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イノセント・ランド  作者: ふぇにもーる
二章 劣妖と人外と追跡者と&スペシャル1、2
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第35話 二章 ―劣妖と人外と追跡者と― 22

「随分と離れた場所に送られちまったなぁ」

 空間転送されてきた先は、海岸沿いだった。首都までは歩けなくはない距離のようだが、少々時間が掛かりそうだ。海は荒れており、高波が岸まで届きそうだ。この寒空の中で海水に浸るのはよろしくない。命の危険に関わる。

「しょうがないんじゃん? 空間転送って人間には普通出来ないクラスの魔法だし、二人分になると位置を定めるのも難しいしさ」

「お前はそもそも空間転送を使えねぇだろうが」

 人気の無い所で再び痴話げんかを始めそうな二人。だが頭を抱えたキサラは、最近どうかしてるといったように落ち着いて溜息をついた。

「……まぁいい。それじゃ、行くぞ」

 キサラの爪先が、暗雲渦巻く首都へと向いた。方角は一発で分かった。遠くに何か霧状の巨大な物質が出現している。話の通りならば、その物質こそが諸悪の根源。退治すべき相手。

 そんな中、どこかで聞いた事のある腹の虫の音が背後で鳴った。

「今、お腹空いたなんて言ったら殴るからな」

 言おうとしていたのか、ドキッとした表情で口をぱくつかせて押し黙った。

「大物なのか、空気が読めないだけなのか。どっちだかねぇ」

 シエラは鳴り止まぬ腹を抱えながら、口をすぼめてひたすら歩き通すだけだった。分かりやすく海岸線を進むも、その内怪物によって天候が荒れ始めた。徐々に気温は下がり始め、肌を露出した格好では少々厳しくなる。

 吐息に白いものが混じり始め、吸い込む空気は喉をひりつかせるほどに乾燥して肺を満たしてゆく。その時、ふと空を見上げたキサラの目に映ったものは、何か超高速で飛来する巨大な物体だった。

 しかもそれは隕石のようにこちらめがけて落下してきている。

「おい、逃げろ」

「ふぇ?」

 鬼気迫る声で叫ぶ。シエラは全く気付いていない。間抜けな脱力顔のまま、何なのと言った様子。

「いいから」

 無理矢理に彼女の左腕を引っつかむと、キサラは退避するべく走り出した。海岸線を少々内側に向かうと森が茂っている。木々の中に潜り込めば少しは安全かもしれない。

「ちょっとちょっとやめてよ、転んじゃうってば!」

「転ぶのと死ぬのどっちがいいんだよ!」

 有無を言わさず引っ張り、足がもつれそうになりながらシエラも走る。キサラに引かれるままに茂みの中に転がり込むと、二人して伏せた。直後、まるで本当に隕石が落ちるかのように突風が舞い起こり、海岸線に落下した。その衝撃音も凄まじく、薄雪の中で波の音すらかき消され、剛剣でもびくともしない強靭な岩が割れて崩れた。

 辺りには雪の中砂塵が飛んだが、すぐに荒れた天候により掻き消された。キサラは先に立ち上がって茂みから出てゆき、恐る恐る覗く。

(飛んできたのって、人間かよ)

 そこにあったものは、見るも無残な死に方をした人間の骸だった。無骨な鎧に身を包んでいるが損傷が激しく、所々隙間から流れ出た血が滴り落ちている。兜は既に無い。頭を強打しているようであり、吐き気が襲ってきそうなほどに顔は歪んで原形を留めていない。まだ頭部が取れないで残っていただけマシであろうか。だが骨は折れているようであり、ありえない方向に曲がっていた。

 人としての尊厳などまるで無い死に様。飛んできたのは首都ベルクの方角からであった。怪物の攻撃によってここまで飛ばされてきた可能性もある。まだ遥か遠く、と表現した方が良い距離であるのだが。

「一体何が落ちてきたの?」

 のこのこと暢気に出てくるシエラは、事を全く理解していない。

「見ない方がいいぞ。飛んできたのは人間だ。もちろん死んでる」

 シエラは「ぶっ」と吹き出すと、すたこらと足の向かう方向を変えた。

(酷い死に方だな。無視して正解だ)

 拳に力を込めた。首都では一体何が起きているのか、ここからでは推察しか出来ない。一刻も早く事態を確認する必要があった。恐らく戦っている者達は残っているのだろう。

「急ぐぞ」

 跳ねるように歩くシエラを追い、キサラも爪先を向けた。



 ロードオブミストラルは気まぐれな様子で、攻撃を加えてくる人間達を嬲っていた。まるで遊んでいるかのよう。生み出される水の塊のような子モンスター達が、人間の子供のような足取りで迫ってくる。その動きは人間に似たシルエットではあるがどこかぎこちない歩き。右と左の足の歩き方のバランスが悪い。怪我をした時の、片足を擦って歩いているような動きであった。

