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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
三章 消え行くもの
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第49話 三章 ―消え行くもの― 10

 眠れない夜というのは何故こうも時間の経つのが遅く感じられるのだろうか。これから自分達がどうなってしまうかという不安と、無事にこの国を出る事が出来るのかどうか分からないこの現状に、一同は口数少なかった。

 夜が明けたらこの国を発つ事になる。それまでに出来る事は少ない。元々着ていた服は返された。だが手にはまだ枷が嵌められたままで、武具は出発時になるまで返してもらえないようであった。そして自身らは再び牢の中。

「アイツを止める方法は、何か無いのかよ」

 独り言を呟くキサラに、返答は無かった。だが唾を飲み込む音が聞こえ渡り、リィンは重く口を開いた。

「その気になれば、恐らくあの場でアルタイルを八つ裂きにしてやる事は出来たのだが。だが、それではすぐ隣に居たあの王女までもを一緒に殺してしまう可能性があった」

「何だよ、隠し玉でもあったのか」

 一同の視線がリィンに集まる。恐らく彼は一人で秘密を抱えていた。考えがあったようではあるが、それを実行する事は出来なかった。ここまで来て隠す必要は無いといったように、リィンは大きく息を吐いた。そして目を瞑る。

「私の正体は、これだ」

 リィンが枷を嵌められた両手を高く上げると、歯を食いしばって両手に力を込めた。サイレントバングルは揺れて音を立て、見る見るうちにヒビが入ってゆく。信じられない怪力でバングルは砕け散り、リィンの魔力が解放される。すると空気が重く変わり、キサラのような人間には気分が悪くなるような錯覚すら覚えるほどだった。

「ようやく化けの皮が剥がれたわね。私は最初から、人間でないのは気付いていたけど」

 知ったかぶりの発言ではないのだろう。セシルの目が確信に満ちた目であったのはその場の誰もが分かった。

「普段は人間として暮らしていた。人間の世界で生きていくためには、それしか方法が無かったのだ」

 鎧の下の身体は、既に人間のものとはまるで違った風貌を晒していた。白い毛並みが逆立って長く伸び、鎧の隙間という隙間からびっしりはみ出して生えている。顔は口元が尖り、鋭い犬歯が剥き出しになっている。目元は研ぎ澄まされた刃物のようで、細長く伸びた獣耳もどこかで見たようなものであった。そう、まるで街中にいる犬のような。

「今更って感じで、あまり感動も驚きもしないな」

「ハハ、その方が助かる。これからも共に行く仲間達に敬遠されたら困るからな」

 その犬耳を付けた姿で、人間のように胡坐を掻いて座っているのだから何とも不自然な様であった。皆はほぼ驚きの無い様子であった。

「聞いた事があるだろうか。元々セント・ベルクラント公国は移民の国だと。さまざまな人種や、人間の進化の一種である亜人種も多く移り住んできた。私の家系はレッサーウルフェン。人間とウルフェンのあいのこだ。だがウルフェンの血が濃いために、基本的にはウルフェンの姿をしている。元々強い魔力を持っているウルフェンの家系のお陰で、人間の姿を借りて普段は生活していた。その方が何かと都合が良かったのでな」

「姿を偽るのは得意でも、ジョークは苦手なんだな」

「それは私の性格だから仕方ない」

 ぷっとシエラが何の気なしに吹き出した。先ほどから口数少なかったが、ちゃんと話は聞いているようだ。

「あと、少し獣臭がする。どんなに消臭剤を使っても消えないのだ。人間の世界で暮らしていく上では消したいのだが。普通の人間には分からないほどの臭いなのだが、敏感な者には分かるらしい」

「しょうがねぇじゃん。狼なんだから」

「その臭い、わたし分かったよ。なんだか変な臭いする人だなって思ってた」

 どうやらレッサーエルフィールの鼻は人間より敏感らしい。微妙な違いで、彼女はやはり人間ではないのだと証明される。

(仲間の内、半分が人間の血を引いた異種族だった。けれど、もうそんな事はどうでもいい)

