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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
三章 消え行くもの
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第46話 三章 ―消え行くもの― 7

 大将を守護しているのは四人の近衛兵。鎧の装飾が一段と煌びやかになっている。一目で分かった。右手に片手剣、左手には鉄の盾を構えて突っ込んでくるリィンを返り討ちにしようと構えた。

「気を付けなさい、あの兵士達は普通じゃないわよ」

「分かっている」

 普通の兵とは全く違った気を伴っていた。しかも一般兵達が頭半分しか覆っていない半兜だったのに対し、近衛兵達は頭部をすっぽり覆う全兜を装着していた。

「故郷を失った私が、これからどうすれば良いのかなど分からない。だがこれだけは理解している。アルデバラン聖皇国よ、貴様らに大地を渡す事は間違っている事だとな。卑劣な貴様らに渡すくらいならば、タナトス王国に奪われる方が随分とマシなものだ!」

 大股で大地を蹴り、走りながら矛槍を振り抜いた。一撃は盾を砕くまではいかなかったが、大きく後方に吹き飛ばした。その隙に、背後から斬りかかってくる。

「危ねぇ!」

 猛進するキサラの脚鋼が、兵士の右腕を砕いた。飛びながらにして繰り出される鋼の回し蹴りが骨までもを砕き、大きく転倒させる。衝撃で兵士の足もおかしな角度に曲がっており、戦闘能力はほぼ奪っていた。それを確認するのが早いか、空中で右手の剣を左手に持ち替えた。

 着地と同時に衝撃を和らげるように全身で転がり、腕を砕かれた兵士の右手からすれ違いざまにもう一本の剣をもぎ取った。

「貴様ら、本当に人間か」

 無言で一つ一つの動作が直線的。近衛兵達からは人間臭さが感じられなかった。顔面部の左側に不気味な紋章が書かれた兜。儀式的な意味合いが感じられ、リィンの表情は疑いに変わった。

 振り下ろされた鉄の剣を矛槍で受け止め、力比べになる。だが互角だった。もう一人残った兵に気が回らない。

「一人だけに集中すんな、斬られるぞ」

 キサラはこんな状況だが、実は一人も殺していなかった。三人目の近衛兵も剣を振ってきたが、タイミング良くすり抜け、背後を取った。無防備な両足を剣で大きく薙ぎ、夥しい出血と同時に蹴り飛ばして崩した。

 足元には、腕を砕かれた近衛兵が転がっている。衝撃からか、いつの間にか頭部からは兜が外れて転がっていた。するとそこには泥土のような醜い皮膚をした、髪の毛の無い男性が横たわっていた。耳は異形であり、シエラのような尖った形でもない。渦巻状とでも表現すれば良いのか、ぐるりと捻った渦を描いた形をしていた。

「人間……なのか?」

 それにしてはあまりにも不気味すぎる容姿であった。肌など土気色である。まるで烏の嘴のようにどす黒く変色した唇は、まるで鳥のソレと同じように尖っている。赤く細い舌がそこからだらりと垂れていた。

「いやキサラ、恐らくこ奴等は人ではない。魔物の類だ!」

 最後の一人。剣を弾き飛ばし、太陽の影と重なる。ひゅんひゅん音を立てながら地面に落下し、リィンの足元に転がった。動揺一つすら見せない兵士をちらと見ると、剣を拾い上げて兜の隙間、顔面の部分に先端を刺し貫いた。

 二人が見据えた先には、両手剣を担いだアルタイルの姿があった。いかにも悪人という笑みを湛え、一歩足を踏み出す。その音には喉首を重く締め付けられるような威圧感があり、二人を身構えさせる。

「その通り。この兵士達は」

 一番最初にキサラが吹っ飛ばした近衛兵がアルタイルの足元に転がっていた。彼は右手で兵の首を鷲づかみして片手で持ち上げた。

「人間じゃない。人工生命体ホムンクルスの失敗作さ。ゴミと同じだ」

 喉を怪力で握り潰すと、苦しむ声をも出さずに人形は大量の泡となって手から流れ出し、消えていった。だが泡に水っぽさは無く、泥土のような粘性の高い垂れ方をして最後は地面へと吸い込まれて消滅した。

