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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
二章 劣妖と人外と追跡者と&スペシャル1、2
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第37話 二章 ―劣妖と人外と追跡者と― 24

「随分と突飛な事を言い出しやがる。危険すぎるな」

 ハイペリュオンを使用するための交渉は、やはりこの状況では受け入れられそうになかった。人間二人を宙に向けて撃ち出すなど普通では考え付かないだろう。例えそれをやったとして、無事に生還できる可能性は未知数である。だがセシルの魔力を用いれば、それは可能だと本人は言う。

「そんなどこの野郎だか知らない男の力なぞ借りなくとも、我らだけで怪物は倒せる」

 わざわざキサラに剣を届けるためだけに無駄な危険など犯す必要はない。戦士達は皆、口を揃えて言った。

「すぐに済むわ。ただ貴方達は、私達二人をハイペリュオンの矢に乗せて一緒に飛ばしてくれるだけでいいの」

「お嬢ちゃん、そうは言ってもな……。本来は君達のような者には船に乗って逃げろと言いたいところなんだが」

 痩せた戦士はセシルの身を気遣い、優しい言葉をかけた。それは普通に考えれば最もな事であるが、この二人にはどうやらそれだけでは退けない理由もあるようだ。ただキサラが仲間だからという事で危険を犯すわけではない。自分自身の手で怪物を倒したいという確固たる信念。それが二人にはあった。

(何としてでも、私はロードオブミストラルの退治に食らい付かなきゃならない)

「セシル、どうしたのだ。何か考え事でもあるのか」

 戦士と話している最中に突然物思いに耽ってしまったセシルの肩を、リィンは軽く叩いた。一拍子置いてからやっと気付いた様子で、セシルはすぐさま振り返って反応を見せる。

「い、いえ。何でもないわ」

「なら良いのだが」

 リィンも気付いていた。少し前からセシルの態度に少し変化が見られた事を。パラスト丘陵地の古城にてキサラと別れた後辺りからだったろうか。しきりにロードオブミストラルの事ばかりを気にするようになった。何か口を開けば怪物の事ばかり。「キサラと合流できるかもしれないわ」と言って怪物の暴れ回るこの大陸に渡る事を言い出したのは彼女である。

「疲れているのなら言ってもらいたい。まだ今なら引き返せる。一番大事なのは自分達の身の安全であるからな」

「分かっているわ」

 本当に分かっているかは怪しい所であるが、どうやら彼女はロードオブミストラルの相手を続ける気でいるらしい。だがそうこうしている内に、再びロードオブミストラルは暴れ始めた。

 先ほどまで気の向くままに破壊の限りを尽くしていたが、どうやら何かのきっかけで切れ始めたらしい。一気に激しい猛攻が始まった。激流が怪物の全身から津波のように放出される。王城の屋根を貫き、全てを押し流そうと彼らを襲った。

「くっ、またか。津波だ」

「結界魔法を!」

 一人の魔法師らしいローブ姿の男性が杖を宙へ掲げる。素早い口元での詠唱の後、魔法で出来た薄い膜が彼らの周囲一帯を覆うように張り巡らされた。だが男性も疲労が重なっているらしく、結界魔法の展開は不十分であった。

「畜生、俺もこれで限界かっ……」

 魔法師の男性は腕が震えるほどに魔力を杖に集中させる。先端に赤い宝石の付いた杖は眩いばかりに輝きを強め、魔力を増幅してゆく。男性の枯れんばかりの震える声が辺りに木霊し、限界を超えて足りなかった範囲を補った。

「早くしろ。結界の中に入れ!」

 リーダーらしき大柄の戦士は、結界の外であぶれている他の戦士達に向かって叫んだ。だが足を怪我しているらしく、上手く走れそうにない。ロードオブミストラルの体からは激流が溢れ、街全体を飲み込まんとばかりに全ての建物を水の力で押し流してゆく。先ほどまでよりも強力な津波は、建物と言う建物を全て水没させて彼らに迫っていた。

