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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
二章 劣妖と人外と追跡者と&スペシャル1、2
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第36話 二章 ―劣妖と人外と追跡者と― 23

 問題はどうやって届けるかであった。合流出来れば話は早いのだが、その手段が無い。王城を取り囲むようにして街の中心部に怪物は居座っているため、徒歩で向かうにはどうしても街の端を通って大幅に迂回する必要がある。そんな事をしている時間的余裕は無い。

「キサラの強さには侮れないものがあるわ。まるで一つの兵器のような強さも、下手したら出せるかもしれない。前の怪物との戦いで、私はそう感じたわ。今ここにある物を頼りにしても、望みは薄いでしょうからね」

 どうやらキサラの本当の姿を、セシルは分かっているようだ。背後に存在する神々に対抗するための巨大兵器すら、人間一人に劣ると言うのか。現実味が無い。

「私はキサラの本当の力を知らぬ。まだ私の前で奴が本気を出して戦った事は無い」

「それはそうでしょ」

 何か知っているような含みを持たせ、セシルは言う。

「キサラと合流するなら、一つだけ手っ取り早く出来そうな方法があるように思えるのだけど」

「何?」

「あの兵器で飛ばしてもらえばいいのよ」

 セシルの背後には巨大弓型兵器、ハイペリュオンが戦士達に囲まれて存在している。杭のような大きさの物体をも射出できるその兵器は、着々と使用準備が進められている。

「確かに、そうすれば話は早いのだが、死ぬぞ。そう簡単に上手くいくだろうか」

 丈夫な硬い木材で作られているらしいその弓には、巨大な丸太のような槍が男達によって取り付けられようとしている。紐で引き上げ、六人ほどの男達が必死な声を上げて運び上げる様は、相当の重量を感じさせる。あれが飛ばせるのならば、人間など簡単であろう。

「やれる……と思う。私の補助魔法をうまく使えば。要するに問題なのは着地の時。普通に落下したのではまず間違いなく重力の影響をもろに受けて高速で地面に激突、即死ね。でも、落下を遅くしたり、衝撃を和らげる事が出来ればいいんでしょう? なら、落下する時に身体を一時的にうんと軽くしたり、身体の周りにショック吸収バリアを張ってみたり。そこまで考えれば、希望は見えてくるわ」

「た、確かに。だが、魔法をかけるチャンスは一瞬であるぞ。落下する前に身体を軽くすればどこまででも飛んでいく可能性がある。逆に落下しすぎてからでは魔法をかけるタイミングは間に合わない。だが、上手くやればいけるだろうか」

 危険だが、やってみる価値はあるかもしれない。人間砲台となり、ロードオブミストラルの鎮座する王城を飛び越えて反対側に着地する。理論上は可能かもしれないが、非常にリスクも高い。下手をすれば受身も取れずに地上に激突して命を落とす可能性もあった。やるとしたらセシルの補助魔法に期待するしかない。彼女の魔法をかけるタイミングとセンスに全てが掛かる。

「……悩んでいる暇は無い。では、やってみようではないか」

「ハイペリュオンの初射は、矢ではなくて人間となるわけね」

 しかもとんでもない理論の上で。普通に考えれば正気の人間がやるような事ではない。しかも自分達を矢にして飛ばすというのだから。

「さて、では飛ばしてもらわねばな。交渉開始だ」

 おいでおいでと言わんばかりに、王城の向こうからは雷が二発地表に落ちた。魔法を放っている主はどうやらとてつもなく元気のようで、先ほどから雷撃だけではなく多様な魔法を広範囲に放っている。どうやら色々な戦い方を使いこなす多彩な能力の持ち主のようだ。

 今も、放たれた魔法の力によって環境に変化が起こりつつある。目には見えない熱の塊のようなものが王城の反対側で放たれたらしく、気温が急上昇すると共に、街中に流れ込んで足首まで浸している水を蒸発させている。みるみる内に水位は下がり、水が引いてゆく。辺り一体にこの魔法の効力は及んでいるらしい。鎧の隙間から粘ついた汗が滲むほどにまで気温は上がり始め、更に吹雪は地上付近の高熱によって溶かされて雨となって地表に降り注ぎ始めた。