「つべこべ言ってんじゃねぇよ。お前も、ここで終わりだ。雑魚を倒したってきりがないからな」

「出来るかな」

 アルタイルは間髪入れず、左手の指を鳴らした。倒壊した屋根の上を伝って、どこからともなくベガが飛来する。片膝を着いて跪いた形で、すぐさま現れた。

「つまり、こいつがホムンクルスの完成品だっていうわけか」

「ご名答だね」

 人形であっても、命を作り出して弄んでいる事には変わりない。そんな業など恐らくこの大男は感じていないだろう。己の内に秘める野心を、隠そうともしない。余裕のある堂々とした成りの本性はここにある。

「ベガよ、ハイペリュオンの回収は済んだか」

「はい」

 跪きながら頷く。あくまでも主人に忠実な人形であった。

「大型船が到着次第、本国へお運び致します」

「そうか、ご苦労。という事は、まだこの大陸にあるのだな」

「その通りです」

 狂獣ロードオブミストラルとの戦いで使用された『神々に引く弓ハイペリュオン』。どうやらアルデバラン軍により奪われてしまったようだ。ろくな目的では使用されないのが想像できた。

「イノセント・ランドを支配するのは私だ。誰にも邪魔はさせん」

「アルデバラン聖皇国じゃなく、『お前』か。悪い冗談はよせよ」

「これを見ても冗談だと思えるかな」

 肩に担いだ剣を振り下ろす。不意に烈風が放射状に吹き荒れ、前方に居たキサラ達は地にしっかりと足を着けていたにも関わらず押し流された。魔法とは違う、何か得体の知れない力が放出された。

「分かるだろう。君では、私には勝てない」

 未知なる力がアルタイルを包み、彼の身体の周りには黄金色に輝くオーラのようなものが纏われた。人間の姿をした神。まさにそのような表現が合った。

「あいつは、人間なのか」

「分からぬ。だが、得体の知れない力は感じる」

 両手剣は神の槌の如く、一層巨大に映った。世界中のどの生き物でも持っていない力を、目の前の男は持っている。それが語らずして理解できる。

「俺がただ分かっているのは、目の前のあいつは敵だって事だけだ」

 自棄を起こしたわけではない。ただ、必死になっていただけだった。剣を振り下ろしながら、キサラは飛び掛る。

「やめ、キサラ――!」

 シエラの叫びも聞こえていなかった。切っ先がアルタイルの鎧のコーティングを剥がすかどうかの瀬戸際、キサラの身体は一瞬で叩き伏されていたのだから。

 何が起きたのか、その場に居た誰もが目を疑った。光の速さと表現するのはチープだが、そうとしか言えない瞬間の出来事。

 静寂。手が止まった。敵も味方も。季節が変わり、色が黄色じみた広葉が樹から抜け落ちる。その一枚が一人の兵士に踏まれて発した小さな音。皆の鼓膜にはしっかりと刻み付けられた。

「さぁ、反逆者達よ。狂宴に招待しよう」

 意識を失ったキサラの頭部には、剣が突き付けられた。



 気付いた時には、四人は牢へと入れられていた。そんな窮屈なわけでもなかったが、この人数で過ごすにはいささか動くのに不都合が出る間取りだ。四方の隅にそれぞれ散らばったとしても、手足を伸ばせばぶつかってしまう。

 他の生き残ったタナトス王国騎士達もどうやら捕らえられているようだった。向かいの牢にも数人が座り込んでおり、中には見覚えのある顔も存在している。どうやらレム隊長は別の所に居るようだ。捕まっただけか、はては殺されてしまったか――。

 牢に入れられる際に、荷物や武器など身に着けていたものは下着を除いて全て奪われた。代わりに魔法が使えないよう、全員の両手には橙色の輝石が付いたサイレントバングルが嵌められていた。牢の壁には、魔法を一切遮断するための呪いの文様がびっしりと赤い塗料で描かれており、不気味な様であった。サイレントバングルをされた上にこの呪文まであっては、シエラの力であっても突破は不可能に近かった。何より、昼間の戦いの時の疲労が抜けていなく、ぐったりとした様子で冷たい地面に横たわって寝息を立てていた。

 服はボロボロの肌着を一枚着させられただけであった。それはキサラやリィンだけではなく女性陣も同じで、看守に乱暴こそされなかったものの、下着一枚になるまで脱がされて辱めを受けた。普段は年齢相応の輝きを放つ少女達も、この囚人服姿では気力を失っていた。

