表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
三章 消え行くもの
48/62

第45話 三章 ―消え行くもの― 6

 アルデバラン兵の群れに対し、キサラは両手で剣を構えて立ちつくした。兜に表情を包んだ兵士達は、無言のままアルタイルを守護するかのように立ち塞がった。

「貴様、何のつもりだ」

 兵士達の間からアルタイルはご自慢の剣を右手一本で携え、キサラを見据えた。息を切らしながらキサラは負けじと睨み返す。

「許さねぇ。俺達の国を、踏みにじるつもりか」

 その姿を、縛られているレムも見ていないはずがなかった。まだ瞼は赤い。剣を突きつけられたままで、キサラの様子を終始無言で見詰めていた。

「やっと追いついた。何考えてるの、キサラ!」

 黙って見ていた方が、物事を厄介にしないで済んだのは言うまでもない。だが、ここまでの暴挙を見せ付けられて黙っていられるほどキサラは大人でもなかった。

「うるせぇ! こいつら全員、倒せば済む話だ」

 青紫の剣をアルタイルの眉間に向かって突き出した。

「やめるのだ、キサラ……」

 小さく呟いたレムの言葉は、兵士達の喧騒により掻き消された。追いついてきたリィン。矛槍を構える。そしてシエラの姿を見た瞬間、アルタイルの表情は変わった。

「おや、その女はいつぞやの」

 タナトス王国ではお尋ね者のシエラ。だが彼らも今、シエラを捕まえる余裕など無かった。むしろこの状況下で、そういった事を考え付く者も居なかっただろうが。

「セルリアンオーブはありがたく使わせていただく。さて丁度良い。もう一つのカーネリアンオーブもいただこうとしようか」

「あれは……なくしちゃったよ!」

 叫び放つも、全く効果は無かった。

「ハハ、本当かね。まぁ、嘘だとしても構わない。君だけでもいい研究材料になりそうだ」

「黙れ!」

 シエラを庇うように彼女の前に立ち、剣の切っ先を向けた。

「タナトス王国は、アルデバラン聖皇国との同盟が成立した。その成約に対し武力で返そうというのか。反逆者キサラ。よもや忘れてはいまいだろうな。こちらには『出向者』がいる事を」

 両手剣をスィングし、レム隊長の顔面へと重く光る刃の切っ先を向けた。鼻先数センチのところに剣を突きつけられ、さすがのレム隊長も息を呑んで首を引っ込めた。

 後頭部に剣を突きつけられ、両手の動きも制限されている今、逃げ切るのは不可能であった。

「人質の間違いじゃないのか」

 歯軋りをして躊躇った。キサラの動きが止まる。

「そうとも言うかな」

 とぼけたように口走るアルタイル。悦が収まらない。だがその時、レム隊長に剣を突きつけていたアルデバラン兵が血を吹きながら倒れ込んだ。

 何事かと言うように騒然となる辺り。鎧の至る所から流れ出た夥しい血が小河を作り、アルタイルの足元までやってくる。

「これは……」

 明らかに物理的な殺人ではない。まるで身体の内側から血が肉を食い破り、溢れ出たかのようだった。兵士の目は血走り、右と左の目がそれぞれ違う方向を向いている。

 遥か後方で、冷たい眼をしたセシルが右手を出していた。指先からは光が淡く吹き出て、そして鼓動が消えるかのように収まった。攻撃魔法というよりも、生物を殺すための魔力を放ったという表現が正しいのだろうか。

 レム隊長を押さえ付けている兵士は居なくなった。その間に、タナトス王国騎士がレム隊長の身柄を数人で保護した。その間、アルタイルは横目でじっと微動だにせず見守っていた。

 彼女が何を考えてそうしたかは、本人にしか分からない。けれども、これで引き返す事は出来なくなった。進み続けるしかない。

「そうか、それが君達の選択か。だが、正解ではないな」

 妙な言い方だ。間違いでもないというのか。

「では、大人しく縛に就け!」

 アルタイルが指を鳴らす。剣を構えていた兵士達は一斉に襲い掛かってきた。先頭に居たキサラを四方八方から取り囲み、一人ずつ叫び声を上げながら突っ込んできた。

「お前らに恨みは無いが、歯向かうなら殺す!」

 鋭い刃がキサラを襲う。歯軋りをしたアルデバラン兵が、折りそうなくらい力を込めて刃をキサラの剣に叩き付けた。激しい火花が散り、目を眩ませる。

「おいお前ら、そこで指銜えてていいのか。このままだと、タナトス王国は」

 周りのタナトス王国騎士達は、キサラの剣戟を見てどうするべきか判断をしかねているようであった。今この場で剣を振るえば、確実に反逆となる。セシルは既に敵兵を殺しているし、キサラはもう交戦を開始している。この場に居る人間に、逃れる術は無い。

「お前らは一体何のために騎士になった。今ここで祖国が亡ぼされるのを黙って見守るのが、栄光あるタナトス王国騎士団なのか。そうじゃないだろ。屈して奴隷となるか、未来を賭けて戦うか。選べ!」

