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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
三章 消え行くもの
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第48話 三章 ―消え行くもの― 9

「礼拝堂……なのか」

 明かりが行き届かずに、天井が何処まで続いているのか分からない、広大な部屋であった。遥か高い天井から吊り下げられたシャンデリアが錆びた音を立てて左右に揺れていた。

 左右、扇状に広がった無数の長椅子には、格調高いタキシードやドレスに身を包んだ紳士淑女達が大勢座って佇んでいる。大ステンドグラスを左右から包み込むようにして開いた天窓からは、うっすらと月明かりが差している。それに助けられて蜀台の炎は、頼りない明かりを補っていた。顔のどちらかだけが赤い炎に照らされ、橙に色付いた。

「諸君らよ、ようこそ来てくれた。歓迎しよう」

 ぼぅっと浮かび上がった蝋燭の幻影の中に、二人の人間の姿があった。一人は屈強な体格の男性、もう一人は華奢な女性のシルエットだ。

「離してくださ、いっ!」

 女性は無理矢理に左腕をつかまれている様子が遠くから見て取れ、それを拒否して暴れているようであった。

男性は、女性の腕を引きずったまま中央の通路を歩んだ。徐々に四人の側に来るに従って、だんだんと正体がおぼろげに分かってきた。

 最初に名前を呼んだのは意外にもリィンだった。

「アルタイル、貴様!」

 屈強な男性の正体はアルタイルであった。嫌がる女性を無理矢理に引きずり、皆に見せ付けるようにして視線を浴びた。恐らく椅子に座っている者達はアルデバラン聖皇国民だ。

 これは何かの式典なのだろう。それにしては質素だが、呼ばれている者達は上流階級と思しき者ばかりだ。皆の視線が一点に注がれている。主役であろう真ん中の二人に。

「キサラ、どこかで見た覚えのある人の登場よ」

「まさか……」

 腕を引きずられている女性の姿には見覚えがあった。キサラには『あの服』を着た女性を投げ飛ばしてしまった記憶がある。

 両家のお嬢様のような街娘の服。黒いレースのシャツに、紅白の格子模様をしたワンピース。良い仕立てなのは遠目からでも分かる。

「アリエル王女、なのか。本当に捕らえられていたんだな」

 その時、ふと二人の間で視線が合った。

「キサラ。まさかキサラなのですか、助けてください。私、この人と結婚などしたくありませんわ!」

 心の底から拒否するといった表情で、歯を食いしばって逃れようとしていた。

「王女!」

 キサラの拳は血管が千切れそうなほどに握り締められていた。少し前まで惚れていた相手。そして諦めたとしても、目の前に現れれば恋焦がれていた時の気持ちは一時的に蘇った。

「何を言っているのだ、今夜は我々二人の婚約の儀に駆けつけてくれた事に礼を言いたいほどであるのに」

 パーティとはその事だった。元々タナトス王国のものであった王女を、タナトス王国出身の民の目の前で奪ってやる事に意味があった。アルタイルは随分と嫌な性格をしている。

「貴様、一体自分が何をしているのか分かっているのか!」

 その時、後から扉を開けて中に入ってきたのは、他の捕らえられていたタナトス王国の騎士達だった。皆が皆、やはり正装をさせられている。最後に入ってきて叫んだのは、レムだった。

「アリエル!」

 レムもやはり、サイレントバングルを両手に嵌めていた。最前列まで歩み出て、声の限りに名前を呼んだ。レムは一介の自警団隊長であり、王女を呼び捨てにする権限など無いはずであった。尤も、それを気にしている場合ではなかったのだが。

