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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
三章 消え行くもの
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第44話 三章 ―消え行くもの― 5

 数人の兵士を気絶させて近くの草むらの中に放り込み、その内の一人から鎧を奪った。一番似合っているリィンがその鎧を代わりに着用し、御者になりきる。

 残りの三人は荷物の箱の中に身を隠した。

「ちょっと、せまーい!」

「うるせー、お前が足なんか伸ばそうとするから俺が。やべぇ、腰が変な角度に……っ」

「貴方達、二人とも五月蝿い。黙って。あと二人とも、あんまり近寄らないで」

 荷物の中であぁでもないこうでもないと、騒がしさが止まないのでいつまで経ってもリィンは馬を歩かせられなかった。

「お前達、いい加減にしてくれないだろうか……」

 しびれを切らしたリィンは、思い切って馬を歩かせた。四本の足のリズムに沿って加速と減速を小刻みに繰り返しながら、馬車は進んでゆく。

 顔を隠した兜のお陰で、リィンの正体はバレる事が無かった。門に辿り着くと槍を持ったアルデバラン聖皇国兵が荷馬車へと近寄ってきた。

「遅かったな。寄り道でもしてたのか?」

 リィンは咄嗟に会話を合わせた。

「すまんな。腹が減っては何とやらと言うだろう」

「はは、そうだな。お前は昔からそういう奴だった。いいぞ、早く皆に食糧を届けてやれ」

 深く頷き、手早く再び手綱を振るった。涎を垂らした馬はマイペースで進む。

「おいちょっと待て」

「何だ」

 もう一人の兵士が荷馬車を呼び止めた。後ろに乗っている木箱を凝視する。リィンはまずいという気持ちで焦りつつも、何とか顔には出さずに堪えた。

 兵士は荷台に積まれている大きな木箱を手で擦り、軽く叩いてみる。

「今、何かこの中から音がした気がするんだが」

「……気のせいであろう。それか、食糧目的の鼠でも入り込んでいたのだろうな」

 紛れもなく、その一番大きな木箱の中には三人が詰まっている。開けられたら一巻のお仕舞いだった。中の者達にも外の音は聞こえているはずだ。恐らく疑われている事は分かっているだろう。何も声を出さずにしんと静まり返っていた。

 兵士は少しの間思慮したように木箱を見詰めていたが、ようやく槍を引いて元の定位置へと足を戻した。

「そうだな、考えすぎた。よし、通って良いぞ」

「助かる」

 街の中へと馬車はゆっくり進んでいった。



 道中でタナトス王国軍を見つけられず、遂に首都ベルクへと潜入する事にまでなってしまった。ここまで来たらただの説得では話は付かないかもしれない。かといって、説得する以外に見当の付く方法も無いわけなのだが。

 恐らくアルデバラン軍との衝突は避けられない。後はどれだけこじらせずに終わらせられるか。

「あー息苦しかった!」

 大きく深呼吸をするシエラ。身体を縮めていたらしく、よく関節を動かして運動している。セシルは無表情、キサラに至っては腰を痛がって擦っていた。

「上手く街へ入れたな」

「そうね。タナトス軍はどこに駐在しているのかしら」

 この街へ入っているのなら、既にアルデバラン軍と会い見えている可能性は限りなく高い。

「リィン、もし会談に使っている場所があるとしたら、どこが有りそうだ?」

 彼はこの街の出身だ。恐らくポイントも予想が付く。

「街の中央に広場がある。あそこは確かあまり被害を受けていなかったはずなのだが」

「行ってみるか」

 至る所に兵士が立っている。見つからないように、前後を見張りながらゆっくりと進んでいった。壊れた建物の残骸に身を潜めながら、中央を目指す。

 すると広場が見えてくるに従って、皆が予想していたものに近いであろう光景が広がっていた。互いの旗が立っている白いテントが二基。勇ましいコンドルの姿が描かれた赤い旗がタナトス王国。世界樹ユグドラシルが描かれた緑の旗がアルデバラン聖皇国だ。