「貴様か、タナトス王国の生意気なキサラという小僧は」

 話しかけてくる兵士の言葉になど、耳を貸さなかった。

「うるせぇ雑魚が! 消えろ」

 兵士の腹を膝で抉る。胃液を吐き散らし、怯んだ所に飛び上がって両足で飛び上がった。

「うりゃっ」

 跳躍は兵士の頭を踏み潰し、更に高く飛び上がる。剣を思い切り振り上げた。真下ではリィンが聖槍を大きくスィングさせて近付いてくる兵士を威嚇していた。

 遠心力の付いた矛槍は、まともに食らえばその重い刃で身体を真っ二つに両断するだろう。一人の兵士が腰を抜かし、尻から地に倒れ伏す。

 剣を振り抜きながら飛び降りる。着地の重い衝撃で一瞬、鍔迫り合いになった兵士の剣は支え切れずに弾き飛んだ。遠くの地割れの底へと転がり落ちてゆく。

 それを呆気に取られている兵士の頭を蹴り飛ばし、気絶させた。力無くだらりとさせた頭部が、舌を出して転がった。

「そうだ、俺は国を守るんだ。キサラ殿に続くぞ!」

 一人のタナトス王国騎士が、心を奮い立たせた。落とした剣を拾い上げ、両手で構える。そして狂気ではない、純粋に神経を研ぎ澄ました一撃が、敵兵に向かって向けられた。

 それを皮切りに、一人、また一人と剣を取り敵に突っ込んでいった。皆が必死だった。負ければ後は無い。今この場で全てを倒せば白紙に戻せる。

「ここまで来たら、もうどれだけやっても同じね」

 セシルの両腕は天高く突き上げられ、何かを念じ始めた。その隙を逃さずに兵士は切りかかってくる。だが隙だらけに見えたその様子からは想像も出来ないほどの反射神経で、念じたままセシルは後方に飛んだ。

 が、その先にもう一人の兵士が待ち構えていた。咄嗟に詠唱を中断したが、剣の振りが速い。

「逃げて!」

 電撃の剣。魔力で作り出した実体の無い武器。シエラ専用の魔法。

「あ、あなた――」

 キサラの腕力をも圧倒した電撃の双剣は、シエラの手の動きと連動して兵士を襲っていた。振り抜くように手を動かせば、剣も切り裂く。まるで曲の指揮者が棒を振っているかのようだ。

「何だこの女、こんな魔法の使い方なんて普通は思いつかねぇ」

 電撃の剣と鍔迫り合いをする兵士。二人同時に襲い掛かってくるも、シエラの操る二本の双剣がそれぞれの兵士を相手していた。剣を操っているのは魔法。だが剣を誰かが握っているかのような手応えがあった。

「わたしを誰だと、思ってん、のっ!」

 純粋な腕力同士の勝負ではないため、徐々に力負けする兵士。電撃の剣は疲れない。シエラ自身は腕を振っているだけのために疲労も少ない。

 敵味方が入り乱れているこの状況下では、広範囲に炎を起こしたりするような攻撃魔法は味方をも巻き込むために使えなかった。自然とシエラもこういう戦い方になったのである。

「余計な事をするわね」

 兵士の剣が届かない場所へ移動し、再び念じ始める。発動に手間が掛かる魔法ほど、特殊な場合が多い。

「ディレイストリーム!」

 空間が捻じ曲げられたように、無機質で歪な音が辺りに漂った。標的になった兵士の半分ほどはもろに影響を受け、時間の流れが遅くなる。剣だって振っているのかどうかすら分からないほどに鈍くなった。

「助かるぜ!」

 逃れて動き回っている兵士は、それでも果敢に立ち向かってきた。逆に魔法を唱え始める兵士まで居る。

「殺せ。その女がディレイの元凶だ」

 遥か遠くの兵が左手を突き出し、セシルに向けて魔法が放たれる。小さな炎の槍だったが、横から走ってきたシエラの電撃の剣がそれを消し飛ばした。

「また、余計な事を……」

 彼女の目の前を走り去るシエラ。ちらと視線が一瞬合う。けれども笑ってはいない。高速で駆け抜ける電撃が、空気を張り詰めさせていた。

「動きの鈍い奴は放っておけ。掛かってくる邪魔な奴を排除して、本体のアイツを叩くんだ!」

 キサラの鋭い指が向けられているのは紛れもなく、腕を組んで高みの見物を決め込んでいるアルタイルであった。

 周りのタナトス王国騎士達も、邪魔なアルデバラン兵達との交戦の最中だった。技術を重視するタナトス王国に比べ、アルデバラン兵達は魔法にも若干覚えの有る者達が多かった。

 自らの剣や身体能力を魔法で強化し、重い一撃を繰り出してくる。その刃の前に、魔法に耐性の少ないタナトス王国騎士達は一人、二人と倒れてゆく。

「なかなか近づけぬ」

 巨大な聖槍の刃は、剣など簡単に弾き返した。大きく振り回すだけでも相手にとっては大きなプレッシャーになる。空気を薙ぎ、風の掠るような音が金属の兜を通して兵の耳に入る。リィンの前方から襲い掛かった兵には、触れただけでも致命傷確実なその刃に畏怖して躊躇う者も多く居た。