「わ、私達はもう駄目です。せめて貴方達だけでも助かってくださ――」

「駄目だ、お前達も」

 仲間を助けるために結界の外に飛び出そうとした長身の戦士は、咄嗟に回されたリィンの腕によって胴体をつかまれ、その場で躓いた。

「ならぬ。今からではもう間に合わない! 貴方も死ぬぞ」

 数秒後、全ての視界は水によって消え去り、そして何も聞こえなくなった。全てが流れ去った後、ようやく結界魔法を解いた魔法師の男性も杖が折れ、その場に倒れ込んだ。糸が切れた人形のように目を開いたまま身動き一つしない。全ての感情が止まってしまったかのように。

 リーダーの男性は魔法師の足元へと寄り、そっと優しく抱き寄せた。そして数秒後に背中を静かに擦ると、魔法師の身体を地面に下ろしてやった。

「最期の最期まで頑張ってくれたんだな。ありがとうよ……」

 精神崩壊。ただの人間が耐えられる魔力を無理矢理超えて発動、オーバードライブさせた結果。本人に返ってくるショック状態であった。ほぼ脳死と変わりないこの状態になったという事は、既に廃人化してしまったという事でもあった。目は開いていても、二度と意識を取り戻す事は無い。

 その状況を見ていた周りの戦士達も、生きている事が申し訳ないといった悲壮の表情を皆していた。

「どうすれば、あの怪物を止められるんだ。ここは俺達の故郷なんだぞ。このままでは皆が死ぬだけだ」

「一つだけ、怪物を倒せるかもしれない心当たりがあるわ」

 セシルが言うのはやはり先ほどまでのやり取りの事なのは分かっていた。リーダーの男性は息を吐き漏らすと、もうほぼ自棄気味に頷いた。

「分かった。貴様らをハイペリュオンで飛ばしてやろう。だがその後の事は知らん。死ぬも生きるも勝手にするがいい」



 先ほどシエラが与えた雷撃が、どうやらロードオブミストラルの急所とも言うべき場所に当たったようだ。何処に当たったのかは確認していなかったが、そのせいで怪物は切れ始めてしまった。こちら側には来なかったが、地下から吸い上げた水を一気に津波のように放出し、街の反対側を飲み込んだのが分かった。

「もう少し、我慢できるか」

 返事は無い。キサラは少々焦った様子で建物を降りた。足元で水が跳ねる。濡れるも気にしている余裕は無い。崖際から覗くと、陥没した谷間に出来た足場に身体を引っ掛けるようにしてシエラがかろうじて居るのが見えた。疲労が溜まっているらしく、上を見上げて肩で息をしていた。谷底は真っ暗で見えない。

 どうやらロードオブミストラルが地下水を一気に吸収した事で大幅な地盤沈下が起こったようだった。元々地下水があったのであろう場所は大きな空洞が闇を覗かせており、どこまで続いているのか見当も付かなかった。二人の乗っていた建物の屋根が崩れ、シエラが投げ出されてしまった。運良く足場があって助かったものの、どうやら少々怪我を負ったらしく、先ほどまでの強気な言葉は見られなかった。

「すぐに引き上げてやるからな」

 とは言うものの、シエラとの高低差は五メートルほどはあるだろう。引き上げるためにはロープか何かが必要であり、しかもシエラの乗っている足場がいつ崩れるか分からないため、キサラの心には焦りが生じていた。

「お腹、空いたな……」

「こんな時に何言ってやがんだよ、馬鹿」

 足元には死が広がっている闇の淵を眼下に、シエラは乾いた笑いを漏らしていた。土塗れになった頬は生気が薄れ、闇に命が吸収されているのではないかと思えるほどに、シエラの気力が減っているのが分かった。

「早く、取りに来てよ。わたし、まだカーネリアンオーブ持ってるんだからさ」

「あぁ、そこまで取りに行ってやるから少し待ってろ!」

 降りるのは不可能であった。ロープか何かを見つけてくるしかない。

「全く、手をかけさせる女だな」

 とは言いつつ、キサラは脂汗を額に倒壊した建物を探って走った。どこかにロープが無いだろうかと。

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