 そしてもう一基、一際大きな目立つテントが立っている。恐らくあれが会談の行われているのであろうテントだ。両国の代表同士の会談は、もう始まっている可能性は高い。

「参ったな。やっぱり遅かったのか」

「貴方達がのんびりしてるからいけないんでしょう」

「……ごもっとも」

 鋭いセシルの指摘に、たじたじになりながらキサラは口をすぼめた。早く来ようと思えばもっと早くできたはずではある。

 提言をする間もなかった。このまま見守るしかないのだろうか。

「きっとあのアルタイルという男は狡猾だわ。タダでは交渉に応じないでしょうね」

「ま、こっちの方が立場的には弱いしな」

 先に占領しに来たのは恐らくタナトス王国の方だ。だがもし武力交渉に発展すれば極めて厳しい状況が待ち構えていた。

「どうやら小汚い鼠達が潜んでいるようだな」

「ん?」

 どこからか声が降りかかった。ふとキサラは振り返って見上げると、倒壊しかけた建物の屋根に乗った一人の細い男が四人を見下ろしていた。

「お前は……っ」

 いつか見た顔であった。骨っぽい顔のラインに、黒髪のオールバック。揺らめく炎のような模様をしたローブに身を包んだ男。

「誰だっけ」

 キサラはとぼけたように頭を抱えて、シエラに振った。

「え、わたしも知らない」

 その様子を、残る二人は気の抜けた表情で見ていた。

「ほら、古城で会った人工生命体ホムンクルスだとかいう男よ。名前は、なんて言ったかしら」

「わ、私か?」

 皆が皆に振っているこの話題に、当のホムンクルスの男は少々苛付いている様子が見えた。一見そうは見えないが、どうやら人の子ではないらしい。

「うむ……名前は何だったか。マイケルか? すまぬ」

 沸々と湧き出す怒りを抑えようと必死になっているが、拳の震えは全てを物語っていた。

「ベガだ! 人の名前を忘れるとは何と失礼な奴等よ。そこの男に至っては私の事を覚えてもいないのか。いい度胸をしているな」

 彼で遊んでいるようにも見えなくない四人だが、どうやら忘れていたのは本当のようだった。しかもキサラに至っては最初に会った時止めを刺した相手のはずなのだが。

「まあ良い。お前達はツイている。今、私は主であるアルタイル様より何の命令も受けていない。貴様らを殺す必要は無いという事だ。ありがたく思え」

「じゃあ帰れよ」

 興味ないと言った様子で、キサラは出来る限りの無視を続けた。あまり関わり合いにならないほうが良いタイプの人物な予感がしていたのだろう。

「ならぬ。命令を受けていなくとも、私にはアルタイル様を守る義務がある。ここを通すわけにはいかぬのだ」

 断固とした態度を示し、右手から小さな炎を溢れさせて威嚇する。真面目すぎてからかい甲斐のある相手だが、実力だけは本物だ。侮っていてはとんでもない火傷を負う事になるだろう。

「どうでもいいけど、とりあえず退けよ」

 全く持って話を聞いていないキサラ。もはや眼中に無かった。

「それとも、今度は完全に止め刺してやろうか? 今後また現れるのも面倒だしな。片付けちまってもいいんだぜ」

 ベガはローブを揺らめかせながら跳躍し、ふわりと目の前に着地した。左足を前にし、半身で立ち塞がる。

「望みとあらば相手してやらなくもない。だが、こんな所で騒ぎを起こして良いのか? あのテントの中では貴様らにとって大事であろう人間が、無駄な交渉を繰り広げている頃だろうが」

