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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
一章 白亜の栄光
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第4話 一章 ―白亜の栄光― 4

 会場内は不穏な空気が漂っていた。先ほどまでの和気藹々とした様子は吹き飛んでいた。シャンデリアは割れて落ち、床のレッドカーペットは縦横無尽に切り裂かれている。テーブルもほとんどが薙ぎ倒されており、それをバリケードにするかのようにして参加者、重鎮、王家の人間が固まっていた。その前方には数人の白亜の鎧に身を包んだ騎士団員が黒装束の男達と剣を交えていた。

 黒装束の男達は靴を履いていなく、足袋と呼ばれる布に足を包んでいた。頭は頭巾で、目だけを出している。黒一色の姿の中に視線だけがぎょろりと動く。不気味な姿だった。身体は布のようで身軽だ。防御力は鎧ほど無いだろうが、軽業のように飛び回り、トリッキーな動きで騎士団員達を翻弄している。

 どうやら黒装束の持っている物は剣に見えるが少々違う。片刃しかない反った剣のような武器だった。

 見える限りの範囲には、黒装束と白亜の鎧を着た人間が無数に転がっており、既に息が無い事が分かる。だが悲しんでいる余裕は無い。キサラの目が鋭く変わった。

「お前ら」

 キサラは剣を抜いた。蒼鈍に光る刃が黒装束の一人に襲い掛かる。

「食らえ!」

 地を蹴り、油断している黒装束の脇腹を袈裟斬りで薙ぐ。柔らかい布の服は剣の一撃を受け止められず、真っ二つに分かれた。

 何が起きたのかも分からないまま床に崩れる黒装束。キサラは勢いを殺さず、そのまま走り続けた。死んだかどうかの確認は要らない。その手応えは確実に急所を射止めていた。

 テーブルの上から黒装束が切りかかってきた。剣で受け止める。火花が散り、黒装束の体重が圧し掛かった。鍔迫り合い。ギリギリと押し込められる。

「こ……のっ」

 唾を相手の目に向かって吐き掛けた。

「うっ」

 一瞬怯む。隙を逃さず靴の爪先に仕込まれた鉄板が、黒装束の金的を潰した。悶絶し、武器を取り落とした。

「寝てな」

 飛び上がり、回し蹴りで喉を蹴り飛ばした。白目を剥いて仰向けになったのを横目に、テーブルの上に着地した。

「キサラ、危ない!」

 真後ろに迫った黒装束の背中を、レムが切り裂いた。激しく鮮血を迸らせ、崩れ落ちた。

「隊長!」

 レムの右肩には攻撃を受けた痕があった。血が流れ出ている。

「会場内は騎士団に任せておけ。もう相手も残り少ない。だが城の中に多くの敵が入り込んでいる。自警団は皆そちらの方に向かっている。キサラも援護をしてくれ。このままでは城が丸裸にされてしまうぞ」

 恐らく相手は城の金品、財宝を持ち去るか破壊して回っているのだろう。早急に片付けなければならない。恐らく王家の人間だけでなく城の人間達全員を殺す気でいるかもしれない。生やさしい事は言ってられなかった。全員倒すしかない。

 相手が多すぎる。城の中に一体何人の賊が紛れ込んでいるのか見当も付かない。

「分かりました。俺も城の中を回ります!」

 テーブルを飛び降り、勢いを殺さないまま会場を後にする。剣を右手で逆手に持ち、走り抜けた。

 廊下に出ると黒装束が頭上から襲い掛かってきた。前方に転がって避けると、今まさに自分がいた所の首の高さの壁が抉られた。

 相手は妙な技で頭上の壁に張り付いている。垂直の壁から小さな回転する歯車を投げつけてきた。

 剣を振りかぶり叩き落すと、キサラは床を蹴った。反対側の壁を蹴り上げ、宙を舞って襲い掛かる。剣に気を込めて振ると、衝撃波に似た空気の塊が黒装束の身体をぶっ飛ばしていた。叩き落されたかのように床に転がる男。

