる。脱出するなら今がチャンスだろう」

 周りを見渡せば、今までずっと一緒だった人物が数名消えている事に気付いた。

「どうなってるんだ、人数が足りないぞ」

 シエラはいる。後ろで静かに固唾を飲んでいた。元気が無い。シエラの魔法力さえあればこんな物理的な錠前など一瞬で吹き飛ばせるのだろうが、今はそれすら気力が起きないほどにやつれている。アルズヘイムの者達にとって、やはり混血児は疎むべき存在。その事実は、シエラの心をズタズタにしている事は間違いない。

「……おい、セシルもいないぞ。あと、リゲルのおっちゃんもだ」

「あの二人については分からないのだ。起きた時には既にこの牢屋の中には居なかった」

「何だって、まさかエルフィールの連中に連れ去られたのか」

 と、腕を動かすと隣の騎士の腹に当たった。狭すぎてまともに身動きも出来ない。鍵を壊そうとしているリィンの周りだけ、邪魔をしないように無理矢理スペースを空けていた。

「ん、おい、俺の剣も無いぞ。どこ行ったんだ」

 辺りを必死になって見渡す。キサラの腰にあるはずの剣は、鞘しか残っていなかった。そこに収められていたはずの青紫色の剣は姿かたちも見受けられない。

「私の聖槍セントハルバードも無くなっている。連中に奪われたのだろう」

「全く、丸腰かよ。騎士様達に頼るしかないな」

 後ろでぎゅうぎゅう詰めになっている騎士団員達に、さらっと瞳を向ける。団員の一人が苦笑していた。

「俺達を頼ってくれるのは構わないが、あのエルフィールの言葉が気になるんだよ。『人間はユグドラシルへは入れない』ってのが。本当なのかな。だとしたら、俺達がここまで来たのは徒労に終わるって事になる。オーディンを倒すどころか、そこまで行けない」

「……わかんない」

 答えたのはシエラだった。ずっとだんまりを通していたが、自分と関係のある話題で、黙っていられなくなったようだ。

「わたし、エルフィールからなにも教えてもらえなかった。知っていればあの時、アルタイルに本当のことを言えたのに。ここまでみんな来る必要も無かった」

「いいんだ」

「キサラだって同じ。人間だし」

 また泣き出しそうなシエラの頭を、優しく撫でた。

「いいんだ……」

 形式上だけでも、アルタイルに従っておく必要があった。でなければその時点でタナトス王国は亡ぼされていたであろうから。

 リィンの拳がハンマーのように扉へ叩き付けられた。

「あと、一撃だ!」

 獣の腕から繰り出される怪力により、丈夫な錠前は吹き飛んだ。続いて蹴りにより、木製の格子扉が破られる。なだれ出るようにしてキサラ達、そしてタナトス王国騎士達は外へと連なった。

「ふはぁ、ようやく出れた。狭すぎだろ」

「それにしても最近、捕まって牢屋に入ってばかりであるな。そろそろ暖かい布団が欲しい頃だ」

 リィンは獣の姿を解かない。武器が奪われた今、この姿の方が力を発揮できる。獣そのものである怪力は馬鹿に出来ないものがあった。

 この牢屋は街の中に存在する巨大な建物の一角であるようだ。騎士団員の年配者が率先してリーダーシップを発揮していた。

「とりあえずお前達、この街に何かが起きているのは確かだ。何人かずつでグループを作って、少人数で行動した方がいいと思う」

「そうですね。大勢では身動きが取れなくなります」

「我々がユグドラシルへ入れるかどうかは分からない。まずは慎重に街を調査してゆくんだ。そして皆、可能であればユグドラシルへの門で落ち合おう」

 騎士団員達は早速、気の合う仲間同士でグループを作っていた。その方が動きも取りやすいであろう。こういう状況下で、キサラは騎士団員達と馴れ合えなかった。普段から交流が無いために、あまり素性を知らない。知り合いも居なく、同じく戸惑っているリィンをとりあえず抱え込む事にする。

「シエラちゃんは俺達と行こうぜ、一人じゃ心配だよー」

 若い騎士団員達のグループがシエラを誘ったが、困ったように本人は返事をしかねている。

「いや、シエラは俺が連れて行く。お前達はもう四人グループだ、それで十分だろ」

 シエラの頭に当たり前のようにぽんと手を乗せる。キサラだった。安心したように頷く。

「そ、そうか……。じゃあ気をつけてな」

 シエラを誘ったグループの一人は、なぜか残念そうに手を振ってその場を後にしていった。結局、キサラのグループはリィンとシエラを合わせた三人だけだった。

「やっぱりこの面子なのな」

「私もこのメンバーで助かった。タナトス王国の連中とは馴れ合いたくないのが本音であるからな」

「俺もタナトス王国の自警団員だけど」

 リィンはくすりと笑う。

「キサラは特別だ」

 三人は慎重に、歩み出した。



 街の中は、無数のエルフィールの住民達が慌しそうに駆けずり回っていた。村長を探しているような様子の者などもいる。だが、口ぶりからして本当に探しているものは村長ではなく、石である事が分かってきた。

「はて、こいつら何をそんな探し回ってんだか」

 街の中を悠々と歩き回るも、周りのエルフィール達は忙しそうに走り回っており、中には道端で探し物に対しての状況を話し合っている者達だらけで、誰もキサラ達が脱走している事を気にする者はいない。恐らく彼らが人間と混血族の集団である事は、エルフィールには分かっているはずである。だが、脱走者など気にかけている余裕は無いのだろうか。