 子モンスターの退治に追われている最中、怪物の右手は人差し指が空へと突き出され、指の周りには水蒸気が凝固したと思われる鋭い棘だらけの円月輪状をした物体が出現した。

 まるでその形は、チャクラムと呼ばれるリング状の投擲武器を髣髴とさせた。その武器が投げられた時、大半の戦士達は気付いていなかった。街の至る所で建物が巨大な円月輪に切り裂かれて倒壊し、悲鳴が次々に上がり始める。血を吸いながらも尚、宙を飛び回り続ける円月輪。棘だらけのカッターは触れるもの全てを壊してゆく。通った跡は瓦礫と、真っ二つにされた遺体だけが残っている。

「あの飛び回る円盤状の物体を、何とかしなければ」

 矛槍を構えて建物の陰から様子を伺っているリィン。金属の鎧が凍てつく冷気を吸い、身体が冷やされて筋肉が硬直してゆく。動きにくかった。感覚も鈍くなり、飛来する物体を目で追う事が精一杯である。

「やっと見つけた。もう、何処行ってたのよ」

 一時的にはぐれたセシルが姿を見つけてくれたようであった。彼女も寒い寒いと言いながら身体を自身の魔法で温めている。

「すまぬ。一時的に氷の槍から退避しようとしたら自分でも居場所が分からなくなってしまった」

 だが当然の事であった。吹雪吹き荒れるこの首都内で目印になる建物も全て倒壊してしまっている現在、視界も遮られて現在位置が分からなくなるのは当たり前である。声を掛け合うにも、吹雪が強烈で声は掻き消されてしまう。

「今、残った人達が例の武器を運んできてるわよ。なんか、相当大きいみたい」

「当然だ。ベルクラント公国の誇る戦争兵器であるからな。結局、使われる事は無かったようであったが、今こそ使うべきであろう」

「一体、どういう物なの? 私はタナトス王国民だから分からないわ」

 吹雪の中で顔はほとんど見えなかったが、フードを被って口元を小さく動かしているセシル。リィン自身も詳しくは知らなかったが、簡潔に一言で説明した。

「神界を滅ぼすための兵器、と聞いている」

 口元だけしか見えない彼女の表情は、意味が分からないといった様子で肩をすくめていた。確かに、雪の中に男達の掛け声が小さく響いている。運ばれてきているのだろう、例の武器が。

「『神々に引く弓ハイペリュオン』。ベルクラント公国では一般の間でそう呼ばれていた。だが本当の正体を知るのは国の中枢を握っている一握りだけだったようだ。その武器を本当は我々も見た事が無いし、どのような威力を持っているのかも分からない」

「でも、神? に対抗するための武器ならあんな怪物なんかメじゃないはずでしょう。それが本当だとしたら」

 本当の正体が分からなければ、使いようがない。だがそれを使用するための判断を下したとなれば、その正体を知っている者がまだ残っているのだ。この地に。

 男達の掛け声が次第に近くなってくる。怪物達の注意を引きつけているのは、他の囮になっている戦士達。先頭に立って声を上げている人物が遠目にうっすらと確認できた。

「……ぞ。よし、こ……いい!」

 何を言っているのかははっきりと確認できなかった。二人はとにかく、通りで何が起きているのかを確認するために声のする方角に向かって走り出す。

 雪が積もって今にも転べそうな街中の足場の悪さ。だが比較的被害の少ない通りの真ん中に、恐ろしく巨大な物体が出現していた。周りには大勢の男性の戦士達が兵器を守るようにして囲っている。

 その中央にある例の兵器は、予想を遥かに超えた巨大なものであった。一言で表せば、巨大な弓矢の発射機。人間の身体よりも更に長く太い、杭のような物体を射出するための代物。攻城戦などに使う大型の弓型兵器を、更に超大型化させた兵器であった。民家二つ分ほどの大きさがあるのではないだろうか、家の土台にでもなりそうなほどのしっかりとした基盤部分に、無骨な鉄製の大型車輪が左右に三つずつ取り付けられている。移動要塞とでもいえた。

「何だか凄まじいものが現れたわね」

「う、うむ」

 そして、魔法能力に敏感な者なら感じ取れた。ただの大型弓ではない。建造時に強力な魔力を兵器自体に付与されている。しかも決して聖なる力ではなく、闇の怨念のような醜悪な力が。