 キサラは黒装束の右足を大きく切り裂いた。

「ぐふぅっ」

 血が吹き出、激痛で男は気を失った。

(習っておいて良かったな。役に立ったぜ)

 レム隊長に教えてもらった技。気を込め、圧縮した空気の塊を剣を振りかぶって大砲のように打ち出す『真空砲破』。所詮空気の塊であるため、殺傷能力は低い。だが強烈な風圧によって、まともに当たれば敵を大きく吹き飛ばす。壁なぞに張り付いている敵など、一発で身体が折れるほどの衝撃を受けるだろう。隙が大きく、大技のために乱発は出来ないが頼りになる技だ。

 廊下を進むと、無数の黒装束達が床に転がっていた。剣を背中から生やした者、口から生やした者、まだ息絶えていないにもかかわらず貫通した腹部からおびただしい量の血を流している者などもいた。凄惨な現場に息を呑むキサラ。両手で剣を握り締め、ゆっくりと曲がり角に張り付く。その曲がり角すら、壁がべっとりと血で汚れている。血を流しながら壁に擦り付けて歩いた痕があり、ペンキで一本の太いラインを描いたかのように鮮やかな紅が壁の模様と化していた。

 後で掃除が大変だ、と緊張からか妙に平和ボケした独り言を漏らしつつ、剣をいつでも振れる体勢で飛び出す。

「ん、お前はっ!」

「あんたは!」

 キサラの剣は相手の頭の寸前にあった。同時にキサラの目前にも、相手の魔力の宿った腕が突き出されている。一瞬判断が遅ければキサラは相手の脳天をかち割り、相手はキサラの顔面をぶっ飛ばしていたに違いない。

 キサラは剣を降ろさなかった。相手も驚きを隠せない様子だったが、突き出した手を引っ込める様子は無い。

「この前捕まった時の男じゃん。ここで何してんの」

「それはこっちの台詞だ。俺は自警団員だからな。お前こそ一体なんでここにいるんだ」

 目前に現れたのは、一週間前に取り調べの最中油断して逃がしてしまった金髪の女、『シエラ・エタートル』だった。柄物のパーカーシャツ、下はレギンスの上にデニムのホットパンツを履いている。シエラも緊張からか口元に引きつった薄ら笑いを浮かべ、足はいつでも逃げられるように踵の先を斜めにしていた。

「ここになんでいるかって? へへ、教えない」

 両者とも一歩も引けない。引いたらその瞬間剣で斬られるし、魔力で消し飛ばされる。緊張状態にありながら二人は会話を続けた。

「なら当ててやろうか。金品でも盗みに来たんだろ。こっちは宝物庫のある方の西廊下だからな」

「さぁ。答えは何でしょうねぇ。わたしにもわかんないなー」

 人を小ばかにしたような口ぶりでキサラを挑発する。素直なキサラはまんまと乗ってしまっていた。

「この女……」

 飄々とした態度でやり過ごそうとする。

「それと、お前何で魔法が使えるんだ。今日は街全体に強力な特殊結界が張ってあるんだぞ」

「結界って、なんか今日になったら空が紫色になってたけどそれのこと? あれ結界だったんだ」

 素でとぼけたように言ってのけるシエラ。変わりなく魔法が使えているという事は、結界自体の存在に気付いていないようだった。これもまた普通ならありえない事だ。

「ふざけやがって。お前、普通の人間じゃないな。この前だって、自力でサイレントバングル壊して逃走しやがった。ありえねえんだよ。人間の魔力は限界がある。上級魔法を扱える怪物のような人間もたまにいるが、お前のはそれを遥かに超えてる。サイレントバングルは、元々お前みたいな魔法犯罪者を拘束するための専用の道具だ。簡単に壊せる代物じゃない」

