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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
三章 消え行くもの
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第43話 三章 ―消え行くもの― 4

「遅かったか!」

 既に陽は高い所にまで昇りかけていた。兵士にレム隊長の居場所を聞いた所、既にこの街を発ったという。行き先は首都ベルク。しかもレム隊長だけではなく、マドレーヌ国王の側近中の側近であるエルド宰相までも一緒であるという。どうやら国の方針で、アルデバラン聖皇国と交渉するつもりのようだ。

「手前ら止めろよ、何のための兵士だ。知っててのこのこ行かすんじゃねぇ! 馬鹿野郎共」

 平和ボケし、のほほんとした下級騎士の胸倉をつかみ掛かるキサラ。あまりにもヘラヘラと笑っていたために、思わずキサラの鼻に付いてしまった。

「相手は世界一の大国だぞ。あのアルデバラン聖皇国が、タナトス王国なんかの小せぇ弱小国家相手にちまちま交渉に応じると、お前ら本気で思ってんのかよ。頭腐ってんじゃねぇのか!」

 胸倉をつかまれた後、殴り付けるようにして兵士を放った。街路樹に背中からぶつかり、必要以上に痛がる。並んだ他の三人の兵士も、返す言葉を失っていた。

「も、申し訳ありません」

「謝るくらいなら何で止めない! 下手すりゃ戦争になるかもしれねぇんだぞ」

 尚いきり立つキサラの肩に、冷たくも温かい金属の手甲が乗せられた。

「もう、それくらいでよしてやらないか、キサラ。それよりも、早く追いかけた方が良いのではないか」

 激昂を冷静に諌めるリィン。彼自身でさえまともな判断は下せない精神状況のはずなのに、何とか理性は保っていた。

「今ならまだ間に合う。戦争を防ぐのであろう?」

「当たり前だ」

 セシルは少々冷めた声であった。

「正義感だけは認めるけど。もう少し落ち着かないと、救えるものも救えないわよ」

「へっ、言うじゃねえか。けどな、大人ぶってクールに何もかも分かった顔して、そうやって大事なものを目の前で失っていくなんて、俺はそんなの絶対嫌だからな。がむしゃらにやれるだけやって、それで守れればいいじゃないか。やれる努力もしないで冷めた顔して、そんなのどこがカッコいいんだよ」

 瞳には強烈なまでの固い意志があった。未熟ながらも強い精神と成熟した力。青年の内なる葛藤はここに来て、遂に破裂した。

 誰かを守れるかどうかは分からない。けれども、守ろうともしないでそれを悟ったようにクールな顔して。キサラの嫌いな顔だった。

「お前は変わってないな。あの時から全然」

 セシルとの間で、瞳が合った。けれども、その手を伸ばせば届く距離にあって、二人の距離はとても大きく開いていた。

「貴方もね」

 くすりと哂う。けれども、笑ってはいなかった。リィンはそんな腐臭すら漂いそうなまでの関係をただ黙って観客席から傍観しているしか出来なかった。

「お前達、いい加減にするのだ。今は喧嘩している場合ではないだろう」

「そうだったな。この件はお預けだ」

 だが、二人とも大して腹も立てていない様子であった。どうも関係としては既に冷め切ったものであるようだ。相手に対して感情をぶつける事すら馬鹿馬鹿しい。そんな様子すら見て取れた。

 つまり、一緒に居るものの互いに信頼の置ける相手ではないという事だろう。そういった関係は既に終わっている。

「興味がもしあるなら後で詳しく話してやるよ、リィン」

「う、うむ」

 暗く低い声で呟き、誰の顔をも見ずにその場から歩を進めた。リィンが続き、最後尾をセシルが行く。が、街の外へと向かう道を進む内、突如キサラは足を止めた。

「そうだ、アイツに書き置きでもしていく」

「シエラの事だろうか?」

「だってアイツまだ寝てんだぞ。頭にタンブラー投げつけられて怪我したんだしな」

 二人が相談をしている最中、セシルは一人てくてくと街の外へと向かっていった。

「置いてくわよ」

「俺はシエラに用があんの! 待ってられないなら先に行ってろよ」

 あまりの無神経さに、キサラは少々苛立っていた。どうしてこうも人の言う事を聞かない人種なのだろうかと。特に、そう。シエラの事になると妙な嫉妬心のようなものが働いて毛嫌いをしている感がある。