 狭間の存在である事を悲観する者。誇りに思う者。同じ世界に住んでいて、これだけの違いがある。血統などどうでもいい。リィンはそれを割り切って生きているようであった。少なくとも後ろ向きには思えない。

 分かり合えていた。ただ、一人を除いて。

「私、変かしら。明日から少し楽しみに思えるのよ」

「楽しみ?」

 いきなり話題を変えるかのようにセシルは口走った。一同は理解できずに、首を傾げる。

「だって、オーディン様のお姿をこの目でご拝謁賜れるかもしれないのよ。これが楽しみといわずして、どうするの」

「お前、大丈夫か? 俺達は明日から、そのオーディンを殺しに行くんだよ。一つの国の未来を賭けてな。やらなきゃタナトス王国は亡びるんだ」

 セシルの目は温度を感じられなかった。

「……そうね」

 三人の視線が、セシルへと集まる。セシルの話題になると、シエラは押し黙った。

「セシルがどうしようとそれは勝手だと思う。タナトス王国が敵国だと教えられて育ったのも事実だ。だが、私はキサラに味方する事に決めた。タナトス王国のためではなく、キサラのためにこれからも協力する」

「ありがとよ」

 獣の姿は解かない。だが他の者の前にこの姿で出るのは勇気が要るだろう。明日からは必要な時以外はまた人間の姿に戻るに違いない。

「わたしは……、オーディンを倒す。あいつとは違う、わたしなりの方法で」

「その理由も、ちゃんと教えろよ」

「うん。また今度」

 妙に親密な様子に、セシルは面白くなさそうに一人目を瞑った。



 明朝、彼らは太陽が昇る前に船に乗せられて揺れていた。素肌を刺すような冷えつく潮風を受けながら、甲板で時間を過ごした。

 彼らに付いてきたアルデバラン聖皇国からの同行者は、いつの日にか会った老人であった。

「リゲルさん。まさか貴方が来るとは思いませんでした」

「ワシもだよ。この歳になって、まさか若い者と一緒に旅をする事になろうとは」

 同行を命じられたのは、アルデバラン聖皇国の格闘士官。リゲルであった。パラスト丘陵地に居た際、シエラの情報を提供してくれた老人だ。こんな形で再会する事になろうとはシエラを除く三人共考えていなかっただろう。

 全身が筋肉の塊で、刺すような気を常に宿している。表情も険しく、近寄りがたいが、実の所そんなに怖い人物なわけでもないようである。時折不器用な笑顔を見せる事から、元々そういう顔立ちなのだろうと考える方が自然であった。

 太陽が水平線から顔を覗かせた。彼らは新しい一日を船上で迎えながら、遥か彼方の地に存在するユグドラシルの幻影を垣間見た。

「それにしても坊主は、良く似ている」

 リゲルは、キサラの顔を横目に呟いた。

「誰にですか」

「友人の若い頃にな。もう亡くなってからだいぶ経つが」

 昔、リゲルはアルデバラン聖皇国の兵士として育てられたらしい。その最中、肩を並べていたのがその友人だったという。

「まぁいい。年寄りのボヤキにいちいち付き合わなくても結構だ」

 キサラとしてみればその方がありがたかった。他人の愚痴は、話している本人にしか辛さが分からない。ただ聞いて頷く事しか出来ない。第一、キサラはその友人の姿を知らないからだ。

「そうですか」

 うむ、と頷くとリゲルは自己完結していた。しばらく二人の間には会話の無い間が入る。気まずいといえばそうだが、あえて何かを言う必要性は無かった。

「恐らく、坊主は何も分からないままこの旅に借り出されたのだろう? 少し、この国や『神』の事について話そう」

 波の合間に覗く大きな魚の影が揺らめいた。キサラはそれに驚いて目を奪われている内、リゲルは自然と話し始めた。

「アルデバラン聖皇国は代々、賢王が統治していた国家だった。それは長い歴史を見れば明らかだ。だがいつの頃からか、大地は崩壊が始まった。それが解決されず今に至っている崩壊現象だ」