 上は一応着させられているものの、下の服も奪われてしまったために下着一枚しか無かった。男性でさえ屈辱であるのに、女性とあらばその心象は計り知れない。好きか嫌いかも別として、男性の前で着替えも出来ずに下着姿を晒し続けなければならないのだから。

 男性陣二人も気まずく、なるだけ目を合わせないでいた。キサラも男だ。目の前に下着の少女が横たわっていれば嫌でも意識してしまう。変な気が起こったとしてもおかしくはない。けれどもシエラは無防備極まりないその状況下で眠りこけてしまっている。恥じらいも何も、体力の限界には逆らえないという事なのか。程よいくびれが窓から漏れる光に照らされている。

 あれから時間は過ぎて夜となり、鉄格子の付いた小窓からは雲に隠れて消えそうな月明かりが滲んでいる。今夜は満月であった。キサラの隣で、リィンは誰とも目を合わせずにずっと月を眺め続けている。

「非常にまずい事をしでかしてしまったのではないだろうか」

 唐突に、話し始めた。誰とも目を合わせずに。恐らくリィンも、女性陣の醜態を目に入れないようにしているのだろう。

「誰かさんが突っ走ったせいね」

 白々しい顔でキサラを垣間見た。彼も気まずそうに頭を掻く。

「膠着状態だった所に、火蓋を切って落としたのは誰だ」

 逆に見返してやる。白い素肌を縮めて、やはり気まずそうに視線を逸らした。どっちもどっちであった。敵の目の前に出て行ったのはキサラ。交戦のきっかけを作ったのはセシル。

 互いに互いをいがみ合っている以上、再び喧嘩になるのは目に見えていた。

「問題があったのは誰もが同じだった。私やシエラも、恐らく全力をもってすればこうなる前に何とかできる事もあったやもしれぬ。それをせずに、共に武器を振るってしまったのだ。お前達二人だけの非ではあるまい」

「ありがとよ、リィン。けどいいんだ、俺は俺の意志でアルデバランの陰謀をぶっ潰そうと思って行動したまでだからよ。ま、アルタイルにあっさりやられちまったけどな。あいつ強ぇや。殺されなかっただけでも今は良しとしないとな」

 お手上げだといわんばかりに溜息をつく。リィンは深く思慮し、腕を組んだまま再び口を開いた。

「二人に前から問いたい事があったのだが、いい機会だ。良いだろうか」

「私達で答えられる事ならばいいわよ」

 なぜ二人に、という所はあまり考えなかったようであった。

「お前達二人の過去に何があったのだ。何故互いにいがみ合う」

 一斉に、口をつぐんだ。何かが唇から出掛かって引っ込めるキサラ。話したくないといった空気をいかにもかもし出すセシル。

 タブーな話題である事は百も承知のようであった。それでもリィンは聞いた。二人だけで喧嘩して、いがみ合って。知らない話題で付いていけずに、何だか一人だけ部外者である事を実感していた。

 ずっと一緒に居る内に、彼らはいつの間にか仲間となっていた。そろそろ知っても良い頃。リィンにもそんな予感がしたのかもしれない。

「分かった、話すわ。まどろっこしいのは苦手だから、単刀直入に」

 予想と違い、口を開いたのはセシルの方であった。

「私とキサラは、三年前からの腐れ縁なの。恋愛感情なんか無かったけど、それでも昔はいい友達だと思ってた」

「よく言うぜ。似非聖職者め」

 再び口喧嘩を始めそうな所で、リィンは二人をなだめた。

「落ち着いて話してくれないか」

「そうね。あれはユリンの花が終わって、葉が青くなってきた頃だから、初夏だったわ」

 セシルは腕を組み、淡々と過去を話し始めた。

「王都スレンスブルグへやってきたばかりの私はまだ慣れていなくて、いちいち誰かに尋ねなければ何処に何があるのかも分からない状態だった」

「方向音痴なのか」

 思わずぷっと笑みがこぼれる。その一瞬のほころびは年相応の少女のものだった。

「違うわ。広すぎて、街の全景が頭の中に無かったのよ。しかも似たような建物ばかりの街だから、初めて来た人は大抵迷うもの」

 それはキサラも納得らしく、黙って頷いている。王都スレンスブルグのほとんどの建物は白亜色で固められているため、個性が少ない。土地勘の無い者が地図無しで街を歩いたら家にも帰れなくなる可能性がある。そのため現在、王都スレンスブルグには至る所に地図が貼られた掲示板が立っていて、案内が抜かり無くされている。