「そう。なら行ってるわ」

 遠慮がちに、彼女は先に歩いていった。あまりの思い通りのならなさに、キサラは無言で憤慨していた。

「リィンお前、あんな女がいいのかよ。やめとけやめとけ。お前の顔ならもっといい女と付き合えるって」

「む、むぅ」

 彼の顔は、その提案を飲むべきか飲まざるべきか。分からないようだった。愚痴に似たセシルの話を少々聞きながら、リィンはうなり続けた。そして宿の前まで来た時、突如ドアを開け放って金髪が飛び出してきた。ふと風によりふわりと揺れるやわらかなヘアーが回った時、最近に無い焦った瞳をしていた。

「あ、シエラ! お前起きたのかよ」

 するとびっくりした表情をしたが、すぐに飄々とした表情に戻ってしまった。

「おはよ。ちょーっとね、話があ、るんだけど」

 まだ本調子ではないのだろう。夕べのどもったような喋り方がまだ続いていた。痛々しく額に巻いている包帯は取り替えていないために血が滲んでいるのが分かった。

「話って?」

 すると誤魔化すかのようにえへへと笑いながら、シエラはぼそりと言った。

「なくした」

 たった一言。だがキサラの脳裏には何か痛いものが感じられた。

「何を失くしたんだ」

「カーネリアンオーブ」

 キサラの眉はぴくついた。それに反応し、妙に引きつった笑いと、もじもじしながら困ったように頬に指を当てる仕草。

「えへへ……」

 誤魔化した。

「ははは……」

 乾いていた。

「シエラ、それはまず――」「ごめーん!」

 リィンが最後まで言うのを待たず、両手を合掌して初めて謝った姿を見た。精一杯の声を上げて、目を瞑って。だがキサラの顔は一生の内に一度見る事が出来るかどうかのとびきりの優しい微笑を称えていた。

「そうかー、シエラー」

 彼の足は金髪の背後にゆっくりと回った。

「オイコラふざけんじゃねえ。何が失くしただ、冗談じゃねえぞっつーの!」

「うぅ、ごめんってば!」

 器官を塞がない程度にシエラの首をヘッドロックした。もちろん本気の力ではないが。さすがの彼女も、こればかりはヤバイと思ったのだろう。素直に謝ったのは意外だった。

「ごめんで済むかよ、全く」

 ようやく解放されたシエラは息を整えると、詳しいいきさつを話し始めた。

「狂獣ロードオブミスト、ラルをたおした時までは、確かに持ってたんだよ。けど、それ以降の記憶がな、んか曖昧で」

「夕べは?」

「良くおぼえてない」

 珍しく困り果てた顔でシエラは助けを求めようと、ちらっちらっとリィンに目で合図した。

(な、何? ここで私に振るのか。どうする)

 何か助け舟を出さねば後で消し炭にでもされるかもしれない。一つ咳払いをすると、意を決してリィンは言った。

「オーブの方は、落ち着いたら探すとしないか。確かに大事であるが、今は戦争の方をどうにかするのが先では。セシルはもう相当先まで行ってしまったのではないだろうか」

「まぁそうなんだけどさ」

 こんな所で油を売っている暇は無いのが現状だった。

「仕方ない、オーブは後だ。首都に行くぞ。シエラはまだ寝てろ。怪我が治りきってないだろ」

「だいじょ、ぶだってば。わたしにはエルフィールの血が流れているんだか、ら治りが早い、し」

 そこに本当は『レッサー』と付く事にはあえて触れなかった。触れて良い話題ではない。

「だが、まだ言葉も戻って――」「だいじょぶだってば!」

 いつにも増して強情であった。すっと吹き抜ける一陣の風は街路樹をほんのり揺らし、空気を変えた。のんびりとした街の様子は、いつの間にか焦らせられるようなものになっていた。街中が慌しくなり始めているのが、その場にいた皆の肌は感じた。