 無駄な交渉。それは彼らの考えも同じだった。強大過ぎる相手に対して、対等な条件で交渉が通じるわけがない。だが、タナトス王国も引くわけにはいかなかったのだろう。

 この世界において、土地はどんな物よりも価値のある物だからだ。徐々に大地が失われて崩壊してゆく世界において、作物が実り、居住に適した土地はどんな物よりも魅力的に映る。だからこそ人々はそこに希望を見出し、誰の物にもなっていない土地を命がけで争い、奪う。希望は時に人を狂わせる。

 イノセント・ランドの根底にあるものは絶望だった。何もしなければ滅びゆく運命。玉が緩やかに坂を転がり落ち、やがては崖から落ちるかのように。何も起きない平和な毎日などは、いつか訪れる滅びから目を逸らした現実逃避でしかない。

「タナトス王国に勝ち目など最初から無いのだ。諦めるがいい。何しろ、こちらには『切り札』まであるのだからな。分かったら、さっさと帰るのだな。私は無駄な事は嫌いなのだ、命令に無い事はしない」

「切り札?」

「美しい娘だな。少々じゃじゃ馬だが。あの長い亜麻色の髪、殺すには惜しい」

 長い亜麻色の髪の女。キサラの記憶の何処かにあった。何か嫌な予感が過ぎったらしく、眉間に皺を寄せた時にセシルが確信を持ったように口を開いた。

「まさか、アリエル王女を人質にしているっていうの?」

「おっと喋りすぎたな。いや、問題無いだろう。どっちみち、タナトス王国がこの場に現れた時点で勝敗は決まっていたのだからな」

 狂獣ロードオブバーミリオン撃破後、アリエル王女は外交のために国外へ出たという話は王都の中を駆け巡っていた。その際アルデバラン聖皇国に拉致されたとすれば話に説明は付く。

 それが判明した時点で、タナトス王国に勝ち目は無かった。アリエル王女がアルデバラン聖皇国に囚われている事実は、恐らく本国は知らない可能性がある。知っていたらまともに正面から交渉などに乗り出すわけがない。拉致されたという事は、十分に敵対の意思があると見える。だからといって、こちらから戦争を仕掛けた所で万に一つ勝てる可能性は極めて低い。それを分かっていながら、保険を掛けるつもりでいるのであろうか。遅かれ早かれアルデバラン聖皇国は、タナトス王国の土地すらも奪うであろう。

 確かに、以前からアルデバラン聖皇国には不穏な動きがあった。何かとタナトス王国に使節団がやってきて視察して帰ったり、妙な協定を結びたがったりなど、向こうから積極的に交流を持とうとして来た事が過去に何度もあったのである。

 国の方針としては付かず離れずで、様子を伺うという事に留めていた。だが、彼らはタナトス王国を落とすチャンスを狙っていたのだろう。

 その時だった。テントの周りで動きがあった。それぞれの代表が出てくるのを今か今かと待ち構えていた、護衛の兵士達。彼らの表情が変わった。ざわめき出す。テントの薄暗く開いた口から出てきたのは、国王マドレーヌの側近であるエルド宰相。彫りの深い顔立ちに、長い白ひげを蓄えた老賢人だ。タナトス王国の知恵箱そのものである。両手には縄が掛けられ、兵士の剣が後頭部に突き付けられた状態でテントから突っつかれるようにして歩き出た。下を向いたまま、喋る元気すらも無いようであった。

 続いて出てきたのは、レム隊長だった。尊厳も何も失ったレムの姿を見て、咄嗟に声を上げそうになるも、リィンに引っ張られるキサラ。ここで声を上げるわけにはいかないと、小さく耳打ちする。

 エルド宰相と同じく、レム隊長の両手には縄が掛けられていた。腰の剣は奪われ、アルデバラン兵に小突かれて歩く。そしてテントから出るなり、レム隊長は塞がれていない口で小さく、されど威厳のある声で周りの兵に

伝えた。

「タナトス王国は身を引き、この土地はアルデバラン聖皇国のものとなる事が決定した」

 兵士達の表情は、皆がうな垂れてしまった。手に入れた大地は、巨大な力によって易々と奪われた。最初から対等な立場での交渉ではなかった。勝てる可能性は十中八九無いに等しいものであった。それでも挑んだのは祖国の立場を考えての事。

