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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
一章 白亜の栄光
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第3話 一章 ―白亜の栄光― 3

 アリエルは膨れた顔のまま、再び手すりへと寄りかかって海を眺め始めた。

「貴方に話す事はございませんわ。早々にパーティーへと戻り、楽しむが良いでしょう。私の事など、放っておきなさい」

 キサラは尋ねた。

「何故、そんな事を仰るのですか。私はただ――」

「お黙りなさい。私は話をしたくないのです。貴方だけではなく、誰とも!」

「そうですか。ならば私の口から申す事は他にございません。パーティーへと戻らせていただきます」

(おい、本当にそれでいいのか?)

 言った直後、キサラは自問自答をする。これはキサラの本心から出た言葉ではない。あくまでもその場の空気に流された結果。自分で言いたくて言った言葉ではなかった。

(何でこうなるんだ)

 恐らくこの機会を逃せば二度と王女と言葉を交わす事は無いだろう。そのくらい、このパーティーは大きな意味を持っている。

「話をしたくないとはどういう――」

「したくないから、したくないと言っているのです。こんなろくでもない宴など参加する気は無いわ」

「ろくでもない宴?」

 キサラは眉をひそめた。逆に立ち上がるタイミングを逃したような感じだ。パーティー会場へ戻る事も無く、話は続いた。

「えぇろくでもないわ。あんな男の主催するパーティーなど」

「お言葉ですが、まさかそれは王様の事を指しているのですか?」

 視線を上げると、アリエルはひたすら海を眺め続けていた。顔だけを上げてもこちらに目を向ける事は無い。

「そうよ。あんなのが国王だなんて笑っちゃう。他の国に媚びへつらって私腹を肥やしているだけのデブ」

「もしそうだとしても、王様は貴女のお父様なのですよ。そんな風に仰るのはいかがなものかと」

 するとアリエルは踵を翻し、上からキサラを見下ろしてきた。その口元は固く結ばれ、目は吊り上がり、今にも癇癪を起こしそうなほどに腹が立っている様子が見えた。

「私に楯突くつもり?」

「いえ、決してそういう事では」

 怒るまでも無いと思ったのか、アリエルの癇癪は妙に冷えたようで言葉遣いも少々和らいだ。

「まぁいいわ。あの男が私のお父様ですって? ふふ、何も知らないのね。そうやって、無能な国王をいつまでも妄信するがいいわ。どっちみち、私は恐らく来年にはこの場所にいないでしょうから。こんな国とはおさらばよ」

 アリエルの言葉には、どこか投げやりな部分が見えた。まるで王女の言葉とは思えない。

「もしかすると……ご結婚、ですか?」

「そう。あの男、私を政略結婚に使うつもり。そのために連れてきたんでしょうから」

 キサラの頭の中は固まっていた。政略結婚。この四文字が頭の中に一瞬でこびり付き、ショックは隠せなかった。少なからず王女の美しい姿に心を奪われていたキサラにとって、その結婚という文字は心を一瞬で破壊するには十分すぎる威力を持っていた。

 幾分気落ちした表情を隠せず、キサラはトーンを下げた声で続けた。

「こんな事を申すのは失礼かもしれませんが、それは仕方の無い事かもしれません。王女様という立場を考えれば」

「貴方までそんな事を言うのね。そう……貴方、私の正体を知ったら驚くわよ。そんな口は利けなくなる」

「どういう事ですか?」

 すると意地の悪そうな表情を浮かべてアリエルは答えた。

「そうね、私のお願い事を一つ聞いてくれるなら、その答えを教えましょうか」

 言われれば気になる。キサラは思わず聞き返した。

「はい、私に出来る事ならば」

「ならば、私をこの城から連れ出しなさい」

「は?」

 キサラは思わず口をぽかんと開けてしまった。突拍子も無い内容が飛び出てきたので度肝を抜かれたというのが正直な所だろうか。

「私、結婚したくないの。自由になりたいのよ」

 その言葉はキサラには嬉しい内容だったが、かといって「はいそうですね」とは言えない。

「出来るでしょ、貴方なら。私、知ってますのよ。数年前に剣を習い始めたばかりの訓練生だった貴方が、みるみる内に腕前を上げて年に数人しか合格できない厳しい試験を乗り越えて、そして自警団へと入隊した。その年齢で、隊の中でも一、二を争う剣士だと聞いていますわ。貴方の能力は高く評価されているようですわね。私一人を背負って城から飛び出すなんて容易ではないの?」

 アリエルはありえない事を口走っている。国直属の組織の人間に向かって、自分の逃亡の手引きをしろと言っているのだ。あまりにもリスクが高すぎる。国に弓引く事を王女がさせようとしていた。

「そんな事、私には……できま」「やらないなら」

 返事を最後まで聞かずに王女は言った。

「この場で叫び声を上げるわ」

 キサラの表情は険しくなった。どっちにしても窮地に立たされるのはキサラの方だ。甘い蜜に誘われてこの場に来てしまった事を悔やんでも遅かった。

(なんて女だ……。俺はこんな性悪王女に心を奪われていたのか)

 アリエルはキサラの出方を楽しみに待っているようだった。どっちに転んでもアリエルからしてみれば悪い展開ではない。リスクは全てキサラに掛かってくるのだから。

 イエスかノーか。どっちを答えてもキサラには悪い結果しかない。究極の選択と言えた。だが少しでもリスクが少ない方、それは恐らくイエスの方だ。国に弓引く結果になるかもしれないが、この場で叫ばれて警備兵に取り押さえられるよりはまだマシだ。逃亡の手引きだけなら、上手くやればバレないで終わらせられる可能性だってある。城から出した後の事はその時に考えればいい。今はとりあえず、窮地を脱する事が先決だった。

 答えようとしたその時、会場内から大声が上がった。

「キサラ、どこだ。どこにいる!」

 自分を呼ぶ声。咄嗟にキサラは返事をして立ち上がった。

「ここです!」

 テラスの扉は開け放たれ、中から押し迫る剣幕で隊員の一人が駆け入ってきた。

「侵入者だ。賊が城に紛れ込んできた。彼奴らめ、恐らく王家の人間の惨殺と、金品の強奪が目的だ。城の中に無数にいやがる。騎士団と自警団が、協力して撃退している最中だ。お前も力を貸せ!」

「わ、分かりました!」

 キサラの頭の中は混乱よりもむしろチャンスだという判断を下した。緊急事態が起きたとなれば、この場から逃げ出す口実になる。

 アリエルはいきなりの事に困惑している様子で、おろおろとうろたえていた。キサラはにやりとして、王女に振り返った。

「私は賊の撃退に向かいます。王女はここでじっとしていてください」

「……わかったわ」

 何か面白くなさそうな表情を浮かべたが、キサラは構わずテラスを後にした。

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