「どうやら村長も見つからないようであるな」

「そうだな。あと、セシルとリゲルのおっちゃんは本当に何処行っちまったんだ」

 その時、地面が揺れた。頭が振り回されるように、横に大きく一度。思わずふらついたキサラは、民家の脇に置いてあった樽へと手を着いた。

「おかしい……。この揺れかた。いやな感じ」

 シエラの言葉は、ふざけていなかった。この街へと近付いてきた頃から、シエラはほとんど笑っていない。口数も少なくなり、発する言葉は全て真剣。

 見上げれば、今まで遠目や絵でしか見た事の無かった神秘的な大樹が街をすっぽり覆っていた。街はどの場所でも日当たりが悪い。大樹の傘に隠れて、日陰であった。だが葉の間からの木漏れ日が所々に丸いスポットを当てており、それが時折柔らかな風に煽られてさんざめくように大きく揺らめいていた。

「これが、ユグドラシルなのか」

 街一つよりも遥かに大きい世界樹。それを抜けた先に、神々の世界への入り口がある。近いようで、それはまだ遠かった。

「ユグドラシルへの門なら、わたしが案内できる。けど、キサラは……」

「いいんだ。本当に通れないのかどうか、やってみなければ分からないだろ。どうしても駄目なら、村長を問いただせばいい。きっと何か方法があるはずだ」

 シエラは、とてつもなく不安な表情をしていた。この街に戻ってからというもの、全く心は晴れていない様子だ。せっかく帰ってきても、結局は疎まれている存在。歓迎どころか待っていたのは罵倒だけ。心が折れるのも無理は無い。

 慌しいエルフィール達を横目に、あっさりと街外れにまでやって来れた。小さな鉄格子の門がそこにはあり、それを抜けた先に広大な樹海が広がっているようであった。だが方向的にはユグドラシルは正面であり、ここが入り口であるのは間違いない。

「この先に、魔法で封印が施してあるの。村長だけしかその封印は解けない。このままだときっとわたしたちも入れないと思う。封印が解けてない状態で入ろうとしても、ずっと無限に同じ所をぐるぐる回っちゃうように呪い(まじない)が掛けられてるから」

「行けるだけ行ってみるとしよう。入れないのが分かったなら、改めて私達も村長を探せばいい。その際は強引でも構わない。封印を解かせればいいのだ」

 意外とやる時は強行的になるようだ。獣の姿だとそれが真実味を帯びるので、笑えない。

「お、キサラ達だ!」

 先に到着していた騎士団員のグループが二つあった。どうやら彼らもここに行き着いたようだが、想像通り進めないようである。

「この森、やっぱりおかしいぞ。何度ユグドラシルへ入ろうとしても入り口に戻ってきちまう。まるで方向音痴になっちまったみたいだよ」

「駄目か」

 入り口で立ち往生している時、シエラが小さく呟いた。

「……なにか来る。地面の下から」

「そういえば奴ら、村長とは別で何を探してるんだ。立ち聞きしてきた話によると『石』がどうのこうのって」

 シエラは目を見開いた。

「まさか」

 その態度の変わりように、キサラも気付いていた。街の中で先ほどからひっきりなしに聞く『石』の存在。それが無くなった。村長も消えた。二つは恐らく関わっている。

「まずい!」

 リィンは地面に手を着き、耐え凌いだ。揺れが襲ってくる。小さな揺れだった。だが次第にそれは大きなものへと変わってゆく。地震とは違う、巨大な何かが地の底を連続的に突き壊すような揺れ。

 だんだんと立っている事すら困難になってゆく。皆は地面に伏した。大木が折れて倒れてくる。幸いに怪我人は出なかったが、尋常ではなかった。

 目の前で、悲惨な事態が起き始めていた。強烈な地の揺れにより、建物が倒壊し始めていた。一つの建物に火が起きる。中からはエルフィールの女が飛び出してきた。見る見るうちに火は回り、家を燃やし尽くす。

「何てことだ。こんな所で」

「あぁ。まさか、この場所に怪物さんが埋まってたなんてな!」

 キサラの目の前でそれは起きた。地を割り、巨大な影が出現してくるのを。液状のドロドロした軟体が流れ出てくる。液状の先端が人間の腕のように二本生え、地の縁に指を掛けた。体全体を地表へと押し出した。

 触った建物や木が腐食してゆく。あっという間に茶色く枯れ果て、腐る。枝が液状化し、養分の如く怪物の身体へと同化してゆく。地表に出てきた狂獣は暗緑色をした泥のような存在であった。

 口らしき穴が身体の真ん中に開いており、そこから低い唸り声のようなくぐもった音が出てきた。

「液体の怪物……。何とも毒々しい」

 一人のエルフィール男性が、こちらへと逃げてきた。腰が抜けてしまったようで、誰でもいいからすがりたいといった様子であった。

「やべぇよ、ヴェノマス神が復活しちまった。石はどうしたんだよ、なぁ」

 怯えた表情でキサラの顔を覗き込んできた。暑苦しいので離れながら、キサラは冷静に聞いた。

「落ち着けよ。あいつはヴェノマス神っていうのか。俺達、あれが神だなんて知らないぞ」

「いや、本当の名前は『ロードオブヴェノマス』神っていうんだ。俺達の守り神のはずだぞ。なのに、何で襲いやがる」

「決まっている。あれは守り神などではない。神界により操られた、世界を破滅に導く怪物だ」

 怯えたエルフィールの顔を覗き込みながら、リィンは大きな声で言ってやった。

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