表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
二章 劣妖と人外と追跡者と&スペシャル1、2
41/62

第38話 二章 ―劣妖と人外と追跡者と― 25

 とは言いつつ、キサラは脂汗を額に倒壊した建物を探って走った。どこかにロープが無いだろうかと。だがそうこうしている内に怪物は本格的に激昂し始めていた。いつまでも埒の明かない攻撃を続ける人間達を見下ろして。やはり苛立っている様子が分かる。倒壊した建物を水流で押し流し、溺死させようとしてくる。屋根の上を飛び跳ねて進むキサラの足は、水浸しになって敏捷力が落ちている。

「待ってろよ、助けてやるからな」

 効かないと頭では分かっていても、やはり対抗したくなるのは性だった。思い切り剣を振り抜いて空気の塊を発射するも、醜女の顔を突き抜けて大気中で揺らがせた後消えていった。しかも先ほど真空砲破を連発した事でこちら側にも邪魔する人間が残っている事が弥が上にも分かったらしく、街全体に攻撃の手を伸ばしている。

 両腕の先からは、大気中や地中から汲み上げた水を滝のように街に降らせ続ける。残っていた建物も激流に飲まれて残らず破壊されてゆく。先ほどから地盤の揺れも酷い。シエラが巻き込まれたのと原因同じく、恐らくロードオブミストラルが地下水を激しく汲み上げ続けている事で地盤沈下が急速に進んでいる。地震のように揺れては地面に亀裂が入り、街を流れる水が流れ込んでゆく。このままでは街の地盤自体が持たない。シエラだけではなく、街にいる生き物全てが地割れに飲み込まれて命を落とす事態にまでなる可能性が高い。

「このままじゃ、みんなやられちまうぞ」

 生き残りは王城を挟んだ街の反対側にも残っているはずだった。このままでは完全に首都は崩壊してしまうだろう。だが唯一の剣は頼りにならず、火力のある相方は疲れ切って地割れに飲み込まれかけている。助けるために奔走するのが精一杯で、倒すための万策はほぼ尽き掛けている。

(ここまでなのか。けど、諦めたら終わりだ! 最後の最後まで)

 勝負事にかけてはキサラはめっぽう諦めが悪い。押し切られてしまい、結局は負けてしまうような勝負でさえ、負ける寸前まで抵抗する。特に剣を扱い、命のやり取りをするようになってからはその気持ちは強かった。生き残る事に対しての意地。一瞬の判断が取り返しのつかない結果をもたらす世界で生きてきた者にとっては、底意地というものは重要だった。

(まだ何かあるはずだ。何か方法が。考えろ!)

 洪水が頭上から降り注いでくる。王城の屋根の一部を破壊し、鉄塔が降り注いでくる。頭を手で覆ってその場に伏せた。次の瞬間、目の前数メートルの場所に鉄塔は落下し、溜まっていた水は激しく噴き上げた。キサラはあまりの勢いに身体のバランスを崩し、後方に倒れこんで屋根の上で仰向け状態になってしまった。水が耳の中に入り、何事かと一瞬目が眩んだ。

「酷ぇ耳鳴りがする。あぁ収まらねぇ」

 耳を乱暴にいじくって入った水を掻き出すと、変な違和感を感じたらしく、落ち着かない表情のまま顔を上げた。元は商店街だったのだろう、大通りが大きく地割れを起こして鉄塔がその間にすっぽりと挟まってしまっている。闇に続いている両の谷間からは溢れんばかりに溜まった水が底へと流れてゆく。

「いい加減にしろ! このババァモンスターめ」

 沸々と湧いた怒りに耐え切れず、キサラは頭上の醜女めがけて怒鳴り散らした。だがキサラなどには目もくれずにどこか余所を向いている。

「ん、何だあれは。飛んで……くる?」

 街の反対側からだろう。巨大な杭のような物体が勢い良く打ち上げられた所だった。とてつもないその大きさの杭は、巨大な怪物の顔の大きさほどもある。人間のサイズよりも遥かに大きい。しかも何か巨大な魔力を纏っているらしく、紅色をしたオーラのような膜に包まれている。飛来する魔法兵器のようだった。

「あんな物が、この街にあったのか」

 そして杭から小さな二つの物体が切り離されたように見え、空高く飛来してゆく。キサラは杭のほうに目が釘付けになった。巨大な魔物は、街の破壊に夢中で杭の存在に気付いていない。そして耳障りなケタケタという高笑いが街中に轟いた直後、金切り声が続いて鳴り響いた。

 魔力を纏った杭は実体の無いロードオブミストラルの頭部に大きく突き刺さっていた。奥深く貫いた後、怪物の頭部は杭と共に破裂した。ロードオブミストラルを形作っていた水流は、弾け散って激しい雨のように降り注ぐ。だが頭部を失っても怪物は動きを止めない。口ではない何処かから鼓膜を刺激する悲鳴を撒き散らし、身体をぶんぶんと左右に振り抜いてもがいている。

