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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
三章 消え行くもの
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第47話 三章 ―消え行くもの― 8

「俺達は捕虜のはずだぞ。何故パーティに」

「うるさい。つべこべ言わずにさっさと立て」

 シエラが起きたのも束の間、寝ぼけ眼で引っ立てられ歩かされる。牢から出ると、石畳が素足に冷えて思わず皆、爪先に力を込めた。

 地下の牢から出され、四人は地上階へと戻ってきた。訳も分からないまま豪華絢爛な城の中を囚人服のまま歩かされる。手には錠を携えて。当然、城を歩いているために仕事中の侍女とも何人かすれ違った。その度に奇異の目を向けられ、『なぜ城の中に囚人が』と言った様子であった。

「ねぇキサラ、これ一体なんなの」

「俺に聞くなよ」

 身体はすっかり回復した様子のシエラ。だが寝起きであり、さっぱり事情がつかめない様子であった。捕まった時はまだ意識があったようなのだが。混乱しているのは何もシエラだけではない。この場に居る四人全員が事情を飲み込めていないのだから。

「パーティに招待されるようだ。捕虜である私達が何故出席させられるのかは分からないが、思ったほど悪い待遇ではないようであるな」

「どうだか」

 気楽に考えているリィンに対し、セシルはこの後を危惧しているような様子を見せていた。

「お前らうるさいぞ、とっとと歩け」

 槍を背中に刺さるかどうかの瀬戸際まで突き付けられては、拒否のしようが無かった。だがリィンは小さな声で、キサラに耳打ちしていた。

「もしイザとなったら、私に任せてくれ。何とかしてみせる」

 赤絨毯が一面に敷かれた目の痛くなるような廊下を抜け、恐らく尖塔の内部なのであろう螺旋階段をひたすら登らされる。登る途中にあった小窓からは隣の尖塔が見える。宵闇の中、巨大な松明に炎が焚かれて尖塔を照らしている。浮かび上がったシルエットの中に存在する槍を持った兵士二人が丁度、交代のために敬礼をしている場面であった。

(随分とでかい城みたいだな。逃げ出すには骨が折れそうだ)

 キサラは既に脱走する気でいた。そのためには自分達だけではなく、地下に捕まった祖国の仲間達も解放する手段を見つけなくてはならない。自分一人で逃げるなど、彼には出来なかった。

(まずは服も装備も取り戻さなきゃならない。どのみち、この格好での脱走は自殺行為だ)

 下着一枚で何が出来る。槍を持った何百人もの重装備をした兵士に囲まれたこの敵地で。今のキサラに出来る事は、命令に従いつつさりげなく情報を集めて脱出の機会を伺う事だった。

 尖塔はそれなりに高かった。最後は随伴している兵士すらも重い鎧で疲れた様子を見せ、膝を押さえながら一段一段踏み締めて登っていた。恐らく階数で言えば五階分くらいは登ったであろう。

 一番上の階まで辿り着くと、兵士は行き着いた扉を開け放つ。中には目を疑うような光景が広がっていた。一面に用意された衣裳部屋であった。赤絨毯張りの汚れの目立たない部屋に、所狭しと宴のための衣装が並んでいる。中で準備をしていたのは二人の侍女であった。

 侍女達はメイド服の裾を広げて挨拶する。皆も、何だか場違いな場所に招待されてしまったとばかりに呆気に取られて、ろくな挨拶すら出来なかった。

「ようこそ。私はあなた方の衣装の着付けを担当させていただきます、マリスと申します」

「ようこそ。私はあなた方のお化粧の担当をさせていただきます、エリスと申します」

 二人とも似たような挨拶で、似たような顔付き。そして呼び間違えそうな名前。双子の姉妹か何かか。それにしても良く訓練されているとしか言えないような瓜二つの動作だった。

「はぁ……。よろしく」

 ぽかんと開けてしまった口からは、間抜けな声しか出ない。キサラはまるで自分が囚人なのを忘れてしまいそうになっていた。

「これは何の罠なの」

 セシルは警戒したように、部屋へ入るのを躊躇った。だが槍の兵士に背中を押されて、無理矢理中に入ってしまう。

 左のメイド、マリスが答えた。

「滅相もございません。私共は、お客様を丁重に持て成すようにと仰せ付かっております故」

「へぇ。じゃわたし、あれ着たい! あの黒いやつ」

 調子良く細かい事も考えず、シエラは壁に掛かっていた細いラインのドレスを指差した。ウェストが引き締まったスマートな印象を与える黒のプリーツドレスで、シエラの体型ならば似合うだろうと思われた。

「う、ううむ。私はお任せする。普段、鎧ばかり着ているもので服のセンスは無いのだ。自分でも分かっているのだが」

「おぼっちゃんなのにな」

「それは別の話だろう」

 何だかんだ言っている内に、メイドの二人に言いくるめられて四人は服をコーディネートされる事になってしまった。それは自分達が捕虜である事を忘れてしまうかのような時間であった。