「お、お父様……助けて」

 静かな礼拝堂に、アリエルの最後の希望を託した声が響き渡った。皆の目は驚愕に満ちた。一斉に、レムの顔を見やる。だが、この期に及んでレムは何も隠そうとはしなかった。

「私の娘に何かしてみろ。アルタイル、貴様をこの場で殺してやる!」

 キサラは声にならない声であった。

「アリエル王女は、レム隊長の子……だったんですか」

「そうだ。王女の正体は、私の実の子だ。黙っていてすまなかった。キサラ、お前がアリエルと結ばれるのなら安心して任せられる、とずっと思っていたよ」

 共通する亜麻色の髪にはその秘密があった。この父子の間に何があったのか、それは分からない。だが、何らかの因果で、アリエルはタナトス王国の王女となった。

 我が子を手放した時のレムの気持ちは、計り知れない。わがまま王女となった今となっても、レムは密かに娘を想い続けていた事は想像に難くなかった。そして、アリエルもレムを父だと認識していた。引き裂かれた間柄であるのは確かなようだった。

「ハハハ、感動の親子の対面か。泣かせてくれる。お父上よ、私が彼女の婿となる男だ。今後ともよろしく頼むとしよう」

「貴様……」

 温厚なレムの口から出た言葉は、憎悪に似たものを含んでいた。そんな中、アルタイルは静寂の中で指を一つ鳴らした。すると、背後の両扉が開け放たれた。一斉に皆は振り返る。

「さて。皆も待ちわびたであろう。そろそろ晩餐を始めるとしようか」

 礼拝堂の中に運び込まれてきたものは、大勢のメイド達によって運ばれてくる料理の品々だった。まるで全てシナリオが出来ていたかのように、テーブルに載せられた料理達はタナトス王国騎士達を取り囲んだ。

 出来立ての料理達は湯気を立てている。訓練された兵士のような動きで、メイド達は終始無言、無表情で見る見るうちにパーティの準備を整えてゆく。寸分の狂いも無くテーブルはきっちり礼拝堂の中にはめ込まれ、手早く椅子を並べてゆく。乱暴ではないが素早い慣れた手付きで、食器が列を成した。

 その動きは人間らしさをあまり受けず、何とも固い動作であり、まるで集団が操られでもしているかのようだった。

「一体どういうつもりなんだ、アルタイル」

 レムも何も聞かされていない様子であった。ただ成すがままにここに連れて来られた、そんな印象を受ける。

「決まっているだろう。本日は私とアリエル嬢との結婚の儀でもあるが、前夜祭でもあるのだ」

「何の前夜祭だ、はっきり言え」

 妙に回りくどい事をしているといった様子で、キサラは苛付いていた。その時、アリエルはいつになく必死な声で叫んだ。

「皆様。この男は、自国の王をも――! い、痛っ」

「政治人形の分際で余計な事を言うな」

 髪を引っ張り上げられ、さすがのじゃじゃ馬王女も静かになった。冷酷なまでの声で黙らせたアルタイル。とてもこれから目の前の人間と夫婦になろうという意志は感じられなかった。あくまでも自分の強欲を満足させるためだけの存在。

「我々はオーディン神へ戦いを挑む。北方のエステート大陸に進軍し、ユグドラシルを登る。その先に、愚神どもの住む世界がある。そこまでいけば、強大な力を持つ神々との戦いは避けられないだろう。

 貴様らタナトス王国の騎士達には、その尖兵となってもらおうではないか。その前夜祭だ。ありがたく思え、貴様らは終末の日『ラグナロク』をその目で見れるのだ」

「待てよ、何を言ってるんだ。冗談も大概にしろ。俺達はそんな命令になど従うものか」

 キサラは力強く言い返した。タナトス王国騎士達は同調し、頷く。なぜかシエラまでも頷いている。だがアルタイルの目は笑っていない。

「冗談ではない。我々イノセント・ランドの民が生き残るためには、神を滅ぼさねばならない。そのために戦争は避けられないだろう。神界への扉を開く鍵は今この国に二つある。恐らく、二つの鍵と私の力さえあれば扉は開くに違いない」