 風が吹いた後に、どこからともなく一台の馬車が静かに脇を通っていった。ぴんとしなったたてがみを持つ若い牡馬だった。だが首を下ろしながら歩くその姿は、どこか寂しげであった。後ろの台車に乗る御者も、大荷物を抱えている。

 その姿はまるで、この街を後にする場面のよう。戦争の気運、これがそうなのであろうか。馬の後姿が、今後の国の行方を予想し、物語っているようであった。

「分かった分かった。無理はするなよ。あと、タナトス王国軍が見えたらお前は隠れていろ。お尋ね者だからな」

 嬉しそうにニヤニヤし始める。あまり怒られなかった事にほっとしている様子であった。キサラが先頭になって、皆は歩き出した。

「それはそうと、えーっとリィン?」

「ん、私か?」

 この二人がまともに会話を交わすのはこれが初めてかもしれない。古城で出会い、狂獣ロードオブミストラルとも一緒に戦ったが、話をする余裕など微塵も無かった。

「というわけで、よろしくねー」

「うむ。よろしくな」

 と返事をするが早いか、シエラは鼻をぴくぴくさせた。

「ねぇ、リィンって水浴びとか、しないの? なんか臭う気、がすんだけど」

「何言ってんだ。するに決まってるだろ。なぁ」

 いきなり失礼な事を言い出すシエラに、本人は固まった。

「え、だって、なんか獣臭……」

 リィンは硬い笑顔を作った。キサラには臭いも何も感じないのだが。ただ、あの金属の鎧が汗臭そうだとは思えるが。

「お前なぁ、言っていい事と悪い事が――」

 キサラには汗臭さの事だと感じられたのだろう。あまり相手にせず、黙々と歩き続けた。

「うーん、そうかな。でも……まぁいいや。ごめんねー、リィン」

 と、彼女もばつが悪そうに足早に前を歩いた。

「そうか、臭うか……」

 誰に言うわけでもなく、リィンは小さく呟いていた。


 魔法というものは大きく分かれて二つあり、日常魔法と戦闘魔法があるのは皆も良く知っている事だ。日常魔法というのは使える場面を選ばない。元々生活を便利にするために人々が考えた魔法であり、汎用性が高い。想いを形にするという「魔法」は、想っても人によっては発動する事が出来ない種類も存在するものの、日常魔法は強弱があるが魔法を使える者ならば大抵発動させる事ができる。

 人によって発動する事が出来ない種類というのは、主に他の生物を傷付ける類である攻撃の魔法だ。自然の力を利用して発火させたり、水流を起こしたりする事である。

 元々、世界には自然の力が満ちている。それを肌を通して上手く取り込み、力とする事が出来る者だけが、攻撃の魔法を発動させる事が出来る。いくら想う力が強くとも体質により自然の力を取り込む事が出来ない者もいる。

 火の攻撃が上手だったり、苦手だったり。特定の属性だけが得意というのはそこから来ている。そして中には、逆に日常魔法の扱いに長けている者なども居たりする。

 リィンはその類だった。

「お前、騎士とか辞めて便利屋になれば?」

 足に掛けられたヘイストの魔法は、以前セシルが掛けた時よりも効果は数段上だった。本人達は普通に歩いているだけなのだが、周りから見ればそれは異様な光景で、三人とも足がまるで高速回転する歯車のようにちゃっちゃか動いているのだから。