 どうやら部屋は手前と奥の二つに分かれているらしく、女性陣は奥の部屋へと入っていった。こちらに残ったのは気立ての良いメイドのエリスで、捕虜だという立場も関係なく男性陣二人を出迎えていた。

 そして流されるままに服を選ばれると、疑う余地を入れる間もなくなってしまった。

「良くお似合いですよ」

 鏡の前に座らされたキサラは、自身を包んでいる黒いタキシードに見蕩れた。上等な生地を使って縫われた衣装である事は素人目にも理解できるほどだった。

 旅の間に伸びてボサボサになった髪に、鋏が入れられる。切り揃えられると、そこには旅に出る前の姿を取り戻した端麗な男が存在していた。

「うふふ。こんな状況でもなければ私のお部屋にご招待致しますのに」

 メイドのエリスは誘ってくるような色香で、鏡越しにキサラの瞳を覗き込んできた。マリスもエリスも、セミロングの艶のある黒髪をした女性であり、年齢はキサラに近いだろうと推察できた。シエラなどのような少女系とは違った大人の雰囲気を醸し出しており、その深い瞳で見つめられれば大抵の男は落ちるだろう。

「随分と楽しそうであるな、キサラよ」

 眉をぴくつかせながら、既にスタイリングの終わったリィンは腕を組んで立っていた。彼はこれまた、気障な印象のする白いスーツに身を包んでいた。明るめの髪の色もそれに映える。

「ん、まぁな」

 セシルとは顔を合わせなかった。奥の部屋に居るが、あえて様子を伺う事も無く。まだもう一人のメイドであるマリスに服を選んでもらっている最中であろう。

 外されていないサイレントバングルをしきりに気にする。警戒は解いていなかった。いくらなんでもこの状況は違和感が大きすぎる。有り得ないのだ。捕虜に対して身支度を整えさせるなど。

「見て見て!」

 奥の部屋から飛び出してきた。そこには細く締まった漆黒のドレスに身を包んだ、シエラの姿があった。胸元の大きく開いたデザインで、人の目を良く引く。薄く化粧も施されており、どこかの貴族のお嬢さんと間違われてもおかしくない気品が漂っていた。

「ね、すごいドレス。こんなの初めて着ちゃった」

 まるで本当に子供の如くはしゃいでいる。それも何か、キサラに見せるためにこちらの部屋に来たような勢いで。だが無意識の内に唇が動いていた。

「あ、あぁ、綺麗だ。お前」

 横で、エリスがくすりと笑って口元を歪めた。

「準備が終わったら、部屋の外の兵がパーティへとご案内致します。さぁ、どうぞ楽しんできてください」

「わ、分かった」

 キサラにばかり自身を見せたがるシエラに、それを指咥えて羨むリィン。奥から無表情で出てきたセシル。白いドレスは純真無垢か、それとも何にも興味を示さないドライな思考の証か。

「それにしても、キサラってこんなカッコ良かったっけ」

 逆に言われた言葉は、失礼とも世辞とも取れる響きであった。



 両手のサイレントバングルは外されていない。なのに、四人がこれから招待されるのはどうやらパーティ会場らしい。とてもじゃないが、手放しで歓迎できる状況でないのは確かだ。武器も道具も全て取り上げられているこの状態では、武力に対抗するのも難しい。

 尖塔を後にし、城の本館へと再び戻ってきた。赤絨毯が隙間無く敷き詰められた回廊には、昼間の如く蝋燭が火を灯しており、煌々と浮かび上がる絵画のシルエットが不気味に見える。

 前後を兵士に囲まれながら歩き、キサラはちらと横目で絵画を見た。それは若い男性が、犬をパートナーに旅をしている絵であり、目の前に崖が迫っている事に気付いていない様子が描かれていた。

(タイトルは『愚者(THE FOOL)』か。何か嫌な感じがする絵だな)

 すぐに視界から絵画は消えていった。そして同じ人物が描いたのであろうタッチの絵画が、後に二十枚続いていた。魔術師、女教皇、女帝、教皇、恋人、戦車……。そして最後には『世界』があった。

 世界の絵には、ユグドラシルの樹の葉が輪を作ってその中に人間が一人佇んでいる様子が描かれていた。並んだ絵に対して強い宗教的意味合いを感じたキサラの目の前に、巨大な両扉が現れた。

 兵士達の力によって巨大な両扉は鈍い音を発しながらゆっくりと開いた。そして現れた光景は、想像とは遥かに違っていた。

「礼拝堂……なのか」

 明かりが行き届かずに、天井が何処まで続いているのか分からない、広大な部屋であった。遥か高い天井から吊り下げられたシャンデリアが錆びた音を立てて左右に揺れていた。


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