「どうやら、あまり私達はこの兵器に近寄らない方が良さそうよ」

「やはりそうか。見た瞬間、私も気圧されたのだが――」

 神々に弓を引くための闇の兵器。目的は分からないが、人間達のどす黒い思念が溢れ出しているように感じる。兵器の方は他の戦士達に任せた方が良さそうに感じた。そもそも兵器に大勢群がっている所、これ以上集まってもやれる事が無い。一旦離れた方がいい。

「一体、この国の人達は何を考えてこんな物を作ったのかしら」

「私に聞くな」

 人間の力を神に思い知らせてやると、そう思った人物が居たのだろうか。使われずに封印された理由もセシルは気になっているようだったが、今はそんな余裕は無かった。

 偶然かどうかは分からなかったが、吹雪が少し収まった。良く見るとロードオブミストラルの本体が何かに気を取られている様子で、兵器に背を向けている。どうやら街の反対側でも何か一悶着が始まったらしい。透明な霧状の怪物の身体の隙間から、何か強力な魔法が爆発しているかのような様子がうっすらと垣間見えた。

「向こう側が騒がしいわ」

「まさか、奴らか?」

 吹雪の空から、激しい雷撃が轟音を立てて落ちた。一本、二本、三本、四本。間違いない。誰かが魔法で暴れている。狂獣ロードオブミストラルは恐らく水の属性を持った怪物。崩れかけた王城よりも高い背は、今にも天に届きそうである。

 ロードオブミストラルの両手から激しい水流が召喚されてくる。空間を突き破って流れ出た汚水が、分かれて左右から、吹雪すら飲み込んで街の反対側へと流れ込んだ。滝の如く叩き付けた水流は街を飲み込んでゆく。津波のように街を浸水させてゆくその様は、まさに悪夢であった。

「まずい。こちらへも流れてくる。このままでは街が完全に水に飲み込まれてしまうぞ」

 リィン達の立っている足元にも、水流が流れ込んできていた。海が近いために、召喚された水は海へと流れ出るかと思ったがどうもそういうわけにはいかないようだ。ロードオブミストラルが街の周りに水で出来た膜のようなものをうっすらと張っている。今や、この街自体が巨大な水槽というわけのようだ。

「時間はあまり、無いわね」

 男達の先頭に立って兵器使用の指示を出している男性がいた。本当に理解した上で使おうとしているのかは分からないが、周りの戦士達に的確に指示を飛ばしている所を見ると全く分からないわけでもないらしい。

 封印が解けて少しずつ魔力が開放されてきているのか、兵器の足回りから黒いもやのようなものが立ち込めていた。怨念にも似た、心が悪意に侵されそうなほどの思念が感じられる。二人は離れ、遠目にそれを見守った。

「ええい、邪魔をするな」

 子モンスター達が襲い掛かってくる。四方八方から、水の音をちゃぷちゃぷいわせ。セシルを守りながら、矛槍を振り回し続けた。その間も、一匹二匹と擦り寄ってくるモンスター達が、徐々に彼らを取り囲んでゆく。

「お前達など相手している時間は無い!」

 水に飲み込まれてしまった王城の向かい側から、再び雷撃が起こった。滝のような水流に飲み込まれながらも、その魔法を撃った人物は無事のようだ。

 それに加えて、巨大な風の塊のようなものが同じく連続的に放たれている。その時風向きが一瞬だけ変わり、吹雪が全く違う方向を向いた。だがそれはロードオブミストラルを突き抜けて消えてゆく。まるで効果が無い。反対に、雷撃は効いているようだ。あまりに怪物が巨大すぎるために、身体の一部にしか雷撃は当たっていないが、それでも醜悪な女の姿をした怪物を怯ませられる効果は出ている。

 雷撃が身体を直撃するたびに右手や左手、身体の一部を形成している部位が霧散した。少しずつ溶けて大気へと戻っていっているようだ。

「あの効いていない風は、もしかしたらキサラの――」

 ロードオブバーミリオンを吹っ飛ばしたあの技に見覚えがあるセシル。確か彼自身は『真空砲破』と呼んでいた。だがまるで効果が見えない。恐らくキサラの武器が何の変哲も無い鋼鉄製の剣であるからだろう。

「やはり、これを届ける必要があるか」

 リィンの背に負われていたものは、一本のセイバー型の曲剣。詳細不明だが、恐らく何かの特徴を宿していると思われる。青紫の物質で出来た剣だ。

 確かに雷撃が効いているが、今の所決め手にはなっていない。力が足りないのか、それとも発揮できていないのか。雷撃を起こしている人物一人でどうこうできる問題でもなかった。この極限状態、あらゆる可能性を試す必要がある。

「その剣はなに?」

「拾った剣だ。正体不明の軽量物質で出来ている。恐らくこの剣でならキサラの技も通用するはずであろう」

 問題はどうやって届けるかであった。

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