 熱を持った雨はあっという間に辺りの湿度を上げる。身体中から衣服に纏わり付く汗が吹き出した。顎から垂れる汗もまた、熱い。霧で構成された身体のロードオブミストラルもまた、地表の高熱により輪をかけて蒸発が早まる。自らの身体が蒸発して消え行く自体に、ロードオブミストラルの醜女をした風体はうろたえを隠せない。数本、指の欠けた右手を見つめ、金切り声のような絶叫を上げている。人間のように。それは思わず耳をちぎりたくなるような、生理的に耐え難い不快な声色であった。まるで生きている生物かのようである。だが実際そうなのであろう。彼女は意思を持った巨大な魔物なのである。

 崩れる自分の身体を再構成させるために、ロードオブミストラルは再び両腕を天へと掲げる。そして両腕を通して大気中から水分を多量に吸収すると、消え欠けた手の指が再び霧によって現れた。そして自らの身体に蓄えた水を解放し、街を飲み込ませようと第二の詠唱を始めた。

 どうやらこの怪物は、自分の身体を構成している水を用いて攻撃しているらしい。使えば使うだけ身体が磨り減ってゆく諸刃の剣のようだ。だからこそ定期的にこのようにして水分を再び集める事が必要になってくる。そしてこの怪物の性格には、出し惜しみをしない豪胆さも見える。あればあるだけ使ってしまう、癖の悪い性格。

 その性格を象徴するかのように、攻撃も容赦無い。



 キサラの額には玉のような脂汗が浮かび、身体中が熱を持って火照っていた。頭が沸騰しそうなほどに意識がブレ、一瞬気を失いそうになる。それでも何とか耐えられたのには、倒れ込んだ所に偶然水溜りがあって、鼻で水を吸い込んで咽てしまったからという悲しい理由がある。

 それを引き起こした原因は間違いなくシエラなのだが、どこか憎めずに怒る気にもなれない。ロードオブミストラルが起こした津波の第一波は街を飲み込み、足元までもを水没させたが、どうやら肝心の水量が足りていないようだ。それにも何か理由があるはずだが、完全に水の底に沈まなかったのは幸運であった。

 足元が水浸しになり、シエラは「あーウザ、こんな水なんか蒸発させちゃえ!」と叫びながら、滅茶苦茶に魔法を放っていた。それにより、辺りを高熱で包み込み、環境を一変させてしまった。一定時間が経てば魔法の効力は消えて気温も下がるだろうが、今のこの状態では身体を動かすのも汗まみれでかったるい。

「どうして俺の技は効かないんだよ、ズルイぞ!」

 両手で抱えた剣から放つ真空砲破は、ロードオブミストラルの身体を完全に突き抜けてしまい、全く傷は与えられなかった。実体の無い敵相手に、あまりに無力すぎた。自警団配給の剣では歯が立たないのは一目瞭然であった。

「じゃあ、わたしの魔法と一緒にそれもう一度放ってよ。一緒にやればきっと上手くいくんじゃん?」

 倒壊した建物の屋根の上に登り、二人は水から逃れていた。街の一番低い場所は既に水路のようになっており、シエラの魔法でも蒸発しきれない水流が流れている。

「とは言ってもなぁ、俺の技は何の力も持たない物理攻撃なんだよ。お前の魔法攻撃とは相反するんだ。一緒に放っても相乗しないぞ」

「じゃあどうすればいいの?」

 キサラの抜き身の剣は鈍い光を宿していたが、同時に何の力も持たない鈍らだった。頭の隅に過ぎったのは、ロードオブバーミリオンを相手にした時の隊長の剣。恐らくあれはただの剣ではなかったはずだ。何か特別な聖なる力かかにかを宿していたのだろう。だからこそセシルの魔力と反応してあそこまで強力化したのだと考えられる。

「要するに、この剣がただの鉄だからいけないわけだ。どこかで特殊な力を宿した剣を手に入れればいい。そうすれば真空砲破が属性化する。奴の身体は霧の固まりだ。実体が無いからただの物理攻撃は突き抜けちまう」

「じゃ、勢い余って倒さない内にさっさと見つけてきてよね。それまでわたしがでっかい魔法撃ち続けておくから」

 と、暢気に強力な魔法を撃ち続けるシエラ。得意の電撃系の魔法で応戦するも、どうもあまり効果がある様子は見られない。耐性でも持っているのか。

 何十回と雷撃を落とし続けて笑い続けているが、実の所シエラの体力もあまり余裕が無いように思われた。強がってはいるが肩で息をしている。この場で対抗できる可能性のあるのが彼女の魔法だけであるのは事実であるし、彼女が力尽きれば万策は尽きる。その前に怪物を倒せるかどうか、難しかった。

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