「食らえっ」

 離れた所から素早く魔法を発動させ、リィンを怯ませる。炸薬のような眩い白色の爆発が目と鼻の先で起き、堪らずリィンは目を眩ませた。

 そこにすかさず斬りかかってくる兵。反応が遅れ、左肩に剣が食い込んだ。だが固い鎧のお陰で重傷には至らない。好機とばかりに、逆に手甲により細い剣先が握り込められた。

「ぐぐ……」

 柄の部分をつかんで何とか手から剣を引き抜こうとするが、力を込めれば込めるほどリィンの手は意地になって剣を離さなかった。丈夫な手甲のお陰で手を怪我する事も無い。

「こいつ、何だこの力。くそぉ」

「帰れ!」

 普段から聖槍を担いで振り回しているだけあり、彼の筋力は見た目以上だった。剣を離さない兵を、逆に振り回して放り投げてしまった。宙を舞い、受身をも取れずおかしな角度で兵は地面に叩きつけられ、昏倒した。

 残ったアルデバラン兵は少ない。特にキサラの動きが凄まじく、地を蹴ったかと思うと次の瞬間には反撃する余裕もなく兵士は倒されているといった事が続いていた。しかも驚くべき事にその全ては生きている。ただ意識を失っているだけ。命を奪う事無く。

「シエラ、挟み撃ちだ!」

「いいよ!」

 両脇で兵士を打ち倒し、俊足で駆け寄る二人。左右から同時攻撃を繰り出す。エーテルセイバーと電撃の剣。共に行動力を奪う事を目的とした攻撃であった。足や腕を狙い、交差すると共に兵を切り刻む。あまりの速さに、兵はろくな反応も出来ずに倒れ伏した。もちろん、戦闘能力を奪う事が目的であり殺してはいなかった。

「おい、汗が浮いてるぞ」

「べつに平気だってば」

 いやにシエラは疲れている様子だった。魔法も元気がない。怪我が治りきっていないのも理由も一つかもしれないが、それにしては様子がおかしかった。先ほどから肩で息をしており、集中力が途切れたりして魔法が一瞬途切れたりしている。下手をすれば致命的な隙であった。

「ならいいんだけどよ」

 だが、シエラの足はだんだんと失速しているのが分かった。キサラの動きにも動揺が見られ、剣を振る腕が鈍る。視線はちらちらとシエラに向いている。心配であろうが、ここで立ち止まっているわけにはいかない。

「やべぇ、魔法が来る!」

 アルタイルを取り囲むようにして守っている近衛兵達が、一斉にバラバラの属性の魔法を発動してきた。火球、氷柱、重力、電撃。万物を象りし地水火風全てが牙を剥いてくる。

「キサラ、こっちに――」

 咄嗟にシエラは、瞬間的に声を発して二人分を包むバリアを思い切り辺りに張り巡らした。薄い乳白色の膜が半球状に二人を囲い、高速で突っ込んでくる魔法を弾き返した。

 光が七色に変化し、そこに強力な何かが張り巡らされているのがはっきり分かる。火球は燃え尽き、氷柱は先端が食い込んだが砕けた。電撃は完全に遮断される。

「ぐぅっ……、重い!」

「あぁ、が……」

 だが、その場に発生した超重力場だけは防げなかった。バリアの働きで威力はだいぶ下がったものの、二人は耐え難い重力に膝を崩した。地面に強烈に押し付けられ、全身が天井に潰されるかのような悲鳴を上げた。

「こ、のっ」

 シエラは髪が逆立つほどに声を上げ、魔力を搾り出してバーストさせた。全身の末梢という末梢から出した力は景色を一瞬ぐにゃりと歪ませ、弱った重力場など一瞬で消し飛ばした。小さな瓦礫が衝撃で放射状に転がる。咳き込みながら立ち上がるも、ふらついて膝を付き、肩で息をしだした。

「何かおかしいぞ。本当に大丈夫なのか」

 返事は無かった。目が右往左往し、髪の隙間から垂れ落ちる汗の雫が、彼女の身体に掛かっている負担を視覚的に訴える。

「隠れてろ、お前はこれ以上無理するな!」

 遠くから見ているアルタイルの口元が歪んだ。唇を醜く歪ませ、太陽の下で白い歯が斜めに垣間見える。嘲笑っているかのように。第二波が来る。再び兵士が弱ったシエラに対して魔法を唱え始めていた。

 シエラのおかしな様子に、どうやらリィンも気付いたようだった。動きが鈍る二人をカバーしようと、吼えた。背後からセシルの援護魔法が掛けられる。温かいものが全身を柔らかに包み込んで、ミントの葉を口に含んだ時のように頭が冴え渡る。

「休むのは後でも出来る。私が道を開こう。キサラよ、続け!」

 リィンの視線が射抜いたものは、敵の大将の姿だった。まるで研ぎ澄ましたナイフを突き付けられたかのように、アルタイルの視線が強張る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