 タナトス王国の大地も疲弊しきっている。だからこそ人々は、新しい大地に希望を見出した。だが、この世は強い者がやはり勝つ。新しい大地を狙ったのはタナトス王国だけではなかっただけの事。

「これ以上、タナトス王国はアルデバラン聖皇国に対し一切の危害を加えず、敵対の意思を持たない事を私の身を持って、この場にて誓おう。勇敢なるタナトス王国の皆よ、アルデバラン聖皇国と末永く友好を保とうではないか!」

 言わされている。直感で捉えたのだろう、キサラの表情は強張った。縄を掛けられたレム隊長の瞼は少しずつ腫れ、赤みを帯びていった。普通なら笑われるであろう。

 だが、その場にいた誰もが笑わなかった。悲壮な空気がタナトス王国兵の間には流れ、一人、また一人と手にした剣を取り落とした。傷付いた街に響く黒金。膝から地に崩れ、皆はうな垂れた。

 アルデバラン聖皇国との友好を築こう、そう勇敢な言葉を皆に投げ掛けたレムの瞳から一筋の雫が流れた。巨大すぎる力の前には、ただ平伏すしかなかった。

(駄目だ、隊長。泣いては駄目だ……。あなたは、みんなの希望なんだ)

 キサラは今にも大声を上げながら、剣を抜いて走り出してしまいそうだった。レムの頬からはとめどなく流れる悔しさの証が止まらない。だが、言葉も途切れない。

「さぁ、皆よ顔を上げておくれ。私は、友好の証としてエルド宰相と共にアルデバラン聖皇国へと出向しよう。そして、国王に伝えるのだ。『アルデバラン聖皇国は、我がタナトス王国と永遠の友好を願っている。私はそれこそが最良の選択だと信じている』と」

 嘘だ。

「そして我が姫君――」

 エルド宰相が初めて重い口を開いた。物腰は柔らかだが、どこか強い説得力を持った声で。

「アリエル・F・T・レニングラートは、友好の証としてアルデバラン聖皇国神官将アルタイル・ブリースツ殿との婚姻が決定した」

 兵達がどよめく。当然であった。国の象徴ともいえる王女が、敵対国家の神官将と結婚する事。時期皇帝との婚姻ではなく。明らかに国同士の和平の証などではない。タナトス王国がアルデバラン聖皇国に降伏した証だった。搾取される立場。これが、タナトス王国の迎える未来。

 最後にテントから出てきたのは、大柄な体躯をした大男。神官将アルタイルだった。アリエルとの婚姻が決まり、前に会った時よりも悦に浸った表情をしている。美しい姫君との婚約という餌を目の前に垂らされ、汚れた欲望を剥き出しにした目を泳がせていた。

「タナトス王国の諸君、私がアルデバラン聖皇国神官将アルタイル・ブリースツだ。王女アリエル殿との婚約、喜んでお引き受けしよう。ハハハ。既に本国ではアリエル殿は私を待っているだろうからね」

 敬意などどこにも無かった。無理矢理に拉致しておいて、そのまま結婚させて奪ってしまおうというつもりか。傍若無人さはもう、皆の我慢を超えていた。

「酷い話であるな」

 黙って聞いているリィンからも、非難の声が出た。様子を伺い続けたその時、隣で金属の擦れるような音が小さく流れた。

「おい、キサラ!」

 剣を抜いたキサラは、無言のままで走り出してしまった。大きく地を蹴り、地割れを飛び越え。

「何やってるのかしら、全く」

 やれやれといった表情で、セシルが、リィンが仕方なく走った。

「待つのだ!」

 遂にキサラの感情は抑えきれなくなってしまったようだった。無我夢中で茶番の中に飛び込んでゆく。一人残されたシエラは、くすくすと笑うベガを横目に走り出した。

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