 チャンスだった。あの魔力兵器がここまでの威力があるなどとキサラは一瞬見て思いもしていなかった。だがそのチャンスを生かすための攻撃手段が無い。本来は一気に畳み掛けるべきだった。

(どうすればいい! あと一撃、何かをぶち込めれば倒せるってのに)

 手元にあるのは鈍らの剣のみ。手段は残っていない。だが何もしないわけにはいかなかった。誰でもいい、止めを刺せれば。ロードオブミストラルはどうやら頭部を再生できないようだった。思考回路が頭部にあるのだろうか、混乱した動きで水流を滅茶苦茶に撒き散らしている。身体自体を回しながら噴射し、無差別に水流を発生させている。パニックを起こしている分、攻撃も激しい。

 遂に王城が水に耐え切れなくなり、崩壊が始まった。壁を構成している巨大な煉瓦が崩れ始めたのだった。

「くそ、一か八かだ」

 キサラはこの期に及んで効いてくれる事を願い、剣を抜いた。頭上を見上げ、剣を振り上げる。

「行くぞ! しっかり働けよ鈍ら」

 だがその時、何かのシルエットが目に入ってきた。人の形をした二つの影が、視界に入る。

「なっ――」

 高速で落下しながら近づいてくる人の姿。豆粒がボール大になり、徐々に人の姿なのがはっきりと分かった。鎧姿の男と、あと一人女。頭から落下してくるその二人が誰なのか、直感で分かった。

「ようやく来たな。お前ら遅ぇんだよ! リィン、セシル」

 頭上のリィンは何かを訴えかけるようにモーションをするが、キサラには分からなかった。キサラは落下予測地点付近まで走った。地割れが起こっているが、そのお陰で地面の水が引いているために走りやすかった。

 リィンの右手には何かが握られている。剣のような物体だった。リィンは落下しながら地面に向かって投げ付けた。落下の速度と相まって、凄まじい速度でぬかるんだ地面を貫く。

「そうか、アレを使えってか」

 二人の落下を邪魔しないよう、勢いを殺さずに転がるようにして剣を地面からもぎ取ると、二人の落下する様子を見上げた。体重の軽いセシルが後から落下している。両腕が強く光ったかと思うと、リィンと自身の身体が魔力の膜に包まれた。直後、質量が極端に下がったらしく、リィンとセシルはふわりふわりと気の抜けた風船のような速度でゆっくりと地面へと降下した。

「ふぅ、やってみるとなかなか、空の旅も楽しいものであるな」

「一生に一度出来るか出来ないかの体験ね」

 白いレーススカートをカーテンのようになびかせながら、セシルは着地と同時に風圧で乱れた後ろ髪を手ぐしで直し始めた。

「遅れたな、すまない」

 別段といい表情になったリィンは、白い歯を見せて笑いかけた。右手の矛槍が汚れている。彼もまた、怪物との戦いで激戦を繰り広げていたに違いない。

「いいんだよ」

 キサラの笑みも、やれやれと言った様子で。だが心の底からの安心が伺えた。

「そういえば、シエラはどうなったのだ」

「奈落の底に落ちそうになっている。助けるか、ロードオブミストラルを倒すか」

 苦渋の決断。どっちも選択したいが両方は選べない。

「倒しなさいよ」

 セシルはシエラを嫌っている。彼女にしてみれば怪物を倒す方が優先なのは明らかだった。

「そのために、剣持ってきたんだから」

 キサラの手に握られているのは、青紫色をした謎の物質で出来た剣。怪我しない程度に刃に軽く触れてみると、とてつもなく硬くツルツルしていた。そして謎の力を感じる。

「ま、またか!」

 地割れ。キサラ達の居る地面が割れ始めた。急いで離れ始めるも、キサラの足が止まった。

「まずい」

 前を行く二人も足を止め、振り返る。

「どうした。早く逃げるのだ!」

「駄目だ、シエラを置いていけない。このままじゃ完全に奈落に飲み込まれちまう」

 セシルは何も言わずに黙っている。キサラの視線の先には、シエラの飲み込まれた谷間がある。

「何、急いで救助しなければ」

 リィンも一緒になって、シエラの居る谷間に近寄った。激しい振動と共にパラパラと崖の崩落が始まっている。崖際から顔を覗かせ、キサラは叫んだ。

「シエラ、今助けるからな!」

 谷間に落ちたシエラの頭が見える。既に足場は崩れかけ、立ち上がった状態で片足だけをかろうじて着くだけのスペースしか残っていない。頭上には木の根らしき棒のようなものが土から突き出ており、それに両手でつかまった状態でぷるぷると震えてこらえているのが分かった。

「はや、く……たすけて」

 その声は、いつもの飄々とした声ではなかった。そこにいるのは奈落を目前にして恐怖する、年齢相応の女だった。

「どうするキサラ、少し長いロープのようなものがあれば届くのだろうが」

「もう、そんなもんを探している暇はねぇ! 一刻を争う」

 ふとリィンの顔を見たキサラの目に飛び込んできたのは、彼の持っている矛槍。聖槍セントハルバードだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