 そこでシエラは小さく独り言をもらした。

「オーブ……」

 シエラ自身も集めていた六宝珠。全ては集まっていないどころか、一つも手元に残っていない。奪われた一つ、セルリアンオーブはアルタイルの手中にある。

「わたしと同じだ……。けど、多分ちがう。同じだけど、考えている事はちがう。あいつの好きにさせたら、きっととんでもない事になる。キサラ、この国にもきっとオーブが元々一つあるよ」

「つまり、オーブがあるって事は対になる怪物さんも、この国に居るって事だな」

 キサラの口元がにやけた。

「あいつの凶行を止めるには、ちょっと荒い事をした方が良さそうな気がするな」

「どういう事?」

「狂獣さんをわざと復活させ、暴走させてやったらどうだ。ここはアルデバラン聖皇国。奴のホームだ。この場所で暴れてくれりゃアルタイルだってそれを無視する事は出来ねぇだろ。神との戦争なんか考えている余裕は無くなる。その間に俺達は必要な人間と物を集めて国外にとんずらだ。準備を整えて力を蓄えれば、あのイカレ暴走男を倒す事も出来るはずだ。一人では無理でも、みんなで掛かれば、な」

「本当にそれをしたら、貴方だってアルタイルと変わらないわ。残虐すぎるもの」

 セシルの一言がぐさりと刺さる。耳に痛いのは言葉の方か、それともアルタイルの婚約を祝福する賛美の声か。この儀式に出席しているアルデバラン聖皇国民は、アルタイルに心酔しきっている様子であった。

 バーミリオン、ミストラルと経て、怪物達は国家をも破壊する恐るべき力を持っている事は分かっていた。だがそれを実行すれば、この国の住民達が被害を受ける事になる。何の罪も無い人間達の命を大勢失う事に繋がる。冷静になって考えてみれば、まともな人間ならば実行する前に躊躇うだろう。

「でも、確かにアルタイルの考えている事は飛んじゃっているわね。オーディン様に歯向かうだなんて、なんて身の程知らずなのかしら。お仕置きしてやりたいわ」

「うむ、オーディン神は強大な力を持っていると聞いているな。槍の一振りで世界を両断できるという逸話もある」

 この世界において、昔からオーディンは全ての神の上に君臨する、神の中の神として崇められている。唯一オーディンを侮蔑し、新興宗教を唱えているのがこの国の実態だ。オーディンに代わる神を祀り、他の国からすれば理解し難い存在を神としている。キサラはそれを見た事があり、アルデバラン聖皇国民からすれば神だが、実際は不細工な人形にしか思えない代物である。

 一般的に、全ての人間に受け入れられる訳ではないのが宗教であるが、アルデバラン聖皇国は世界でも強大な力を持つ国が故に、その影響力は強い。何を信じるのも人の自由であるが、この国の悪い所は宗教の押し売りを他国にする所だ。オーディンを主神と信じている他国の人間からすればいい迷惑であった。

「貴様ら、何をぶつぶつと話し合っている。明日、貴様らが先頭に立つのだぞ。もし断れば、この女と髭男の命は保障できない」

 分かりやすく言えば人質。アリエルとレム隊長。

「私は、アリエル王女の事はどうでもいいのだけれど」

「お前! この場でそういう事を言うか」

 再び懲りずに小競り合いを始めるキサラとセシル。

「撤回するがいい。私も、今のはセシルが悪いと考える」

 ばつが悪そうに唇を尖らせた。見た目は美しくとも、やはり癖の悪い女である事には変わりない。それを実感した一言であった。

「安心しろ、貴様らに全てを任せるのは不安だ。この国からも一人、同行者を付けようではないか。尤も、戦うのは貴様らの仕事だがな。キサラ・L・シグムントよ、私は貴様に期待している。貴様は私ほどではないが、高い能力を持っている事は分かっている。貴様が道を切り開くのだ」

 なぜこの男に命令されねばならないのかキサラには理解できなかったが、この状況では頷く他に無かった。

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