「普通の人間じゃない、ね。あははっ。そっか、あんた普通の人間にしか会ったことないか」

 シエラはどこか自嘲したように笑う。

「だってわたし」

 碧の瞳はやはり無垢だった。子供のように。

「人間じゃないし」

 だが声だけは笑っていなかった。

「この耳が証拠。人間はこんな化け物みたいな耳してない」 

「化け物? いや、俺はそんな事を言ってはいな――」

 訂正するも、シエラは聞かなかった。自分の事を履き捨てるように言い続ける。

「わたしはレッサーエルフィール。エルフィール族と人間の子供。人間程度の寿命の短さと、エルフィールの膨大な魔力を受け継いで生まれた、異端の存在だよ」

「レッサー……エルフィール、だと?」

 エルフィールとは、バラバラになったこの世界の果てに住むとされている森の住人達だ。姿は人間と酷似しているものの、耳の形が違う。丁度このシエラのように。千年近い長寿命と、人間の数十倍もある膨大な魔力をその身に宿す種族だ。彼らは寿命が長い代わりに繁殖力が弱いらしく、争いも好まない。他の種族との交流を嫌い、遥か昔から自分達だけのテリトリーでひっそりと暮らしているという。

 エルフィールの特徴として、顔のバリエーションが少ないらしい。誰も彼もが似たような顔つきで、そして皆金髪か銀交じりの薄い緑の髪をした美形揃いだ。だから、一目見れば人間はその美しさに心を奪われてしまうという。だが彼らは人間を嫌う。危害を加えてきた場合は容赦無しに魔法で殺されてしまうらしい。

 だから人間とのあいのこであるレッサーエルフィール(劣った森の住人)は珍しい存在であり、彼らエルフィールの間では差別の対象となっている。またエルフィールは人間の生活感覚とはどこか違っており、人間と一緒に暮らす事はほぼ不可能と言われている。その血を受け継いでいるレッサーエルフィールもまた然りだ。

(エルフィールには疎まれ、人間とはまともに暮らせない。狭間の種族、か。哀れな)

 レッサーエルフィールは人間の世界に馴染めない。元の住む場所に戻る事も出来ない。だから盗みを働いたり、人を傷付けて物を奪ったりなどをして生活をする者もいるらしい。そもそも、レッサーエルフィール自体がごく少数なのでそういった者には会わないのが普通だが。

「お前は、世界の果てから来たのか」

「そうだよ。流れ流れてこんな辺境の小さな王国まで辿り着いちゃった」

 口振りから察するに、色々な国も環境も見てきたのかもしれない。無邪気な笑顔。だが、帰る所の無い旅を経た少女の瞳には、表情とは裏腹に何の感情も宿っていなかった。

「俺はエルフィールがどこに住んでいるかなんて知らない。世界の果てに住んでいる種族だというのは旅の商人に聞いた話だ。お前は……そんな遠くから来たのか」

 シエラは面倒くさそうに答えた。

「だからそうだって言ってんじゃん」

「故郷を出て、何年だ」

 少しの間唸り、思い出そうとする。

「もう五年くらい経つかも」

 人間程度の寿命を持つとすれば、成長の速度も人間と同等なのだろう。二十歳前後に見えるシエラは、十五歳頃には既に一人旅を始めた事になる。だがその割には子供っぽい。人間世界に不適応な性分が、そうさせているのかもしれなかった。

「お前、これからどうするつもりだ」

 感覚としては長い時間緊張状態を保っているようにキサラには感じられたが、実際にはまだ数十秒しか経っていないはずだ。剣はまだ構えていたが、恐らくこの女は危害を加えてはこない。剣を収めるタイミングを逃してしまった。