「ある日、夕方頃に探索がてら街をぶらついていたら、柄の悪い男達三人に取り囲まれて絡まれたの。『遊びに行こう』だとか言われた覚えがあるわ。要するにナンパよ」

「まぁ、そこに俺が偶然通りかかっちまったわけなんだ」

 余計な事をしたと言わんばかりに、頭を掻いてみせる。その後は、もうお決まりの展開のようだった。

「で、キサラが彼奴らを片付けて助けてしまった。というわけなのだな」

「ええ。剣も何も使わず素手でね。不覚にもあの時のキサラは格好いいと思ってしまったわ」

 あたかも失敗したかのような口ぶりに対し、聞いている方は不満そうに口を尖らした。

「まだ自警団に入隊する前の出来事だ。剣なんか持った事も無かった。喧嘩は昔から強かったけどな」

「貴方が入ったのはそれから一年後だったわね」

 バトンタッチしたように、次にキサラが話し始めた。

「そして、その日を期にセシルとの奇妙な腐れ縁の日々が始まった」

 キサラの話は、セシルと過ごした約二年間を真面目に語っていた。実はこの二人は仲が悪そうに見えて、実際は良かったのではないだろうかと思わせられる場面が多かった。

 買い物に行けば何故か同じ店でばったりと会ってしまったり、遅刻しそうになって街中を駆け抜ければお約束の如く角と角で正面衝突してしまったり。

 キサラが先輩に『美人のシスターが教会に入った』と言われ、覗き見すれば偶然にも何故か中に居たセシルと目が合ってしまう。逆に、カッコイイ自警団員が居ると言われて先輩に連れてこられたセシルが見せ付けられたのは、偶然にも剣を汗だくで振っているキサラの姿だったりした。

 互いに意識しなくとも、何故か離れる事がない二年間だった。忘れない内に二人は互いに何故か顔を合わせ、どうしても忘れる事が出来ない存在であった。

 二人が必要以上に進展しなかったのは、セシルによる所が大きかっただろう。彼女は街にやってきてしばらくし、仕事を始めた。それが教会のシスターであった。自身の女を、信仰する神に捧げたのであった。

 その神こそアース神族の王オーディン。ユグドラシルを抜けた先にある架け橋ビフレフト。その更に先に存在する神々の世界アスグルドに住まうと言われている。

 シスターだからこそ、彼女は男性と必要以上に関わりを持たない。男女の関係など、シスターの身にとっては持っての外であるようだった。無意識の内に男性との関わりを拒否するようになったのか、それとも気にしないようにするためにあえて興味を持たない事にしたのか、シスターになってからのセシルの性格は徐々に希薄になっていった。最後は会っても冷たい態度ばかりで、喧嘩別れに終わった。

 最後に別れてから一年の間、キサラは忘れたわけではなかった。だがセシルの方から避けるようになっていたようで、街の中ですれ違う事は何度かあっても、話をする事は無くなっていた。一年ぶりに言葉を交わしたはいいが、私的な用事で一緒に行動するようになったわけではないため、相変わらず関係は冷めたものだ。

 セシルを一言で表すならば、『変わった女』に尽きるだろう。女性特有の集団でつるむ事を好まず、孤高を好む。男を作らないのはキサラ相手だけではない。どんな男でも相手にしない。リィンは割と良さげな優男だが、彼を相手にしないのにはこういった事情がある事を、初めて話した。

「ならば早く言ってもらえれば良かったものを」

 絶対に手の届かない女を相手に気を揉んでいた事を聞かされ、リィンはモヤモヤしたやるせなさを表に出した。

「悪いな。随分と惚れてる様子が見えたから、逆に言う機会を逃しちまってさ」

 反対側で寝息を立てているシエラが目に入る。もぞもぞと動き出した。どうやらお目覚めの様子であった。声を掛けようとしたその時、牢の外に三人の鎧を着たアルデバラン兵が姿を現した。

「出ろ。パーティへ招待してやる」

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