「はい」

 手すりに寄りかかりながら、キサラは背びれだけを海面から出して泳いでいる魚を凝視していた。初めて見る巨大魚であった。ぼぅっとする意識の中で、言葉を聴くか魚を見るかどちらかを選べといわれたら何も頭を使わず魚を眺めているだけの方が楽であった。

「学者達は長年に渡る研究の結果、ある一つの可能性に辿り着いた。それが『神』の存在だ。神話や宗教の中でしか存在しないと思われていた『神』が実際する可能性が高いと。そして、神こそがこのイノセント・ランドを支配し、崩壊に至らしめる元凶だという事を結論付けたのだ」

 理屈臭いのは苦手なキサラは、あまり真面目に聞いていなかった。この早朝、疲れが溜まっている身体には堪えた。眠気が勝っているのが実の所。

「これ、ちゃんと聞かんか」

「あ、はい。すいません」

 軽く謝るも、あまり目はしゃっきりしなかった。無理して甲板に出て潮風に当たっても寒いだけで、ちっとも楽しみは感じられなかった。この老人に付き合って外に出てきたというのが本当の所。

「まぁいい。今はまだ岸まで着くのには時間がある。無理に引っ張り出してきてすまなかったな。もう少し船室で休むといい」

「そうします」

 アルデバラン聖皇国の捕虜になってからというもの、ちっとも身体は休まらなかった。服は取り上げられるし、自国は危なくなるし、気を揉む場面ばかりで疲れは激しい。これから過酷な行軍へ向かう準備は、全くと言っていいほど出来ていない。

 まるで捨て駒と言えるようなタナトス王国騎士達の扱い。前線に借り出されるのは恐らく彼らだ。キサラ達はどうやら主力として考えられているらしく、元の装備を返してもらえたが、下っ端の騎士達などはろくな武器すらも持たせてもらえていない。ぞんざいな扱いに、キサラは怒りを覚えていた。

 かといって、ここで反旗を翻すわけにはいかない。同じ船にアルタイルは乗っていない。もう一つ後の船に護衛付きで悠々と乗ってくるようだ。ここで騒ぎを起こせば必ず奴の耳に入る。そうなれば、タナトス王国の安全は保障されないだろう。命令には逆らえない。どんな危険な役割でも、やらざるを得なかった。

 船室に割り当てられた窮屈なベッド。寝返りなどまともに打つ幅すら無い。しかもキサラの寝床は梯子で登る作りをした二段ベッドの二階部分であり、手摺りすらも無かった。下手に動けば落下してしまう。大型の軍用船だとはいえ、あまりにもお粗末な作りで、余計に疲れが溜まりそうであった。

「って、何でお前がここで寝てるんだよ」

「むぐぅぅ」

 割り当てられたはずのキサラのベッドに寝ていたのは、何故かリィンであった。しかも堂々と変身を解いた狼スタイルのままであった。細長く伸びた犬のような口元から、下品に涎を垂らしている。育ちは貴族でも、元々の動物そのものの品の無さは高度な進化に至った今でも残っているらしい。

「おら、起きろよ犬っころ」

「むうぅぅん」

 リィンの身体を両手で大きく擦ると、むにゃむにゃ言いながら振ってきた手がキサラの頭を殴り付けた。

「痛ってぇ!」

 爪で引っかかれなかっただけマシだったものの、キサラは悲鳴を上げて梯子から転落していった。転落した後も数メートル転がり、壁に当たってようやく止まった。凄まじい転落音が船室に響き渡る。

「な、何の音なの」

 反対側のベッドに眠っていたセシルが飛び起きて、伸びているキサラを見つけた。

「大変! ちょっと起きてリィン。キサラが何者かに襲われたみたいよ」

 すると鎧姿の犬っころが頭をぶるんと振って起きた。

「どうかしたのか。ふあぁ。ん、キサラどうした、何があった!」

 急いで梯子を降りて様子を確認すると、キサラはもぞもぞと起き上がった。

「いや、もういい……」

 気持ち良い顔で眠り続けていたのは、本来リィンのベッドであったはずの所で眠っているシエラだけだった。

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