 シュールの一言では片付けられない。乗り物で移動しているわけでもないのに、馬車以上の速度で歩く者達。途中、街道を行き来する旅人とすれ違ったが仰天していた。

 めくるめく景色が変わる。おぼろげに見えた景色はすぐさま目と鼻の先までやってくる。雲が風で押し流されているかのように流れているのが見えた。

「はは、すげえや。お前の日常魔法は。こんな才能があったのか」

「疲れるから普段はあまり使わないがな。この状況では仕方ない」

 掛けた部分の時間の動きを制御し、動作を極端に早くさせる作用のある『ヘイスト』は、移動系の日常魔法としては最も知られているものだ。だが時間の動きという高度なものまでもを制御する必要があるため、膨大な魔力を消費する。魔力を消費するという事は、そのまま体力の消費に繋がる。そのため、好んで使う者は少ない。ましてや三人分となればかなり疲れるはずだ。日常魔法ではあるものの、恒常性は無い。街の移動くらい距離があれば使う者も居るのだが、それでも多用は出来ないのが現実だ。

 リィンの額には、その証拠に脂汗が浮かんでいる。矛槍が重く感じるらしく、今はキサラが担いでいる。想像以上に重量がある事が持ってみて初めて分かったらしく、普段からリィンがこれをずっと担いで歩いている事に感心していた。

「お、ようやくベルクが見えてきた。やっぱりな、警戒網が敷かれてる」

 見えてきた首都の入り口。木の陰に隠れ、三人は遠くから観察した。馬車や兵士達が壁になり、街の入り口を塞いでいる。

「見慣れない鎧を着ている。アルデバラン兵ではないのか」

「恐らくな」

 見慣れない鎧だった。だがキサラは初めて見たわけではない。タナトス王国騎士団の鎧は紅なのに対し、アルデバラン聖皇国軍と思われる兵士の鎧は緑が基調となっている。普段はあまりお目に掛かる事は無いだけに、目立っていた。

「タナトス王国軍はもう街の中か」

「突っ込んで、みる?」

 殺さない程度に遠隔から魔法でショックを与え、一時的に兵士の意識を奪うくらいならシエラは容易いだろう。だが起きた時に厄介な結果になるのは見えている。別の手段を考えるべきか。

「というか、セシルはまだ来てないのか」

 一人足りない。先に出発したセシルを追い越してしまったのかもしれない。そうだとしても、またその内会いそうな予感もしていた。妙な腐れ縁というものは本当にあるもので。

「呼んだ?」

「へっ」

 三人が振り返ると、いつの間にかその場には音も無くセシルが出現していた。疲れ一つ見せない。同じくヘイストでも掛けてきたのだろうか。

「結局、三人で来ちゃったのね」

「いいだろ」

 やはりシエラを目の前にすると、目の敵のように冷たい視線になった。

「えへへ」

 誤魔化すように頬を掻くシエラだが、どこか遠慮がちに声を出していた。表情は笑っているのに目は笑っていない。どこかセシルの姿を、怯えた子供のような目で視線を合わせずに捉えていた。

「お前も、もう少し仲良く出来ないのかよ」

 実は、背丈だけならセシルよりもシエラの方が高い。だが、立場関係は完全に逆転していた。シエラにとって、セシルは何故か畏怖の対象となっている。恐れているような、怯えているような。怒りを湛えた大人を前にした子供のように。

「いいじゃない、そんな事。さぁ、行きましょう。とりあえずあの兵士をどうにかしないといけないわ」

「正面から突っ込むつもりか? 無理だろ。忍び込むならどこか、警戒の薄い所を探すべきだな」

 とは言っても街の跡には高い外壁があり、昇って入るのは至難の技であった。魔法か何かで壁を壊せば騒ぎになってしまう。

「あの壁を見れば、正面突破以外の方法が無いのは分かるでしょう」

 セシルの背後で、キサラが静かに鞘から剣を抜いていた。

「そうでもなさそうだぜ」

 四人の耳に入ってきたのは馬車を転がす音。馬の蹄鉄が土を蹴って近付いてきていた。

「どうやら、アルデバラン聖皇国軍の荷馬車のようであるな」

「じゃ、あの中に隠れればいいじゃん」

 セシルが何か考えるより先に、三人はそれぞれの武器を手に馬車を取り囲んだ。

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