「悪い事は言わない。盗もうなんて考えはやめるんだ。出て行け。もうこの街には戻ってくるな。そうすれば、もう誰もお前の事を捕まえたりはしない」

「うるさい。旅を続けるにはお金がいるんだ。どっかで船のパスも落としちゃったし、もう食べるお金も無いんだよ。わたしは一体どうすればいいのさ」

 船のパスはキサラが拾って、自警団の詰め所に保管してある。一度は食糧強盗を働いたが、どうもこの女の場合は単純な事情では終わらないようだ。

「お前のいい所は、それだけの力があっても決して魔法で人は傷付けない所だ。今だって俺に手を向けているが、お前の手からは殺気を感じない」

 シエラの表情は強張っていた。妙に情けをかけられているような後ろめたさが表情から窺える。

「だから?」

「船のパス、返してやるよ。俺達の詰め所にある」

 するとシエラの表情はいくらか和らいだ。

「ホント?」

「本当だ。あと、そのポケットに入ったもの。今回だけは見逃してやる。誰にも秘密だけどな。だが、もう二度と盗もうなんて考えるな。みんな真面目に働いて金を稼いでるんだ。お前だけが特別じゃない。自警団の詰め所の近くに小さな広場がある。後で船のパスを持って行ってやるから、そこで待ってろ」

 キサラには分かっていた。既に宝物庫から何かを手にして城を出て行く最中だったのを。恐らくシエラは侵入してきた賊とは関係無い。混乱に乗じて忍び込んできただけであろう。

 シエラは手を降ろし、鼻をひくつかせた。目は心なしか潤んで見えた。

「勘違いしないでよね。あんたの薄っぺらい言葉なんかで、気持ちが動いたわけじゃないんだから」

 そのまま、顔を俯かせて走り去ってしまった。最後に残した言葉とは裏腹に、シエラの瞳は優しさに溢れていた。恐らく、悪い事をしている自覚はあるのだ。それでも、レッサーエルフィールの例に漏れずシエラも人間の世界に適応できない。故に非行に走ってしまう。ある意味、悲劇の種族だ。

 キサラは再び剣を握り締め、死体の転がる廊下を進んでいった。血が至る所に飛散し、荘厳な白亜の城の中を壮絶に汚している。激しい戦闘があったのだろう。仲間の自警団員も倒れており、既に事切れていた。

(一体どうなってやがるんだ。許せねぇ)

 敵の正体は恐らく、隣国のベルクラント公国の暗殺部隊の可能性があった。好戦的な敵国家であり、以前にタナトス王国の領土と秘宝を奪うための計画を画策しているとの情報を、自警団が手に入れた事があったからだ。その際ベルクラントでは特殊暗殺部隊を組織しているという情報もあったため、今回の黒装束の部隊はその可能性が高い。王家の生誕式典の日をわざわざ狙ってきたのは、あわよくば王家に連なる人間も一緒に始末できる可能性があったからだろう。

 一段一段慎重に階段を上る。頭上から落ちてくる黒装束を斬り捨てながら。一人、また一人と上から背後から、襲い掛かってくる。

「ロバートさん!」

「キサラ、か……」

 酒の席で酔っ払っていたロバートが倒れていた。胸からは激しい出血をしている。既に酔いは醒め、生気のない顔で首を動かした。

「パーティーはお仕舞いだ。もう俺は酒を、飲めねぇみたいだ……」

「まずい。早く治療をしないと」

「いや、俺はもう助からんよ。肺をやられた。息が、苦しくって仕方ねぇ」

 ロバートの顔は、何かを悟ったような安らかさがあった。死を恐怖するのではなく、受け入れたような。

「お前達と一緒に過ごせて、楽しかった、ぜ。もっと一緒に居たかっ――」

 気を失った。まだ呼吸はあったが、それも次第に弱まっていった。医者に見せようにもこの場にはいない。それに加え、恐らくこの重傷では助からない。キサラは何も出来ないまま、ロバートが息を引き取るのを見守るしかなかった。

(俺、何も出来ないのか。あんなに世話になった人なのに)

「畜生」

 ロバートの遺体に寄り添いながら、キサラはいつまでもがっくりとうな垂れていた。

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